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至黒の夜の前、滅びゆく王と妖精王子の会合

その夜。

廊下の主灯がすべて消され、侍女たちがそれぞれの寝所へと下がり、王宮が静寂に沈んだ頃――


ジェは再び、ジェソン国王の寝室を訪れた。

彼の傍にいるのは、東塔にて彼の世話を続けてきた、ただ一人の侍女のみ。

重苦しい空気の中、ジェはいつも通り、何の躊躇もなく口を開いた。


「父上。今夜も、治療を続けましょう。」


その声音は穏やかで、どこか優しさすら帯びている。

だが、その奥底には、人間とは異なる何かが潜んでいた。


ジェソンは無言で頷いた。


――この男を信じているわけではない。

だが、結果は出ている。

それだけで十分だった。


ジェが語った「攻略システム」は、驚くほど単純で、同時に異様だった。


女性を“攻略”し、好感度を上げることで、報酬としてポイントを得る。

そのポイントで、システム内の“商城”から様々な物品を交換できる。


その中には――万病を癒やす薬すら含まれている。


ジェはほとんど隠すことなく言った。


「父上が私の身分を回復し、できれば王位継承権までお認めいただければ、私はすべてを提供します。

 商城の品も、システムの秘密も。」


ジェソンはただ頷くだけだった。

浅く、意味のない沈黙。彼は何も言わなかった。


――すでに知っているからだ。


この「システム」の存在も。

その仕組みも。


すべては、ジェの生母――ヴィクトリアを拷問した末に得た知識だった。


そして彼は、もう一つ重要なことも告げていない。


ジェを東塔に幽閉した時点で、すでに細工は施してある。

この男は、一生子を成すことはできない。


「では、始めましょう。」


周囲に人の気配がないことを確認した後、ジェは空間へと手を伸ばした。

何もないはずの虚空に、歪みが生じる。


やがて――


そこに“現れた”。

薄く光る、平面。

まるで空間そのものに貼り付いたかのような、不気味な「画面」。


その上には、これまでジェが達成してきた任務と、蓄積されたポイントが表示されていた。


「今日も、万霊薬を一つ。」


ジェが淡々と告げる。


すると――


――《残存ポイント:300》

――《要求コスト:500》

――《不足しています》


声が、響いた。


音ではない。

思考へ直接流れ込む、機械的で無機質な“認識”。


それでいて、どこか――粘つくような気配を帯びていた。


「足りないはずがない。三百ポイントはある。昨日も一昨日も、それで交換できた。」


「前二回は特別価格です。三回目以降は通常価格に戻ります。」


「今すぐ必要なんだ。」


「五百ポイントが必要です。」


ジェの声に、焦りが混じる。


「……ヴィクトリアの残したポイントは?」


「すでに先週、すべて使用されています。あなたは――」


「いい。そんなことはどうでもいい。今すぐ万霊薬を出せ。」


一瞬の沈黙。


そして。


――《特別任務を提示します》

――《報酬:300ポイント》


ジェの目が、鋭く光る。


「内容は?」


「前任宿主ヴィクトリアは、過去に複数回、対象――ジェソン王子の脳波および生体データを採取しています。」


「……それがどうした。」


「長期間の休眠後、再観測を行った結果、対象は本来の設定から逸脱しています。」


その言葉を聞いた瞬間。


ジェソンの胸の奥に、何かがざわめいた。


「……どういう意味だ。」


「本来、あなたはこの世界の“主役”でした。」


その声は、変わらず平坦だった。


だが――


どこか、媚びるような響きが混じる。


「天に選ばれし者。運命の子。最も賢明なる王となるはずの存在。」


「……」


「ですが現在のあなたは、その軌道から大きく外れています。」


わずかな間。


そして、静かに告げられる。


「原因を知りたくはありませんか?」


ジェソンは、ベッドの上で黙ってそれを聞いていた。


この対話を聞くことは、彼自身が条件として提示したものだ。


ヴィクトリアの件がある以上、

自分が知らぬうちに洗脳されるなど――あってはならない。


だが。


今、この瞬間。


彼は思った。

――これ以上、何が悪くなる?

かつての自分は、誰よりも美しく、強く、すべてを持っていた。


だが今は。


動けず。

笑われ。

軽んじられ。


温かい水すら満足に飲めない、落ちぶれた王。

最悪でも、死ぬだけだ。


それならば――


「……いいだろう。」


短く、答えた。


「では、陛下。」


ジェがゆっくりと歩み寄る。


その手には、あの“画面”が浮かんでいた。

距離が縮まるにつれ、それは単なる光ではないと分かる。

奥行きがある。


深さがある。


――覗き込んではならないものの深さが。


「少しだけ、協力してください。」


ジェはそれを、ジェソンの顔の前へと掲げた。


その瞬間。


――《データ収集開始》

――《精神波形接続》

――《深度解析モード移行》


画面が、歪んだ。


いや。


「開いた」。


そこから――


何かが、伸びてきた。


黒くもなく、透明でもなく、

形を持ちながら形を保たない、“何か”。


それが、ジェソンの頭を――


掴んだ。


視界が、崩壊する。


光が消え、音が裂け、思考が引き剥がされる。


頭の中を、無数の“異物”が這い回る。


記憶が、感情が、人格が。


細かく刻まれ、分解され、読み取られていく。


ジェソンは、叫んだ。


声にならない悲鳴を上げながら。


だが、その叫びは――


誰にも届かなかった。


そしてその夜。


王宮の最奥で、

静かに「門」が開いた。


それが、後に「至黒の夜」と呼ばれることを――


この時、まだ誰も知らない。


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