夢の外の王妃とそのパートナーたち
インスタ伯爵領の館にて、エリカと二人のパートナーは、快適な居間でマリアンの「回想の夢」を眺めていた。
ティムはまだ戻っていない。
ティムとレイが山脈へ向かう前、レイはエリカにこう告げていた。
交配期が終わり、最初の卵が無事に孵化するまでは帰らない、と。
エリカはそのことを内心ありがたく思っていた。
もしレイがここにいて、マリアンがティムと婚約しようとしているなどと聞いたら——。
その後に残るのは、おそらく一センチ以上の大きさを保った肉片すら存在しないだろう。
そうなれば、ダグが記憶遡行の魔法を施す材料さえ残らない。
マリアンの脳内に眠る記憶は、実に興味深いものだった。
そこには多くの情報が潜んでいる。
彼女は同時に、貴重であり、危険でもある資産だった。
「マリアンは、実はかなり重要な情報を握っていますね。驚いたことに、我々の調査によると、彼女は疫病の治療法を早めに作り出した以外、ほとんど何もしていないようです」
エリカはそう評した。
彼女は居間の中央に置かれた大きな寝椅子に腰掛け、ダグが整理したマリアンの記憶を丹念に読み解いていた。
記憶は映像として再構成されたものと、図像として書き起こされたものに分けられている。
召使いたちはすべて下がらせているため、エリカの服装は簡素な青い長衣だけだった。
その上から、沈黙山脈に生息するルグ獣の毛皮で作られた毛布を羽織っている。
彼女は回想に完全に集中しており、ダグが風魔法と氷結魔法で冷やした青葡萄や果物を皿に盛って差し出していることにも気づかない。
また、アンジェラが彼女の長い髪を梳き、輝く髪飾りで丁寧に飾り付けていることにも。
もっとも、その寝椅子は三人が並んでも十分な広さがあった。
「真言魔法と解析魔法で確認しましたが、この記憶には改竄の痕跡はありません。
むしろ、彼女がこれまで誰にも話さず秘密にしていたことのほうが幸運でしたね」
ダグはそう言い、葡萄を一粒手に取ると、エリカの口元へ差し出した。
これなら彼女も研究を続けながら食べられる。
「日記やメモによると、彼女はティムと『契約婚約』を結んだあと、信頼できると判断した段階で、この情報をすべてティムに見せるつもりだったようです。
それで彼を王にし、ブラウンティ公爵家に危害を加えないよう保証させるつもりだったらしい」
エリカは、マリアンの荷物の内ポケットから見つかった手帳をめくりながら、ため息をつきそうになるのをこらえた。
アンジェラはエリカの髪に、紅玉で作られた薔薇の髪飾りを最後に一つ差し込むと、彼女の肩越しに手帳を覗き込んだ。
「なんて無邪気な子でしょう。
十三歳の少女が一人で、家族にも告げず、使用人も連れずに出ていくなんて。
相手がそのまま彼女を監禁したら、どうするつもりだったのでしょう」
「今回は運がよかっただけです。
我々の者が、彼女がアカハン共和国行きの船から降り、こちらへ向かう列車に乗り換えた時点で、無事に捕まえましたから」
エリカは手にしていた赤い薔薇を指先で弄んだ。
それは今朝、王宮から収穫したばかりの蔓薔薇だった。
マリアンは、自分の行動がどれほど危険を招く可能性があるか、まったく理解していなかった。
彼女の計画は、驚くほど単純だった。
ディマン王国の黒ダイヤ魔法学院に一ヶ月の短期留学を申請する。
そのうえで、予定より一週間早く出発し、国境の叔母を訪ねると両親に伝える。
そして出発の日、侍女たちを振り切り、「友人と旅行する」という置き手紙を残して姿を消す。
実際には船に乗り、港で乗り換えてインスタ領へ向かい、ティムに会う。
——穴だらけの計画だった。
侍女たちはすぐに手紙を見つけ、公爵へ報告するだろう。
訪ねられる友人も限られているため、すぐに虚偽は露見する。
おそらく一日も経たないうちに、マリアンの失踪は家出か誘拐として扱われる。
しかも彼女はディマン王国へ向かう予定だったのだから、政治的誘拐と疑われてもおかしくない。
彼女の身分はあまりにも特殊だ。
