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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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十字路の左側で獣の皮を手で剥ぎ取るそんな祈り。

掲載日:2026/02/05

僕が家の中にいると呼び鈴がなる。その音はこの淀み切った空間を調律するかのように沁み込んでいく。僕は玄関を開ける。そこには彼女がいた。そう、かつて死んだはずの彼女が。彼女は笑っていた。あの写真の中と同じように。僕はその場で固まっていた。どうすればいいかわからなかったから。そんな僕を見て口を開く彼女。「迎えに来たよ♪」彼女は僕の腕を引っ張って勢い良く走り出す。彼女に連れられた僕の心は懐かしさでいっぱいになっていた。彼女に僕はいつも振り回されていたから。気づけば僕たちは図書館にいた。そう、かつて僕たちが過ごしていたあの図書館に。彼女は図書館に入って奥から二番目のテーブル席に腰掛けていた。そこで彼女はいつものように本を読んでいた。僕は適当に本を選び彼女の正面の席に座る。僕が席に座って本を読んでいると彼女が話しかけてきた。「なに読んでいるの?」僕は黙って彼女に表紙を見せる。「”十字路”?へぇ。初めて見る本だ♪」僕はその言葉を聞いて珍しいと感じていた。彼女は本が好きだった。彼女はいつも本を読んでいた。学校の図書館の本棚はすでに読破してしまい、蔵書数を誇っていた県が運営している図書館の常連になりほとんどの本は読破してしまっていたからだ。「珍しいじゃん。知らないなんて。」僕はそう言うと彼女は恥ずかし気に笑った。「実は私、本とはご無沙汰だったの。」「どうして?」彼女はその問いかけには答えないで僕の持っているこの本をジッと見ていた。僕はため息をついてその問いかけに応える。「”十字路”、それは選択の連続。この作品は殺人事件を十字路に見立てて犯人の心理状況を事細かに描写することを狙った本だよ。」僕は背表紙にあったあらすじとどこぞの評論家の感想を混ぜてやんわりと説明した。「へぇ。面白そう。」彼女はもっと教えてほしいと言いたげな目でこちらを覗き込むように見ている。僕は読めばいいのに、と感じつつも知的好奇心が旺盛でこうやって知識のために食い下がってくる姿勢は彼女のアイデンティティのようなものだったから僕は彼女のそんな期待に応えてあげることにした。「”十字路”この作品は殺人事件をきっかけに犯人の心理の表象として現れた十字路をテーマにした本だよ。この本では最初に犯人の視点から始まるんだよ。犯人の視点、心理描写が描く惨たらしいその行為。そしてその行為が終わり、犯人がその現実を直視した瞬間この本の意味が始まるんだ。この瞬間犯人に選択という名の十字路が与えられる。」そう言って僕は彼女に僕の今読んでいる本と別に2冊の本を差し出す。「今僕が読んでいるのは一番最初に出版された”十字路”この本では犯人はこの罪から逃げるんだ。一切後を省みず証拠隠滅に逃避行、そう、犯人は十字路を真っすぐ突っ切る。そんな選択をした犯人への破局を描いた作品。」僕は彼女から見て右の作品を指さす。「そしてこちらが”十字路~獣~”この本では犯人はこの殺人にとどまらない。犯人は極度にこの罪を恐れ目を逸らす。そう、証拠隠滅もままならないで。そして怪しまれた犯人は逃げるようにどんどん楽な道へと突き進む。そう、犯人は迫りくる火の粉を払うかの如く惨たらしい罪を重ね続ける。その様はまさに獣。そんな”人でなし”が人として殺されるまでを描いた作品。」僕は彼女から見て左の作品を指さす。「そしてこちらが”十字路~仮面~”この本では犯人の罪を別のアリバイのない人に押し付けることに成功する。そして犯人は普通の人のように日常生活を謳歌する。しかし、犯人は出会ってしまう。愛していた、そして憎んでいたかつての面影を。犯人はその面影と過ごすうちに彼が人知れずつけた仮面が現れていく。そう、彼が必死につけた面の皮の仮面が。そんな仮面をつけてまで人でいたかった”人でなし”がその仮面を剥ぎ取られ、”獣”になるまでを描いたのがこの作品。」彼女は僕の説明を聞くと彼女は僕が最初に紹介した作品から読み始めた。彼女は必死に読み進める。そう、本を貪り喰らうかのように。彼女の頁を捲るさまはまるで本から大切な何かを奪い去ってしまうかのような雰囲気を纏っていた。彼女はあっという間にすべてを読み終えてしまった。そして彼女は読み終えてから僕に訊ねる。「ねぇ。もうこの作品、もう一冊あるでしょ。」彼女は僕を見つめている。「ないよ。」僕はそう言うが彼女は食い下がる。「いや、そんなはずない。この作品は、”十字路”は未完成だよ。だってまだ…」「うるさいよ。ないったらないんだ。」「まだ…」「だからないんだ!」「もう一つの道が残っているでしょ。」彼女の手にはいつの間にか僕が見たことのない本が握られていた。表紙には”十字路~祈り~”と書いてある。彼女は驚いている僕にこの本を渡す。「”十字路~祈り~”獣はもはや仮面と言えるかどうか怪しいそれをつけ狂ったように笑っていた。そして彼は幸せだった過去へと逃避し現実そのものから目を逸らす。そして彼は記憶を繰り返す。罪を忘れたままに。しかし、その記憶でしかない彼女が彼の罪を呼び起こす。そう、まさに利他の精神による救済が導いた祝福。この作品は…」僕は彼女に持っていた分厚い本を投げようとする。だけどその本はもうすでに持て余すほどの大きさと重さがあった。僕は彼女を見て動けずにいた。彼女は祈り続けていた。この僕を…彼女の祈りを称えるように空の雲の切れ目から溢れんばかりの光が溢れあたりを照らす。気づけば僕は十字路の中央を見ていた。十字路の中央には彼女の惨たらしい姿が…「この作品は祈りの祝福を受けた獣が人を取り戻し十字路を与えられるまでの物語。」彼女の裂けて血の滲んだ凄惨な唇が動いたような気がした。僕はいつの間にか十字路の中央に立っていた。彼女を踏みつけたままで。十字路は中央に燦燦と光が降り注ぎ十字路の先には深淵よりも深い闇があった。僕は進む、この十字路を。どこかの断末魔が残響となってあたりに散らばったような気がした。

                 完

読んでくださってありがとうございます。

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