〔ミザリー → コメディー〕に変えたからって、俺は責任を負いかねるっ!
久々に投稿したかったので、ふと思いついた話を書いてみました。
楽しんで頂けると幸いです。
……あれっ? おかしいな……。
確か私、トラックに轢かれそうになってて……。
……そうよ!
青信号で横断歩道を渡ってた女の子を、信号無視で突っ込んで来たトラックから守ろうとして、
女の子の腕をガッと掴んで、歩道の方へ投げたのは良いけど、
その反動で、道に倒れ込んじゃったのよね。
だからてっきり、これで死ぬのかと思ってた。
でも今は……宙を飛んでる!?
誰かにお姫様抱っこされて!?
何て恥ずかしい、知ってる人に見られたらどうしよう……。
それにしてもやけに静かね、聞こえるのは女の子の鳴き声位。
……良く見たら、周りが全部止まってる?
時が動いていないかの様だわ、どうしちゃったのかしら。
空中をゆっくりと動いてる、不思議な感覚。
ふんわりと浮いて、ふんわりと落ちる。
そして私を抱いていた誰かは、ガードレールをコンッと蹴って、
歩道の真ん中にストッと着地した。
私はゆっくりと歩道に下ろされ、その人は声を掛けて来た。
「大丈夫か?」
「え、ええ。」
咄嗟にそれ位の言葉しか返せなかった。だってビックリしたまんまだったから。
その人は顔を見た限り、同い年と思える少年だった。
少年は続けて、私に話し掛ける。
「災難だったな。でも、どうにか助けられて良かったよ。」
「そんな事は無いでしょ。現に私は……。」
そう言いかけて道路の方を見やると、未だにみんな止まってる。
トラックも他の車も、歩道を歩いていた人達も。
そんな中、私が助けたであろう女の子だけは、
歩道の隅っこで涙を流していた。
「痛いよう、痛いよう。」
ペタンと座り込んでいるその姿に、私は申し訳無く思う。
もっときちんと助けられたかも知れない、でもあの時はこれが限界。
『ごめんね』と心の中で謝る私、それを差し置いて、
少年は女の子の前まで進むと、スッとしゃがみ込んだ。
そして女の子の頭を右掌で撫でながら、優しい口調で言う。
「僕が何とかしてあげる。だから泣かないで。」
「……どうやって?」
女の子は少し泣き止み、不思議そうに少年の顔を覗く。
少年はニコッと女の子に笑いかけると、今度は右掌をゆっくりと動かし、
痛みの原因であろう、擦りむいた右膝の当たりへと持って行く。
少年の右手がポウッと光ったかと思うと、続けて叫ぶ。
「痛いの痛いの、飛んでけーっ!」
ヒュッと左から右へ、翳していた右手を振り抜いた後、
少年は再び、女の子に話し掛ける。
「もう痛く無いだろ?」
「ホントだ! ありがとう!」
涙をグイッと拭って、嬉しそうに笑う女の子。
女の子の足は、傷1つ無く綺麗な物だった。
まるで、さっきまでの出来事が無かったかのように。
それを見た私は、ホッとしたのか。
さっきまでの状況を思い出して、背筋がゾッとし。
心が恐怖で埋め尽くされていた。
それを感じ取ったのか、少年は。
女の子と一緒に立ち上がると、私の方へと連れて来る。
「このお姉ちゃんが、君を助けてくれたんだよ。ちゃんとお礼を言おうね。」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
女の子は満面の笑みを浮かべて、私に向かってペコリと頭を下げる。
私はつい恐縮して、女の子に言葉を返す。
「当たり前の事をしただけよ。無事で安心したわ。」
「えへへー。」
照れ笑いする女の子、小学校低学年くらいだろうか。
そのあどけなさが、私の心を軽くする。
恐怖心もすっかりと和らいでいた。
まるでそうするのが当たり前かの様に、「じゃあ」とその場を立ち去ろうとする少年。
私は慌てて、それを制する。
「ちょっと! どう言う事か、説明してよ!」
「何が?」
飄々とした態度を変えない少年に、私は続けて。
「周りが止まってるんですけど! それに君、どこから来たのよ!」
「どこって、反対側からだけど?」
「ここって、片側2車線の道路よ! それをどうやって……!」
「一っ飛びで。」
どうやら少年は、まともに取り合うつもりは無いらしい。
私は頬をぷくーっと膨らませて不満そうにする、最大限の抗議。
そして残念そうにうなだれ、「じゃあ、これだけ」と前置きした後に。
「どうして私を助けてくれたの?」
すると意外にも、少年の答えはこうだった。
「或る奴に頼まれた、ただそれだけだよ。」
「それじゃあ」と私達に軽く手を振ると、少年はタタタと道を横切り。
