宮廷夫人と迷える公爵令嬢
マリアンが目を覚ましたとき、彼女は柔らかく心地よい寝台の上に横たわっていた。
部屋の調度は簡素でありながらも上品で、無駄な装飾はなく、静かな落ち着きに満ちている。
転生という、ほとんどあり得ない出来事を経験してからというもの、マリアンは眠りにつくたび、そして目を覚ますたびに不安を覚えるようになっていた。
もし目を開いた瞬間、この二度目の人生がただの幻の夢だったと気づいたらどうしよう。
目覚めた自分は、再びあの王宮の外の道端に倒れていて、血を流しながら死にかけているのではないか。
時には、こんなことも考える。
もしもう一度気を失ったなら、そこから三度目の人生が始まるのではないか、と。
ベッドの傍らの椅子には、赤い髪の美しい女性が座っていた。
アンジェラ。
まだ眠気の残る頭であっても、その美貌には思わず息をのんでしまう。
彼女はエリカ王妃の側に仕える侍女であり、ティムに近づこうとするならば、礼を尽くしておくべき相手だ。
マリアンは軽く頭を下げた。
「アンジェラ様、お世話をおかけしました。ありがとうございます」
その言葉を聞くと、アンジェラはわずかに眉をひそめた。
「以前から不思議に思っていたのですが、ブラウンティ公爵家のお子様方は、領地でどのような教育を受けていらしたのでしょう。私は長年エリカ陛下のお側に仕えておりますが、公爵家の三人のお子様が王立学院に通われたのを見たことがありませんし、留学のお話も聞いたことがありませんでした」
マリアンは二度の人生を経験している。
だからこそ、その言葉に含まれた意味も理解できた。
ブラウンティ家の子供たちの教養を、遠回しに嘲っているのだ。
「国王陛下は以前からブラウンティ公爵家を警戒しておられました。ですから私は父に、ここ数年は領地で静かに過ごすよう進言したのです。実際、私たちが目立たずにいたおかげで、陛下の疑念を避けることができました」
アンジェラの表情は、ますます奇妙なものになった。
「あなた方三兄妹は、領地の外の出来事や政治の情報を、誰から聞いていたのですか?」
「父が定期的に知らせを送ってくれていました。毎週、食卓でまとめて教えてくださっていました」
アンジェラはしばらくマリアンを見つめ、それから静かに尋ねた。
「では、あなたが知っている限りで構いません。この人生の私と、あなたの前世の私とでは、何が違いますか?」
「前世では、アンジェラ様は疫病にかかられて体が弱くなられ、私とエドワード王子殿下が婚約する前に、エリカ王妃殿下に連れられて南方へ療養に行かれました。私が死ぬまで、その後お会いすることはありませんでした。ですが今回は、私が早く解毒薬を開発した影響で、アンジェラ様は王宮に残り、王妃殿下の侍女を務めていらっしゃるのではないでしょうか」
アンジェラは小さく頷いた。
「確かに、あなたの薬は多くのことを変えました」
マリアンは続ける。
「国王陛下のお体が弱っている点は、前世と似ています。でも今回は、私の薬のおかげで王妃殿下が王宮に残り、陛下をお側で支えることができました。王妃殿下が宮廷の女主人としての務めを果たしてくださっているおかげで、国王陛下は政務に集中できるようになり、国境の貿易や外交関係も良くなっているように見えます」
アンジェラは、珍しい生き物を見るような目でマリアンを見つめ続けていた。
しばらく沈黙が続き、やがて彼女はため息をついた。
「以前から噂は聞いていましたが……ソロナという男は、ディマン王国と違法取引をしていたことが発覚して議会から追放されて以来、領地に閉じこもり、現実を受け入れようとしないそうですね。外の情報も子供たちに伝えず、世間知らずのまま育てている、と」
マリアンは思わず声を上げた。
「あなたは男爵家出身の侍女にすぎないでしょう。どうして私の父を名前で呼び捨てにして、そんな侮辱まで言えるのですか」
アンジェラは静かに答えた。
「エリカ陛下が私を宮廷夫人として叙任されたからです。私はすでに王家の名簿に正式な一員として登録されています。エリカ陛下がまだ王妃で、怠惰な国王の代わりに政務を執らざるを得なかった頃から、私は王妃が担うはずだった宮廷の役目を代行してきました」
宮廷夫人。
マリアンは王子妃教育の中で、この称号の意味を学んだことがある。
リタール王国は建国以来、男性優位の社会だった。
貴族の男性は、正妻のほかに多くの妾を持つことが許され、裕福な平民もまた複数の女性を従えることを社会的地位の象徴としていた。
この世界の諸国の中でも、リタール王国は奴隷制度を残す数少ない国の一つだった。
違法とされながらも黙認されている奴隷商人から、男は戦士として、女は欲望を満たすために買われ続けてきた。
その結果、リタール王国は次第に他国から距離を置かれるようになっていた。
数年前、ブラウンティ公爵家でも奴隷の購入が減ったことにマリアンは気づいた。
母は言っていた。
王家が他国との関係修復のため、新しい法律を準備しているのだと。
それは前世では起こらなかった変化だった。
おそらく、自分の薬がきっかけだったのだろう。
リタール王国で最初の宮廷夫人は、王宮の女奴隷だった。
シェリーという名の少女。
アカハン共和国の出身で、奴隷狩りを行う貴族に捕らえられ、王宮に売られた。
だが彼女は聡明だった。
仕えていた側妃が王の寵愛を得るよう助け、その働きぶりは王自身の目にも留まった。
やがてシェリーは王の最愛の女性となり、その子は後に王位を継いだ。
しかし奴隷である彼女を側妃にすることはできない。
そこで王は「宮廷夫人」という称号を創り出した。
王冠だけを持たない王妃。
それが宮廷夫人だった。
シェリーは王の妻妾を越えて外交と宮廷を取り仕切り、ついには王宮の誰もがその地位を認めるようになった。
だが彼女の成功は奴隷制度を変えなかった。
むしろ貴族たちに新しい言い訳を与えただけだった。
――奴隷でもあそこまで上り詰められるのだから。
その後、宮廷夫人という称号が授けられるのは、よほど特別な場合だけになった。
そして今。
その称号を持つ女性が、目の前にいる。
マリアンは背筋が冷えるのを感じた。
こんな大事件を、ブラウンティ家が知らないはずがない。
父は毎年、宮廷の定例会議に出席しているのだから。
それなのに――
なぜ、何も聞いていないのか。
そして、アンジェラは言った。
エリカ王妃が、ジェソン王の代わりに権力を握っている、と。
そんなはずはない。
前世では、エリカ王妃が南方へ去ったあとも、ジェソン王は弱りながらも王座に座り続けていた。
議会と貴族に操られていたとしても、王であり続けていたのだ。
それなのに――
どうして今回は、エリカが権力を握っているのか。
そのとき。
マリアンの脳裏に、前世の最後の光景がよみがえった。
王宮の外で、人々が叫んでいた言葉。
自分が気を失う直前、ようやく理解した言葉。
――インスタの王。
――南方の王。
――女王万歳。
――王は死んだ。女王万歳。
ああ。
もしかして――
自分は、ずっと。
間違った方向を進んでいたのだろうか。




