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バディ・シンデレラ

作者: はらけつ

寄せる。

皺を、寄せる。

服の皺を、寄せる。


該当の時代まで行くには、俺の皺だけでは、足りない。

顔の皺、身体の皺、諸々足しても、足りない。

だから、服にも、手伝ってもらう。


皺を使って、過去にも、未来にも行ける。

が、過去と未来では、ちょっと、違う。


過去は、実際には、触れられない。

干渉できない。


過去に行っても、過去の人々や物に、一切、触れられない。

間に、薄いが、強靭な膜が、有るが如し。


強引に触りに行っても、俺の身体(未来から来た人の身体)は、すり抜けてしまう。

過去の人々や物を、すり抜けてしまう。

当に、見るだけの、バーチャル・リアリティ。


対して、未来には、触れることが、できる。

干渉できる。


未来の人々と話も出来るし、未来の物を使うこともできる。

膜の存在なんて、無い。


思うに、過去は、『もう、固まってしまっている』んだろう。

『ガチっと、固定されてしまっている』んだろう


対して、未来は、『まだ、固まっていない』んだろう。

『フラフラと揺らぐほど、遊びがある』んだろう。


つまり、過去は、決定済みの時間。

未来は、仮決定の、まだまだ変わる可能性がある時間。


だから、未来に行く方が、楽しい。

見るだけの、傍観するだけの過去と違って、自分も関われるから、楽しい。


が、せっかく、いい感じの未来なのに、自分が関わることで、それが損なわれる可能性も、無きにしも非ず。

自業自得ではあるが、それを避ける判断材料は、無い。


まあ、それをなるべく避ける為に、自然と働く【時間矛盾解消現象】とか、

時間警察とか、あるんやけどね


言い換えれば、未来は、行き当たりばったりの、出たとこ勝負。

『ええ目が出たら、結果オーライ』の精神だ。


と云う違いはあるものの、過去にも未来にも、行くことはできる。

で、今日は、未来に行く。

本来は、顔と身体の皺だけで、タイム・リープできる。


でも、今回は、時間指定が、厳しい。

だから、念の為、服の皺にも、手伝ってもらう。


行き先の未来は、一週間後の未来。

タイム・リープは、未来へ行くのも、過去に行くのも、近い時間に行くのが、案外難しい。


行き先は、ある高校の合格発表の、当日及び翌日。

そこで、新聞やニュースを、調べる。


落ちた受験生が、将来に悲観して、自殺していないか。

落ちた受験生が、自暴自棄になって、何か問題を起こしていないか。

受かった受験生が、浮かれて、何か問題を起こしていないか。


等を、調べる。


調べて、学校に、教育委員会に、報告する。

学校及び教育委員会は、合否を変えることはないが、何らかの手を打つ。

そして、日々は、平穏に続いて行くわけだ。



皺が、光る。


顔の皺が、光る。

身体の皺が、光る。

服の皺が、光る。


各皺の光は、俺の前面に、集中する。

各皺の光が、俺の眼前で、重なり合う。


顔の皺の光は、赤っぽい。

身体の皺の光は、青っぽい。

服の皺の光は、緑っぽい。


光は、混じり合うが、溶け込み合いはしない。

お互いの光の色を、主張し続ける。

お互いの色を保ったまま、渦巻く。


赤・青・緑のグラデーションが、渦巻く。

カラフルな渦巻き銀河の様に、渦巻く。


赤・青・緑の渦巻き銀河が、動く。

俺に向かって、動く。

俺に向かって、迫って来る。


【赤青緑渦巻き壁】は、どんどん、迫って来る。

遂に、接する。

俺を、飲み込む。


そのまま、進む。

俺を通り越して、消え去って行く。

辺りの空気中に、雲散霧消する。



【赤青緑渦巻き壁】を、抜ける。

抜けても、風景は、変わらない。


が、何かが、違う。

何かが、少しだけ、違う。


腕時計を、見る。


日付は、一週間後となっている。

タイム・リープに、成功したようだ。

無事、未来の世界に、着いたようだ。


位置は、どうだろう?


腕時計のGPS機能を、確認する。


うん、大丈夫だ。

タイム・リープする前の位置から、一メートルと、動いていない。


のんびりとは、していられない。

皺を使ったタイム・リープには、タイム・リミットが、ある。


日を、超えられない。

夜の十二時を、超えられない。


夜の十二時までは、その日中であれば、いつでも、元の時間に、帰って来られる。

『行き程、力を使わずに』と云うか、『ほぼ力を使わずに』、元の時間に、帰って来られる。


が、十二時になると同時に、強制送還される。

こちらが、何をしていようと、どんな状態であろうと、元の時間に、強制送還される。


そこに、一点の狂いも、情けも、無い。

当に、自動的。

だから、皺リープに携わる者は、この現象を、【シンデレラ・ターン】と、呼んでいる。


まあ、でも、そのお蔭で、『帰りが楽』と云うのも、事実。

皺リープは、行き帰り、往復で1セット。


多分、時を行き交う者は、あくまで、根無し草の旅人。

時間の上では、客人であり、異質物なんだろう。

遺失物は、時間が経てば、自動的に、排除されるんだろう。


そして、調整力と云うか、そんな排除を伴う力が、皺リープをした者に、働くのかもしれない。

その為に、皺リープをした者は、帰りにほとんど力を使わずに、元の時間に、戻れるのだろう。


強制送還は、ある。

でも、夜の十二時前なら、自分の意志で、いつでも帰ることができる。

利点と不利点、糾える縄の如し。

痛し痒し。



合格発表を確認する高校は、すぐそこ。

有数の進学校だけあって、男女共、賢そうな子が、行き過ぎる。

眼鏡率も、高い。


有数の進学校だけあって、受験する子供達の一所懸命さも、高い。

それこそ、『受かれば天国、落ちたら地獄』の趣きが、ある。


現に、落ちた子は、燃え尽き症候群と云うか、そういうものに陥る可能性が、高い。

ズズーンと落ち込み、鬱状態になって、滑り止めさえ落ちてしまうことも、珍しくない。

現状では発生していないが、自殺まで考えた子も、いることだろう。


今回の仕事も、さもありなん。


合否が、まるで、人生の幸・不幸を決める感じ、やん

そこまで、思い詰めんでも、ええやん


とは思うが、高校受験の結果が、その後の人生を左右するのも、また事実。


いい偏差値の高校行けば、いい高校生活を送れる。


とは、一概に云えないが、言えることは、『その可能性は高い』ってこと。

いい偏差値の高校には、(人間的に)いいやつが集う可能性は、高い。


制服・私服姿の受験生達、その付き添いの親・友人その他諸々に混じり、その高校を、目指す。

距離を置いて観察していると、身を潜める効果を打ち消して、逆に、不審者と思われてしまう。

職質、されかねない。


だから、さも、『親類縁者が、近親者の、合格発表を見に来ましたよ』と云うなりで、歩を進める。


門を、入る。

校舎わきの道を、進む。

グラウンドに、出る。


グラウンドに、人だかりが、出来ている。

悲喜こもごもの人だかりが、出来ている。


人だかりは、グランドと校舎を境にして、ゆるい半円形で、構成されている。

グランドと校舎の境には、大きな掲示板が、設置されている。

そこに、紙が、貼り出してある。


紙には、数字が、並んでいる。

小さな数字から大きな数字へ移り変わって、羅列してある。


受験生達は、手元の小さな紙と、絶えず、見比べる。

掲示板の数字と、見比べる。

数字を、指で追って、見比べる。


親や友人達も、受験生の手元の紙を、覗き込む。

覗き込んで、掲示板の数字と、見比べる。


弾ける。

笑みと声が、弾ける。

本人が弾け、周りが弾ける。


落ちる。

顔と肩が、落ちる。

本人が落ち、周りが落ちる。


半円形の人だかりの中は、クッキリと、している。

喜びと悲しみのコントラストが、クッキリと、している。


珍しくない。

喜びであるにせよ、悲しみであるにせよ、一つの塊り・人だかりが、同一の思いに覆われるのは、珍しくない。


珍しい。

喜びであるにせよ、悲しみであるにせよ、一つの塊り・人だかりが寄せ集まる中で、異なる思いが発生するのは、珍しい。

しかも、こんな、クッキリと。


取り敢えず、受かった方は、放っておこう。

浮かれて、何か問題を起こすかもしれないが、それは、俺の業務範囲では、無い。


落ちた方に、照準を、合わせよう。

が、落ちたやつでも、除こう。

眼が死んでいない、『次は、受かってやるぞ』の眼をしているやつは、除こう。


と、すると、


落ちて、打ちのめされているやつに、ターゲットを絞ろう。


ほな、あいつ、やな


人だかりの一画が、明らかに、暗い黒い重い。

本人のみならず、家族、友人、その他も来ているようで、ちょっとした大所帯。


そこから、立ち上る空気が、時空を、捻じ曲げている。

負に、ダークサイドに、捻じ曲げている。


その闇の一画の中心にいるのは、学生服。

丸眼鏡を掛けて、短髪にした、中肉中背の、学生服。

学生服は黒く、キチンと、身に付けている。


つまり云えば、特徴が、無い。

丸眼鏡が、かろうじて、特徴と云えるかも、しれない。

が、それを外して、雑踏に紛れ込むと、行方不明となるだろう。

が、今時は、ブレザーがほとんどなので、学生服を着ていること自体が、特徴と云えば、特徴と云えるかもしれない。


明らかに、『この学校に入る為、脇目も振らずに、頑張って来た』ようだ。

『いろんなもんを、我慢して、遠ざけて、排除して来たんや』と、思う。


そう、自然に思える程、落ち込みが、ひどい。


まだ、前期試験が、終わっただけ。

一回目のチャンスが、終わっただけ。

後に、まだ、チャンスは、控えている。


いやいや、頭切り換えて、次、行ったれよ

って、行けるのか?


行けそうにない。

彼が、高校浪人しそうで、心配だ。


心配だが、仕事は仕事。


メモする振りをして、こっそり、彼の顔写真を、撮る。

ペン型のデジカメで、こっそり、撮る。


それを、パッドに、取り込む。

取り込んで、その写真を元に、検索をかける。


パッドには、受験者全員の情報が、入っている。

まもなく、彼の情報も、挙がって来るだろう。


検索が、済んだようだ。


 ・・ 該当者、無し? ・・

 ・・ そんなアホな


もう一度、検索を、かける。

再び、[該当者、無し] ・・ 。


撮った写真を、見直す。

情報を、見直す。

 ・・ ようやっと、分かる。


撮った写真の顔と、情報に付いている顔写真が、まるで違う。

同じ人物とは思えないほど、一つは悲に包まれ、一つは喜に包まれている。


これじゃ、パッドも、判断できんわなー

パッドを騙せる程の落ち込み、か ・・


人間の眼で実際に見て、大まかに捉えて、やっとこさ分かるようなもの。

機械に、回答を求めるのは、酷だ。


落ち込んでいる受験生の情報が、判明する。


名は、荒木丈介。


典型的な、挫折を知らない、エリート。

幼稚園を優等生で過ごし、小学生を優等生で過ごし、中学生を優等生で過ごす。


多分、小さい頃から、「荒木さんとこの丈介君は、えらい子やね~」とかなんとか、云われてきたのだろう。

親の自慢の息子、でもあるのだろう。


が、よくあることで、『そういうやつほど、打たれ弱い』ってこと。

挫折に直面すると、無茶苦茶落ち込むか、やたら攻撃的になる。

暗闇にうずくまる猫か、すぐ吠える犬、ってとこ。


で、容易に立ち直れない、元の状態に戻れない。

そのまま、人間的にひん曲がることも、少なくない。


さて、丈介君は、どうかな?