歩道まで進むと、勢い良く向こうへと駆けて行った。
「バイバーイ!」と元気に手を振り返す女の子、それを見て。
「まあ良いか」と、私は思ってしまう。
少年の姿が見えなくなる頃、急に周りが騒がしくなり、
『ガシャーン!』と大きな音がする。
どうやら時が動き出したらしい、トラックが向こう側の中央分離帯に衝突していた。
奇跡的にも、運転手は無事で。
道を走っていた他の車にも被害は特に無く、大した事の無い交通事故で終わった。
女の子は、慌てて駆け寄った母親らしき女性と抱きしめ合い、
「ありがとうございます! ありがとうございます!」と、女性は私に何度も頭を下げた。
「いえいえ」と応えながらも、私の心の中は複雑だった。
確かにトラックから女の子を引き離したのは私、でもあれは少年の手柄。
私を助けたのも女の子の怪我を直したのも、全てあの少年なのだから。
しかも事故は最小限の被害だった、これもきっと少年の仕業だろう。
少年は手柄を私に押し付けたのだ、何と歯がゆい事か。
次に会った時は、きちんとお礼を言って、
何をどうやったのか、今度こそ追及してやろう。
幸いにも、私と同じ高校の制服だったし、
校内をグルッと回って行けば、直ぐに見つけられるだろう。
そう思いながら私は、慌てて学校へと向かう。
これが、高校の入学式当日の朝の出来事だった。
「……なーんて、あの娘は思ってるだろうな。」
『お疲れ様。良くやってくれたね。』
「ホント、疲れたよ。」
教室の机に突っ伏しながら、独り言のように吐き捨てる俺。
実際、そうだった。
俺が会話しているのは、所謂【神様】。
見える訳が無い者を相手にしてるんだ。
周りからしたら、ブツブツと不気味な事だろう。
だるそうに、俺は続けて。
「これで本当に、解放されるんだよな?」
『そりゃ、勿論。これからは、自由に生きて良いよ。』
「これ以上は勘弁だよ……。」
『ボクとはいつでも自由に喋れるから、困った時は話し掛けてよ。じゃあね。』
「既定路線みたいに言うな。」
ここで、神様と俺の会話は終わった。
何とも面倒臭い、俺と神様との関係。
どうしてこうなったかと言うと……。
元々俺は、その辺りに居る一般的な男子そのものだった。
それを神様が強引に、あちこちへと連れ回したんだ。
しかも、【異世界】に。
最初は、剣と魔法の中世風ファンタジー。
次に、近未来の電脳SF。
後は超古代文明での超能力バトルに、銀河を股に掛けたスペースオペラ。
俺は結局、7つの異世界に転移させられ。
それぞれの世界で、勇者や救世主に祭り上げられた。
こっちは、たらい回しにされた気分だったけど。
充実感が無かったかと言ったら嘘になる、それなりに達成感は有った。
ラブロマンスも中々だったし、悪い気はしなかった。
目的を達成した後こっそりと去らなきゃならなかったのが、唯一の心残りだけど。
とにかく、それぞれの世界でチート級の能力を授かって。
仲間と共に敵と戦い、勝利をもぎ取った。
そうやって世界を渡り歩き、元の世界に戻って来た。
そこでようやく神様が、俺を連れ回した本当の目的を話したんだ。
それは、《俺が居るこの世界を変える事》。
神様にとってこの世界は、【とある物語の世界】らしい。
その内容とは、こんな感じだった。
ヒロインは、〔フィールドの妖精〕と呼ばれる美少女アスリート。
将来はオリンピックで金メダル確実と目される程、この時点から能力はズバ抜けていた。
しかし高校の入学式を迎える朝、登校途中に。
トラックに撥ねられそうになる女の子を助けようとして、逆に轢かれてしまい。
両足とも膝から下を切断すると言う、途方も無い悲劇に見舞われる。
すっかり落ち込んでしまい、生きる気力すら無くなってしまうヒロイン。
それを知った主人公の少年、ヒロインとは幼馴染で。
サッカーで全国大会に出場した事のある実力の持ち主にも係わらず、高校で止めようとしていた。
理由は色々と有るらしいが、作品内では語られないようだ。
だがその少年は、ヒロインを勇気づける為に、
心を奮い立たせて、サッカーを続ける事にした。
そしてヒロインに宣言する、「俺が国立競技場に連れて行ってやる」と。
毎日必死にサッカーに打ち込む少年、その姿を見て。
ヒロインも前へ進もうと決心し、パラアスリートを目指す。
月日は過ぎ、高校3年生となった少年。
約束通りヒロインを、全国大会決勝戦へと連れて行く。
そして、物語は……。
と言った、ありふれた感動話だそうだ。
しかし神様は、異を唱える。
こんな話、何が面白いの?
