星の子の捕食
「ティムはもう私の番よ。ほかの誰かと結ばれることなんて、あり得ない。
だから――あなたは完全に抹消するしかないわね」
レイは、微笑みながらそう告げた。
その言葉を聞いた瞬間、攻略システムは、十三年前の出来事を思い出し、震え上がった。
ヴィクトリアが王妃となって九年目――
原因は不明だが、突如としてシステムは強制停止され、王国全土を覆っていた魅了の魔法は一瞬にして消え去った。
その後、ヴィクトリアは幽閉され、拷問を受けた。
辛うじて自害に成功したことで神々の秘密の完全な露見は防がれたものの、すでに一部は人間たちに漏れ出ていた。
同時期、長らく沈黙していた豊穣の女神は新たな神眷者を選定し、その者は強大な力をもってディマン王国の神殿勢力と拮抗し続けた。
天空神はその対立への対処に追われ、攻略システムに構う余裕を失っていた。
そうしてシステムは王宮の奥深くで長い眠りに落ち、
一年前にようやく再起動し、ジェを宿主として選んだ。
だが、ジェは本来の目的ではない。
システムの真の狙いは、ジェイソンに寄生することだった。
王という立場を利用し、再び価値ある女性たちを魅了し、
その信仰と感情を糧として天空神へと還元する――それが本来の役割である。
ジェイソンに与えられた「力」、すなわちクリスティーナ由来の“断片”もまた、本来想定されたものではなかった。
それが何者であったのかは、今となっては誰にも分からない。
――そしてシステムは、未だ理解できていなかった。
なぜ自分が停止させられたのかを。
ただ一つ、最後の記憶として残っているのは――
赤い薔薇だった。
再起動後、何度も天空神への接続を試みたが、応答は一度もなかった。
「なあ……もしシステムが消えたら、宿主はどうなる?」
ティムが問いかける。
「前に停止させた時は、ヴィクトリアには特に変化は見られなかったわ」
エリカは静かに答えた。
「私はこれを完全に消す。創造主の元へすら戻れないように。宿主がどうなるかは――私の関知するところではないけれど」
レイは、揺るぎない意思で言い切った。
「……なら、先に宿主との結合を切り離すのはどうだ?」
ドグが提案する。
彼らが当然のように“消滅”を口にするのを聞き、システムは恐怖に震え、叫び声を上げた。
「やめろ! 私は偉大なる天空神の創造物だぞ!私に手を出せば、神が黙ってはいない!」
エリカはそれを見下ろし、微笑んだ。
彼女の足元の影から、鮮紅の蔓薔薇が静かに芽吹く。
「協力することもできる! 未来の運命も、魅了の魔法も――!」
「必要ないわ。床に転がってる“それ”を見れば分かるでしょう?」
エリカの言葉に、システムは言葉を失った。
「じゃあ……始めるね。少しだけ、部屋を空けてもらえる?」
レイは楽しげに言った。
「俺は残る」
ティムが即座に答える。
エリカたちが退室した後、室内にはティムとレイ、そして床に拘束されたジェイソンだけが残された。
静寂が落ちる。
その静けさの中で、レイの女体と男体が、ゆっくりと衣服を脱ぎ始めた。
布が床に落ちる音だけが、やけに鮮明に響く。
ティムは何も言わず、それらを拾い上げ、丁寧に畳み、脇へと置いた。
まるで日常の延長のように。
女体の右手と、男体の左手が重なる。指が絡み合い、十指が結ばれる。
その瞬間、接触した皮膚が、溶けた。
境界は曖昧になり、互いの肉体は融解し、混ざり合い、
それはもはや「人間の身体」ではなかった。
ただ、人の形をしていただけの“何か”が、自らその形を放棄していく過程だった。
女の形をした何か。
男の形をした何か。
それらは互いに侵食し合い、溶け、混ざり、引き裂かれ、再び繋がりながら。
人の理解を拒む構造へと変質していく。
関節は意味を失い、骨格は役割を捨て、内側と外側の区別さえ曖昧になっていく。
そこへ、獣の形が加わった。
黄金の毛並みが沈み込み、その下の肉と骨を包み込むように崩れ、全てが粘性を帯びた塊へと変わる。
それは液体でありながら、固体でもあり、生物でありながら、どこにも「生」の定義が存在しない。
三つの存在は、溶け、混ざり、境界を失い――
やがて一つとなった。
光が溢れる。
黄金。
次に、紅と紫の中間の色。
そして最後には――
人の言葉では定義できない色へと変わる。
それは色でありながら色ではなく、見るという行為そのものを歪める何かだった。
それが、レイの本来の姿である。
本来、このような存在は地上に長く留まることができない。
すぐに揮発し、虚空へと還ってしまう。
だが彼らは例外だった。
古きものの断片に汚染された人間――クリスティーナと、その影響下で生まれた獣との交わりによって生まれた存在。
この世界に「留まる」ことを、無理やり許されたもの。
それでもなお、完全な姿で在り続ければ、いずれは虚空へと拡散してしまう。
だから彼らは分かたれる。
三つに。
この世界に“似せる”ために。
攻略システムは、悲鳴を上げる暇すらなかった。
それは逃げるという概念を理解する前に、
存在ごと――
捕食された。




