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マジシャンのおじいちゃんを待ちわびている人、それが誰であるのか、さおりには心当たりがあった。
「ひょっとして、オレンジハウスのあの人かな?」
「うん、あの人。園長から電話があって、上原のおばあちゃんが、『天才マジシャンの相島さんは、いつ来るの、いつ来るの』って盛んに催促して来るそうだ」
「オレンジハウス」は、認知症の人がたくさんいる高齢者施設である。さおりのおばあちゃんは、認知症がひどくなって、そこに入居し、亡くなったのだった。上原のおばあちゃんは、さおりのおばあちゃんより、十才も年上だったが、さおりのおばあちゃんを「香澄ちゃん、香澄ちゃん」と呼んでくれて、仲良くしてくれた人だ。
「そうなんだ。いつ行くの?」
「今、風邪をひいている人が、何人かいるので、それが、すっかり落ち着いてからになるかな」
さおりは、本棚の棚の上に置かれたおばあちゃんの写真に目をやった。ライトブラウンに髪を染め、にこやかに笑っている。五十代の頃の写真だ。
「さおり、いつもみたいにおじいちゃんが開演の時間です、と言うまで目をつむっていてくれるかな?」
「はあい」
久しぶりに見るおじいちゃんのマジックショーである。さおりは、ワクワクした気持ちで目をつむった。
「ヨッっと」
おじいちゃんの声が聞こえた。おじいちゃんのマジックには、小さな机がつきものである。その台の上にマジックに使う小道具を置くのだ。
ガタゴト、ガタゴト、「今日は、これもやるかな」、おじいちゃんが、本棚の物入れから小道具を選んでいる。
「ご来場のお客様、まもなく、マジシャン相島のマジックショーのお時間でございます。どうぞ、お席についてお待ちくださるようお願い申し上げます」
その声から二分ほどが経過した後、
「それでは、マジシャン相島のマジックショー開演でございます」
と、再び、おじいちゃんの声がリビングに響き渡った。
さおりが目を開けると、ベランダ側のカーテンの手前、さおりの正面の位置にマジックに使われる小道具がずらりと並んだテーブルが置かれている。
おじいちゃんは、その傍らで、黒のシルクハットに黒のマジックをする時の上着を着ている。手にしているのは、マジックショーで使う時の黒いスティックだ。ただ、黒いスティックは、何本もあって、どれにも仕掛けがあるが、同じ仕掛けではない。今日は、どんな仕掛けが見られるのだろう。