ザワッ


暗黒の固まりが、蠢く。

それが、波の様に、伝わる。


丈介君が、動き出す。

ギクシャクと、歩み出す。

まるで、何かに、操られている様、だ。

天空から続く糸が、腕と脚に繋がっている様、だ。


丈介君の歩みを、みんな、見守っている。

初めて立った赤ちゃんの歩みを、みんな、見守る様に。


丈介君は、ギクシャク、ギクシャクと、歩く。

ギクシャク、ギクシャクと、進む。

門の方へ向かって、進む。


ここから出ようとしている、らしい。

早く帰ろうとしている、らしい。


ギクシャク ギクシャク

ギクシャク ギクシャク


丈介君が、門を出る。

帰途に、着く。


丈介君の取り巻き連は、追わない。

『一人にしといて、やろう』と、思っているのだろう。


門を出ても、丈介君は、ギクシャク、ギクシャク、進む。


ギクシャク ギクシャク

ギクシャク ギクシャク


ギクシャク ギクシャク

ギクシャク ・・ スッスッ ・・


丈介君は、門を出て、人目が無くなると、歩みを変える。

ギクシャクとした歩みから、スッスッとした滑らかな歩みに、変える。


顔も、上げている。

俯けていた顔を、真っ直ぐ前を捉え、上げている。


顔色も、青くない、黒くもない。

ちゃんとした肌色で、所々、朱も差している。


いたって、通常の顔色に、戻る。

いたって、通常の動きに、戻る。


フリ、か!

プリテンダー、か!


どうも、丈介君は、落ち込んだフリ、をしていたらしい。

その証拠に、人の目が無くなった途端、この様子。


と云うことは、『今回落ちたとこは、本命や無かった』と云うことか。


いや、本命視されるべき高校。

この地区有数の、進学校。

学校の勉強をちゃんとしているだけで、そこそこの大学に行けるとこ。


なんやと、滑り止めのとこ、行きたいんか?!


パッドで、情報を、検索し直す。

丈介君の情報を、再度、調べる。


丈介君は、受かっていない。

滑り止めに、受かっていない。

そもそも、滑り止めを、受けていない。


なんやと!

一本に絞ったとこ、落ちたんか?!

落ちてんのに、この調子なんか?!


丈介君の顔は、ますます、変化する。

『あ~、スッキリした』とばかりに、変化する。


通常の表情を、超える。

通常の表情を、にこやかに、超える。

笑みを、隠せない。


なんか、『高校受験そのものが、嫌だった』みたいだ。

『高校の通うことそのものが、嫌だった』みたいだ。


なんか、やりたいこと、あるんとちゃうか?

それを言っても、親とか周りとか絶対反対するから、高校に落ちることで、目的を果たそうとしたんちゃうか?


仕事置いといて、丈介君の進路が、気になって来る。

確かめずには、いられない。


元の時間に戻ってからも、丈介君が、気に掛かる。



四月に、なる。

新学期が、始まる。

新入生、新入社員が、街に、溢れる。


仕事は、粛々と、済ました。

報告書には、[落ち込む人間もいたが、問題を起こしそうな人間は、見受けられなかった。自殺しそうな人間や、立ち直れない程の精神的ダメージを負いそうな人間も、見受けられなかった。]とかなんとか、書いておいた。

その報告書を提出して、仕事は済んだ。


仕事は済んだが、気掛かりが、残っている。

丈介君の消息を、確かめたい。


ネットで、丈介君の名前を、検索する。

挙がって、来る。

検索結果が、挙がって、来る。

情報が、提示されて、来る。


丈介君は、専門学校に、通っている。

技術者を養成する専門学校に、通っている。


【皺創作専門学校】


それが、丈介君の通っている学校の名前、だった。

簡単に云えば、人間にも、物にも、皺を作る学校。


増えている。

皺の数や質で、タイム・リープができるようになってから、この手の学校が、増えている。


昔は、皺と云えば、忌むもの、排除するものと、相場が決まっていた。

皺を、取り除く為、高い金を払って、クリームを塗り、サプリメントを飲んでいた。

皺を、取り除く為、高い金を払って、何回も何回も、整形したりもした。


それは、遠くの日々に、なる。

今は、高い金を払って、皺を、作っている。

進んで、嬉々として、皺を、作っている。


変われば、変わるものだ。

良く言えば、柔軟。

悪く言えば、節操が無い。


就学期間は、二年。

二年で、一通りの技術は、身に付くらしい。

後は、『実際の現場経験を積んで、一人前の職人になる』、と云うことらしい。



一年が、経つ。

また、四月が、巡って来る。


【皺創作専門学校】のサイトにアクセスすることが、日課になっている。


丈介君は、成績優秀者の五本の指に入る、みたいだ。

(皺作りの)校内コンクールで、一年生の部で、二位に、入っていた。


【皺創作技術者】の国家試験にも、一年生の内に、受かったらしい。

それは、専門学校生でも、かなり珍しいことらしい。

順調に、腕を、上げている様だ。


今年は、技術を更に向上させると共に、就職活動も、しなくてはならない。

まあ、【皺創作技術者】で、これだけの実績があれば、引く手あまた。

就職先には、困らないだろう。



「あのさ」

「何ですか?」


ウチの事務所の所長が、問い掛ける。


「履歴書が、届いてんのやけど」

「早や!

 そして、なんと、奇特な!」


ウチの事務所は、タイム・リープ業務を専門とする事務所だ。

だが、弱小、である。


いつも、新入社員は、数年に一人、有るか無いか。

ウチへの就職活動が始まるタイミングも、大手の事務所が内定を出して以降、になる。

だから、例年は、もっと後になる。


このタイミングで、ウチへの就職活動を始めるとは、なんと奇特で、有難い学生さん。

『採用、ほぼ決まり』は、確実。


「ちょっと、履歴書、見せて下さい」


所長から、履歴書を、渡される。

プリンタで印字された様な履歴書、ではない。

ペラペラの履歴書、でもない。


文房具や本屋で購入した履歴書に、手書きをしたものらしい。

それが、好感を覚える。

本当に、ウチに、就職したいのだと、分かる。


どれどれ


 ・・・・


顔写真を見て、固まる。

名前を見て、フリーズする。


 ・・ 丈介君、やん ・・


「 ・・ この子、採用するんですか?」

「筆記試験と面接終えてから考えるけど、

 今のタイミングで希望してくれてるんやから、ほぼほぼ採用やな」


そうか、ほぼほぼ採用確定、か。

丈介君、無事、就職、か。


 ・・ ん ・・


丈介君、中学終えて、高校進学せずに、専門学校に、入る。

皺を作る、皺リープの仕組みを知る、専門学校に、入る。


学内・学外で、いい成績をあげ、順調に、二年で卒業する。

卒業してすぐに、皺タイム・リープの事務所に、就職する。

つまり、十代で、皺リープの専門家になる。


予定通り、か。

予定通り、なのか。


だから、高校落ちても、凹むどころか、悠々してたのか。

元々、皺リープの専門家を、目指していたのか。


「と云うわけで、面倒見てやってくれ」

「はい?」

「二人で、よろしく」

「いやいや。

 所長は?」

「実労働、引退して、事務所ワークに、集中するわ」

「今までも、出来てはりましたやん」

「行き当たりばったりで進んで来て、大分、無駄が出て来たから、

 この辺りで、業務整理するわ。

 そうしたら、一人分の人件費とか、なんとかなりそうやから」

「 ・・ 」


そう言われたら、こっちは、ぐうの音も出ない。


「そうそう、その丈介君」

「はい」

「【皺創作専門学校】を、優秀な成績で卒業したらしい」


知ってる。


「【皺創作技術者】の資格も、持っているらしい」


それも、知ってる。


「むっちゃ、優秀。

 相棒としては、申し分無いな」


にこやかに、所長は、言う。


俺は、【皺リープ技術者】の資格は、持っている。

が、確かに、【皺創作技術者】の資格は、持っていない。


今までは、所長が持っていたから、なんとかなっている。

相棒の、気心知れた所長が持っていたから、なんとかなっている。


が、今度は、どうよ?

確かに、【皺創作技術者】の資格を持っているとは云え、どうよ?


気心知れるどころか、初対面どころか、まだ、会ってもいない。

顔写真を、見ただけ(まあ、盗み見は、しているが)。


相手は、俺のこと、知らんやろ

知らなくて当然、存在も知らんやろ


で、そんな状態で、相棒決定。

『相互補完関係で、良かったね』、てな感じ。


 ・・ いやいや

とにかく一度会ってみて、判断せんことには

『責任者(所長)の胸先三寸』って、むっちゃブラックやん


「一度会ってから、判断した方が ・・ 」

「決まり、決まり、よろしく」


所長は、にこやかに、宣言する。

そこに、俺の意思は、無い。


所長は、『もう決定事項』として、続ける。


「いつから、来てもらお?」

「 ・・ 」

「三月まで学生身分やから、四月の一日から、来てもらおうか?」


もう、いつでも、いいです


「うん。

 四月一日から、来てもらおう。

 連絡しとくわ」

「はあ」

「四月から、OJT(On the Job Training)、

 よろしく」

「はい?」

「いや、君しかいいひんし」


 ・・ ですよね ・・



四月に、なる。

一年前は、『丈介君が、相棒になる』なんて、これっぽっちも、思わなかった。

時が経つのは、早い。


今日から、丈介君が、出勤して来る。


「おはよう御座います」


出勤して来た。


スーツの上下に、Yシャツ、ネクタイ。

黒革靴に、黒の2WAYバッグ。

短髪丸眼鏡の、髪型を整えた丈介君が、出勤して来る。


「おはよう。

 今日から、よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


所長の挨拶に、丈介君は、キビキビ、返事する。


「それで、こっちが ・・ 」


所長が、俺を、促す。

立ち上がり、丈介君に、近付く。

丈介君は、俺より幾らか、背が高い。


所長は、俺の紹介を、する。


「 ・・ 今後は、丈介君の相棒、になってもらう。

 公的なことでも、私的なことでも、相談してくれ。

 人間的に信頼できるやつ、でもあるし」


こそばゆいことも、付け加える。


「はい」


丈介君は、俺に、頭を下げる。


「ほな、早速 ・・ 」


所長が、続ける。


「丈介君の人となりを知る為に、自己紹介とかしてもらおうか」

「はい」


返事をして、丈介君は、自己紹介を、始める。

生い立ち、等を、ゆっくり丁寧に、話す。

語り部の様に、聴き易く、話す。


そして、話は、『何で、ウチを選んだか?』に、差し掛かる。


「幼稚園の頃」

「うん、幼稚園の頃」

「大事にしてたおもちゃが、あったんですが」

「うん」

「それを、小学校に上がるどさくさで、失くしまして」

「うん」

「そのおもちゃに、かなり思い出があったんで、

 一時、むっちゃ泣いて、落ち込んでたんですけど」

「うん」

「でも、いつしか、時間が経つにつれて、そんな思いも、

 忘れていったんです」


丈介君は、ここで、溜める。

溜めて、続ける。


「で、小学校六年くらいの時に、ある本を読んで、そのおもちゃの事を、

 その時の思いを、思い出しまして」

「うん」

「そのおもちゃに再会したくて、矢も盾も、たまらなくなったんです」

「そやろな」

「で、そんな時、『そういうことを、なんとかしてくれるとこがある』

 のを知りまして」

「うん」

「ここを、訪ねたことがあるんです」


「君、かー!」


所長が、叫ぶ。

出し抜けに、叫ぶ。

丈介君を、指差して、驚き叫ぶ。


所長は、小さい丈介君と、面識があった様だ。


「覚えたはるんですか?」


すかさず、訊く。


「今、思い出した。

 十年くらい前のことやから、すっかり忘れてた」

「面接の時、訊いてなかったんですか?」

「もう採用決めてたから、終始、雑談してた」


俺のツッコミに、所長、テヘペロ顔。


「その時、誰が、担当したんですか?」


所長に訊くが、答えは、想定できる。


「あの時は、俺とあいつしかいいひんかったから、あいつ」


師匠!

師匠が、丈介君の案件、担当しはったんですか!


