どちらが幸せだったのか?
アレクサンドラ・フォン・ルドリー。
彼女はまごうことなき悪役令嬢である。
歌劇『王子とシンシア』にて、ヒロイン、シンシアをいじめにいじめ抜く。
これは実話である。
アレクサンドラはルドリー公爵家に生まれた八番目の娘だ。
当時の唯一にして正統な王位継承者、イアン王子の婚約者で、黒髪に群青の瞳は、夜空に讃えられ、国一番の美人と称された。
しかしイアンは歌劇のヒロインにもなった聖女シンシアに一目惚れする。
シンシアは平民だ。
癒しの魔法を持つことから、教会により聖女認定され、エルメレス公爵家の養女になっても、元の階級は平民だった。
国中から尊い身分が集まる権威ある貴族学校で、とても惨めな思いをしていたのは想像に難くない。
だからこそ、アレクサンドラは荒れに荒れた。
こんな卑しい平民に、王子を取られたのが許せなかったのだ。
アレクサンドラは同じ貴族学校に通っていたこともあり、しつこくシンシアを攻撃した。
シンシアは追い詰められたが、イアンと心を通わせ、アレクサンドラに対抗する。
アレクサンドラは過去のいじめや国内を混乱させた悪事を暴かれ、国外追放の処分となった。
こうしてシンシアと王子は結ばれ、悪役令嬢アレクサンドラはいなくなりましたとさ。
めでたしめでたし。
歌劇はここで終わる。
――すべてがハッピーエンド。
そう。
これが本当に本当の、物語の中だとすれば。
このエピソードは、完全無欠のハッピーエンドなのである。
砂糖菓子みたく甘ったるくて、夢見がちな女の子が描く、全部が都合が良い世界……。
しかし、幸せはいつまでも長く続かず、現実はほろ苦く、人生とは常に穏やかであるとは、必ずしも決まってはいないのだ。
そもそも歌劇の裏には、ドロドロとした政治の思惑が存分に現れている。
実はアレクサンドラは、無実なのだ。
複数の子女やシンシアをいじめていたのは事実だが、悪事に関しては、大半が冤罪である。
言いがかりに加え、偽装、なすりつけ、裏工作による口裏合わせが行われた結果、アレクサンドラは犯人に仕立て上げられた。
いじめに関しても、同情酌量の余地がある。
まず第一に、当時からしてみても、彼女が苛烈な教育的虐待を受けていていたことだ。家庭環境は最悪で、家では束縛され、好きなものも趣味も与えられず、ただただ国母となるために教養を磨き続ける毎日……。
抑圧された自我が、攻撃的になるのも無理はないだろう。
加えて、そのような状況で、イアン王子の心はシンシアに向いた。
王妃となることがそのものがアイデンティティだったアレクサンドラにとって、今までの努力を、存在意義を、奪われることに等しい。
何の苦労もなく立場を掻っ攫われたのだから、アレクサンドラの怒りは当然だろう。
勿論。
だからと言って、いじめは許されない。
しかし、国外追放は流罪に等しく、あまりにもやり過ぎた。
これには、ルドリー公爵家をよく思わない、エルメレス公爵家派閥の動きが絡んでる。
何しろ、イアン王子とエルメレス養女シンシアの恋仲発展は、エルメレス公爵家派閥にとってとても都合が良かった。
これ幸いとルドリー公爵家を失墜させるべくアレクサンドラを追い出し、まんまとシンシアを婚約者にすげ替えることに成功したのだ。
そしてこれを美談として流布しようと、国民の支持を集めるために作られたのが、歌劇『王子とシンシア』だ。
つまり、悪役令嬢という名前も、シンシアのヒロイン像も、勝手に大人達が作り上げたようなもの。
練りに練り上げられた虚像は、国民を騙し、歌劇は流行り、幾つもの似たストーリーの舞台が繰り広げられる程だった。
当時16歳の少女達は、等身大の姿はまったく伝えられず、人々は彼女達の本当の姿を見ようともしなかった。
だからだろうか。
面白いことに、後年において、二人は真逆の異名と評価を受ける。
