システムの真実
「面白いな。てっきり外宇宙のあの老いぼれの欠片かと思っていたが……まさか“母の一部”を使っているとはね。どこで手に入れた?」
レイは“それ”を囲みながら、興味深げに覗き込んだ。
彼女の――いや、三つの形を持つ“それ”の触れた箇所から、
攻略システムの光る板は音もなく分解されていく。
ぱら、ぱら、と。
空中から、異物がこぼれ落ちた。
花と若い男女が描かれた本。折り畳まれた紙束。もう一枚の、似たような発光する板。
どれも、この世界のものではない。
どれも、この空間に存在してはいけないものだった。
最初、システムは抵抗した。
幼い子どもの声を出した。次に、赤子の泣き声を流した。
それでも反応がないと知ると、今度は“可愛らしい少女”の姿を投影した。
「たすけて……閉じ込められてるの……壊さないで……」
涙を流し、震える声で懇願する。
だが――
その場にいる誰一人として、視線すら動かさなかった。
レイの三つの目だけが、静かにそれを見つめていた。
“理解している”というよりも、
“興味がない”とでも言うべき無関心で。
やがて。
システムは、ようやく悟った。この場では、どんな擬態も意味を持たないと。
そして、崩れた声で懇願を始めた。
「わ、私が悪かった……! 姫殿下、どうかお許しください……! まさか貴女様がここにおられるとは知らず……! 知っていれば、絶対に近づきませんでした……!」
声が歪む。
「私は騙されたんです! あのジェが……あの男が、ポイントを稼げると言って……! 挙げ句の果てには、この男に寄生させて、怪物に変え、王位を奪うつもりだった……! 私は被害者なんです!」
その言葉の中に、嘘は混ざっていた。
だが、恐怖だけは本物だった。
かつて保存していた“欠片”が、こんな形で発覚するとは、夢にも思っていなかったのだ。
「……なら、どうして最初から真実を言わなかったの?」
レイが問いかける。
三つの瞳が、ゆっくりと変質していく。
黒。
完全な黒。
その奥で、何かが蠢いている。
それは“瞳”ではない。
観測器官ですらない。
ただ、外側の何かと繋がる“穴”のようなものだった。
システムは、震えながら語り始めた。
それは元々、“天空神”の分霊の一つだった。
天空神は、リタール王国やディマン王国、さらには大陸各地で崇められる主神であり、多くの宗教において「神々の父」と称されている。
だが――
神界において、その立場は決して安泰ではなかった。
その上には。
さらに上位の存在がいる。
虚空の深層。
幻惑の彼方。
そこには、古の時代から存在し続ける“何か”が、いまだに眠っている。
天空神とその一族は、
それらの“庇護”によって、かろうじて存続を許されているに過ぎない。
さらに近年では。
彼の新たな“兄弟”――
闇の神と、その伴侶である豊穣の女神が台頭し、信仰を急速に拡大していた。
焦り。
嫉妬。
そして、遊戯。
天空神は、ある発想に至る。それは、かつて人間界で用いていた“玩具”。
彼はしばしば記憶を封じ、姿と身分を変え、人間の中に紛れ込んでいた。
強大な魅了の力で、人の心を容易く歪めながら。
彼は“遊び”として楽しんでいた。
出会った女を分類し、評価し、攻略対象として扱い、過程を“任務”に変換する。
成功すれば、報酬が得られる。
より効率よく、より多く、より深く。
それは、神にとっての娯楽であり、同時に力の収集手段でもあった。
その玩具を、彼は再構築した。
――それが「攻略システム」。
当初は、人間の信徒への報酬として与える予定だった。
「こんな面白いものを、他者に渡す理由があるか?」
そう考えた彼は、自らの子供たちに使用させることにした。
ヴィクトリアの肉体を乗っ取った魂。
天空神の第十子。
酒の女神。
システムを通じて。
彼らは人間の感情、信仰、欲望を収穫し、それを神力へと変換していった。
ディマン王国の伝説的王。
その正体もまた、天空神の子である。
王子の身体に入り込み、システムを用いて九人の妻を得た。
それぞれが強大な力と血統を持つ存在。
彼女たちの力を利用し、王位を奪い、大陸の大半を制圧した。
だが。
その子らは、やがて互いに争い、王国は分裂した。
その破片の一つが――リタール王国である。
成功体験は、神々を歪ませた。
彼らは“物語”そのものを書き換え始める。
運命の女神が未来を設計し、それを“面白い形”へと改変し、システムに実行させる。
本来、ティムもその一部だった。
エリカとジェイソンの間に生まれるはずの第一王子。
美しく、賢く、理想的な後継者。
だが物語は書き換えられた。彼は悲劇の人物へと改変される。
側妃の子として軽んじられ、 やがて異母妹と恋に落ちる運命を背負わされる。
互いの血縁を知った後も、引き裂かれることはなく、 禁忌と絶望の中で関係を深めていく。
彼にはなお、王族としての義務が残されていた。すでに定められた政略結婚。 王国の均衡を保つため、あるいは権力を繋ぐための“婚約”。
愛する者がいながら、別の女性と結ばれる未来。
それが、“より面白い物語”として設計された運命だった。
だからこそ。
ヴィクトリアは――
ほぼ強制的に、ジェイソンをエリカのもとへ送った。
それは任務だった。
「ティム」という存在を成立させるための。
だが彼女は、完全には従わなかった。
夫を共有することを拒み、罰を受けながらも、
“代替品”で誤魔化そうとした。
奴隷の子を使い、システムを欺こうとした。
だが結果として。
“本物”は、誕生してしまった。父だけが、入れ替わった形で。
「……待って」
レイが遮る。
三つの視線が、同時に細められる。
その奥で、何かが“決定される”。
「今、なんて言った?」
わずかに傾いた頭。
だが、その瞬間――
空間そのものが歪んだように見えた。
「ティムが、誰と恋をして、誰と政略結婚する予定だったって?」