今は亡き師匠に、問い掛ける。


「そうです、そうです。

 その人でした」


所長から名前を聞き、丈介君も同意する。


そっかー


師匠の弟子になり、師匠から教えを、受け継ぐ。

丈介君の師匠みたいなもんになり、丈介君に、教えを伝える。

丈介君が師匠になり ・・ 。


ああ、こうやって、大事なもんとかは、受け継がれ、伝わっていくんやなー


「その時、子供の依頼なのに、その人、キチッと対応してくれはって」

「うんうん」

「子供心に、『有難いなー。カッコええなー』とか、思ったんです」

「うんうん」

「で、『その人みたいに、なりたいなー』と思って、勉強して、

 スキル身に付けて、こちらに就職しました」

「うんうん」


好々爺の様な笑みを湛えて、丈介君を、見る。


分かっとる、こいつは、分かっとる

そして、次代の希望に、相応しい


その時、しっかと、決心する。


ああ、伝える

俺が、受け継いだもの、全部、伝える

俺が培ったものも、全部、伝える


「今日から、コンビで、仕事してもらうから。

 二人とも、よろしく」


所長が、話の区切りで、改めて、通達する。


「はい!」

「はい」


俺の返事に続いて、丈介君も、返事する。



「早速やけど」


所長は、俺に、眼を、見据える。

見据えて、続ける。


「飛んでくれ」


早速の仕事、だ。

丈介君、初仕事、だ。

研修期間も、試用期間も、へったくれも、無い。


「どこへ、ですか?」

「百年前、くらいか」

「割と、昔ですね。

 まあ、飛び易いっちゃ、飛び易いですけど」


俺は、問うて、続ける。


「何で、また?」

「依頼人が、家系を辿りたいんやって。

 ほんで、曖昧になっている大正から以前くらいのご先祖を、

 調べて欲しいらしい」

「家系図、無いんですか?」

「あるんやけど、それ以降、最近の家系図は、割り合い、

 しっかりしてるらしい。

 けど ・・ 」

「けど?」

「その辺りは、曖昧と云うか、胡散臭いと云うか、そんな感じらしい」

「ああ、なるほど。

 ・・ 家系図とか、テキトーなもん多いから、それでええのに ・・ 」


ちょっと、微苦笑する。


「なんや、まだ新しい家っぽいから、そこらへん、

 ちゃんとしときたいんやろ。

 由緒ある家系にしときたい、とか」

「由緒ある、ねえ~」


この国では、皇族以外、五代も遡れば、あやふやだ。

誤解を怖れずに云えば、九十九%の人の家系は、あやふやだ。


「百年前か~」


呟くと、丈介君に、向き直る。


「これで、行けそうか?」


丈介君の前に、身を、晒す。

丈介君は、俺を、上から下まで、じっくり眺める。

視線の上下往復を、何回も、繰り返す。


「う~ん。

 百年前ですよねー。

 正直、確実を期するなら、ちょっと不安ですね~」


丈介君は、俺(特に、顔)を見つめて、返答する。


「やっぱりな。

 なら、丈介君に、頼むわ」

「はい」

「自分用と俺用の皺を、至急、作ってくれ」

「分かりました」


所長が、ウンウン、頷く。


「ウチのコンビ、始動やな」



扇子が、ある。

扇子を、開く。

折りと云うか、皺と云うか、そう云うものが、表裏両面にある。


「丈介君、これ」


丈介君が、手渡してくれた扇子を、まじまじ眺める。


「はい」


丈介君、ちょっと、ドヤ顔。


「これが、皺リープ増強装置?」

「はい。

 携帯可能な、最新ツールです」

「ただの扇子に見えるんやけど?」


正直に、問う。


「基本、ただの扇子なんですけど、皺リープに役立つ仕組みが、

 あるんです」

「仕組み?」

「はい。

 仕組み、です」


どう引っ繰り返して見ても、ただの扇子だ。


「どこに?」

「見ただけでは、分からないです。

 実際、使ってみないことには」

「ふむ。

 俺の皺と、この扇子モドキの皺合わせたら、百年前に行けんの?」

「百年くらい前なら、その扇子モドキだけでも、充分可能です」

「ふ~ん」


バサッ


扇子モドキを、開いて見る。

見た目は、何のことはない、普通の扇子、だ。

表面に、雲に乗る神様が、リアルに、描いてある。


神様、と云っても、優しい顔は、していない。

いかつい顔の神様、だ。

緑の身体をして、布らしきものを、担ぐように、手に持っている。


風神、だ。


バサッ


丈介君も、自分の扇子モドキを、開き広げる。

こちらも、表面に、何か、描いてある。


こちらも、いかつい顔の神様が、描かれている。

白い身体で、小太鼓を、円形状に、周囲に、配置している。


雷神、だ。


なるほど、二体で一対な感じ、か


「試してみるか」

「えっ」


丈介君の驚きに構わず、扇子モドキを、微かに、振る。

扇子モドキを、そよがせる。


これぐらいの強さで振って、どれぐらい、行けるもんやろ?


扇子モドキを振る強さと、遡れる過去・進める未来の相関関係を、探る。


光る。

皺が、光る。

顔の皺が光り、身体の皺が、光る。


光る。

折りが、光る。

扇子モドキの折り皺が、光る。


無数の、赤・青・緑に煌めく光が、俺の前に、集まる。

数メートルの距離を取って、前面に、集まる。


集まった皺の光は、壁を、作る。

奇妙に揺らめいて光る、赤・青・緑のグラデーションの壁を、作る。


その壁が、迫って来る。

ぐんぐん、迫って来る。


俺は、壁に、包まれる。

壁の向こう側に、出る。


景色が、変わる。

クッキリ、変わる。


緑色が、目立つ。

茶色が、目立つ。

一面、野原。


たった、多分十何年かだけ前なのに、この辺りは、建物も何も無い。

雑草の生い茂る、一面の野原だった、らしい。


「こんな感じ、だったんですね」


丈介君が、言う。

無事に、皺リープ、出来た様だ。


丈介君を運んだ、皺光の壁が、消えていく。

空気中に拡散するの様に、糸を解くかの様に、消えていく。

俺の方の、皺光の壁は、既に、消えている。


「ああ、上手くいったな」

「いきました」

「ほな、戻ろか」

「はい」


顔の皺が、身体の皺が、赤・青・緑に、光る。

扇子モドキの折り皺が、赤・青・緑に、光る。

光が、集まって、壁を、作る。


それが、二つ。

俺の前と、丈介君の前に。


壁が、迫る。

ぐんぐん、迫る。

二人を、包む。


二人は、壁を、抜ける。

元の時間に、自分達の時間に、戻る。



改めて、丈介君と、皺リープする。

今度は、行き先の位置を確認して、その位置の近くまで行って、皺リープする。


行き先・仕事先も、一面、野原。

この時代は、『どこに行っても、おんなじようなもん』、なんだろう。

それで、都会とかだけ、やけに発展してるんだろう。

いつの時代も、地域差・格差社会、だ。


「ほな、早速、行こか」

「どこに、行くんですか?」


丈介君が、訊く。


「お寺」

「お寺?」

「昔は、お寺が、戸籍とか家関係の書類、管理してたから」

「ああ、聞いたことあります。

 檀家制度」

「そう、それ。

 檀家制度、本格的に崩れるのは戦後やから、大正時代くらいなら、まだ、

 情報得られるやろ」


呑み込みが、早い。

丈介君は、優秀だ、頼りになる。

云わば、所長は、ええ買いもんをした。


お寺に、向かう。

この辺りの、檀那寺は、ちょっと人家から、外れた所にある。

山の登り口に、ある。

まあ、イメージ通りの場所、だ。


高い。

空が、高い。

広い。

空が、広い。


『場所的には、合っている』、はずだ。

自分達の時代では、建物に囲まれた地域、のはずだ。

場所的には、何ら変わらない、はずだ。


が、自分達の時代より、明らかに、空が、高い。

空が、広い。


遮る建物が無い、高い建物が無いだけで、こんなにも、違うもんか


違っていた。

心なしか、空の色も、濃く鮮やかな気が、する。


山道を、ゆく。

お寺の参道なので、道は、綺麗にされている。

掃き清められて、いる。


が、山道、地の道であることには、変わりない。

石とかで舗装されているわけでもなく、土の道。


木々の合間から、零れ日が、射して来る。

光は射して来るものの、全体としての空間は、暗めであることには、変わりない。


開ける。

木々が、開ける。


日の光は、直接、道に、照り付ける。

道は、坂に、成っている。


道を、見上げる。

道の先に、門が、見える。


申し訳程度の門、だ。

『区画が出来ればいい』程度の門、だ。

威厳とかは、狙ってなさそうだ。


ここが、多分、この辺りの檀那寺、だろう。


静かだ。

風の吹く音、鳥の囀り、虫の動く音、草木の蠢き、が、際立つ。


ザッザッ ・・

ザッザッ ・・


ザッザッ ・・

ザッザッ ・・


俺と丈介君は、ゆく。

淡々と、歩を、進める。


門に、辿り着く。

境内を、見渡す。


質素、だ。

設備が、最低限しか、ない。

本堂と、庫裡兼用らしき家屋。

それだけしか、ない。


鐘撞き堂も、無い。

本堂の廊下の一画に、小さな鐘が、吊り下げられているのみ。


庭も、ほぼ無い。

坪庭に毛が生えた様な庭が、本堂正面に、あるのみ。


多分、枯山水。

毎日、掃き清められているのか、手入れは、されている。

静寂に、綺麗に、保ってある。


風が、吹き抜ける。

心地好い風が、上空から下降し、そして、吹き抜ける。

人の気配は、無い。

行き交うのは、風のみ。


しばらく、手持無沙汰に、佇む。

丈介君と、互いを見るもなく、佇む。


ガラッ


庫裡兼用家屋の戸が、開く。


ピョコン


顔が、飛び出す。

横に、飛び出す。

小学生低学年らしき顔が、飛び出す。


顔は、眼を合わせる。

俺と、丈介君と、眼を合わせる。

そして、眼を、瞬かせる。


戸口から、姿を、現わす。

現わして、こちらに、近付いて来る。

どうも、『害の無い人達だ』と、判断してもらえたらしい。


「こんにちは」

「はい、こんにちわ」

「こんにちわ」


その子に、挨拶を、返す。

丈介君も、返す。


和服、だ。

作務衣、だ。

その子は、お寺の子らしく、淡紺の作務衣を、着ている。


そして、足元には、草履。

なにより、頭が、坊主。

坊主頭。

撫でたら、ジョリジョリ気持ち良さそうな、坊主頭。


「どちら様ですか?」


男の子は、礼儀正しく、問い掛ける。

さすが、お寺の子。


ここで、困る。


はてさて、何と答えれば、いいのだろう?


