異世界の狼を美味しくしちゃいます!
ログハウス風の建物。
中には、小さな台所、風呂場、そして、ベッドのある部屋が二つある。
何なの。この宿。ちょっとしたホテル並みに充実してる。
「じゃ、レッツクッキ~ング!」
ドーン!
ユイナが、解体した巨大狼の骨付き肉を台所の作業台に置いた。
ドス黒い肉と骨がドンと置かれた瞬間、強烈な生臭さが鼻をつく。
「うっ……!」
思わず一歩、後ずさる。
これは……ある意味、ジビエ……!
テレビの猟師特集でしか見たことない代物だ。
「いい香りだよね~」
ユイナは満面の笑みで、大鍋に骨付き肉を放り込んでいく。
……どこがいい香りなの!?
「ぼ、僕には、無理だ……」
ついさっきまで戦っていた狼が、今まさにIHクッキングヒーターにかけられている。
しかも、最大火力。
ごめんよ、巨大狼……!
……ってか、この世界にもIHあるんだね!
「え~……せっかく、今、煮込んでるのに~……」
手羽先みたいなノリで言わないで!
ジジジ……と音を立て、あっという間に鍋から焦げ臭さが立ちのぼった。
「なんか、へんな香りしない?」
「ほえ?」
いや、気づいて!
慌てて鍋を覗き込むと――
ウルフの骨付き肉が、まっ黒こげになりかけているじゃないか!
「あ~あ……」
IHでここまで焦がすとか、逆にすごい。
「すご~い! よくわかったね!」
「ま、まあね……」
いや、わからない方が不思議だけど。
それより、ここからが本番だ。
この焦げを立て直して、なんとか食べられるものにしないと……!
壁際には、見慣れない瓶や壺がずらっと並んでいる。
調味料……らしいけど、ラベルが妙にカラフルだ。
「調味料、使ってもいい?」
「もっちろん! どんどん入れちゃおう!」
ユイナが、よくわからない液体の瓶を手に取る。
ちょっと! 入れればいいってもんじゃないから!
「え~っと……」
赤い瓶が醤油、青い瓶が砂糖……たぶん。
あれ? この国の言語って日本語なのかな?
いや、もしかして僕が勝手に変換してる……?
……まあ、どっちでもいいか。今は料理だ。
鍋の火を一瞬弱め、アクを素早くすくう。
肉の表面が白く変わり始めた瞬間を逃さず、醤油をざっと回し入れる。
続けて砂糖。
焦げがちょうど良い香ばしさに変わるタイミングを、身体が自然に覚えている。
母の知人のシェフにしごかれてきた日々が、まさか異世界で役立つとは……。
「すご~い……手際いいね~」
ユイナが、目を輝かせて僕の手元を見つめている。
「まあ、プロのシェフから料理を習ってるからね……」
菜箸を軽く回して鍋の中を整えながら、さらっと言う。
こういう時、ちょっとカッコつけたくなるのは、魔法少女……ではなく、男の性だ。
「やば! 見た目に反して、ハイスペック!」
「悪かったね、見た目に反してて」
ひと言、多いよ!
僕は素直に褒めてほしいお年頃なの!
「はい、できたよ」
巨大狼肉のスペアリブ完成!
見た目は……うん、意外といい感じ。
煮込み時間が異様に短いのは、異世界IHの謎パワーだろう。
便利だけど、ちょっと怖い。
「やったあ! いただきま~すっ!」
ユイナが、鍋から素手で肉を取り出そうとする。
……この人、本当に女王様なの!?
「待って! お皿に盛るから!」
皿に盛りつけ、急いで、机へ運ぶ。ユイナを椅子へ誘導し、机の真ん中にドンと置く。ついでに、フォークとナイフも用意してみた。こうしてみると、ものすごい量だ。1キロはありそうだけど、2人で食べきれるかな……。
「いただきま~す!」
結局、ユイナが素手でがっつき始める。食べ方も、ものすごく豪快だ。
「……う、うまっ!!」
ユイナの目がキラッと輝く。
「そ、そうなの……?」
恐る恐る僕もかじってみる。
「……おいしいっ!」
クセの強すぎる肉が、甘辛いタレと焦げの香ばしさで中和されて、むしろ高級料理っぽい仕上がりだ。
異世界の狼、侮れないなあ。
そんなことを考えているうちに、キロ単位はあったであろう、煮込まれた巨大狼の肉は、あっという間に完売御礼となった。
「ごちそうさまでした~!」
ユイナは満足げにお腹をさすり、ふかふかのベッドに大の字で寝転んだ。
「はあ……満腹でもう動けない」
「……そうだね」
机の上の皿には、骨だけが残り、ふわりと肉の余韻が漂っている。
次は、皿洗いをしなきゃな。トドのようなユイナは、しばらく立ち上がりそうにないし。
ため息をついて、立ち上がる。
──その時。
「うわああああ! 助けてくれえええ!」
夜の静寂を引き裂くような、若い男性の悲鳴が遠くから響いた。
一瞬で、空気が張り詰める。
背筋がぞくりとする……ただならぬ気配だ。
「精霊グエルが治める領地の方だ!」
ユイナがさっと起き上がる。
さっきまでのトドスタイルは、何だったの!?
「それ、どこの誰!?」
説明を省略しないで! わけわかんないから!
「見に行こう! ついてきて!」
思い立ったら即行動。
ユイナは槍をつかみ、夜の闇へと駆け出した。
「ちょっと! 置いていかないでよ!」
も~……。バタバタせわしないんだから~。
僕の身にもなってよね!




