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西原竜は、三組の一学期のクラス委員で、背が高く鼻が高く、唇が薄い男の子で、六年一組にはいないタイプだ。バスケットボールをやっていると聞いている。
一学期、雑談をしている時、梓の口からたびたび彼の話題や名前が出て来たので、
「好きなんだ?」さおりが言うと「うんなわけないだろう」と顔を赤くして否定した。
言葉で否定しても赤くなった顔が「好き」を証明していた。でも、梓は、絶対に「好き」を認めない。いつだったか、さおりと彩花と梓の三人が西原竜と廊下ですれ違ったことがあった。
梓は、すれ違いざま、相手に聞こえるように「フンッ」と言いそっぽを向いたのだ。
「何よ」
さおりが横を向くと梓の頬は、やっぱり、赤く染まっていた。
振り向くと立ち止った西原竜が、何だ?という風に口をちょっと開けてこちらを見ていた。秘密の特技会でのフルートの演奏は、アピールするのに最適だ。なかよくなるきっかけになるかも知れない。
「決めてないからね。それから、やるにしても西原関係ないからね」
梓は、彩花とさおりに顔を赤く染めたままに言った。
最初に横道にそれるのは彩花、大きなマンションに住んでいる。
「さよなら」
さよならの時、彩花は、必ず左右に手を振る。
さおりは、同じように手を振り「さよなら」を言う。梓は、その日によっていろいろだ。今日は、「さよなら」と高く手をあげて一度だけ手を振った。
そこから、まっすぐ五十メートル程歩いた場所に梓の家がある。
梓は、「バイバイ」とさおりに言うと、「トランプマジック期待してるからね」と付け加えて、がっちりしたちょっと要塞を感じさせるコンクリートの三階建の家の金属製の門を開けて入って行った。
さおりの家は、一戸建ての家である。さおりが生まれる前に建てられた。金属製の扉の門を開けると雨の日でも滑らないようにざらざらした石畳みが玄関まで続き、その両側に草花が植えられている小さな庭があった。
さおりは、ひとりっ子である。二階の自分の部屋にランドセルを置いて、手を洗い、ダイニングに行く。
ママが、お茶とおやつを出してくれる。
お茶は、紅茶、おやつは、昨日、パパが、デパ地下で買って来たカステラだった。
「やっぱり、このしっとり感は、カキヌマじゃなきゃだめだよな」
昨夜のパパは、カステラを製造した会社の名前を言いながら、本当においしそうに食べていた。
「さおり、後で、おじいちゃんの家にパパが買って来たカステラ届けてくれる?」
ママが言った。
「うん、いいよ。ママ、卒業式の前の日に卒業生と担任の先生達の謝恩会するって言ったでしょ?」
「そう言えば、言ってたわね」
「今日、帰り際に村中先生が話したんだけど、謝恩会の前に特に君達の反対がなければ、秘密の特技会をやることになったって言った」
「秘密の特技会、何よ、それ?」
「歌でも落語でもって言ってたけど、『エエッ、あの子があんなこと出来るんだ』なんていうことみたい。各組五つ位」
「変わったことするのね。さおりは、何かするの?」
「私?考えてないわよ。梓はフルート演奏したいみたい」
「梓ちゃんは、何やっても絵になりそうね」
「そうなんだよね」
さおりは、西原っていう男子にアピールしたいためだと言いたい気持ちをカステラと一緒に飲み込んだ。
「これね」
ママは、トートバッグをさおりに手渡す。中には木箱に入ったカステラが入っていた。自分の家に買って来たカキヌマのカステラは二本入りだが、ひとり暮らしのおじいちゃんの家にはその半分の一本入りだった。