沈黙の山脈に落ちた星
レイは目を覚ました。
その傍らでは、人間の形をした幼体が小さく泣いていた。
最初に孵化した子は、人間の形を持っていた。
人間の声を持ち、人間の匂いを持っていた。
しかし、瞼が開かれた瞬間、その黄金の瞳が露わになった。
そして、その小さな身体の奥を奔流のように流れる魔力。
それだけが、この幼体が母と祖先から受け継いだ本質――
人間の系譜には決して含まれないものを示していた。
美しい娘。
完璧な混成体。
十の卵のうち、まだ二つほどに生命の気配がある。それらもいずれ孵化するだろう。
残りの七つは、ただの殻だった。
レイはそれを飲み込んだ。
夜半に目覚めた身体は、少しだけ飢えていた。
生命を宿さず、後代として孵ることのない卵白と卵黄は、母体を養うための栄養となる。
それは、この世界に限らず、多くの生物界に見られるありふれた摂理だ。
弱すぎた者。
歪みすぎた者。
逃げるのが遅すぎた者。
哀れな母によって生まれ、
殺され、
また生まれ、
また殺された。
レイの母は、時折正気を取り戻したとき、いくつものことを語った。
自分の本当の名――クリスティーナという名も、そのときに聞いた。
クリスティーナは、最初の記憶のほとんどを失っていた。
ただ一つ覚えているのは、自分がこの姿になったあの夜のことだけだった。
それは遥か昔の出来事だった。
まだリタール王国が存在せず、その地に人の姿もなかったころ。
現在ディマン王国と呼ばれている土地にも、小さな集落が一つか二つあるだけだった。
クリスティーナは、故郷へ帰るために旅をしていたという。沈黙山脈――当時はまだその名で呼ばれておらず、今の姿とも違っていたその山を越える途中だった。
だが彼女の家族は誰だったのか。
故郷はどこだったのか。
それらはもう思い出せない。
昼は歩き、夜は簡素な野営地を作って休む。
その夜、空が変わった。
遥かな虚空で、古き神々が沈黙の争いをしていた。
彼らの身体は星の冠と星の風に包まれていた。
微細な氷晶と塵が堅牢な殻となり、ほとんどの生物はその存在を覗き見ることすらできない。
壮麗で、そして人間の精神では理解できないほど歪んだ夢。
だが、ときおり。
ほんの一瞬だけ、悪意が生まれる。
そのとき古き神は、別の神の夢へと侵入する。歪んだ邪悪の一滴を流し込むために。
夢は汚染される。
そして、夢は現実へと滲み出す。
古き神の夢が侵されたとき、それがたとえ一瞬で洗い流されたとしても、
その波紋は、現実の世界を歪める。
あの日もそうだった。
夢の中で異物を感じ取った古き神は、巨大な身体を震わせた。
不純物を払い落とし、それでも不快が残ったため、生き物が皮膚の垢を剥ぐように、ほんの小さな欠片を剥ぎ取り、虚空へと投げ捨てた。
クリスティーナが眠っている間、その欠片は虚空を横切り、大気へと突入した。
燃えながら落ちるそれは、この世界の言葉で言えば
隕石
だった。
しかし、それはただの石ではない。
神の恩寵を受けた異界の魂すら焼き尽くす業火でさえ、古神の欠片を完全に滅ぼすことはできなかった。
それは山脈へと落下した。
クリスティーナの野営地の、すぐ隣に。
地面へとめり込んだそれは、やがてこの星では見たこともない物質を滲み出させた。
それは毒だった。
生き物の外側を侵し、内側を分解し、形を歪め、やがて存在そのものを捻じ曲げる毒。
そしてそれは、肉体だけでなく精神をも侵す。
感覚は歪み、見えないものが見え、聞こえないものが聞こえる。
一度それを知覚すれば、耐えがたい恐怖が心に刻まれ、やがて精神は崩壊する。
やがて隕石は割れ、内部に隠されていた欠片が姿を現した。
最初にそれを見たのは一匹の兎だった。
兎は欠片を見た瞬間、星の彼方に潜む巨大な存在を感じ取った。
次の瞬間、兎は近くの木へ飛び込み、自らの頭を幹に叩きつけて死んだ。
クリスティーナが目を覚ましたとき、隕石の物質はすでに彼女の周囲を覆っていた。
それは蠕動していた。
生命を嗅ぎ取ったように、彼女の身体へと集まり、皮膚の上を這い、内部へ入り込もうとした。
痛みが来た。
身体は破裂しそうに膨れ上がり、骨の奥の臓器は熱く膨張した。
だが、
その物質の量はあまりにも多すぎた。
痩せた身体では受け入れきれない。
クリスティーナは押し潰されるような苦痛の中で、
それを見た。
欠片
それは人間を狂わせる光景だった。
その巨大で永遠の存在の前では、人間はあまりにも小さく、価値のないものだと理解してしまう。
現実など、この宇宙の異形の存在にとっては、ただの玩具に過ぎない。
巨大な複眼の前では、人間も、獣も、虫も、隠れる場所などない。
一度でも視線が合えば、もう逃げ場はない。
その存在と同じ起源を持たず、特別な受容器を持たない種族は、直視することすらできない。
脳の分泌と感覚は崩壊し、やがて永遠の狂気へ沈む。
しかし――
クリスティーナは、生き残った。
ただし、人間としてではなく。
巨大な身体と獣の半身。
遠くから偶然その姿を見た旅人たちは、彼女をこう呼んだ。
――沈黙山脈の魔女。




