ハッピーエンドじゃないよね
魔王の顔がどんどん近づいてくる。受け止めてあげなきゃいけない。だって、僕らは、似た者同士だもの……うん……そうなんだけど……。
……これは、ハッピーエンドじゃないよね。
「待ってください」
「案ずるな。ここは、楽園だ」
「確かに、ここは、楽園です。でも、だからこそ、ここには、いられないんです」
「なっ……!」
強い風が吹き、湖畔の木々の葉がひらひらと水面に落ちていく。
魔王がよろめき、小舟が揺れる。魔王のショックが、ひしひしと伝わってきた。でも、僕は、このまま終われないんだ。
「僕の本当の姿は、霧生颯真。14歳の男子中学生です」
「なんだと……?」
戸惑う魔王の前で、コンパクトを出し、変身を解く。湖の水面に映るのは、黒い短髪で、同じ年頃の男の子たちより、少し華奢で色白な少年だった。
そう……これが、僕……霧生颯真だ。
「それが、真の姿……なのか……」
僕は、静かに頷いた。相変わらず、華やかさの欠片もない。でも、今はこの姿を気に入ってる。
「僕は、ある時、シルベスタ王国の女王・ユイナ・バレッタに異世界から召喚され、魔法少女に変身する力を手に入れました」
「なんと……」
「僕は、もとの世界で本当の自分を見失っていました。でも、この世界で、女王や精霊たちに出会い、あなたと行く先々で色々なことをさせてもらいました」
ユイナと精霊たち、そして、魔王と過ごしてきた日々が鮮やかに蘇る。色々なことはあったけど、楽しくて、笑顔あふれる旅だった。
「僕は、この旅で、心の赴くままに、生きる喜びを知ったんです」
誰にも、何にも、縛られず、やりたいことをやりたいようにやる。ただ、それだけのことが、元の世界では難しかった。でも、今なら、きっと……。
「そうであったか……」
魔王ががっくりと肩を落とす。期待に添えなくて、申し訳ない。
「僕は、これからも、そんな生き方をしていきたい。彼らにも、あなたにも、自分にも、正直でありたいんです」
ここは、楽園だ。これからも、きっと、魔王と2人きりの穏やかな時間が流れていく。でも、ここに残ることを選択してしまったら、穏やか以外の感情を心赴くままに感じることはできない。だから、行かなくちゃいけないんだ。
「そうか……ならば、私とは、ここで、お別れだな」
魔王が深いため息をつき、再び、オールを漕ぎ出そうとする。その手をぎゅっと握り締める。
「あなたも、ここを出るんですよ。魔王」
「私には無理だ……お前のように、強くない……」
僕の手を振りほどこうとする魔王にしがみつく。魔王だけ、こんな場所に残ってほしくない。だって……魔王なら……。
「大丈夫です。あなたなら、絶対にできます」
ともに戦ってきた僕には、わかる。
あなたは、強いだけじゃなくて、痛みや弱さを知っている……と……。
「ふっ……はははははは」
すごくいいことを言ったはずなのに、なぜか魔王は腹を抱えて笑い始めた。
「僕、何かおかしいこと言いましたか?」
むっとして、口を尖らせる。魔王は、自信満々に、長い黒髪を、さらっとなびかせた。
「いいや。色々と吹っ切れただけだ」
「はあ……」
魔王としては、失恋して、立ち直ったみたいな感じなのかな。まあ、何はともあれ、いつもの魔王に戻って、よかった。
「また会おう。ラブリーピース……いや……」
魔王が、とびっきりのスマイルを見せる。
「霧生……颯真……」
その瞬間――。
僕と魔王を、それぞれ温かい光が包んでいく。
今度こそ、お別れだ。
でも、なぜか悲しくない。これで、よかったんだとさえ思う。
ああ……そうか……。
魔王を笑顔にすることが、できたからだ……。
「また会いましょう。魔王」
今度は、友達になれたらいいな……。
そんなことを考えながら、僕は、光の中で、静かに目を閉じた。