正直に、「檀家の状況を調べに来た者、です」と言えば、警戒されるだろう。

胡散臭く思われるに、違いない。

『興信所の身辺調査?』、てなもんだ。。


かと云って、適当に誤魔化して、肝心の情報が得られないのも、困る。


思い悩み、返答に窮していると、丈介君が、口を開く。


「僕達は、檀家の人の親戚で、お父さんに訊きたいことが、あるねん」

「はい」

「お父さん、呼んで来てくれる?」

「はい」


サラッと、当意即妙の便宜的なセリフを、丈介君は、言う。


男の子は、庫裡兼家屋に、駆け戻る。

男の子が、お父さん(多分、住職)を連れて来るのを、待つ。


「丈介君」

「はい」

「話、合わせとこか」

「はい」


丈介君と、打ち合わせする。

案件を、都合良く持って行ける様に、話を合わせる。


また、風が、吹き抜ける。


この辺りは、昔と、なんら、変わらないのだろう。

変化していない、のだろう。


おそらく、江戸時代から。

もしかして、室町時代から。

あるいは、もっと前から。

いや、現代でも、変わっていないかもしれない。


変わってるか

今や、テレビもネットもスマホもあって、全国的に、均質化されてるしなー


ちょっぴり、残念に思う。


が、実際住んでいる人にとっては、均質化=利便化、でもある。

だから、有難いに違いない、感謝してるに違いない。

そりゃ、均質化も進む、と云うもの。


但し、ここは、大正時代。

均質化・無個性化の波が来るのは、まだまだ後。

来るとしても、昭和の戦後。


ガラッ


戸が、開く。

庫裡兼家屋の戸が、開く。


顔を、出す。

姿を、現わす。

二人組が、姿を、現わす。

大きい、小さい、二人組だ。


大きい方は、濃紺の作務衣を、着ている。

小さい方は、淡紺の作務衣を、着ている。

二人共、坊主頭、だ。


心なしか、顔が、似ている。

心なしか、動きも、似ている。


間違い無く、親子やな


小さい方は、先程の男の子。

大きい方は、ほぼ間違い無く、お父さんの住職さん。


男の子は、満面の笑みで、近付いて来る。

『エッヘン、どんなもんだい』のドヤ顔とも、云える。


住職さんは、笑みの中に、警戒の色を隠さず、近付いて来る。

『檀家さんの親戚と云うことやけど、ホンマやろか?』ってなとこ、だろう。


機先を制して、頭を下げる。

丈介君も、続いて下げる。


住職さんも、頭を、下げる。

警戒の色を、緩めない。


「こんにちわ。

 突然、お邪魔して、すいません」

「すいません」


挨拶と共に、再度、頭を下げる。

丈介君も、それに、習う。


「いえいえ。

 ご足労いただき、ありがとう御座います。

 なんでも、ご親戚のご先祖さんを、調べてはるとか」

「はい、そうなんです」


住職さんに、趣旨説明を、する。

住職さんの警戒の色が、徐々に、薄れゆく。


しかし、可笑しくも、なる。

なんか、ジェネレーション・ギャップ的に、可笑しくも、なる。


多分、住職さんは、俺の曽祖父から祖父世代。

男の子は、祖父から父世代。

なんか、話をしてて、可笑しく、なる。


なんか、不思議な心持ち、や


心に浮かぶ微苦笑に、相槌を打つ。


「ああ、そう云うことでしたら ・・ 」


住職は、いざなう。

住職に倣って、男の子も、いざなう。

庫裡兼家屋に、いざなう。


いざなわれるまま、俺と丈介君は、庫裡兼家屋に、歩を進める。


庫裡兼家屋に、入る。

小さいとは云え、三和土の作りは、しっかりしている。

土間は石作りで、床は板張り。

下足箱、簀の子、完備。

天井は、思ったより、高い。


住職は、床に上がってすぐの、右横の部屋に、いざなう。

そこが、外部の人との応接間、になっているようだ。


応接間に入り、椅子に、腰を下ろす。

丈介君と横並びに、腰を下ろす。


「ちょっと、待っててくださいね」


住職が、応接間を、後にする。


「丈介君」

「はい」

「思ったより、ちゃんとしたと云うか、現代的と云うか大正的と云うか、

 そんな感じやな」

「そうですね。

 寂れた感が、無い」


スッ


戸が、開く。


男の子が、入って来る。

茶碗を乗せた盆を、水平に保ち持ち、入って来る。


テーブルに茶托を置き、その上に、茶碗を置く。

緑茶が、ふうわりと、湯気を、立てる。


「どうぞ」


お盆を、胸に抱え、男の子は、勧める。

右手・右腕を、心なしか前に出し、お茶を、勧める。


心の中で、感心する。

男の子の立ち居振る舞いに、感心する。


俺達が訪問してから、ここに来るまで、男の子の行動に、非するものが、見当たらない。

この歳で、そつなく、訪問者に接している、対応している。


そして、先程の満面の笑みとは一転、厳かな顔つき。

『お客さん』と、しっかり認識して、わきまえた対応。


ブラボー

素晴らしい


「ありがとう」


心の中の賛辞と共に、礼を言う。


「ありがとう」


丈介君も、同じことを考えていたらしく、礼を言う。


「ごゆっくり、どうぞ」


と、言い残し、男の子は、去る。


完璧だ。

非の打ちどころ、が無い。


男の子の接客に感動し、父親の住職さんの教育に、思いを、馳せる。

それを、丈介君と、眼で、語り合う。

丈介君が、うんうん、頷く。


ズズッ ・・

ズズッ ・・


お茶を飲む音が、響く。

俺と丈介君のお茶を飲む音が、響く。


お茶を飲む音が響く程、応接間は、静かだ。

辺りは、静かだ。


庫裡兼家屋、境内。

ここの一画、ここの近隣。

ここの集落、ここの地域。

が、全体的に静か、なのだろう。


トントン、スッスッ ・・

トントン、スッスッ ・・

トン ・・


足音が、する。

足音が、近付く。

足音が、止まる。


ガラッ


戸が、開く。

住職さんが、戸を、開ける。


その手に、紙束を、持っている。

和綴じされた帳面らしきものを、数冊、持っている。

帳面の表紙には、【過去帳】と書かれ、和暦の年月日が、書かれている。


「このあたりやと、思うんですが」


住職さんは、テーブルに、過去帳を、置く。

置いて、言う。


「ありがとう御座います」


言うや、一冊の過去帳を、手に取る。

パラパラ、捲る。

丈介君も、一冊の過去帳を、手に取る、パラパラ捲る。


紙自体は、比較的新しい物、のようだ。

傷みが、少ない。

最近、刷新したのだろう。


過去帳の欄は、二段になっている。

二段になって、一ページに、数人、載っている。


上段に戒名を記入し、下段に俗名(一般的な名前)、享年(何歳で死んだか)、死んだ年月日、家名を、記入するようになっている。

記入順は、死んだ年月が、古い順になっている。


気付くことが、ある。

記入されている人に、お年寄りと乳児が、多い。

乳児と云っても、産まれたてなのだろう、享年一歳未満が、多い。

産まれたものの、死んでゆく乳児が、まだまだ、多かったのだろう。

当時の生活環境が、思い馳せられる。


パラッ パラッ ・・


捲り、進む。


パラッ パラッ ・・


丈介君も、捲り、進む。


パラッ


そのページで、止まる。

その欄に、眼を、止める。


依頼人のご先祖様、だ。

依頼人の家、だ。


「住職さん」

「はい」

「この人なんですけど」


その欄を、住職さんに、見せる。


「ああ、はい」

「この人の家の家系図とか、まとまったもの、ありますか?」


駄目元で、訊く。

あれば、手間の軽減、甚だしい。


「あ~、無いですね」


ですよね


住職さんの即返に、心の中で、即ツッコミする。


「じゃあ、一つ一つ、記入拾っていきますんで、

 該当しそうな他の過去帳があれば、貸してください」

「はい」


住職さんは、応接間を、出てゆく。


丈介君に、依頼者の家の欄を、示す。


「ここ、ですか?」

「そう、ここ」


該当欄を、指し示し、続ける。


「ここの家の記載を、調べてみて」

「了解、です。

 ここの家に該当する人の名前と情報諸々を、引っ張って来るんですよね」

「そう。

 その際、和暦何年の過去帳やったかも、記録しといて」

「了解、です」


パラッ パラッ ・・

パラッ パラッ ・・


パラッ パラッ ・・

パラッ パラッ ・・


 ・・ スラスラ ・・


 ・・ スラスラ ・・


ページを捲る音が、二重に、響く。

たまに、ペンを走らせる音が、響く。

ペンを走らせる音は、ページを捲る音とは違い、不定期に、響く。


メモに、記入する。

記入項目は、おいそれとは、出て来ない。

一冊の過去帳に、一つか二つあれば、いい方、だ。


が、案外、サクサク、進む。

渡された過去帳を、どんどん、消化してゆく。


ガラッ


戸が、開く。

住職さんが、追加の過去帳群を抱え、顔を出す。


一回目の過去帳群を、消化するところだったので、いいタイミング、だ。

が、追加の、二回目の、過去帳群は、手強そうだ。


どうも、字体が、違う。

ミミズが、のたくっている。

紙自体は、新しい物の様だが、記載事項は、古文書ライクになっている。


そして、どうも、記載方法が、違う。

上段・下段に、分けられていない。

一人一ページ。

その分、過去帳自体が、分厚い。


やれやれ


丈介君と、顔を、見合わせる。


「ありましたか?」


住職さんが、尋ねる。


「はい、ありました」


該当する家の名、依頼者の家の名を、改めて、挙げる。


「 ・・ あ~」


住職さんが、ようやっと今気付いたらしく、抜けた声を、上げる。


「 ・・ 何か、あるんですか?」


住職さんに、おずおずと、尋ねる。


「 ・・ う~ん」


住職さんが、言い淀む。

心の中で、葛藤している、らしい。

多分、心の中で、『天使と悪魔が、闘っている』と、思う。


住職さんは、覚悟を決めたかの様に、眼を据える。

決めて据えた眼で、こちらを、見つめる。


「そこの家なんですけど」

「はい」

「今は、ここには、住んではらなくて」

「はい」

「少し前に、町中に、出て行かはったんです」

「はい」


住職さんは、ここで、一息、溜める。


「ここら辺では、有力者やったんですけど」

「はい」

「変な噂があって」

「はい?」


話の雲行きが、怪しくなって来る。


住職さんに、注目する。

住職さんの眼を、見つめる。

丈介君も、見つめる。


住職さんは、間を、置く。

間を置いて、気を、溜める。

自分の中の気を、溜める。


それに伴い、応接間の空間の気も、張り出す、膨れ上がる。

みるみる膨れ上がり、張り裂けんばかりに、なる。


そこで、住職さんは、しっかと、視線を、返す。

俺と丈介君に、視線を、返す。

決心が着いた、様だ。


「【狐憑き】、です」

「「はい?」」


思わず、丈介君と被って、訊き直す。


「【狐憑き】、です」


住職さんの言葉は、変わらない。


「【狐憑き】って、あの【狐憑き】、ですか?」

「その、【狐憑き】、です」


間違い無い、らしい。

所謂、【狐憑き】、らしい。


【狐憑き】


まあ、誤解を怖れずに、超ざっくり言えば、精神錯乱。

たまに、そうなる人や、そうなる現象を言ったりする。

【狐憑きの家系】と云えば、代々、そういう人が出る家のことを、言ったりする。


所謂、『精神病や、脳の疾患の一種』、だと思う。

だから、それが原因で、その人を忌避したり、その家を排他するのは、『なんか違う』、とも思っている。


江戸時代や、明治・大正じゃあるまいし


 ・・ この時代は、大正か ・・


「その【狐憑き】やから、集落から追い出されたんですか?」

「いや、【狐憑きの家】と云っても、ムラの有力者やったんで ・・ 」

「はい」

「誰も面と向かっては、そんなことは言わないし、

 追い出そうとしなかったんです」

「じゃあ、何で?」

「『なんとはなしに漂う噂とか陰口とか、そこはかとなく漂う雰囲気とかが、

 あった』、と云うか ・・ 」

「はい」

「『それに居たまれなくなって、出て行かはった』、と云うか ・・ 」

「ああ」


《物理的に、直接的に行動して、積極的に追い出すことは、しなかった』。

が、『精神的に、間接的に追い詰めて、消極的に追い出した』、ってことか。


暗!

ダークサイドか!

ドロドロか!


依頼人からの依頼内容には、そんなこと、一つも、書かれていない。

所長も、そんなこと、言わなかった。


ご先祖とか家系を調べるに当たって、そう云うことは、注意事項として、申し送りされるはず。


と、云うことは、


所長は、知っていたけど、あえて、言わなかった。

それで、依頼人も、隠している。


多分、所長は、あえて言っていない。

依頼の達成に、支障が出かねない。


それで、やっぱり、依頼人も、隠している。

が、ちょっと調べれば、【狐憑き】の家系であることは、分かる。

隠すだけ、無駄。


何故、隠す?

どうして、隠す?



調べ終える。

依頼人の求めていた情報を、抜き出し終わる。


尋ねる。

依頼人の家系について、住職さんに、尋ねる。


が、疑問は、解消されない。

有力な情報は、得られない。


が、調査は、ここで、終了。

依頼人の求めている情報は、得られた。

ミッション、コンプリート。


礼を、丁重に述べ、お寺を、去る。

住職さんと住職さんの子供に、手を振り、お寺を、去る。


後は、自分達の時代に戻って、報告書を、作成するだけ。

その報告書を、依頼人に提出すれば、仕事は、全て、完了だ。


お寺から離れ、人里から離れ、未だ山道の中、立ち止まる。

立ち止まって、扇子モドキを、取り出す。

丈介君も、扇子モドキを、取り出す。


ここで、手を止める。

動作を、止める。


「丈介君」

「はい」

「なんか、気持ち悪くない?」

「はい?」


丈介君は、不可思議そうな顔を、する。


「依頼人の家系と云うか、【狐憑き】と云うか、そこら辺の話」

「ああ。

 なんか、しっくりと、来ませんね」


思いは同じ、ようだ。


丈介君は、続ける。


「なんか、奥歯に物が挟まったみたいな、

 全体像が、ぼんやりとでも浮かべられないような、

 そんな感じが、します」

「そう、そんな感じ。

 加えて、依頼人と所長、なんか隠しているような、ツルんいるような、

 そんな感じ」

「ああ、分かります」


ここで、ちょっと、口調を、変える。


「まあ、俺らの仕事は、依頼されたことだけをしてたらええんやから、

 その後のことについては、関係無いちゅうたら、関係無い」

「そうですね」

「でも、気になるわな」


依頼人が、全体像を隠して、一部だけ依頼するのは、分かる。

が、それに、所長も噛んでそうなのが、腑に落ちない。


うむ、腑に落ちん

どんだけ考えても、分からん


ここで、更に、口調を変えて、続ける。


「ところで」

「はい」

「これ」


と、扇子モドキを、示す。


「はい」

「なんか、名前、めんどくさくない?」

「めんどくさい、ですか?」


丈介君は、『想定してなかった質問を、受けた』と見え、面喰らった顔を、する。


「うん。

 なんか、いちいち、扇子モドキって言うの、めんどくさい」

「そうですか。

 じゃあ、何か、名前、考えましょうか」

「考えてある」


早っ!