聖女、シンシア・アルデフラルド・ロードリング・フォン・エルメレス=ハウグバルサは、壮年期、『血の女王』、『魔王』、『処刑女帝』と呼ばれ。
悪役令嬢、アレクサンドラ・フォン・ルドリーは、『聖母』、『識字率を上げた偉人』、『児童文学の母』と讃えられた。
この奇妙な逆転は、歴史においても一際異彩を放ち、二人を主題として研究する学者も多い。
一体、二人はハッピーエンドのその先で、どんな人生を歩んだのか。
今一度振り返ろう。
ことは、今から三百年前の話である。
王国歴576年。
アレクサンドラが追放された時から、真の物語は始まる。
アレクサンドラは王国ハウグバルサを追放された後、隣国ルーヘルムの親戚を頼り、又従兄弟の元へ行くこととなっていた。
しかし、ここで悲劇が起こる。
彼女を乗せた馬車が、賊に襲われた。
アレクサンドラは、悲鳴を上げたはずだ。
「離しなさい、無礼な」
そう言うアレクサンドラを、賊は殴りつけた。
「そんなものが、聞けるわけがないだろう」
賊は、アレクサンドラの美貌を気に入ったものの、売りつけることはしなかった。
むしろ気に入ったからこそ、自分達の奴隷としたのだ。
その時のことを、アレクサンドラは次のように語る。
「まるで、家畜のような日々でした。私の純潔は奪われ、毎晩慰みものとなり、物のように使われました。一度子供も産まれましたが、死んでしまいました。あの時ほど、惨めだったことはありません。食べ物も碌に与えられず、檻に閉じ込められ、泥水を啜るような毎日でした」
その後アレクサンドラは、何年も人間扱いされなかった。
一方シンシアも、幸せだったとは言い難い。
結婚したのも束の間、シンシアはプレッシャーに苛まれる。
シンシアはなかなか妊娠しなかった。
平民においても家を維持する考えはあるだろうが、王族の場合、その重みは違う。
しかし覚悟は出来ていても、それをいざ体験して、やっぱり辛くなる……と言うことは、きっと珍しくないはずだ。
また作られたヒロイン像は、シンシアに仮面を強要した。
常に笑顔で慈悲深く、他人を愛する、健気な少女の仮面を。
それでも、陰口は聞こえてきた。
「アレクサンドラを蹴落としたのに、何がヒロインだ」
アレクサンドラを追い出し、まんまと後釜に座った、王子を籠絡した女。
一部が事実なだけに、シンシアは否定出来ない。
ヒロインはすべてを受け入れるから、シンシアは否定出来ない。
シンシアは荒れた。
誰も見ていないところではヒステリックになり、過食もこの頃から始まった。
この時の日記が、ごく近年になって発見されている。
「私は、アクレサンドラを追い出せば、すべてが良くなると思っていた。
アレクサンドラは酷いやつだったし、私は可哀想で、だからこそアレクサンドラに報いが訪れて、私は心底嬉しかった。
王子と結婚出来て嬉しかった。
私はキラキラしたものになりたかったもの。
だって私は、お転婆で、全然女の子っぽくなくて、猪女なんて、呼ばれていたのよ?
それが聖女に選ばれたって聞いた時、私は舞い上がった。
この私が貴族になれるなんて夢見たい。一からやり直そうと思った。そのために、一生懸命努力した。
でも駄目だったのね。私は、貴族学校で上手くやれなかった。
何度イジワルな奴らを殴り返してやろうと思ったことか。
アレクサンドラにやり返せて、スカッとした。
けど最近分からなくなる。
私は何か、とんでもないことをしたんじゃないのか。
この立場になって、初めて不自由なことが、幸せじゃないと理解出来る。
アレクサンドラは、頑張ってたんだ。
そのくせ、私が横槍を入れて、こんなことになった。
イアン殿下は、実は私が好きじゃないんだろう。
エルメレス公爵家に何か吹き込まれて、私に近付いただけなんじゃないの?
