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さおりの家とおじいちゃんの家は、歩いて数分の距離である。まっすぐな道で、幼い頃から、家族に連れられてしばしば行っていたが、家は、さおりが幼稚園の時にその姿、形が大きく変わつた。前の家は、平屋でから紙と障子がたくさん使われていて、さおりの家の三倍はある庭には、枇杷の木やケヤキの大きな木が植えられていた。新しい家は、コンクリートの二階建で、庭の木は、なくなってコスモスやパンジーなどの花々がきれいな花を咲かせるようになった。
新しい家に家族で遊びに行った日の会話をかなり覚えている。
「お父さん、これからは、地震にビクビクしなくていいですよ」
と言ったのはパパである。
「おじいちゃんは、地震がこわくて、こわくて、揺れると大変なの」
その頃元気だったおばあちゃんが、さおりに言うと、
「余計なことを言うな」
と、おじいちゃんがおばあちゃんを睨んで、みんなが笑ったのだった。
さおりも地震が怖くて仕方がない。いつだったか、「おじいちゃんの隔世遺伝だわね」とママが言った。
カステラが入ったトートバッグをぶら下げたさおりは、おじいちゃんの家のインターフォンを押した。すぐには、応答がない。ママから、高齢者は、「よいしょ」と立ち上がって転ばないようにゆっくりインターフォンをとるので、せわしなく繰り返してインターフォンを押さないように言われている。おじいちゃんは、古希とも呼ばれる七十才である。
多分、おじいちゃんは、リビングにいる。さおりは、「よいしょ」と立ち上がって、ダイニングのインターフォンまで歩く姿を頭の中に描いて返事を待った。
それにしても、いつもより、時間がかかっている気がする。
あと、十秒。一、二、三と十秒数えて、もう一度インターフォンを押した。もう一度、おじいちゃんが、「よいしょ」と立ち上がるところから、頭の中にその光景を描いた。
そろそろ、というところで「どちらさまで」という返事が返って来た。
「さおりです」
「おおっ、ちょっと待ってくれ」
おじいちゃんのいつも通りの元気な声が返って来た。
リビングに入ると、テレビがついていた。おじいちゃんが好きな二時間物のミステリーだった。
「もう少しで、終わるから、魔法瓶にお湯が入っているからお茶でもココアでもコーヒーでも入れて」
「おじいちゃんは、日本茶?」
「いらない。今日は、お茶飲み過ぎてお腹ガボガボだから」
ガボガボ、おじいちゃんは、時々、変な言葉を使う。それが、自分に移って梓や彩ちゃんに笑われることがある。
さおりは、自分の分だけのステックタイプのココアをカップに入れてリビングに運ぶ。。
「よし」
おじいちゃんは、テレビを消した。
「まだ、終わってないよ」
「いいんだ。犯人が分かったし、前に一度観たことがある奴だからな」
「これ」
さおりは、トートバッグの中からママから預かったカステラを渡した。
「サンキュー、カキヌマのカステラ、ここの好きなんだよ。今、食べるか」
「うちで食べて来た」
「そうか。センベイならいいだろう」
おじいちゃんは、ダイニングに立って木のお皿におせんべいを持って来た。
「空気が抜けて地面に転がった風船みたいなのは元に戻ったか?」
「戻ったけど、四分の三位」
さおりは、答えた。
中学受験が終わって進む学校が決まってから、さおりは急に体の力が抜けた感じになり、おじいちゃんに空気が抜けた風船みたいと言ったことがあるのだ。