丈介君は、驚きを隠せずに、問う。


「何て名前、ですか?」

「センモ」

「はい?」


なんか、イメージとは、違う名前やな

もっと、和風で、SFチックな名前を、想像してた

[第七十八式 皺時間移動 扇子状 携帯器具]、略して、[七十八式]、とか


「センモ」

「センモ ・・ ですか?」

「そう、扇子のセンと、モドキのモを取って、センモ」


安直!

そのまんまやん!


と、一瞬、丈介君の頭には、言葉が、浮かぶ。

が、すぐに、『ま、いっか』と、考え直す。

その間、一ミリ秒。


「ああ、いいかも」

「そやろ」


丈介君も、大賛成、か


満更でもない顔を、浮かべる。


いや、消極的賛成、なんですけどね


そのような丈介君の思いを他所に、満更でもない顔を、浮かべる。


「ほな、早速、センモを使って、俺らの時代に、戻ろうか」


ニヤニヤ顔を隠せず、言う。


丈介君は、その顔を見て、思う。


よっぽど、「センモ」って、言いたかったんやろな


言いたかった、らしい。

って云うか、大変満足。


センモを、開く。

センモを、振る。


それに呼応して、身体中の皺が、光る。

赤・青・緑に、光る。


身体中の皺と、センモの折り目の皺は、光った形態のまま、集まる。

赤・青・緑の光は、俺の前に、集まる。


集まって、渦巻く。

渦巻って、グラデーションに光って、壁を、作る。


壁は、出来上がると、動く。

こちらに、動いて来る。

迫って来る。


俺に、触れる。

俺を、包み込む。


抜ける。

壁を、通り抜ける。

自分達の時代に、戻る。


抜ける。

丈介君も、通り抜ける。

丈介君も、無事、帰って来たようだ。


「ほな、事務所に帰って、報告書、仕上げよか」

「はい」

「ほんで、報告書提出したら、ひと仕事終了、やな」

「はい」



とは云うものの、


釈然と、しない。


報告書は、作成した。

丈介君と共に、チェックをして、作成した。


報告書は、提出している。

提出して、所長のチェックを受けている。


所長のOKも、もらっている。

後は、依頼人に、提出するだけだ。

それは、所長が、やってくれる。

俺と丈介君は、補足説明するだけ。


依頼内容、ほぼ終了。


なのに、どうして、


なんだ、この、消化不良感は!

釈然としない感は!


理由は、分かっている。


全体像が、掴めないからだ。

詳しいことが分からないまま、『枝葉末節の作業を、やらされている』感が、強いからだ。


丈介君が、こちらを、見つめている。

丈介君と、眼を、合わす。

丈介君と、アイ・コンタクト。


ですよね


丈介君の眼は、物語る。


そこに、


トントン ・・

トントン ・・


ドアを、ノックする音が、響く。


依頼人が、来たようだ。

所長から、提出書類を受け取り、説明を聞きに、来たようだ。


「どうぞ」


 ・・ ガチャ


どれどれ


依頼人の人相を見てやろうと、眼を、そちらに、向ける。


えっ ・・


ドアの向こうに居たのは、男の子。

多分、中学生くらい。


男の子は、トコトコ、部屋の中に、入って来る。

所長と俺と丈介君に、挨拶する。

所長も、挨拶を、返す。

所長に促され、俺と丈介君も、挨拶を返す。


男の子は、所長に勧められ、椅子に、座る。

所長と俺と丈介君の対面に、座る。


男の子は、『さて』と云う顔を、浮かべる。


ああ、まごうこと無き依頼人、だ。

この中学生が依頼人、だ。


所長は、テーブルに、報告書を、置く。

所長チェック済みの、俺達が提出した報告書、だ。

チェックを受けていると云っても、全面的には、変わっていない。


ほぼ、俺と丈介君が、作成した報告書を、読む。

男の子は、背筋を延ばし、読む。

ウンウン頷きながら、読み続ける。


 ・・・・

 ・・・・


所長が、動く。


「広瀬さん」

「はい」

「どうですか?」

「あ、はい。

 いいと、思います」


男の子 ・・ 広瀬君は、見た目よりも、子供っぽい声で、返す。


「質問は、無いですか?」


広瀬君を見つめ、問う。

せっかく待機しているのに、一つも質問が無いのは、つまらない。


「特には」


『特には、質問したいことは、無い』らしい。

詳細な説明無しに、この依頼は終了、らしい。


と云うことは、


広瀬君は、『報告書の記載だけで、満足している』、ってことか。

『自分のご先祖様の情報が得られれば、満足』、ってことか。


明らかに、ターゲットは、依頼内容のみ。

他の事は、眼中に無し、どっちゃでもいい。


「では」


広瀬君は、立ち上がろうと、する。

帰ろうと、する。


早っ!


『一刻でも早く、ここから立ち去りたい』、みたいだ。


「残りのお金は、明日中に、振り込んでおきます」

「はい。

 ありがとう御座いました」


所長、俺、丈介君が立ち上がり、頭を、下げる。

広瀬君も、ペコっと、頭を、下げる。

そして、そそくさと、速やかに、帰途に着く。


やたら皺が多い服を、なびかせながら。



広瀬君が帰っても、モヤモヤは、拭えない。

丈介君の顔を伺うと、釈然としない顔を、している。


これは、後、引くな

『爽やかに、切り換える』、と云うわけには、いかんわな


「所長」

「ん?」

「ちょっと」


所長と、ちょっと、ひそひそ話を、する。

所長も、薄々感づいていた、らしい。

すんなりと、OKする。


「丈介君」

「はい」

「ちょっと、来てくれ」


改めて、三人で向き合って、椅子に座る。

所長、そして対面に、俺と丈介君。


「探偵業には、守秘義務がある」

「はい」


 ん?


返事をしながらも、ちょっと、引っ掛かる。

所長に、問い質す。


「守秘義務、ですか?」

「うん」

「『わざと、隠していた』わけやなく」

「なんや、それ?」


所長は、キョトンとした顔で、問いを、返す。

変に深読みしたことが、恥ずかしくなる。


「気にしんと、続けてください」


所長に、手を差し伸べ、先を、促す。


コホン


所長は、話の腰を立て直す様に、咳払いの様なものを、一つする。


「ただ、『事務所内では、情報共有してた方がいい』、とも思う」

「はい」

「と云う訳で、情報共有しよう」

「「 はい 」」


俺と丈介君は、すぐさま、答える。


そして、始まる。

所長の一人語りが、始まる。


「依頼人やった広瀬君の家系について、どこまで知ってるんや?」


所長の問いに、答える。

現状、保有している情報を、整理してまとめ、所長に伝える。


「ああ、そこまで分かっとんのか。

 なら、ちょっと付け加えるだけ、やな」


所長の一人語りが、再び、始まる。


「広瀬君の家は、元々、あるムラの有力者や」

「はい」

「一方で、『【狐憑き】の家』、とも云われている」

「はい」

「ほんで、次第に、『【狐憑き】の家』と忌み避けられるのが嫌になって、

 町中に出て来た」

「はい」

「そこまでは、ええな」

「はい」


俺と丈介君は、頷く。


「何で、畏怖されて来たか、分かったか?」


俺と丈介君は、顔を、見合わせる。


「金持ちやから、やないんですか?」

「それもあるけど、一番の理由では無い」


じゃあ、何が?


問う眼を、所長に、投げ掛ける。


「一番の理由は ・・ 」

「理由は ・・ 」

「ムラで一番上手く、皺リープできるからや」

「ここで、皺リープが、出て来るんですか」

「そう、ここで、出て来る。

 なんでも、その能力は、『他家の追随を許さない、ダントツ』、

 やったらしい」

「うわ、すごいですね。

 重宝されたでしょう」


所長は、ここで、口調を、転ずる。


「それが、仇になってしもた」

「仇 ・・ ですか」

「そう。

 余りにも上手く、皺リープできるから、ムラの人々から、

 畏怖されて距離を取られて、挙句の果てに、

 避けられる様になってしまった」

「うわっ」


慕われてんのか嫌われてんのか、どっちか分からん、宙ぶらりんな感じやな

さぞ、居心地、悪かったやろう


「で、ムラから出はった、わけやけど」

「はい」

「先日、広瀬君のところへ、ある老婆が尋ねて来た、らしい」

「はい」


なんか、話が、転換した。


「見るからに、『百歳は越えてるやろ!』って云う感じのお婆さん、

 やったんやけど」

「はい」

「自由自在に、皺リープ、してみせた」

「皺リープ ・・ ですか?」

「そう。

 過去未来、時間設定、完璧やったそうや」

「すごい」

「そのお婆さん」

「はい」

「本人が、言うところによると」

「はい」

「広瀬君のご先祖様、らしい」

「はい?」

「ご先祖様」

「 ・・ ご先祖様?」

「そう。

 ご先祖様」


うわっ

なんや、話が、大きくなって来た


「ご先祖様が言うことには」

「言うことには?」

「自分等の代の、ちょっと後で、ムラから出て行くことになった」

「はい」

「その為か、家系の情報が、全体的に、あやふやになっている」

「はい」

「それをなんとかして欲しい、と」

「 ・・ ご先祖様が」

「そう」

「広瀬君に」

「そう」

「あやふやになってる家系情報を」

「うん」

「明らかにせえ、と」

「そう」


ここで、疑問が、湧く。


「そのご先祖様が調べて、広瀬君に教えてあげたら、ええですやん」

「そういうわけにはいかん、らしい」


え、よく分からない


「ご先祖様が言うには」

「言うには?」

「広瀬君が調べて、明らかにしてくれた方が、『心に残るやろう』、と」

「『やろう』、と」

「その方が、後の子孫も、家系とか家全般について、

 『記憶して、大事にしてくれるやろう』、と」

「なるほど」


なるほど、だ。

頷ける、説得力もある。

納得も、できる。

が、ちょっと、引っ掛かるから、続ける。


「それは、分かったんですが ・・ 」

「うん?」

「それで終わり、ですか?」

「うん。

 家系の情報の、あやふやな所が明確になれば、そこで終わり。

 依頼も、終了」

「終了?」

「うん。

 オールOK。

 ご苦労さん」


はい、終わり。


とばかりに、所長は、俺と丈介君の労を、ねぎらう。


なんか、釈然としない感じ。


読み進めていたミステリー小説や漫画で、一つの謎を解明したものの、それが、新たな謎を生み出した感じ。

で、終わった感じ。

そんな、感じ。


でも、この依頼については、ここで終了。

有難いことに、他にも依頼はある、仕事が待っている。


まあ、一つ一つ、必要以上に、こだわってられない。

淡々と、依頼と云うか、仕事を、処理していかなくてはならない。

でないと、飯が喰えない、生活ができない。

生きていけない。


俺と丈介君は、所長から、次の依頼について、聞き始める。



広瀬君を、再び見かけたのは、町の図書館だった。


この図書館は、よく利用する。


調べものがあった時、まず、頭の中を、検索する。

自分の知識から、得るものが無かった時は、Webを、検索する。

Webでも、求めている情報が得られなかった時は、図書館に、行く。


大体は、自分の知識か、Webの検索で、事足りる。

図書館に行くことは、たまにしかない。

でも、図書館まで来たら、ほぼ望み通りの情報が、手に入る。


広瀬君は、窓際の、一人掛けの机に、座っている。

机の上に、何冊も本を、開いている。

開いて、見比べている様だ。


本と云うには、分厚い。

多分、事典とか、資料集とか、そういう類い。


話し掛けようとも思ったが、もう依頼人でもなんでもない、何の関係も無い人。

ちょびちょび様子を窺う、くらいにしておく。


広瀬君は、書き込んでいる。

ノートに、書き込んでいる。


でも、『一行毎に、順次書き込んでいる』と云うよりも、『見開きページの、あちらこちらに、書き込んでいる』という感じだ。

現に、ペンの軌道が、あちらこちらに、飛んでいる。


そして、少し書き込んでは、事典とか資料集らしきものに、戻っている。

書き込む時間よりも、事典とか資料集らしきものを見ている時間の方が、はるかに長い。


何を、している?