モヤモヤする。
確かに、好き勝手やってたルドリー公爵家は勢いを失ったけど……私は、恥ずかしいで気持ちでいっぱいになる。
ここは、思った以上に汚くて、人の醜さに溢れている。
私は操り人形みたいだ。
自由になりたい。
どうして私は、自ら羽根をもぐような真似をしたんだろう……」
そこには痛烈な後悔と、少女の葛藤が読み取れる。
この日記は物議を醸し、まだまだこの頃は儚いと思われていた、シンシア像をぶち壊した。
皮肉な話である。死んだ後でも、シンシアのヒロイン像の呪いは、続いていたのだ。
シンシアは、ストレスと過食で太り、可愛らしい顔を失ったと言われている。
王国歴581年。
前王ロバートが崩御。
それに伴いイアン2世が即位する。
シンシアは王妃となった。
めでたい事に、ようやくシンシアは懐妊する。
翌年生まれた子供は、女の子だった。
マリアンヌ・ウルスラルヴァ・アンリ・フォン・エルメレス=ハウグバルサ。
母と似て、非常に愛嬌のある顔立ちだった。
シンシアはことのほか喜び、名前に祖母アンリを入れていることからも、その溺愛ぶりが分かる。
マリアンヌの名はありふれていたため、シンシアは彼女をマリーと呼んだ。
陰鬱としていた日記も、この時ばかりは嬉しさに溢れ、子供ができたことから、イアン王との仲も回復したと思われる。
以下、彼女達の側仕えをしていた、メイドの証言である。
「わたくしは、何年もの間、王妃様に仕えさせていただきました。
出会ったばかりの王妃様は、スラっとしていて、手足は細く、背は170を越えんばかりで、こんなに大きな人がいるのかと、とても驚いた程でした。
しかし王妃様はやつれてしまい、痩せていた筈が、80キロ近くお太りになられたため、出産が困難になるのではないかと心配でした。
しかし、マリアンヌ様は安産でした。
あの時の王妃様の笑顔は、忘れられません。
王様の安心したような顔を見られて、涙を流されました。
ああ……ここに来て良かったと呟かれて……」
シンシアの人生の絶頂期は、間違いなくここだろう。
シンシアの穏やかな生活は、数年続く。
しかし、反対にアレクサンドラはまだまだ悲惨だった。
賊は討伐されたものの、何処にも行き場がなく、アレクサンドラはルーヘルムの娼館で働いていた。
娼婦としてはそこそこ人気があったようで、恋人と将来を約束していた。
だが、王国歴583年。
風俗街を、大火が襲う。
俗に言う『マルティエゴの大火災』である。
この時の火災は、風俗街だけでなく、地域一帯を飲み込んだ、とても大きなものになった。
要因として、からりとしていた秋だったこと。
風が吹いていたことが挙げられる。
アレクサンドラは生き延びたが、恋人を亡くした。
そして、顔半分に火傷を負い、美しい顔を失くした。
娼婦として働けなくなった彼女は貧民街を彷徨い、物乞いになり果てる。
食べるのもやっとな状況で、救いの手が差し伸べられたのは、教会が炊き出しを行ったことがきっかけだった。
アレクサンドラはギリギリのところで食にありつけ、教会の教義に心惹かれる。
アクレサンドラは、土下座をしてまで頼み込み、教会の使用人として居候することになった。
王国歴587年。
後継者問題が深刻になる。
シンシアは、マリアンヌを産んだ後、三人の子供に恵まれた。
エトワール、フラン、イザベル。
全員女の子だった。
毎年のように子供を産んだシンシアだったが、男の子が生まれないことで、再びプレッシャーに苛まれる。
更にイアン王以外に王族の男子は存在しない。
前王ロバートは子供が少なく、イアン王の兄弟も皆死んだためだ。
そこでイアン王は新たな側室を設ける。
当時十八歳、従姉妹のソフィアだ。
