甘い恋
ブロンティ公爵とジェイソン国王は、婚約破棄に伴う賠償について数日にわたり交渉を続けていたが、結論はなかなか出なかった。
公爵の理想としては、かつてエリカ王妃が得たように、カンティ家の広大な領地と資産をまとめて手に入れることだった。
しかし当時エリカがそれほどの財産を受け取れたのは、カンティ家そのものが滅びる過程にあったからである。
ヴィクトリアの事件が発覚すると、カンティ家はたちまち三つの派閥に分裂した。
第一はカンティ公爵――すなわちヴィクトリアの父を中心とする一派である。彼はただちに娘との縁を切り、領地へ引きこもった。
第二はヴィクトリアの二人の兄が率いる派閥で、妹の無実を信じ、議会で弁明や証拠提出を続け、なんとか彼女を救おうとした。
そして第三は公爵の弟を中心とする一派で、いくつかの分家をまとめ上げ、「中立」を名乗りながらカンティ家から独立し、公爵からできるだけ多くの財産を奪い取ろうとしていた。
三派の対立は、最初こそ互いの牽制や声明にとどまっていたが、やがて露骨な攻撃へと変わっていく。
誰もが相手の肉を一片でも噛み取ろうとしていた。
そして、ヴィクトリアが長い拷問を受けている最中、ついに衝突が爆発する。
ヴィクトリアの兄たちと叔父は、しばらく互いの騎士を戦わせた末、突如和解した。
そのまま領地へ攻め入り、公爵を拘束した。
それ以来、カンティ公爵の姿を見た者はいない。
長年兄への嫉妬を抱いていた弟は、満足げに甥たちから約束された金と子爵位を受け取り、立ち去ろうとした。しかし彼もまた兄と同じ運命をたどる。
二人の甥によって暗殺されたのだ。
こうして公爵の財産と軍勢を完全に掌握したヴィクトリアの兄たちは、反乱を起こした。
ジェイソン国王をはじめ、王国の要人たちが魅了魔法の長年の影響から回復するための治療を受けている隙を突き、王宮を一気に制圧するつもりだった。
だが、カンティ家の軍勢が領地を出た直後、山脈に囲まれた街道で待ち伏せていた王国軍に遭遇する。
戦闘は一方的だった。
カンティの兵はほとんど皆殺しにされ、二人の後継者の首は槍の先に掲げられた。
その後、王国軍はカンティ領へ進軍し、残っていた一族をすべて反逆罪で処刑した。
あの山岳戦の指揮を執ったのはエリカ王妃だったという者もいれば、フランクフルト公爵だったという者もいる。
かつて数百年にわたりカンティ家が支配し、領民の忠誠心も高かった広大な領土を、引き受けようとする貴族は誰もいなかった。そのため、その地はヴィクトリアの最大の被害者とされたエリカ王妃へと与えられたのである。
つまり、エリカ王妃の例をブロンティ公爵とマリアンに当てはめることは、そもそも不可能だった。
ジェイソン国王とマント伯爵家は、すでに準備を整えていた。
彼らは王国建国以来、婚約解消の際に支払われてきた賠償額を記録した歴史資料を提示した。
さらに、教師や会計係がまとめた帳簿も提出された。
そこには、マリアンが王太子の婚約者として過ごした四年間にかかった費用――
公の場で着用したドレスや宝飾品、往復の移動費など――が細かく記されていた。
すべてを計算し照合した結果、マリアンには確かに大きな金額が支払われることになった。
だが、公爵が満足する額ではない。
公爵は細かな項目を一つ一つ指摘し、追加の要求を出し、さらに「精神的慰謝料」まで持ち出した。
こうして両者は議事堂で延々と争い続け、王宮の官吏たちは何日も残業を強いられることになった。
その五日間のあいだ、マリアンとジェイは毎日のように密かに会っていた。
ジェイはエドワードとはまったく違うタイプの青年で、マリアンにとって新鮮だった。
エドワードは王国中が待ち望んだ正統な後継者で、生まれた瞬間から愛され、守られて育った。そのため、彼はごく自然に「自分が世界の中心である」と信じていた。
四年間の婚約者であるマリアンでさえ、彼にとっては自分に従うべき存在だった。
お茶会のたびに、マリアンは彼の表情や仕草の変化を細かく観察し、彼の本当に好む話題を見つけては合わせなければならなかった。
幸いなことに、エドワードは父ジェイソンほど愚かではなかった。
頭の回転は早く、多くのことをすぐに覚えたので、王宮の教師たちも胸をなで下ろしていた。
それに比べて、ジェイはまるで違った。
彼自身の話によれば、彼はジェイソン国王と王宮の下級侍女との間に生まれた子供で、エリカが誤解によって離宮に滞在していた頃の出来事だという。
本来なら、ジェイソンの最初の息子として――たとえ私生児でも――期待されるはずだった。
だが、彼の銀色の髪と紫の瞳は珍しすぎた。
王はそれを恥とみなし、彼の母を地下牢に閉じ込め、ジェイ自身も王族の血を理由に東塔へ幽閉したのだという。そんな環境で育ったせいか、貴族にとって当たり前の楽しみでさえ、ジェイには初めて見る宝物のようだった。
この数日、マリアンは彼のために王宮の苺ケーキ、自宅の料理人が作ったマカロン、王都で一番高価な店のゼリーなどを持ってきていた。
ジェイはそれらを見るたび、甘い笑顔を浮かべる。
自分も食べたいはずなのに、必ず半分をマリアンに分けてくれた。
その姿を見るたびに、マリアンの胸はますます彼を愛おしく感じた。
二人が会うときには、いつも質素な服を着た年配の侍女がジェイのそばにいた。
彼女は幼い頃からジェイを世話してきた侍女で、誰よりも忠実にこの孤独な王子を支えてきたのだという。
ジェイが東塔から毎日抜け出してマリアンに会えるのも、彼女のおかげだった。東塔の掃除をしているとき、外へ通じる隠し扉を見つけたのだという。
互いの想いを確かめた後、二人はどうすれば結婚できるかを話し合うようになった。
だが、ジェイの案の多くは夢物語だった。
傭兵になって金を稼ぎ、公爵に求婚する。
身分を隠して軍に入り、戦功を立てて王に認めさせる。
城下町で暮らし、服を売って小さな商売を始める――。
公爵家の令嬢として育ったマリアンには、金の苦労など想像もつかない。
どうすればいいのか分からなかった。
「もし今、父上が困っている大きな問題があれば……それを僕が解決できたらいいのに」
ジェイは小さくため息をついた。もともと壊れそうな美しさを持つ顔に、そんな憂いの表情を浮かべられると、マリアンの胸は締めつけられる。
彼を笑顔にするためなら、何でもしてあげたいと思ってしまう。
けれど、今この国で、王が急いで解決しなければならない問題なんてあるだろうか。
――まただ。
マリアンは思う。
あの夢のような感覚。淡い桃色の霧に包まれ、体がふわりと軽くなり、まともに考えられなくなる。
大切な人を思うだけで、心配で、苦しくて、でも甘くて。ちゃんと見たり、考えたりすることができなくなる。
「もし……もし、ですよ」
マリアンは口を開いた。
「私があなたを助けて、父が今の賠償金額を受け入れるように説得できたら……?」