広瀬君が、席を、立つ。

多分、トイレだろう。


広瀬君が立ち去ると共に、席を立つ。

何の気無しの素振りで、広瀬君の机に、近付く。


広瀬君の机を、横目で、覗き込む。

ノートを、覗き込む。


文、ではない。

箇条書き、でもない。

図、だ。


縦線と横線から出来ている図、だ。

縦線よりも、横線が多い、長い。


パッと見、連想するのは、トーナメント表。

だが、詳しく見れば、家系図だった。


広瀬家の、家系図。

俺達が、見て親しんだ家系図。


その図に、補足のように、記入してある。

今し方、記入したらしき部分は、まだ黒々としている。


黒々と、新しい記入が有るのは、ある時期のご先祖様。


百年前以前くらいの、ご先祖様。

大正以前くらいの、ご先祖様。

広瀬家が、ムラから出る前くらいの、ご先祖様。


続いてる。

ウチへの依頼は終了したが、広瀬君の調査は、続いている。

何が目的で、何を求めているかは分からねど、続いている。


まあ、動機は、分かる。

あの老婆、だ。

自称、広瀬君のご先祖の、あの老婆、だ。

皺ワープに長けた、あの老婆が原因、だ。



「う~ん」

「どうしたんですか?」

「聞いてくれるか?」

「聞きますよ」


実は、丈介君に手伝ってもらう目的で、[悩んでいる素振り]、してみた。

その素振りで、唸ってみた。

狙い通りやけど、丈介君が、ちゃんと反応してくれて、有難い。


「いや、あのな」


丈介君に、説明する。

図書館での一件について、説明する。


「どうも、俺等の仕事は、済んだけど」

「はい」

「広瀬君の作業と云うか案件と云うか、そう云うもんは、

 全然、終わってないみたいやねん」

「そうみたい、ですね」

「それがな ・・ 」


ちょっと、言い淀んで、続ける。


「なんや、気色悪いねん」

「はい?」

「なんや、小骨が引っ掛かった様な気がして」

「ああ。

 分かります」


丈介君の共感、を得られる。


「分かるか?」

「分かります。

 なんか、キッチリ、カタついて無いと云うか終わってないと云うか、

 そんな感じで、モヤモヤして」

「そうそう」

「『俺等は、全体の成果や完了に関係の無い、ただのパーツか!歯車か!』

 って、ツッコみたくなります」

「そうそう」


ここで、俺と丈介君は、眼を見合わす。

眼を見合わせて、続ける。


「できることなら」

「できることなら」

「最後まで、知りたいよな」

「知りたいです」

「全体的に、見通してみたいよな」

「みたいです」


ガシッ


ここで、俺と丈介君は、しっかと、握手。


目的は、一致した。

この件についての、活動再開。


でも、プライベートのことなので、どんなに調べても、金にはならない。

仕事の時間では、動くことが、できない。


あくまで、私的活動。

だから逆に云えば、守秘義務も無い。

仕事みたいなカチッとした感じじゃなく、ユルいアバウトな感じで、活動できる。


仕事とは、一線を引くので、息抜きにもなる。

趣味的と云うか、ホビー的と云うか、そう云うものも、満たされる。



さて、


仕事とは別に、探偵活動が、始まる。


仕事の合間の休憩時間や休日を活用して、広瀬君の家や家系、ご先祖様について調べる、調べ直す。


『仕事の合間の休憩時間や休日』と云っても、そう云うものは、有って無きが如し。


四六時中、二十四時間中、仕事の時間であり、休憩時間。

毎日が、仕事日であり、休日であり、土日平日。

この稼業では、明確な区切りが、無い。

仕事と休みが、混在している。


故に、広瀬君の件の方も、まあ、明確な区切り無く、随時、行なっている。


それは、俺も、丈介君も、一緒。

仕事に掛かる比重と、広瀬君の件に掛かる比重は、本人任せ。

互いの良心、モラルに、期待するしかない。


事務所からの依頼仕事は、サクサク、こなしている。

広瀬君の件も、サクサク、進んでいる。



「重大な事が一つ、判明しまして」


丈介君が、宣言する。


「何、何?」


俺が、すぐさま、問う。


「それが ・・ 」

「それが?」

「広瀬君」

「うん」

「僕の後輩であることが、判明しました」

「後輩」

「はい」


なんやそれ!

調査に関係無い、やんけ

 ・・ でも、上手く使えば、調査に役立つか ・・


「同じ中学、やってことやんな?」

「はい」

「その線から、何か、探れんか?」

「う~ん」


丈介君は、分かり易く、思い悩む。

突如、頭に灯が付く様に、顔を上げる。


「部の後輩に、訊いてみます」

「おお、OB風、吹かしてくれるんやな」

「OB風吹かして、情報集めてみます。

 後輩に、広瀬君の同級生とか同学年とか、いるでしょうから」

「頼むわ。

 そうして」


片手で縦手刀を作り、丈介君に、頼む。



「分かりました」


さすが、丈介君、仕事が早い。

お願いしてから、三日と経っていない。


「主に、家族関係とか、家庭環境とかが、判明しました」

「おお、有難い」


丈介君は、心なしか、顔を、曇らす。


「ちょっと重い話、ですよ」

「ヘヴィーな感じ、なんか?」

「う~ん。

 そこまでとは思いませんけど、順調一辺倒の家庭環境では、ありません」


聞く体勢を、整える。

心して、聞く。


「まず、広瀬君」

「うん」

「お父さんが、いません」

「のっけから、割と重いの、来たな」

「両親が離婚した、と云うわけでなく、シングルマザーの母子家庭です」

「まあ、最近多いから、負い目を感じる必要性は、無いわな」

「家族仲は、すこぶるいいです」

「母子家庭は、えてしてそうやな」

「成績も、いいです」

「母子家庭の息子は、えてしてそうやな」

「運動は、ダメです」

「それは、人による」

「運動部は勿論のこと、文化部にも、入っていません」

「あら」

「もっぱら、帰宅部です」


早よ家帰って、勉強してるってことか


「噂では」

「噂では」

「家に早く帰って、勉強してるそうです」

「やっぱり」

「なんでも、塾とかに行ってないのに、

 学年トップグループを、キープしてるみたいです」

「おお!」


やるな、広瀬君


「学校では、今までと、なんら変わり無いみたいです」

「そうなんか」

「でも、一点だけ」


丈介君は、話を、転換する。


「一点だけ?」

「ここ最近、学校の図書館によく行くようになった、そうです」


ああ、やっぱり


「それはあれやな」

「あれ?」

「自分の家の家系とか、ご先祖様について、調べてんねんやろ」

「ああ」

「俺も、町の図書館で、見掛けたし」

「そうですね」


 ・・ うん、かもしれん


「丈介君、出身中学の図書館で、調べもん、できるか?」

「はい。

 『OBなんで、大丈夫』と、思いますけど」

「広瀬君が、どの本を借りているか、調べて」

「はい」

「で、その本をザッと見て、広瀬君が参考にしそうな記載があれば、それを、

 抜き出しといて」

「分かりました」

「町の図書館の方は、俺がやっとくし」

「はい」



{なるほどね}


声が、響く。

事務所に備え付けのスピーカーから、声が、響く。


明らかに、所長の声。

『怒ろう』と思ったけど、詳細を知って、納得した声。

『怒るのは、まあ、やめておこう』の、声。


ビックリして、丈介君と、顔を見合わせる。

そして、宙に、尋ねる。


「所長、今の一部始終、見たはったんですか?」

{うん}

「どこから?」

{カメラ通して、隣の部屋から}

「全然、気付きませんでした」

{いや、物音立てんようにしてたし、気配断ってたし}

「ほな、分からはると思いますけど、広瀬君の件で ・・ 」

{ちょっと、待って ・・ }


 ・・ ガサゴソ ・・


隣の部屋から、物音が、する。


 ・・ ガチャ


ドアが、開く。


所長、登場。


「なんか、『二人の動きが、怪しいな~』と、思っててん」

「そうなんですか」


『カモフラージュしきっている』と思っていた俺と丈介君は、苦笑。


「仕事はちゃんとこなしとるから、文句はつけられへん。

 でも、放っといて、仕事に支障出たらあかんから、

 ちょっと、探ってみてん」

「そうなんですか」

「で、『広瀬君の仕事、今も引き摺って』んのが、分かった」

「そうなんです」


所長に、眼を、向ける。

『新しい情報、ください』の眼を、向ける。


「残念ながら」

「はい?」

「新しく提供できる情報は、持ってない」

「そうなんですか ・・ 」

「俺も、二人が調べたことぐらいしか、知らん」


ガックリ


「何に、引っ掛かってんねん?」


所長が、俺の顔色を見て、問う。

所長に、疑問に思っていることを、伝える。


「ん~」


所長は、考え込む。

しばらく、沈思黙考に、入る。


 ・・・・

 ・・・・


うん。


とばかりに、所長は、顔を、上げる。

上げて、俺を、見据える。


「こう云うこと、ちゃうか」

「どんなこと、ですか?」


考え切った様な、爽やかな顔の所長に、尋ねる。


「自分の家系全体を、把握したい」

「はい」

「特に、百年前くらい以前のご先祖様を明らかにしたい」

「はい」

「それが」

「はい」

「取引材料、やとしたら」

「はい?」


えっ

話が、急速転換したな


「取り引き相手は?」

「ご先祖様の老婆」

「取り引き内容は?」

「百年前くらい以前のご先祖様の情報(詳細な家系図)と、皺リープ能力」

「広瀬君、ご先祖様みたいな皺リープ能力を身に付ける為に、

 家系調べてるってことですか?」

「俺が、考えるところでは」


えっ

何で、また?


「理由は?」

「分からん」

「ご先祖様が、昔のご先祖様に関して、明らかにしようとする理由は?」

「分からん」


所長は、考え込む。

俺も、丈介君も、考え込む。


でも、なんか、広瀬君の理由は、大丈夫そうな気が、する。

それより、ご先祖様の理由が、胡乱な気が、する。


所長と、視線が、合う。

所長が、頷く。


丈介君と、視線が、合う。

丈介君が、頷く。


三人共、思いは同じ、様だ。


再度、所長が、『合点がした』と云う風に、ウンウン、頷く。

考え深げに、悟った様に、頷く。


「仕事は、ちゃんと、やってくれ」


所長が、口を、開く。


「仕事さえ、ちゃんとやってくれたら、後の時間、何やってくれようと、

 かまわへん」


所長は、続ける。


「どころか、協力も、しよう」


所長は、笑みを、浮かべる。


「俺も、気になるし」


所長は、言葉を、付け加える。

付け加えられた言葉に、俺と丈介君は、心の中で(こっそりと)、歓喜する。


所長のお墨付きを、得た。

これで、正々堂々、お天道様の元、調べられる。

広瀬君の家系について、調べられる。


しかも、所長による協力付き。


ああ、行き詰まりそうになっていた状況に、光が通った様だ。



とは云うものの、


光は通ったが、行き先は、見えない。


広瀬君が、どうして、自分の家の家系を調べているのか、一向に、分からない。

ご先祖様の老婆と、何を取り引きしているのかが、一向に、分からない。



行き先の光は、意外なところから、射し込む。


「あの」

「ん?」


仕事の合間の休憩時間。

事務所で、報告書をまとめている時、丈介君が、話し掛ける。

近くには、所長も、いる。


「広瀬君のことで、新しい事実が一つ、分かりました」

「おお」

「広瀬君のところは、父・母・広瀬君・弟の四人家族なんですが」

「それは、知ってる」

「弟さん、難病らしいです」

「えっ。

 元気そうにしてるやん」

「なんでも、見た目には、元気そうに見えるけど、

 薬飲むの止めたら、すぐに死ぬ病気らしいです」

「マジか?」

「マジです。

 なんでも、国指定の難病、らしいです」


たいがいやん、それ


「現代の医学では、完治が難しいそうです。

 薬を、日に三回くらい、ちゃんと飲んでしか、

 生きながらえないみたいです。

 それでも、『平均寿命まで生きるのは、ほぼ不可能』みたいです」

「あかんやん、それ。

 なんとか、ならへんの?」

「現代の医学では、無理だそうです。

 突破口も見つかってないんで、少なくとも、あと十何年かは、

 『難病のまま』だろうと」


うわあ

四方八方壁、闇に閉ざされた続く道

なんか、救いが、全くないな


 ・・ ん?

