歪められし王、星の子に謁する
「最初から……俺を排除するつもりだったのか? 俺に王家の血が流れていないから、お前こそが“本当に必要な存在”だった。王宮をあれほど掌握していたお前が、ジェの逃亡に気づかなかったはずがない」
「いいえ、違うわ」
エリカは静かに首を振った。
「婚約が続いていれば、あなたには最後まで幸福な人生を与えていた。けれど、あなたはそれを自ら破棄し、その上で私の自由を奪い、私の大切な人たちに手を出した」
「だから――私は、もう十分に義務を果たしたと判断しただけよ」
アンジェラとダグは、それぞれエリカの左右に立ち、彼女を守るように控えている。
――奇妙だ、とジェイソンは思った。
エリカの視線は、かつて野口空に向けていたような、あの粘りつくような熱を帯びてはいない。
せいぜい、可愛がる小動物を見るような穏やかな眼差しに過ぎない。
それでも彼らは、あれほどまでに熱を宿した目で彼女を見つめている。
まるで、自らの炎で彼女を照らそうとするかのように。
――それで、足りるのか?
ふと、過去がよぎる。
婚約がまだ破棄される前、エリカは確かに、今と同じような優しい目で自分を見ていた。
「来てちょうだい、レイ。この男に“付着しているもの”を見てほしいの」
エリカの呼びかけに応じるように、背後から足音が響いた。
軽やかで、澄んだ足取り――若い女性のような。
一定の重みを伴う、確かな歩調――若い男のような。
そして、地を蹴るように速く、低く滑る音――何か獣めいたものの。
ティムの背後から、ひとりの若い女が腕を回した。
彼女はティムとほぼ同じ背丈で、長い金髪が腰の下まで流れている。
瞳はほとんど黒に近い深い色で、その顔立ちは、この国では珍しいほどに彫りが深かった。
身に纏うのは、ここ二年ほどエリカが好んで着ていた改良型のドレス。
簡潔で洗練された線、足首までの軽やかな裾。白い布地に浮かぶ青と赤の薔薇。
黒い旅装のティムとの対比は、あまりにも鮮やかだった。
ジェイソンは、その姿を見た瞬間、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
その視線は――異様だった。
王を前にした無礼でもなければ、
夫を害そうとした敵への怒りでもない。
ただ、
不要な獲物を眺める捕食者のそれ。
――いつでも殺せる。
だからこそ、今はまだ手を出す必要がない。
そんな怠惰な確信。
続いて、もうひとつの“形”が現れる。
長身の青年。戦士のような体格。
だがその顔は――先ほどの女と、ほとんど同一だった。
金色の髪、黒に近い瞳。違いは、ただ髪の長さだけ。
さらに、その傍らには――
巨大な獣がいた。
全身を金色の毛で覆われたそれは、猫科に似ているようで、
しかしジェイソンの知るいかなる動物にも分類できない。
三つの“それ”は、すべて同じ目をしていた。
女。
青年。
獣。
同じ位置に、同じように立ち、
同じ角度で、床に転がるジェイソンを見下ろしている。
「大丈夫か?」
ティムが問う。
その問いに応じるように――
女が口を開いた。
同時に、青年も、獣も。三つの口から、同じ声が発せられる。
「問題ない。あの汚染された肉塊はすべて処理した。食べきれなかった分は母に渡した。とても喜んでいた」
「……食べたのか? あれを? 大丈夫なのか?」
「前菜のようなもの。味は、まあ普通」
会話は、続く。
ジェイソンはそこで、はっきりと気づいた。
ティムは、三つを見ているはずなのに、
一人にしか話しかけていない。
視線も、仕草も、言葉も。
すべてが――“ひとり”に向けられている。
一方で。
三つの身体は、それぞれ独立して動いている。
時に交互に、
時に同時に。
まるで――
ひとりの熟練した操り手が、三体の人形を同時に動かしているかのように。
どれほど人の形が整っていようと、
その光景の不気味さを覆い隠すことはできなかった。
レイが現れた瞬間から、ジェイソンの耳には異音が響いていた。
耳鳴りに似ている。だが違う。
甲高く、細く、規則的な振動。
脳を内側から削るような音。
他の誰も気づいていない。
それが、自分にだけ聞こえていることが、何よりも恐ろしかった。
「ダグがこいつを真っ二つにした後、“あのシステム”は消えた。まだ内部に残っている可能性がある。レイ、確認できるか?」
「ええ、もちろん」
レイが一歩、近づく。
その距離が縮まるごとに、音はさらに鋭く、強くなる。
そしてジェイソンは、ついにそれを理解した。
その音が、言葉であることを。
――警告。警告。危険対象接近。抹消リスク上昇。
「……見せて」
レイは、わずかに首を傾けた。
三つの視線が、同時にジェイソンへ向けられる。
その瞬間。
再び、あの感覚が襲う。
外側から覗かれている。
思考が、内側に留まらない。
自分の意識が、そのままどこかへ漏れ出していくような感覚。
途中で遮断され、別の“何か”に書き換えられる感覚。
この存在の前では、
自分など――
無数の世界と虚空の中に浮かぶ、取るに足らない異物に過ぎない。
いつでも、容易く消し去られる。
逃げたい。
だが、逃げ場はない。
体は固定され、下半身はすでに存在しない。
手も足も、もうない。
「見つけた」
女が言った。
「この人間に完全に結びついている」
レイは手を伸ばし――
ジェイソンの、焼け焦げて裂けた腹部の“口”へと差し込んだ。
迷いはない。
躊躇もない。
内側をかき回し、
そして――
それを掴み出す。
光る、異様な板状のもの。
“システム”。
それを引き抜く際、レイは一切の配慮をしなかった。
口の大きさなど、関係ない。無理やり、引き裂く。焼けて脆くなった組織が、音を立てて裂ける。肉が崩れ、形を失っていく。




