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滅びゆく王の回想

「治療」が始まってから、三日が経っていた。


ジェソンははっきりと感じていた。

自分の身体が、ゆっくりと、しかし確実に力を取り戻しつつあることを。


これまで力なく横たわるしかなかった身体は、今では自分の意思で起き上がることができる。

他人に持ち上げてもらわなければ動かせなかった手足も、わずかではあるが自ら持ち上げることができた。

今朝などは、自分の手で杯を握ることすらできたのだ。


最初にジェイが現れ、「治療できる」と言ったとき、ジェソンはまったく信じていなかった。

だが――こうして結果が現れている以上、否定することもできない。


それでもなお、ジェソンは心の底からこの息子を嫌悪していた。


銀白の髪。紫の瞳。

あの妖精じみた顔立ち。


そのすべてが、かつて自分を支配し、人生を狂わせた女――ヴィクトリア・カンティを思い起こさせる。



あの王宮での爆発事故がなければ。

ヴィクトリアが昏倒し、魅惑の魔法が途切れなければ。


自分は今もなお、あの甘ったるい幻想の中で溺れ続けていただろう。


ヴィクトリアが人々を魅了した理由は、権力でも金でもなかった。

――あの「ゲームシステム」とやらのためだ。


後の尋問で明らかになったことだが、彼女に課された任務の多くは、特定の男の好感度を上げることだった。

任務を達成すれば「報酬」を得て、それを使ってさらに有利な道具を手に入れる。


まるで子供の遊びだ。


だが、その「遊び」は確実に人間を壊す。

成功すればするほど、満足と達成感が積み上がり、やめられなくなる。


――あの女にとっては、すべてがゲームだったのだ。



結婚して七年目。


ヴィクトリアに与えられた次の任務は、北方の氷雪国家・タイレン大公の攻略だった。

彼と接触するため、彼女は王妃の権限とカンティ家の影響力を使い、タイレンとの通商条約を主導した。


当時、魔法の普及によって、タイレンの主要輸出品――氷と毛皮は価値を失いつつあった。

氷は氷魔法に取って代わられ、毛皮もまた温度調整魔法の発展によって需要が落ちていた。


だがヴィクトリアは、そんな事情など気にも留めなかった。


ただ「攻略」のためだけに。


彼女は条約に、タイレン側に一方的に有利な条件を盛り込んだ。


その結果、王国は魔法でいくらでも作れる氷を高値で買い、必要もない毛皮に莫大な金を費やした。

王城の街路で、白毛皮を纏った冷徹な大公と寄り添い、微笑み合うヴィクトリア。

まるで恋に落ちた恋人同士のように。

魅了されている民衆ですら、疑念を抱かずにはいられなかった。


――あれは本当に国家のためか?

――それとも、自分のためか?


ジェイが生まれたとき。

その容姿があまりにも母に似ていたことで、王子の血統に疑念が生まれ始めた。



八年目。

次の標的は、群島国家・真珠王国の王子トマ。


この時も同じだった。

条約、宴席、そして魅惑を込めた食事。


だが今度は、王位継承争いが絡んでいた。


そのために必要な資金は――常軌を逸していた。


そして、ヴィクトリアは倒れた。


魅惑の魔法の使い過ぎで。

彼女が昏睡すると同時に、人々はようやく正気に戻った。

そこで初めて気づいたのだ。


王国の財政が崩壊寸前であることに。国庫の大半が消え、宝物すら流出していた。


調査の結果、それは婚約時代から続いていたと判明する。

王妃の証である紅玉の指輪さえ、すでにディマン王に渡っていた。


その穴を埋めるため、ジェソンは――


貴族たちに頭を下げた。

ブランティ公爵、フランクフルト公爵、ジェール伯爵……。


思い出すだけで吐き気がする。

あの屈辱。



だが――そのすべてを救ったのが、エリカだった。

エリカは完璧な妻だった。

彼女は、ジェソンの望みをすべて叶える存在だった。


カンティ家との対立。

外交問題。

財政再建。


すべて、彼女が解決した。


ジェソンはただ、王としてそこにいるだけでよかった。

何もせずとも、すべてが整えられる。


それが当然だった。

病に倒れたときも同じだ。

最初に異変に気づいたのはエリカであり、優秀な医師団を集めたのも彼女だった。


あのときも――

彼女を気遣った結果だったのだ。


忙しい彼女に負担をかけぬよう、侍女で済ませただけ。

それは裏切りではなく、思いやりだった。


そう、ジェソンは信じていた。


だが――


ただ一つ、気に入らない存在がいた。


アンジェラ。


エリカの傍には、いつもああいう虫のような存在が寄ってくる。

彼女の時間を奪い、本来最も大切にすべきもの――自分から遠ざける。


エリカの周囲には、昔から「余計な存在」が集まっていた。

ジェソンはそれを、ずっと排除してきた。


学院時代。

エリカには一人の友人がいた。


商家から成り上がった貴族――子爵家の令嬢。

豊富な持参金を背景に、有力貴族の息子との婚約を勝ち取った女だった。

彼女はよく語っていた。両親が海外で見聞きした話。

そして何度も、エリカを外の世界へ誘った。


――国外へ行こう。

――もっと広い世界を見よう。


ジェソンには、それが耐えられなかった。

エリカが、自分の知らない場所へ行くなど。自分の手の届かない世界に触れるなど。


そんなことは、あってはならない。


その子爵令嬢の婚約者には、事情があった。

かつて先王の寵姫であった伯母と、幼い頃から共に育った従妹の存在だ。

本来ならば、その男は従妹と婚約するはずだった。


ジェソンはそれを利用した。

政治的配慮という名目で父王を動かし、その従妹の王族としての地位を回復させたのだ。


結果は明白だった。

婚約は破棄され、男は従妹と結ばれた。

子爵家は後ろ盾を失い、さらに――


彼らが使っていた航路は、「密輸調査」の名目で閉鎖された。


たった一ヶ月。

それだけで十分だった。

商家上がりの脆い基盤など、容易く崩壊する。

その後、ジェソンは二度とその令嬢を見ていない。


――当然だ。

必要がなくなったのだから。


異世界から来たという男――野口空。


エリカと共に逃げようとした愚か者。

ジェソンは迷わず、神殿へ売り渡した。


別宮でエリカに仕えていた奴隷の少年――ダグ。


忠実で、従順で、そして――目障りだった。


ジェソンは彼を戦場へ送った。

戻らぬ場所へ。


だが。


アンジェラだけは、違った。

何度排除しようとしても、消えない。

消せない。


まるで――


最初から、この場所に存在することを許されているかのように。


これまではすべて排除してきた。

だがアンジェラだけは違った。

何をしても、消えない。


誘拐も、誘惑も、罠も。


すべて失敗した。


それどころか――

彼女はますますエリカに近づいていく。

その存在を許せるはずがなかった。



エリカ。

エリカ。

エリカ。


ここ一年、彼女が自分に割く時間は明らかに減っていた。

会えば優しく微笑む。

だが、それが本心ではないことくらい、分かる。


分かるのだ。

そしてある考えが浮かぶ。


――あの件が、知られたのではないか。


提姆に向けられた刺客。

その裏に、自分が関わっていたこと。


そのときだった。


ジェイが現れたのは。

東塔から逃げ出し、静かに、まるで当然のように。


「治せる」と言った。


ジェソンは、迷わなかった。


侍従たちをすべて退ける。


もともと、彼らは嫌々世話をしていただけだ。

言われるまでもなく、すぐに部屋を出ていった。


静寂の中。


ジェソンは――


ゆっくりと、その提案に手を伸ばした。


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