酒のつまみじゃありません!
グエルと別れて、森を出る。
目の前に広がっていたのは――どこまでも続く青い海と、白い砂浜だった。
「ん~! ビール、サイコ~!」
隣を歩くユイナの手には、金属製の大きなジョッキに注がれたビール。
昨夜、グエルを潰す勢いで飲んでいたのに、まだ飲んでいる……。
この人、酒も強いのか……。
「まあ、グエルの力も込めてるから……」
グエルがくれたコック帽は、あのあと緑色の石になってコンパクトに収まった。
「エターナルデリシャスシャワー」は安いお酒や怪しい素材でもおいしくなる。しかも、いつでも使える。それをいいことに、彼女は朝からビール祭りだ。
女王様がこれでいいのか……いや、他の世界から来た僕には、もうツッコむ気力もない。
「この調子で、どんどん精霊の力を集めてこ~!」
顔色が変わらないから、お酒でご機嫌なのか、もともとこういうテンションなのか、さっぱりわからない。
「次は、港町なんだっけ?」
「そうそう。もう着くはずなんだけどな~」
その時――
ザッパ~~~ン!!
巨大な水柱が上がった。
海の中から、漆黒の触手が何本も伸び、白い砂浜を一気にえぐっていく。
「ええええっ!?」
姿を現したのは、海のモンスター界の王道――クラーケンだ!
その巨体が砂浜にぬうっと乗り上げ、僕たちを一直線に睨みつけてくる。
海水が押し寄せ、足元をざぶざぶと洗った。
「おつまみ、キタ~!」
「クラーケンは、酒のつまみじゃな~いっ!!」
僕は全力でツッコんだ。
でもユイナは、ビールを片手に、舌なめずりしている。
「炙って七味とマヨか、醤油バター……いや、唐揚げも捨てがたいな……」
完全に、食べ方で悩んでる!!
っていうか、呑気に飲んでる場合じゃないでしょ!!
「よ~し! 変身だあ~!」
ユイナが残りのビールをぐいっと飲み干し、槍を構える。
「ちょっと待って……!」
周りに人影はない。
確認すると、僕もコンパクトを開いた。
まばゆい光が僕の体を包み――
お約束のメイクアップ、完了!
「あなたに愛を。この国に平和を」
顔の横でピースサインを作る。
「魔法少女ラブリーピース!」
きらきらきら~ん☆
今日も、かわいく、かっこよく決まった!
……誰も見てないけど!!
「切り落とすから、焼いちゃって~!」
「えっ?」
ユイナの頭の中は、完全に「調理手順」でいっぱいらしい。
う~ん、僕なら醤油ベースかな……って、いやいやいや!
「とりゃああああ!!」
ユイナが槍を振り下ろすと、クラーケンの巨大な足がヒュッと引っ込む。
「やめてええ! 痛いのは勘弁してくれえ!」
――喋った!?
しかも、僕より少し年上くらいの、少年っぽい声だ!
太陽がじりじり照りつける中、血の気が引いていくのがわかる。
「も~! うるっさいな~! 黙ってよ! おつまみ~っ!」
ユイナ、怖い! ほんとに食べる気だ!!
怒ったクラーケンが、砂浜に叩きつけるように足をばたつかせた。
次の瞬間――青い光が全身を包み、水しぶきが弾け飛ぶ。
イカの巨体は、光の中でみるみる小さくなり、そこに現れたのは――ブロンドの髪を潮風になびかせる少年だった。
Tシャツに短パンという、どこにでもいそうな格好。
だけど、目は自信に満ちてキラッと光っている。
「ええっ!? クラーケンが、人になった!?」
あ、あぶな……もう少しで人をおつまみにするところだった!
「俺様は、人は人でも精霊様だぞ!」
「精霊様……?」
「そう。俺様は、海の精霊・ジャンだ!」
ええええっ!? この人が海の精霊なのっ!?
精霊って、みんなクセが強すぎない……!?
「ちょうどよかった。ジャンくん。この子が魔法少女のラブリーピースだよ」
ユイナがにこっと笑い、僕を紹介する。
さっきまでビール片手に“つまみ”にしようとしてたのは、なかったことになっているらしい。
……大人って、ほんと世渡り上手。
「噂にゃ聞いてるよ。料理が得意な超絶美少女なんだって」
「う、うん! そうだよ!」
否定されなかった!? なんかハードル上がったんだけど!
「……で? 魔法少女が出てくるってことは、それだけこの国、ヤバいってことだよな、ユイナ」
「そゆことだね」
「よ~し! じゃ、この俺様がど~んと話を聞いてやんよ!」
「本当っ!?」
「ただし、この俺様の願いを聞いてからだ!いいだろ!? 魔法少女様……っつうか、魔法少女くん?」
ジャンが、微妙な言い方をする。
そういえば、堂々と変身してたんだった。もう隠す必要もないか。
僕はコンパクトを開き、フーマの姿に戻った。
「僕は、フーマ」
ジャンに手を差し出す。
「よろしくな! フーマ!」
ジャンが力強く握り返してくる。
その手は、さっきまでクラーケンだったとは思えないくらい、温かくて柔らかかった――。




