笛の音
ジャンとユイナの話は、止まらない。
今度の舞台は、色とりどりの化粧品が並ぶコスメショップだ。
店内には甘い香りがふわっと漂い、ライトに照らされた棚には、宝石みたいにきらめく口紅やアイシャドウがずらりと並んでいる。壁はパステルカラーで統一され、まるで夢の国みたいな空間だった。
「まずは、ファンデーション。アイメイクと口紅もいるね」
「眉毛もふわっふわに仕上げなくちゃな!」
2人が手に取るのは、目がチカチカするくらい派手な色ばかり。
僕……それを使いこなせる自信、正直まったくないんだけど……。
その時――。
空気の中に、ひらりと舞うような小さな音が混ざった。
「笛の音……?」
耳を澄ますと、店の外から聞こえてくる。まるで風に乗って届く透明なフルートの音色だ。
「ねえねえ、フーマ。これとこれ、どっちがいいと思う?」
ユイナが振り向くと、手には派手なピンクとオレンジの口紅。どっちもすごい主張だ。
でも、今はそれどころじゃない。
「ごめん! ちょっと、外に出てくる!」
言うが早いか、僕はコスメショップを飛び出した。
人生で一番じゃないかってくらいのスピードで走る。
「おい! どこ行くんだよっ!」
背後からジャンの声が聞こえるけど、振り返る余裕はない。
胸の奥が、ざわざわと騒ぎ出していた。
――久しぶりに、笛を吹きたい。
その一心だった。
◇ ◇ ◇
音の方へ向かって走っているうちに、いつの間にか「マルクス楽器店」という看板が掲げられた店の前に着いていた。
外壁は潮風にさらされたベニヤ板でできていて、ところどころ白く剥がれている。窓からは木の香りと、かすかに楽器の音が漂っていた。海のそばで、楽器なんて大丈夫なのかな……と、ちょっと心配になる。
「こんにちは……」
「いらっしゃい」
扉を開けると、恰幅のいい男が木製の横笛を持っていた。形はまさにフルートそのもの。これが、さっきの音の正体かもしれない。
「あ、あの……さっき、笛の音が聞こえてきたんですけど……」
「ああ。兄ちゃん、吹いてみるか?」
男は、にやりと笑って笛を差し出してきた。
「え? いいんですか?」
「いいぜ。俺の作った笛の中でも最高傑作だ。これを吹きこなせたやつはいねえけどな」
そんなにすごい笛なのか……。
譜面をちらっと見ただけで、16分音符だらけ。気が遠くなりそうだ。
「……では、失礼します」
でも、僕は今までプロに習ってきた。このくらい、きっと、なんとかなる!
男――マルクスは、玄関の扉を勢いよく開け放った。
え!? 何するつもり!?
「さあさあ! このマルクスの作った笛にご注目〜っ!!」
太鼓を叩きながら、近所の人たちに呼びかけている。物珍しいのか、次々と人が集まってきた。
やばい、またこのパターン……!
……仕方ない。気にせず、自分のやりたいことをやろう。
僕は覚悟を決め、横笛に唇をつけて大きく息を吸い込む。
吹き始めた瞬間――不思議なことに、指が勝手に動き出した。
透き通るような高音が空へと伸び、軽快なリズムが店の外へと広がっていく。人々の足が自然とステップを踏み始め、どよめきが起こった。
楽しい……!
「いい音がすると思ったやつは、ここにお布施を入れてくれ!」
マルクスが四角い缶を置くと、1人、また1人とお金が入っていく。演奏が進むにつれて、缶の中はあっという間にいっぱいになっていった。
「こんなにきれいな音を聞いたのは久しぶりだよ……」
「吹いてみたい人は店の前へ! いい笛、売ってるぜ!」
「ママ、僕も吹いてみたい!」
「パパ、あれ買って〜!」
マルクス、ちゃっかり商売してる……!
でも、僕も今、ものすごく「世のため人のために生きてる!」って感じがする!
「老若男女に大人気! テンション上がる〜! テンポ、上げていこうぜ〜!」
お任せください!
僕は最終章を吹き始めた。余裕も出てきたので、少し踊りも加えてみる。リズムが高まり、音が波のように観客を包み込む――そして、ラストスパート!
「終っ! 了っ!」
吹き終えた瞬間、大きな拍手が起こった。見知らぬ人たちの顔が、みんな笑顔で輝いている。
「……んじゃ、俺の作った笛を吹いてくれた兄ちゃんに、名前を聞いてみよう!」
マルクスに笛を返し、マイク代わりの太鼓を向けられる。目の前には、最初の倍以上の観客が立っていた。
話す方が、演奏よりも緊張する……!
「ぼ、僕は、フーマです。演奏を聞いてくれて、ありがとうございました……!」
頭を下げると、大きな拍手が返ってきた。胸の奥がじんわり熱くなる。
やりきった……!
「フーマ!」
聞き覚えのある声がして振り向くと、ユイナとジャンが立っていた。
「ゆ、ユイナ……! ジャン……!」
2人とも、笑顔で拍手してくれている。
「すっげ〜! マジ、カッコよかった!」
「ありがとう……」
「あ〜! 俺も吹きてえ〜!」
「ジャンも吹けるの?」
「おうよ。ま、俺の力が込められた笛は、昔、ドラゴンに取られてるんだけどな」
「え?」
「だから、吹きたくても、吹けねえんだ」
……ということは、この精霊、今は丸腰なの!?
すごいこと聞いちゃった気がする。
「……じゃ、帰ろっか〜」
ユイナは全く気にしていない。いや、気にしてよ! 女王様っ!!
「う、うん。そうだね……」
「……っしゃ! 帰ったら、明日の衣装リハだ! 燃えるぞおおお!」
ジャンが満面の笑みで拳を突き上げる。
夕焼け空にその声が響き渡った。
もう……! そこでテンション上げなくていいから!!