ソフィアとシンシアは仲が悪く、顔を合わせるなり、毎日喧嘩していた。
やがてソフィアは妊娠したが、結果は死産。シンシアが癒しの魔法を使ったが、負担もあってか、ソフィアはそのまま死んでしまう。
シンシアは複雑な顔をしたと言い、イアン王以上にソフィアのお墓へ通ったらしい。
そして、その次の年も、そのまた次の年も、イアン王の妾や公式の愛人が子供を産んだが、流産や女の子しか生まれず、イアン王はこれを、女性の責任だと憤慨した。
今ならばイアン王に何かしらの問題がある、と科学的に証明出来るだろうが(実際イアン王はそのような病気があったのではないかと考えられている)、この時代には、すべて母体が原因だとされていた。
シンシアはそれに怒り、これをきっかけに二人は別居状態となった。
王国歴591年。
イアン王は、遠縁のエンティエネ家から養子を迎えようとする。
その子はイアン王の又従兄弟の血を引いていたが、同時に敵国の王族の血も引いていたため、シンシアは反対する。
敵国の介入を恐れたのだ。
シンシアは長子マリアンヌに王座を座らせるべきだと言うが、女王の即位は前例がなく、イアン王は激しく反発した。
国内でも意見が分かれ、シンシアに賛成する者、王に賛同する者、他の公爵家から跡取りを決めようとする者など、政治が混乱してしまう。
派閥が分裂し、諸侯は足並みを揃えなくなった。
王国歴592年。
ハウグバルサ王国の教会は、資金難に陥った。
これを解決するべく発行されたのが、免罪符である。
持っているだけで天国へ行けるとされたこの証明書は爆発的な人気を生み、飛ぶように売れた。
だが奇跡の安売りは国民の不信をも煽り、教会の汚職事件もそれに拍車をかける。
教会の意向により保たれていた王族の威光が揺らぐ。
イアン王は、自身が免罪符を考案したと言う事実を隠蔽した。
王国歴593年。
ルーヘルムにてクーデターが勃発する。
資源の輸入を頼っていたハウグバルサ王国は、大打撃を受けた。
物価は高騰し、追い打ちをかけるように飢饉が発生する。
イアン王はこれをなんとかしようとしたが、不安定な政治情勢が足を引っ張り、政策はどれも裏目に出る。
国民の怒りは爆発した。
王国歴595年。
革命軍発足。
瞬く間に軍は城を囲み、国の重鎮及びイアン王は捕えられた(後にイアン王は処刑される)。
しかし別居していたことが幸いし、シンシアとその子供達は逃げることに成功する。
その後、ルドリー公爵家が襲撃されたことから頼れる者もいなくなり、シンシアは子供達を連れて、国内を彷徨った。
元平民だからこそ、出来ることだったろう。
とは言えシンシアは太っていたし、大変目立つ。
最早国民は、シンシアを聖女とは思ってもいないのだ。
その身分を保証していた教会のことを、誰も信用していない。
彼女はこう思ったことだろう。
このまま遠い地へ逃げなければ。
諸説あるが、彼女には何か、当てがあったのだと思われる。
そこへ向かうために、ルーヘルムへ行く必要があったのだとも。
シンシア達は、馬車が確保できなかったため、目的地へ辿り着くべく、ひたすら歩いた。
何日も何日も歩いた。
それが祟ったのだろう。
マリアンヌは体調を崩し、そのまま亡くなった。
享年13歳。まだ早すぎる死だった。
シンシアは、絶望したと言う。
マリアンヌを、心の底から愛していたからだ。
他の子供達も、疲れが限界に達していて。
そうやって、立ち止まってしまったその時。
皮肉なもので……まさにその瞬間、運命が交差したのだ。
「もしよろしければ、しばらく私が匿いましょうか? シンシア・アルデフラルド・ロードリング・フォン・エルメレス=ハウグバルサ殿下」
そう話しかけてきた、一人の修道女がいたのだ。
