其の弐 獅子戸組 剛田
先日の出来事は本当に心を揺さぶられた。
危なそうな人達から謎の女性まで、一度に沢山の出来事が起こり過ぎた。
それを忘れるかのように数日が経った放課後。
心地よい風が流れる中、商店街では珍しいオープンデッキのカフェに居る。
「ホワイトキャットの仕上がりはどうにゃ？ヴァルキリーカップでは桜しゃんが驚くほどの逃げを見せたいにゃ！」
「今の所、体調もいいし問題ないと思う。もちろんブラックナイトも好調だけど。」
「いい勝負が期待できそうにゃ！」
目の前の闘志むき出しで気合十分なのは結野紫彩。
私の通う聖ヴィーナス学園では上位の騎手で、猫のコスプレと言わんばかりの猫姿が競馬道界隈で一定の人気を持つ女子だ。
私はその紫彩と学園いや西日本の競馬道学部の生徒の中で最強と言われる秋山桜の馬の管理をしている。
毎日が長い。
朝4時から馬の世話、9時からは授業に励み放課後は調教師家業に終われる毎日。
趣味のバスケットボールとパソコンも毎日容易に出来るわけではない。
そんな日常から離れ、今のように過ごせる日も出てきた。
私は高校2年となり下級生が登場したからだ。
飼育についてはローテーションで行うようになった。
ただ、担当馬については気を抜けない。
そんな昼下がり目の前で事件は起こった。
髭面の男達を取り囲むかのように若者が集まった。
「おい！獅子戸さんよ、俺らが集めた資産横取りしてもらっては困るな〜！」
髭面の男が立ち止まり、若者に睨みを効かせる。
「威勢がいいやつやな！なんや？」
リーダー格と見られる若者が怒鳴り声を上げる。
「お前んとこやろの山中窃盗団が俺らの集めた太陽光ケーブル横取りしやがって！どう落とし前つけてくれるんや！」
私と紫彩の目線は男達に向かう。
「喧嘩にゃ？男子はすぐに喧嘩するにゃ」
紫彩の声が耳に入るや否や冷や汗が流れ始めた。
あの時の男だ。
若者に取り囲まれている髭面の男性は間違いなくソファーに腰掛けていた男性。
すかさず目線を下げた。
髭面の男性の両脇にいた男性が若者に怒鳴り声を上げる。
「おい！どこの半グレか知らんが若頭に楯突くとはいい度胸だ。若頭、殺しましょうかコイツら。」
「待て待てこんなモンの相手しとる場合ちゃうわ、剛田任せた。俺らは先行くで！」
そう言い残すと髭面の男と左側で怒鳴り声を上げた男は歩き始めた。
「おい！逃げるのか？最近のヤクザは大した事ないな！」
若者が必死に罵声を浴びせるが髭面の男達は止まらなかった。
「その話、わしが聞いてやるわ」
右側にいたスーツの男が若者の前に立ち塞がる。
目の前の出来事に紫彩は目を点にして見ている。
「紫彩、危ないから帰ろう」
そう言って私は席を立った。
その時ポケットからスマートフォンが落ちた。
「なーよ、ウサギのキーホルダーにゃ？」
「違う、これはalisaprojectっていうアイドルの…」
少し照れ目に答える私に
「思い出したにゃ！競馬アイドルにゃ！」
私の顔が少しニヤけたのが自分でもわかった。
その時、横で大きな音がした。
若者の1人が地面に倒れ込む。
「ヤロウふざけるな！」
別の男がスーツの男に殴りかかる。
映画でも見ているかのようにスーツの男は左手でそのパンチを掌で受け止め腕を捻る。
「いててて」
またしても若者が腕を抑え跪く。
「もうやめておけ！そもそもお前達の思い違いだ。我々の組にはその様な低俗な盗人集団などおらん！」
「だとしてもだ、仲間がやられて引き下がれるか！」
最後の若者が無謀にも殴りかかる。
スーツの男はそのまま先程跪いた若者の上に投げ飛ばしすかさず若者の顔を踏んだ。
「バカなマネを！傷害罪で貴様らから搾り取ってやってもいいが時間が無い。正当防衛だけで済ませてやろう。命拾いしたな！」
スーツの男はそう言うと何もなかったかの様に歩いて行った。
「紫彩早く帰ろう」
私はそう言って紫彩の手を引きその場を後にした。
