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マリアンの父の思惑

※本章にはブロンティ公爵の不快な内心描写が含まれます。ご注意ください。


三日後。

マリアンはエドワードの命じたとおり領地へ戻らず、公爵とともに王宮へ向かった。

ブロンティ公爵はすでに事情を察していた。事前に耳に入っていた情報もある。

それでも、王立学院の舞踏会で公然と婚約を破棄された事実は、彼の誇りを深く傷つけた。

彼は自ら王宮へ赴く。目的は一つ――十分な賠償を王家から引き出すこと。


かつてエーリカがジェイソンに婚約を破棄された際、彼女の実兄はヴィクトリアの魅了魔法に影響され、賠償請求を拒絶した。

その後エーリカは国外へ送ると偽られ、別宮へ幽閉される。側妃の名を与えられながら、実質は囚人。


やがてヴィクトリアの正体が暴かれたとき、王家は面目を保つため、カンティ家の財産を没収し、それをエーリカへの補償とした。


前例はある。


ならば、王家から相応の金と資産を奪えるはずだ。

ブロンティ公爵はそう確信していた。


エーリカの名を思い浮かべた瞬間、彼はわずかに眉をひそめた。背後の従者と娘には見えない位置で、王宮の廊下に施された木彫装飾を軽く叩く。

あの女の存在を、頭の中から追い払うかのように。

ジェイソンとの婚約当初から、彼はエーリカを嫌っていた。

優れた女は、己の立場を理解すべきだ。


男は外に立ち、

女は内を守る。

それが古より続く秩序。


亡き妻は、その規範を疑わなかった。

公爵家が早期の後継者を望めば、彼女は王立学院を退学し、即座に結婚した。

婚後は常に夫に尽くし、衣服を縫い、食卓を整え、従者に指示を出し終えてから自ら席についた。

外出時は一歩後ろ。決して夫より前へ出ない。不要な外出もしない。買い物や茶会で時間を浪費することもない。睡眠を除くすべての時間を、夫と息子に捧げた。

それが正しい貴族の妻だ。

だがエーリカは違った。


ジェイソンに寄り添うときは、目立たぬよう巧みに誘導する。一人で歩くときは、迷いなく堂々と歩む。社交の場では自ら催しを企画し、若い女性たちを率いて弓術や騎乗など、女に相応しくない活動へと導いた。

彼が当時の国王夫妻に苦言を呈したこともある。だが返されたのは血統の話だった。

王子であった曾祖父、王女であった祖母。

濃い王家の血を引く女を縛るべきではない、と。


笑止。

やがてヴィクトリアが現れた。

公爵は常に「魅了魔法に操られていた」と公言している。だが内心では理解している。エーリカの婚約破棄と幽閉に、自ら進んで関与したことを。

予想どおり、エーリカが失脚すると貴族女性は本来の役割を思い出した。やがて平民女にまで波及し、学問や職業、独身志向といった逸脱は影を潜めた。

秩序は回復されたはずだった。

だが数年後、エーリカは王妃として戻ってきた。

それが、彼の計算を狂わせた。


エーリカを思えば、アンジェラの顔も浮かぶ。

「王国の薔薇」と呼ばれるあの女。あれもまた、女の分を越えている。

伴侶を拒み、生涯王妃に仕えると公言する。

没落男爵家の娘にすぎない身で、豪奢な衣装をまとい、王妃の代理として貴婦人のサロンを仕切る。天文学や地理学を論じるなど、女の領分ではない。

関係を円滑にするため、彼は提案した—情婦として迎えてやる、と。

大公爵家当主の愛人になれるなど、本来なら感謝すべき話だ。

だがアンジェラは拒絶した。

ならば、と機会を与えた。ジェイソンと手を組み、エドワードを通じて薬を盛らせる。あと一歩のところで逃げられた。

運のいい女だ。


幸いだったのは、ティムへの策が成功したことだ。

奴隷出身でありながら、エーリカに寵愛され、貴族同然に扱われていた少年。

彼の眼が奪われたあと、エーリカは南へ退いた。


みじめに。

もしジェイソンが他の女を受け入れていれば、堂妹を側妃に据えることもできただろうに。


公爵は、数日前に受け取った報告を思い出した。

ティムの妻はすでに出産していたという。しかも、それを今になってようやく公にしたらしい。深山から這い出てきたような平民の女。

嘲笑が、喉の奥で乾いた音を立てる。

奴隷の身分からようやく抜け出し、貴族の名を得たというのに――

わざわざ血を汚すとは。

選び直す機会はいくらでもあったはずだ。


それでもあの男は、名も家格も持たぬ女を妻とし、その腹から生まれた子を正統な後継とする。

混じった血は戻らない。

一度濁れば、二度と澄まない。

それが理解できぬほど、盲目になったというのか。


「盲眼の賢者」とは、なんとも皮肉な呼び名だ。かつては領民に称えられていると聞き、多少は警戒もした。だが所詮は、エーリカがカンティ家から得た資産で体裁を整えただけの虚飾にすぎぬのだろう。


部下はさらに報告していた。エーリカが「南方の女王」と呼ばれている、と。


女王。

思わず鼻で笑う。

女が王になどなれるものか。

王とは、生まれと力と血によって定まるものだ。


その瞬間――

王宮の外壁を這う緋色の蔓薔薇が、かすかに揺れた。

風はない。

それでも、花弁は静かに震えている。まるで、何かを聞き届けたかのように。


マリアンこそ正しい。

幼少から規律を教え込まれ、父と未来の夫に従う娘。突然婚約を破棄されても、すべてを父の判断に委ねる。それこそが、良き公爵令嬢の在り方だ。そうでなければならない。

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