現代の医学では?


「 ・・ 現代の医学では?」

「はい、『現代の医学では、無理』、だろうと」

「遠い将来的には、可能性あんの?」

「実際的な突破口は、見つかってないんですけど、理論上の突破口は、

 判明済み、組み立て済み、だそうです」

「なんや、イケるやん」

「と云っても、現実的に、実験的に、『実証は、まだまだ』だそうです。

 机上実験・動物実験がOKでも、臨床とかせな、あきませんし」

「そうか」

「臨床でOKでも、国が承認するのは、

 そこからまた時間が掛かるかもしれませんし」

「そやな」

「スムーズにすぐ、現実的な突破口が見つかっても、

 一般庶民が恩恵を受ける様になるまでは、

 やっぱり、『十何年と掛かる』かと」

「そやな」


残念だが、読み通り。

でも、ほんのちょっぴり、ニヤリする。


俺の表情の変化に、丈介君は、戸惑う。

戸惑って、怪訝な顔を、する。


「どうしました?」

「何が?」

「なんか、予想通りと云うか読み通りと云うか、そんな感じの、

 ほんのちょっぴり嬉しそうな顔、したはります」

「分かるか」


ほんのちょっぴり嬉しそうな顔を、隠せない、隠さない。


丈介君は、ますます、怪訝な顔をする。


一体、どうしたんですか?


とでも、言う様に。


「なんかな」

「はい」

「今の、丈介君が持って来てくれた情報、で」

「はい」

「なんとなく」

「全体像が見通せた、と云うか、そんな感じがしてる」

「ホンマですか!」

「うん、ホンマ」


頭の中で、論点を整理する。

説明し易い様に、理解してもらい易い様に、論を、組み立てる。

その論を、検証する。


これを、数秒で、行なう。


丈介君に、改めて、向き直る。


「ええか?」

「はい」


「待ってました」とばかり、丈介君は、答える。


「広瀬君は、難病の弟を救う為に、未来の医療を、手に入れたい」

「はい」

「ご先祖様の老婆は、昔のご先祖様の情報を、明らかにしたい」

「はい」

「で、広瀬君と、ご先祖様の老婆が、取引した」

「はい」

「簡単に言えば、ご先祖様情報と、未来の医療技術情報との、取引やな」

「はい」

「広瀬家のご先祖は、皺リープ能力に長けている、みたいやしな」

「なるほど」


ここで、丈介君を、じっと、見つめる。


「一つ、疑問点が、あんねん」

「はい」

「聞いてて、分からんかったか?」

「はい?」

「ご先祖様の老婆の、理由」

「理由、ですか?」

「ご先祖様の老婆が、何で、昔のご先祖様の情報を、明らかにしたいか」

「ああ」


合点がいった様に、丈介君は、頷く。


「何で、ですか?」

「分からん。

 分からんけど ・・ 」


丈介君の眼を、じっと、見つめる。


「『広瀬君やったら、知ってるんとちゃうか』、と思う」

「ああ、そうかも」

「取り引きの話する時に、そう云うこと、おそらく、出て来るやろ」

「多分、出て来ますね」

「でもな ・・ 」


ちょっと、口籠る。


「問題は、『広瀬君から、そのことについて、どうやって聞き出すか』、

 やねん」

「正攻法では、まず無理、でしょうね」

「かなりおそらく。

 まともに行ったらあかんやろうから、他の手、考えんと」

「う~ん」

「う~ん」


う~ん

う~ん ・・ って、あ、そや

本人とか当事者に訊こうとするから、難しいねん

シンプルに、得られる効果を求めて、類いする他の知識を得られたら、ええねん


「丈介君」

「はい」

「この場合、あやふやになっているご先祖様を明らかにすることで、

 その存在感があやふやになっているご先祖様に、なんか利点があれば、

 ええんとちゃうか?」

「ああ。

 そう云えば、そうです」

「それが分かるんなら、当事者とか本人に、訊かんでもええやん」

「そうです。

 その通りです」

「それが分かれば、話、早いやん」

「解決の仕方も、分かるってもんです」



それが、分からない。


丈介君と手分けして、調べまくる。

本、雑誌、ネット、etcetc。

一向に、分からない。


そうこうこうしている内に、広瀬君の動きが、変わって来る。


家に居る時間が、長くなる。

図書館に、行く回数が、減る。

まるで、家で作業していて、疑問点があれば、図書館に調べに行く感じ、だ。


「まとめに、かかって来たな」

「まとめ、ですか?」


丈介君が、尋ねる。


「そう、まとめ。

 もう、ある程度、求める情報仕入れられたから、

 それを、まとめてるんやろう」

「と云うことは」

「まとめたご先祖様の情報を、家系図に反映させて、

 家系図の補足が出来上がったら、広瀬君の方は終了、やな」

「ほな、ご先祖様の老婆と、近々、接触するわけですか?」

「ああ。

 『その日は、近い』と思う」


近いのか ・・


丈介君は、もどかしい。


今だ、取引内容が、ご先祖様の老婆が何を求めているのかが、分からない。


「ご先祖様の求める取引条件は?」

「分からん」


丈介君と、調べた広瀬家の家系図を、見つめ直す。

家系図には、生年没年、屋号等が、記載されている。


見つめ直す。

考え直して、考えたおす。


 ・・ ん?


何か、引っ掛かる。

光が瞬く、感じ。

頭の灯が点きそうな感じが、する。


百年程前以前の、ご先祖様連の、生年没年を、見つめ直す。

見つめ直して、考える、計算する。


 ・・・・

 ・・・・


 !


点いた!


光が、溢れる。

音楽が、奏で出す。


「丈介君」

「はい」

「百年程前以前のご先祖様の、それぞれの、死んだ年齢を出してみて」

「? ・・ はい」


丈介君は、家系図上に、眼を、滑らせる。

滑らせて、生没年を、確認する。

確認して、享年を、暗算する。


この人は、何年何月の生まれで、何年何月の死亡やから、享年何歳。

この人は、何年何月の生まれで、何年何月の死亡やから、享年何歳。


 ・・・・

 ・・・・


 ・・ ん?


この人は、何年何月の生まれで、何年何月の死亡やから、享年何歳。

この人は、何年何月の生まれで、何年何月の死亡やから、享年何歳。


 !


この人は、何年何月の生まれで、何年何月の死亡やから、享年何歳!

この人は、何年何月の生まれで、何年何月の死亡やから、享年何歳!


なんや、これ!


丈介君も、気付いたらしい。


「これ、って ・・ 」

「ああ、そや。

 多分、俺の気付いたことと、同じや」


広瀬家の寿命は、短い。

特に、百年程以前のご先祖様連は、七十歳前後で、死亡している。

総じて皆、平均寿命に、届いていない。


「これが、ご先祖様の求めるもん、なんですか?」

「おそらく」

「寿命を延ばすこと、が」

「おそらく」

「でも、どうやったら、寿命、伸ばせるんですか?」

「それは、分からん」


が、多分おそらく、それで間違い無い、だろう。


広瀬君の取引材料は、求めるものは、弟の難病を治せる方法。

ご先祖様の老婆の取引材料は、求めるものは、寿命を延ばす方法。


が、そこに、皺リープ能力が、どうやって、絡んで来る?

皺リープ能力が、役に立つのか?



広瀬君は、向かう。

共同墓地に、向かう。


リュックを、背負っている。

何か書類が入っていそうな、重そうなリュックを、背負っている。


共同墓地には、広瀬家の墓が、ある。

先祖代々の墓、がある。

広瀬家の人間は、皆、その墓に、入る。


前回来た時には、魂消た。

出し抜けに、お婆さんが、登場した。

裕に、九十歳は超えていそうな老婆、だ。

そして、言った。


「お前の、ご先祖様や」


いやいや、俄かには、信じられない。


でも、そのお婆さんの話を聞くに連れ、確信する。


ああ、この人、ご先祖様や


広瀬家の人間しか知らない、広瀬家の成り立ちを、知っていた。

流暢に、話した。

信じざるを、得ない。


でも、死んだはるはずやん

何で、生きたはんの?

何で、ここにいはんの?


 ・・


ああ、リープ、か

皺リープ、か


でも、何でまた?

何でまた、出没しはったん?

僕の前に、出没しはったん?


怪訝そうに、『?』の顔を、広瀬君は、浮かべる。

ご先祖様の老婆は、そんな広瀬君を見て、深く、頷く。


「まあ、お聞き」

「はい」

「あんた、困りごとがある、やろ?」


ドキッ


広瀬君は、図星を、射される。

一刻も、弟の難病のことが、頭を離れない。


それを、見透かしたかの様に、ご先祖様の老婆は、笑う。

広瀬君の様子を見て、広瀬君から見えない様に、ニヤリと、笑う。

片頬を上げ、唇の片方の端だけで。


「その困りごとを、何とかしてやろう」

「はい?」

「なんとか、してやろう」

「ホンマですか?!」

「嘘は、言わん」


広瀬君は、まんまと、ご先祖様の老婆のペースに、嵌められている。

『ご先祖様であること』を、疑う気持ちが、吹き飛んでいる。

『藁をも掴む』気持ちに、なっている。


「が」

「が?」

「タダと云う訳には、いかん」

「 ・・ お金、ですか ・・ 」


広瀬君は、肩を、落とす。

分かり易く、顔を、曇らせる。


「金、やない」


へっ


「違うん、ですか?」

「違う。

 私の求めているもんとは、違う」


ご先祖様の老婆は、ここで、二ッと、笑う。


「情報、や」

「情報、ですか?」


何の?