まだ三十代だろうに、白髪混じりの黒髪に、顔半分に火傷を負った、まるで老婆のような女性が。
シンシアは、初め彼女が誰か分からなかったそうだ。
だから警戒していた。
「貴女は誰なの?」
そう尋ねるシンシアに、修道女は答えた。
「今はサンディと名乗っております。使用人の身分を経た後、洗礼を受け、今はここで一人、子供達や貧しい人々に読み書きを教えております。ですが、かつての名ををアレクサンドラ•フォン•ルドリーと……そう、あの悪役令嬢のアレクサンドラです」
シンシアは、大変驚いたそうだ。
当然だ。物腰も、雰囲気も、あの頃の彼女とは何もかも違う。
それでもシンシアは、何かを感じたのだろう。
シンシアは、アレクサンドラに着いて行った。
そして行き着いた場所は、こじんまりとした教会で、そこでアレクサンドラは働いているのだと言った。
「ここならば人目もありません。シンシア殿下」
ここでようやくシンシア達は安心することが出来た。
アレクサンドラはマリアンヌの亡骸を、教会の墓地に丁重に葬った。
シンシアは酷く感謝したとされる。
その日の晩、シンシアとアレクサンドラは二人話した。
盗み聞きしていたエトワールが詳細を記録している。
「お母様とサンディは、元々、ヒロインと悪役令嬢と言われていたそうです。
でも私には信じられませんでした。
何故なら、お母様はとても厳しくて、サンディは優しそうで、まるっきり印象が正反対でしたもの……。
お母様達は、別の部屋でお話していて、私はこっそりとそれを見ていました。
気になったんです。お二人がどんな会話をするのか。
そうして……お母様は言いました。
『随分と変わったのね、貴女……』
『シンシア殿下こそ、変わられましたよ』
お二人は35歳になっていました。
16の時に別れたので、20年近く、離れていたのです。
それがこんな形で再会して、お互い複雑だったのでしょう。
お二人は、自分達がどのような人生を歩んだのか、話しておられました。
それはあまりに壮絶で、私は涙を流していました。
訳もなく、涙を流していました。
私は知っていたのです。
お母様が決して幸せでなかったこと。
ずっと悩んでおられたこと。もしかしたら、それが悲しかったのかもしれません。
そしてサンディの境遇にも、胸が締め付けられました。
でも何故かお母様が謝れば、サンディもまたいじめていたことを謝ります。
当時のように美しいお顔はないけれど、その分本心を曝け出せているように思えました。
この時ようやく、お二人は和解出来たのです。
サンディは尋ねました。
『シンシア殿下。この先どうなさりますか?』
お母様は言います。
『アレクサンドラ。私は、このまま逃げようと思っていたの。これも良い機会だと思ってた。自由になる機会。子供達が自由になれるのではないか、と馬鹿なことを考えてた……。けど、その罰が降ったのかもしれない。マリーは死んだ。私のせいよ』
『そんなことはございません。殿下』
サンディは否定しました。
ですがお母様は首を振ります。
『いいえ、そんなことはないのよ。……それにね、アレクサンドラ。私は貴女と話していて思い出したの。一番最初の気持ち』
『一番最初の気持ち、ですか?』
『私は貴女のように、頑張っている人が泣かなくて良い世界が欲しかったの。苦しんでいる人を救いたかった。いつの間にか忘れていたわ……ヒロインと持ち上げられて調子に乗ってたのね。それから自分のことばっかり。今更思い出すなんて皮肉ね……』
『シンシア殿下……』
