精霊グエルの家
森の奥に、ひっそりと佇むログハウス風の赤い屋根の家。
木々の隙間から差す陽の光に照らされて、緑の蔦がきらきらと輝いていた。
縦に細長いその姿は、まるで森の精霊の塔のようだ。
「ど~ぞ~」
精霊グエルが扉を開けると――ゴツン、と何かにぶつかった。
え? そんなに、荷物が積んであるのかな……?
恐る恐るぶつかった方を見ると、そこには趣のある小さな日本庭園が広がっていた。
苔むした石、ちょこんと置かれた灯籠、そして小さな池。まるで和風旅館の中庭みたいだ。
ここは、きれいに掃除してるんだ……。
ちょっと安心した。
「素敵ですね……」
このオジサンにも、和の心があったんだ。
――天井に、でっかい穴が空いていることを除けば、だけど。
「お~。ここは、俺の寝床だからな」
「寝床……?」
グエルが得意気に木の姿へと変身する。
そのまま、天井の穴に――
――――ハマったあああ!
「いやあ。極楽、極楽」
穴にはまりながら、うっとりしているグエル。
その穴、そうやって使うんだ……。
……うん、そっとしておこう。
「こらあ! 仕事しろ~!」
ユイナが容赦なく、槍でグエルの木の幹を叩きつけた。
パシィィィ――――ン!!
家中に響き渡る、すっごく痛そうな音!
「ぎゃあああ! 暴力反対~っ!」
グエルが悲鳴をあげながら、人間の姿に戻った。
「レシピ本、持ってるんでしょ!? どこにあるの!?」
「え~っと……本棚の上の方かな……」
グエルが部屋の中央にそびえ立つ巨大な本棚を指差す。
あの……。
高すぎて、天辺が見えないんですけど……。
「仕方ないなあ~」
ユイナが本棚に巨大な木のハシゴをガシャンと引っかける。
「じゃ! ハシゴで登るよ!」
何の迷いもなく、ユイナがスルスルと登っていく!
ゆ、揺れそう……!
指先がみるみるうちに冷えきっていくのを感じる。
「ほら~! 早く~!」
「わ、わかったよ……!」
恐る恐る、ユイナのあとをついていくと――案の定、ハシゴはギシギシと揺れた。
「ちょっ……どこまで登るの……?」
下を見た瞬間、玄関が豆粒みたいになっていた。
固まっていると、ふわふわと飛びながらグエルが近寄ってくる。
「シルベスタ料理は、庶民はめったに作らない幻の料理だからな。レシピ本も幻だ」
――――ドヤア!
……ちょっと、飛べるんなら、取ってきてよ!!
「お~。あった、あった」
ユイナが本を手に取り、小さな踊り場みたいなスペースに降り立った。
はあ……ようやく、ひと息つける。
「これが、シルベスタ料理?」
ユイナと一緒に写真を覗き込む。
なんというか……。
フランス料理みたいな、オシャレな盛り付けの料理ばかりだ。
「相変わらず、お皿に、ご飯がちょびっとしか乗ってないっ!」
ユイナがじたばた暴れる。
やめて! 落ちるから!!
「……オシャレだね」
「食にオシャレとかいらないよ! 私は、さっさと食べて、訓練したい!」
「食事くらい、ゆっくりしようよ……」
この人、どこまでも脳筋だな……。僕には理解できない。
「ちなみに、使われてる食材は、全部、モンスターだ」
グエルのドヤ顔が続く。
「えっ……!?」
やっぱり、モンスター食べるの!?
「大丈夫だ。どの食材も、この奥の森で、だ取れるからな」
「は、はい……」
しかも、自分で狩るの!?
またしても、血の気がサーッと引いていく。
「行くなら、入口までは案内するぞ」
「え? 入口まで?」
「お、俺には、この森全体を守るという仕事があるからな」
「そ、そうですよね……」
……もしかして、ビビってる?
大人だから、あえて突っ込まないけど。
でも、隣にいるユイナは違った。
「……とか言って、夜の森が怖いだけでしょ?」
清々しいほどの直球――――!
グエル選手! 大きなダメージを食らっています!!
「だ、だってさ、魔王が来たくらいから、霧がかかって、人ならざるものが色々と出るようになってるらしいんだよ」
「人ならざるもの……って、なんですか?」
「それは……わからん!」
「え?」
今、ドヤるとこじゃない!!
ちゃんと仕事してぇ――――!!
「大丈夫! 大概のものは、ぶっ飛ばしてあげるからさ!」
ユイナが、笑顔で、槍をドーンと構える。
僕が幽霊なら、全力で逃げるね。
「……っつうことで、行くぞ!」
グエルがスタスタと下へ降りていく。
僕も仕方なくハシゴを降りる。
窓の外を見ると、森の奥にじわじわと霧が立ち込め始めていた。
まるで、こちらをじっと見ているみたいに――。
夜の森、か……。
なんだか、嫌な予感がする。