ヒロインを苦しめて、何がしたいの?
展開が詰まんなさ過ぎる、ボクの管轄する物語は楽しくなくっちゃあ。
そう、神様は反旗を翻したのだ。
神様の我が儘と言ってしまえばそれまでだが、どうしても創造主の考えが許せなかったらしい。
因みに、ここで言う〔創造主〕は。
〔作者〕や〔編集者〕の事を指すそうだ。
だけど当然ながら、流石の神様も創造主には逆らえない。
そこで神様は、《とある者にチート級の能力を与えて、物語を改変させる》と言う、
強引な手に打って出た。
奇しくも俺は、その役目に選ばれてしまったと言う訳だ。
この世界にようやく戻って来れた俺は、神様からそれを聞かされ。
呆れと怒りが入り交じる中、渋々神様に従った。
しかし何度、ヒロインを救おうとしても。
トラックから助けた後に、別の車が突っ込んで来たり。
通学途中で、謎の爆発に巻き込まれたりと。
何が何でも悲劇のヒロインに仕立て上げようとする、強力な見えない力に邪魔をされた。
ここで神様は、最後の手段を使う。
俺の存在を脇役からモブまで格下げし、気配を薄くして。
創造主の居る世界に、俺を送り付けたのだ。
ここまで悲劇にしたがる原因が、破滅の美学を強く信奉する編集者に有ると知った俺は、
編集者の目を欺き、直接作者と交渉。
作者も、今書いているこの話の展開にはうんざりしていたので。
作者が編集長へ直訴し、俺のお膳立ての甲斐も有って作品は方針転換。
元凶となった編集者を作者担当から外す事に成功した。
残念ながら既に、ヒロインがトラックに撥ねられる直前で終わっている1話目が掲載されていた。
これは流石に変えようが無かったので、そこから強引に軌道修正。
俺が割って入る流れへと持って行く事に。
「必ずヒロインを助ける」と約束した俺は、作者と別れて作品内へと帰還。
冒頭の通り、見事ヒロインを救ったのだった。
これで役目を果たした、もう物語の本筋に絡む事は無い。
これからはチート能力をセーブして、勝手気ままに生きるぞー。
そう俺は、意気込んでいたんだけど……。
「ねえねえ、ここを教えて欲しいんだけど。」
「そっちの方が頭は良いだろ? どうして俺に聞きに来る?」
「気にしない気にしない。それでさぁ……。」
「もう授業が始まるぞ? さっさと自分の教室に戻れよ。」
「ちぇーっ。じゃあ、またね。」
ヒロインは残念そうにそう言うと、隣の教室へと戻って行った。
……どうしてこうなった?
俺はもう、お役御免じゃ無かったのか?
悲劇は回避した筈、なのにどうして……。
ムスッとしたまま俺は、おずおずと席に着く。
そして何事も無く、授業が始まった。
あの日から半月ほど経った後、〔とある事〕が有って。
それ以来ヒロインは、隣である俺の教室に度々顔を出すようになった。
それまでは神様もちゃんと、主人公とヒロインがくっつくように仕向けていた。
2人を同じクラスにし、しかもイケメン美少女グループの一員にした。
そのメンバー6人の中で、様々な出来事を経験し。
2人は恋人同士になる、そんな筋書きだったらしい。
ここで、神様も予想していなかった事態が。
何と作者が、感謝の心からか悪戯心からか。
俺を主人公にしたラブコメを、続きとして書き始めたのだ。
「迷惑千万、平和に過ごさせてくれ」と、神様を通して俺は作者に抗議したのだが。
「まあまあ」となだめられて、結局なすがままに。
主人公はこりごりなのになあ、そんな呟きもヒロインには届かない。
こうして俺はまた、物語の中心に祭り上げられてしまったのだった。
悲劇を回避したら、喜劇が始まった。
俺が関わらないのなら、それでも良かったんだけど。
これからどんな展開になって行くのか、知らないし知りたくも無い。
ヒロインの恋模様なんてどうでも良い、ただ平穏に過ごしたいだけ。
でももし読者の皆さんが、この先を知りたいと望むなら。
少しは、張り切ってやっても良いかなぁ。
いかがだったでしょうか。
旧主人公とヒロイン、そして祭り上げられた真の主人公。
その行く末が気になる人がいらっしゃるなら、続きを書いてみようかなと思っています。
その時はどうか、よろしくお願いします。