『アレクサンドラ。私はもう、シンシア・アルデフラルド・ロードリング・フォン・エルメレス=ハウグバルサなの。もう何も知らなくて良い、ヒロインなんかじゃないの。だから私には、何としてでもこの国を守る責任がある。同様にアクレサンドラ•フォン•ルドリーは、ただの修道女サンディになった。貴女は悪役でも何でもない、ただの善人だわ。今の貴女なら、信頼出来る』
『殿下、まさか……』
『子供達をお願いね。私はちょっと出掛けてくるわ』
そう言って、次の日お母様は姿を消したのです」
以降、シンシアはたった一人で行動を起こした。
王国歴599年。
ハウグバルサ王国は混乱に陥っていた。
革命軍は臨時政府を発足したが、元が教養のない平民だったため、上手く国を統治できなかった。
領主や貴族も、国外へ逃亡したか処刑されており、国内の治安は荒れていた。
前の方が良かった。誰もがそう思った。
そこに一人の女が、颯爽と現れる。
王妃シンシアだ。彼女は各地に散らばった有力貴族をかき集め、説得し、新たな軍を作り上げていたのだ。
その軍は瞬く間に革命軍を駆逐した。
玉座は再び、戻ってきたのである。
シンシアは、ハウグバルザ王国の女王に即位した。
国号をアンリへ変え、自らを女帝と称した。
シンシアは苛烈であった。
反逆者や大罪人を、全員殺した。国民の血税を好き勝手使っていたためである。
その結果、『血の女王』、『魔王』、『処刑女帝』と異名がついた。
シンシアは元が聖女とは思えない程、恐れ畏怖された。
だがシンシアは止まらない。
国民の安寧を脅かす者を、徹底的に排除していったのである。
帝国歴元年。
国の混乱が落ち着いたタイミングで、シンシアは子供達を自分の元へ呼び寄せた。
親子は熱い抱擁を交わし、この時ばかりはシンシアも号泣したと伝わる。
そして、ここまで子の面倒を見てくれたアレクサンドラに、新たな女帝は恩赦と報酬を与えた。
国外追放の処罰を取り消し、アレクサンドラを教会の幹部に招き入れた。
この人事に当初反発も大きかったが、アレクサンドラの優秀さと粘り強さ、慈愛の心に周囲の評価は徐々に変わり、最終的に誰もが彼女を頼りにしたと言われる。
こうしてかつて聖女と呼ばれた女と、かつて悪役令嬢と呼ばれた女は、手を取り合い、共にアンリ帝国を変えていった。
シンシアは弱者救済の政策を掲げ、困窮している貧民階級や障害者を保護した。
教会の信頼を取り戻すため積極的に動き、徐々に国民は信仰心を胸に、教会へ通うようになった。
その教会ではアレクサンドラ主導の元、読み書きの手解きが行われ、識字率が上がっていく。
アレクサンドラは孤児院を経営し、子供達の教育も熱心に取り組んだ。
自身の子供を亡くしたからだとされている。
そこで使われた絵本は、アレクサンドラの直筆で、想像豊かで楽しいお話として広く、何年も愛されることとなった。
いつの間にかアレクサンドラは、『聖母』、『識字率を上げた偉人』、『児童文学の母』と讃えられた。
帝国歴9年。
アレクサンドラ•フォン•ルドリーは、結核によりこの世を去った。
60を超える前だった。
少女時代、嫌われていた彼女は、当時では考えられないほど多くの人々に見送られた。
シンシアはアレクサンドラを「生涯で一番の親友」と呼び、死ぬまで喪服を着続けた。
シンシアは、その後70歳まで生きた。
玉座を継いだのは、末っ子イザベル。
イザベルはシンシア以上に優れた統治能力で、アンリ帝国を大陸随一の強国へ押し上げていく。
以上が、我が国の始まりなのである。
今日より続く我が国は、二人の強き女性が作り出した。
皆様は、どう思っただろうか。
もし、シンシアとアレクサンドラが、そのまま立場が逆転しなければ。
シンシアは悠々自適に暮らし。
アレクサンドラは晴れて国母となっていただろう。
その時彼女達は、望んでいた通り自由に、幸せになれていたのだろうか?
