解体または迷子
夜の森は、昼間とはまるで別世界だった。
グエルの家からさらに奥へと進むと、足音だけがコツコツと響く。
葉の擦れる音も、虫の声もない。まるで、森そのものが息をひそめているみたいだ。
道の両脇には、赤茶色や黄色の葉をつけた木々が立ち並んでいる。
少しずつ、空気がひんやりとしてきた。
「よし。着い……」
グエルがピタッと足を止めた、その瞬間――
「……そのお姿は……もしや……」
か細い女性の声が、どこからともなく聞こえてきた。
「えっ!?」
思わず、辺りを見回す。
でも、この周りで女性といえば、ユイナしかいない。
「……どうかしたの?」
いや。違う。今の声は、もっと冷たくて、幽かだった。
「今、声がしなかった?」
「しないよ?」
うわ、言っちゃった……。
試しに聞いてみたら、余計に怖くなったじゃないか!
グエルが半泣きの顔になる。
「やだ! 怖い! あと、よろしく!」
ドタドタドタッ!
グエルは全力で引き返していった。
……中年男性、情けなさMAX。
「も~……ビビりなんだから~」
「ユイナの心臓が強すぎるんだよ」
「よ~し! じゃ、フルコース作ろっか! 魔法少女様!」
「う、うん……」
レシピ本の内容は、頭に叩き込んである。
前菜はスライムのテリーヌ。
スープはバジリスクのコンソメ。
魚料理はサハギンのポワレ。
肉料理はベヒーモスの頬肉の赤ワイン煮込み。
そしてデザートは――ユニコーンのミルクのパンナコッタ。
……本当に、これ、食べられるのかな。
「よっしゃあ! まずは、前菜のスライムだね!」
森に入ると、緑色のスライムたちがぽよぽよと跳ねていた。
丸くてつやつやしてて、ちょっとかわいい。
……でも、君たち、今から食べられちゃうんだよね。
「ほら。ちゃちゃちゃっとやっちゃお~」
ユイナが槍を構え、スライムをブスブスと突き刺していく。
あっという間に、スライムはぷるぷるした塊になっていた。
「はやっ!」
次はバジリスク……つまり蛇……!
想像しただけで背筋がぞわっとする。
怖い……!
「ねえねえ。時間もないしさ、手分けしない?」
ユイナから鬼のような提案が飛んできた。
「えっ?」
完全に目が点になる僕をよそに、ユイナはさらっと続ける。
「だって、ユニコーンって、人ならざるもののせいで滅多に出会えないらしいんだよ!」
「へ、へえ……」
……だから、何!?
……ていうか、それ、どこの情報!?
「……ってことで、ユニコーンはよろしく~」
質問する間もなく、ユイナがスタスタと去っていく。
「ちょっと! どこ行くの!?」
僕は、基本ボッチだけどさ……。
何も、こんな夜の森でボッチにしなくてもいいじゃん!
「私は残りのモンスターを秒で片付けて、広場で解体してお肉にするから!」
前言撤回!
そんな現場、絶対見たくない!
むしろ、肉にしといてください!
「わ、わかった……」
「じゃ~ね~」
手をひらひらと振って、ユイナは夜の森の奥へと消えていった。
……お肉の解体と、夜の森の一人歩き。
究極の選択だなあ。
誰かに、「あなたはどっち派ですか?」って聞いてみたい。
見上げると、森の上空には、月がぼんやりと霞んでいた。
さっきの声が、ふと耳の奥でよみがえる。
「……そのお姿は……もしや……」
……気のせい、だよね?
――と、その時。
背後の木の影で、何かが「カサッ」と動いた気がした。