旅の途中で正体が知られれば、本当に誘拐されても不思議ではない。
仮にインスタ領へ辿り着いたとしても、今度はティムが疑われるだけだ。
若い少女を利用しようとする悪人として。
さらに、マリアン捜索の間に、ディマン王国とブラウンティ公爵家の関係は悪化する可能性がある。
場合によっては国家間の紛争にまで発展しかねない。
ディマン王国は、その混乱に乗じてモス公国を巻き込み、
空の使徒の権威を再び奪おうとするかもしれない。
「書類はすでに用意してあります。
黒ダイヤ魔法学院が、国内情勢の悪化を理由に学生へ他学院への転校を勧める、という公式通知です」
ダグはそう言って、公告と書簡をエリカへ差し出した。
最近のディマン王国では混乱が続き、学院でも外国人の魔術師や職員が次々と撤退している。
地元出身の魔術師でさえ、他国での職を探し始めていた。
この情勢で留学を希望したのは、マリアンただ一人だった。
学院は一度は断ろうとした。
しかし彼女が外嫁した王女の娘であることから、何らかの政治的行動の隠れ蓑ではないかと考え、最終的に許可したのだ。
マリアンを捕えた後、ダグは黒ダイヤ魔法学院の教務主任へ連絡を取った。
彼は一年前、黒塔から共に脱出した仲間の一人だった。
教務主任はもともとモス公国寄りの人物で、
妹が学院で長年働いていたために仕方なく残っていただけだった。
彼はすぐに周囲を説得し、転校勧告の文書を発行させた。
誰の目にも明らかだった。
ディマン王国は衰退している。
そしてモス公国には、無限の可能性がある。
ジェソン王はただ残りの命で喘いでいるだけ。
今も未来も、この国を動かすのはエリカ王妃だった。
エリカたちは安堵していた。
マリアンが政治的な計画をほとんど持っていなかったことに。
もし彼女が本気だったなら——
ジェの存在、攻略システム、公爵とディマン王国の密謀、ティムへの態度、そしてエリカと野口空の過去。
それらを利用すれば、王と王妃を人質に取ることさえ可能だったかもしれない。
場合によっては、王座すら。
しかしマリアンはそうしなかった。
彼女は、女性は誰かの妻か母になるしかないと信じていた。
だから未来を知ったあとも、思いついたのはただ一つ。
ティムの妻になること。
未来の王妃になること。
それだけだった。
エリカは彼女を責める気にはなれなかった。
この国の女性教育は、そういうものだからだ。
もしエリカ自身が若い頃に国外を旅していなければ、
自分も同じ考えのままだったかもしれない。
「それにしても、普通の十八歳の男が十三歳の少女から婚約を申し込まれて受けると思います? 二十八歳と二十三歳ならまだしも、十八と十三はちょっと気持ち悪いでしょう」
ダグが肩をすくめる。
少なくとも、自分の息子ティムはそんなことをしないと確信していた。
「貴族社会では珍しくありませんよ。四十歳と十三歳の婚約もありますから」
アンジェラが静かに言う。
ダグは露骨に嫌そうな顔をした。
マリアンの侍女、アンナとジェシカもすでに手配済みだった。
エリカの部下たちは、マリアンの元の計画を利用して、
彼女の「友人」を作り出した。
モス公国の富豪の娘、ステラ。
その侍女は、マリアンのペンダントと手紙を持っていた。
彼女はすでにインスタ領の港の屋敷へ到着し、二人の侍女を呼び寄せるという内容だった。
時期が来たら、アカハンの翡翠学院へ留学する予定だと。
ブラウンティ公爵夫妻へ送られた手紙も同じ内容だった。
公爵夫妻はディマン王国の内乱で頭を悩ませていたため、
娘がディマンへ行かなかったと知り、むしろ安心した。
「好きなだけ友人の家に滞在してよい」と返信まで送っている。
「ティムとレイが戻ったら、東塔の者に動かせ。
ジェをわざと逃がして、ジェソンに会わせる」
エリカは静かに命じた。
あとは一つ。
議会が正式に、王座に寄生する害虫を追い落とす理由さえあればいい。
エリカは居間のバルコニーの向こうを見つめた。
そこでは、真紅の蔓薔薇が静かに咲き誇っていた。
そして、これから起こる未来を思い描くのだった。