シンシアもアレクサンドラも、死に際に、こう残している。
「この人生で良かった。私はやりきった」
……二人は有り得ただろう“もしも”すら、否定している。
ありのまま、強く賢く生きた彼女達に、現代の我々もまた敬意を覚えずにはいられない。
筆者の解釈としては――
◆◇◆◇
パタン。
そこで、本が閉じられた。
「うう……良い話だったよぉ〜」
そう言って、よよよ、と泣くのは、ブレザーを着ている女学生徒だった。
快活そうで、派手で、お人好しそうで、長い黒髪を垂らしている。
その隣で座っている、白い髪をショートヘアにしている少女は、興味なさそうに携帯を弄っていた。
「あっそう? それで、どんな感じだったっけ? シンシーとアレクシアって名前だったっけ?」
「もう、シンシアとアレクサンドラ! 私達の名前と一緒でしょ? 授業で習ったじゃない!」
「まあ、そのせいで揶揄われたから、あんまり良い思いしなかったんだよねえ」
そんなことを話している二人は、近所の高校に通う学生で、幼馴染だった。
タイプは違うのに仲良しで、今日もカフェで駄弁っている。
黒髪のサンディは、図書館から借りた本を見せて、熱弁して来た。
「ともかく超感激したのよ! シンシアとアレクサンドラが、時を経て仲直りして、一緒に過ごしたっていうところが、グッと来たの。ああ、報われたんだなぁって!」
「うぇ〜何処が? どうせ授業で習って気になったからって借りた落ちなんだろうけどさ、それ、私も先に読んだけど、結局二人とも他人様やお国のために働き続けたんじゃない。不自由過ぎ。私はそんなのごめんだね。世の中好きなように生きたもん勝ちっしょ」
「えぇ〜!? シンディは捻くれすぎよ!」
「サンディは純粋過ぎ」
「うぅ〜……」
その時、白髪のシンディのスマホにメールが届いた。
サンディのテンションが上がる。
「なになに? またイアンくん? キャーっ! 良いなあ、イケメンで、お金持ちで、優しくて! アンタにゾッコンなの、ちょー羨ましい! 今週で三回目でしょ!? デート行ったら良いのに! キャーっ!?」
「うるさっ。大体、イアンとか興味ないんですけど。マジ、アイツ気持ち悪いし。男は見た目じゃなくて中身だよ。話つまらない、エスコート下手くそ、ファッション最悪。有り得なさ過ぎ」
「相変わらずドライだな〜。ああ〜勿体無い」
そう言うサンディに、シンディはポツリと言った。
「……ま、やっぱ私は、アンタと一緒にいるのが一番楽しいからさ。今のままが良いんだよ」
すると、サンディは目を見開いて……、
「えへへ、私もぉ!」
そうやって二人はくすくすと、笑い合った。
前世から生まれ変わったなんて知らずに、なんのしがらみもなく、平和な世界で、普通の少女として、笑い合ったのだった。
それが彼女達にとって、一番の幸せだった。
登場人物紹介&裏設定
シンシア
愛称はシンディ。白髪に可愛らしい顔立ちだが、身長170cmとガタイの良い体格で食べることが好き。元は裕福な商家の三女で上にも下にも兄弟がいる。幼少期は蛇を素手で掴む、大木に登る、男子を束ねるガキ大将と、元々ヒロインとは縁遠い人物。最終的にストレスと過食で太ったが、体力は無限にあった肝っ玉母さん。行動力がすごい。
だが少々子供はついていけなかった。
平和な世界に転生した後は前世の影響か、ドライで現実主義者な性格になっている。ただし活動的な部分は健在。モンスターバイクを乗り回している。
アレクサンドラ
愛称はサンディ。身長155cm。黒髪に小柄で華奢で、スタイルは良くないが顔は美人。ルドリー公爵家八番目の娘。根は大人しく内気で繊細で泣き虫。加えて酷く不器用で、頭も良くなく、要領も良くなく、よく転ぶドジっ子。トドメにコミュ障で、自己肯定感が地に落ちている。
苛烈な教育的虐待により人格が歪み、必死に努力をしていたところを追い詰められたため、シンシアをいじめていた。加害者であり被害者。ぶっちゃけ救いがあまりない。
シンシアは結婚してからその境遇を知ったので、深い罪悪感に悩まされた。
転生した後は吹っ切れたのか、明るく純粋なギャルになった。毎日が楽しそうで、悩んでも寝たら忘れる。
イアンとデートしてみたが、あまりのつまらなさに諦めた。
イアン
ハウグバルサ王国の王様。普通と無能の中間にいる評価に困るお人。この人もこの人で悪い性格と言えば微妙で、当時の価値観に染まっているだけの頭が硬い人物である。普通に生きてたら普通に死んでいた程度の器しかない。ただしイケメン。イケメンで話術があるので、シンシアはコロッと落ちた。
しかし転生したら教養が普通になったので、話がクソつまらないことに。
結局シンディにもサンディにも距離を置かれている。でもやっぱりイケメンだからモテる。
ちなみに年を取ったらなんか良い感じで落ち着いて、よりにもよって、歴史教授としてアレクサンドラとシンシアをテーマに研究することとなる。
それなりに独身で楽しく生きたので、ちゃんと幸せになった模様。前世も今世も結婚には向いていない。