広瀬君は、イマイチ、話が、呑み込めない。


「お前の困りごとは、弟のこと、やろ?」


広瀬君は、驚愕する。


「はい。

 そうです」

「弟が難病やから、『何とか、治す方法を知りたい』と、

 思ってるやろ?」

「はい。

 その通りです」


ご先祖様の老婆のニッ、二回目。


「ええ手が、ある」


ご先祖様の老婆が言うには、こうだ。


広瀬君が、家系の情報を調べて、百年前から以前のご先祖様連を、明らかにする。

その家系図情報と引き換えに、ご先祖様の老婆が、広瀬君に、皺リープ能力(又は、テクニック)の向上を、施す。


その成果として、広瀬君は、未来から、弟の為の難病克服の方法(未来の医療技術情報)を、手に入れて来る。


つまり、


広瀬君から、ご先祖様の老婆へは、百年前以前くらいのご先祖様達を明らかにした、家系図情報を、

ご先祖様の老婆から、広瀬君へは、皺ワープ能力(又は、テクニック)を、


交換取り引きする。


「ええな?」


ご先祖様の老婆は、広瀬君に、問う。

広瀬君に、選択肢は、無い。


「はい。

 いいです」

「はい、取引成立」


ご先祖様の老婆は、ここでも、二ッと、笑う。



「広瀬君とご先祖様の老婆の、取引内容については、

 大体のとこ、推測がついた」

「はい」

「だから、引き続き、広瀬君の動きを、監視してたら、

 『ご先祖様の老婆にも、繋がる』と、思う」

「はい」


丈介君は、俺の話に、相槌を打ってくれる。

理解を、示してくれる。

そんな丈介君に、懸念を、表わさなければならない。


「ただ ・・ 」

「ただ ・・ ?」

「俺等が取引を止めても、広瀬君の求めるものを提供できひん限り、

『元の木阿弥』やと、思う」

「・・ そうですね」


俺の懸念は、今のところ、こちらには、『広瀬君の希望(難病の弟を治す方法を、手に入れる)を叶える材料が、無い』こと。


『広瀬君の希望を叶える材料が、無い』限り、広瀬君は、ご先祖様の老婆と、コンタクトを取り続けようとするだろう。

それが唯一、『難病の弟を、なんとかする手』、だから。

そして、ご先祖様の老婆は、そんな広瀬君に、突け込み続けるだろう。


「要は」

「要は?」

「『広瀬君の弟の難病を、なんとかする手』が見つかれば、

 いいわけですよね?」

「そやな」


丈介君の言葉に、同意する。


「ご先祖様の老婆に頼らずに、未来の医療技術情報と云った、

 『難病克服の方法が、分かればいい』、わけですよね」

「そやな」

「それなら ・・ 」

「へっ?」

「なんとかなるかも」

「マジで?!」

「マジです」


思わず、丈介君の瞳を、見つめる。


「どんな手、使って?」

「薄ぼんやりとですけど、思い付いた手があるんで、

 それを、検討してみます」

「概略でもええから、教えて」

「薄ぼんやりとが固まって来たら、また、説明します。

 今は、人に説明できるほど、固まってないんで」

「そうなんか ・・ 」


残念だが、丈介君に、頷く。



「持って来たか?」


ご先祖様の老婆が、問う。


「はい」


広瀬君が、答える。

ガサガサと、リュックから、取り出す。


取り出したものは、ノートらしきもの。

書き込み書き込みしたのか、かなり、くたびれている。

表らしきものも、張り込み折って、挟んである。


ペラ ・・

ペラ ・・


ご先祖様の老婆は、ノートを受け取り、捲る。


ガサガサ ・・

ガサガサ ・・

バサバサ ・・


表らしきものも、広げる。


ペラ ・・

ペラ ・・


ノートを、捲る。


ご先祖様の老婆が、二ッと、笑う。

満足した様、だ。


「うん、ええな」

「それじゃあ ・・ 」


広瀬君は、先を、促す。

広瀬君の望むものが、やっと、受け取れる。


「ああ。

 ほな、行こか」

「えっ ・・ }


広瀬君は、戸惑う。

皺リープ能力の向上だから、『一朝一夕には、いくまい』と思っていた。

が、ご先祖様の老婆の対応からして、今すぐにでも、可能な様だ。


「今、ですか?」

「そう」

「今すぐ、ですか?」

「そう」

「そんなん、できるんですか?」

「できる」


ご先祖様の老婆は、力強く、頷く。


「どうやって?」

「う~ん。

 合わせ技、やな」

「合わせ技?」


広瀬君は、小首を、傾げる。


「具体的には、あんたと私の皺リープを、重ねる感じ」

「重ねるんですか?」

「そう。

 まあ、私の皺リープ能力を、土台にして、

 あんたの皺リープ能力を、高める感じ」

「へえ ・・ 」


広瀬君は、感心を、隠せない。


「いっぺん、過去に、行ってみよか?」

「はい」


広瀬君、即答。


「あんたの皺リープで、どこまで行ける?」

「せいぜい、親の子供時分くらいまで、ですね」

「数十年、ってとこやな ・・ 。

 手始めに、祖母の子供時分まで、遡ろうか?」

「お願いします」

「ほな、始めよう」

「はい」


光る。

広瀬君の皺が、光る。

顔、身体、服等の、様々なところの皺が、光る。

赤・青・緑に、光る。


光る。

ご先祖様の老婆の皺も、光る。

顔、身体、服等の、様々なところの皺が、光る。


赤・青・緑に、光る。

その数は、広瀬君に比べ、圧倒的に多い、眩しい。


「先、行くで」


ご先祖様の老婆の声と共に、皺が、飛び出す、光が、飛び出す。

赤・青・緑の光が、飛び出す。


飛び出した、光る皺は、眼前に、集中する。

広瀬君の前面から、二メートルぐらいの距離を置いて、集中する。


集中して、壁を、作る。

グラデーションの、渦巻きの壁を、作る。

のたうつ、ウルトラマンのオープニングの様な、【赤青緑渦巻き壁】を、作る。


「次は、あんた、やで」


広瀬君の、赤。青・緑に光る皺が、飛び出す。

飛び出して、のたうち光る【赤青緑渦巻き壁】に、向かう。


壁に、ぶつかる。

【赤青緑渦巻き壁】が、そこを基点に、波紋状に、のたうつ。

光る皺は、光の壁に、呑み込まれる。


と、


【赤青緑渦巻き壁】の、明度が、上がる。

明らかに、上がる。

渦巻きののたくり具合が、動きが、明らかに、激しくなる。


【赤青緑渦巻き壁】が、動く。

広瀬君に向かって、動く。


近付く。

近付いて、来る。


広瀬君に、触れる。

まだまだ、動き続ける。


広瀬君の身体を、包み始める。

包み込む。


広瀬君の身体を、呑み込む。

完全に、呑み込む。

広瀬君が、消える。



「どうやった?」


ご先祖様の老婆が、訊く。


「まごうことなく、祖母の子供時分でした」


広瀬君は、答える。


広瀬君が、光の壁を超えて行った先は、祖母の子供時分。

所謂、戦前の時代。


風景、習俗、空気感等が、当に、昭和初期の時代。

広瀬君の皺ワープ能力だけでは、とてもたどり着けない時代。


「納得したな?」

「はい」

「決心、着いたな?」

「はい」


ご先祖様の老婆は、ニッと、笑う。


「ほな、本番、行こか」



「ギリ、間に合ったな」


音楽が、流れる(様な気がする)。

辺りの空気感が、一変する(様な気がする)。


広瀬君とご先祖様の老婆が、一斉に、こっちを、向く。

二人の視線が、突き刺さる。

俺と丈介君に、突き刺さる。


が、俺と丈介君は、普通に、立っている。

自然体で、立っている。

笑みを、絶やさずに。


「誰や?」


ご先祖様の老婆が、問う。

広瀬君にも、顔を向けて、問う。


「僕が、依頼をお願いした探偵所の方々、です」

「そう云うもん、です」


広瀬君の答えに、乗っかる。


「そいつらが、何の用、や?」


ご先祖様の老婆の警戒心は、解けない。


「『広瀬君を、助けよう』、と」

「何やて?」

「広瀬君が、ご先祖様の老婆に、弱みに突け込まれているから、

 『なんとかしよう』、と」

「別に、弱みに、突け込んどらん」


ご先祖様の老婆は、いかにも『心外』という感じで、口を、尖らす。


「真っ当で、対等な、取引をしようとしてただけ、や」


今度は、こっちが、『心外』の顔を、する。


「いやいや、違うでしょ。

 広瀬君の弱みに突け込んで、無理くり、取引しようとしてたんでしょ」


ご先祖様の老婆の眼を、強く、見つめる。


「しかも、自分の手の内は、曝さずに」


ご先祖様の老婆は、キッと、こちらを、睨みつける。

が、すぐに、息を、抜く。


「そんな、うまいこと言うても、他に手は無いやろ。

 この子の、可哀想な弟を、救う手は」


勝ち誇ったように、肩を、竦める。


「それは、どうですかね」


『へっ?』となるご先祖様の老婆を尻目に、投げる。

俺の言葉と同時に、丈介君が、投げる。

センモを、投げる。


少し開いた天(先)を、前にして、投げる。

センモは、宙で半回転して、要(根本)を、前方にする。

そのまま、飛び続ける。

投扇興を、扱うが如し。


ツン ・・

バッ ・・


センモは、広瀬君に、辿り着く。

広瀬君は、センモを、咄嗟に、掴む。


 ?


広瀬君の顔に、戸惑いと疑問が、浮かぶ。


「広瀬君」

「はい」

「それ、皺リープ能力を、増幅してくれるねん」

「はい」

「それ」

「はい」

「あげるわ」

「えっ?」

「それあったら、ご先祖様の理不尽な要求に、従わんでもええし」


『詳細な説明、お願いします』とばかりに、丈介君に、手を、差し伸べる。


コホン


「え~ ・・ 」


丈介君が、引き取る。

話を引き取って、センモの説明を、始める。

センモの扇面には、丸っこい絵と云うか、イラスト・ライクと云うか、そんな感じの風神雷神図が、描かれている。

えらく、簡略化されたと云うか、簡易化されたと云うか、風神雷神図が、描かれている。


話が進むに連れ、話を聞くに連れ、輝く。

広瀬君の瞳が、輝く。

輝きを、増す。


えっ、いらんやん

ご先祖様の力、いらんやん

この扇子モドキの力だけで、充分やん


広瀬君の瞳の輝きとは、対照的に、曇る。

ご先祖様の老婆の瞳は、曇る。

曇りを通り越して、黒く、闇に、なって来る。


余計なことを

ホンマに、『あと、もうちょっと』、やったのに


瞳から、黒き炎が噴き出すかの様に、こちらを、睨む。


また、他の手、考えんといかんな

家の歴史、ちゃんとしたいからな


まあ、感触では、大正以前の記録は、改竄されてるようやから、

大正以前の記録を、キチンと取れる頃に、ターゲットを移すそう


 ・・ まあ、今回は、子孫の顔立てて、諦めよう


ご先祖様の老婆は、黒き炎を治め、にこやかに、苦笑する。


「頑張りや」


広瀬君に、一言、声を、掛ける。

掛けて、一八〇度、廻れ右を、する。


そのまま、進む。

その場を、去る。


ご先祖様の老婆が去って、数分後。

去ったであろう道中が、光る。

光った後、静寂が、走る。


戻らはったんや

行かはったな

消えはったな


広瀬君、俺、丈介君は、思う。


「えらいあっさり、引き下がらはったな~」

「同感、です」

「『ホンマに、センモが使えるかどうか』を、確かめてからでも、

 よかったのに」

「そうですね」


俺と丈介君は、会話を交わす。


思ったより、『すんなりと事が運び、拍子抜け』、ではある。


広瀬君に、向き直る。


「ほな、早速、試してみい」


広瀬君に、言う。

広瀬君は、戸惑う。


「なるべく早く、なんとかしたいんやろ?」


俺の言葉に、こっくり、頷く。


「でも」

「でも?」

「どうやって、使うんですか?」


ああ、なるほど

そら、分からんわな


「丈介君」

「はい」

「手伝ってやって、くれるか?」

「はい」


丈介君は、広瀬君に、近付く。

対面に立ち、あーだこーだ、説明する。

身振り手振りを加え、説明する。


「 ・・ それぐらい先だけやったら、

 『センモだけで、行ける』と思うで ・・ 」

「 ・・ ホンマ、ですか ・・ 」


二人の会話が、漏れ聞こえる。


「 ・・ ほな、一遍、やってみ。 ・・ 」

「 ・・ はい ・・ 」


会話に、切りが、着いたようだ。


広瀬君が、構える。

センモを、構える。

センモの扇を、半分方、開く。

行きたい未来の年数分では、『半分方で、いい』と云う判断だろう。


光る。

赤・青・緑に、皺が、光る。

顔の皺が光り、身体の皺が、光る。


光る。

赤・青・緑に、折りが、光る。

扇子モドキの折り皺が、光る。


無数の皺の光が、広瀬君の前に、集う。

集まった、赤・青・緑の光は、壁を、かたち作る。

それは、奇妙に揺らめく、光のグラデーションの壁。

赤青緑渦巻きの、壁。


壁の赤・青・緑が、多い様な気がする。

太い様な気も、する。


赤・青・緑の皺を、グラデーションを、大きく太くしているものが、出ている。

広瀬君の、すぐ後方からも、光が、出ている。


丈介君が、こっそり、自分のセンモを、振っている。

広瀬君は、気付かない。


赤青緑渦巻きの壁が、迫る。

広瀬君に、迫る。


広瀬君は、壁に、包まれる。

壁に、呑み込まれる。

そして、壁と共に、消え去る。


雲散霧消。

跡形も、無い。

通りが良くなった風のみが、広瀬君と壁の存在を、物語る。


 ・・・・


静寂が、落ちる。

無言が、続く。


俺も丈介君も、何も言わない、言葉を発しない。


 ・・・・

 ・・・・


数分、経つ。

出し抜けに、壁が、現れる。


壁は、赤・青・緑のグラデーションに、のたうっている。

のたうつ光が、動く。

それまでとは異なり、規則的に、動く。


一部分に、形を、映し出す。

その形は、濃くなる。

と、共に、形も、定まって来る。


形は、人形に、なる。

更に、定まって来る。

人形が、見慣れた形に、なる。


見慣れた形が、広瀬君の形になる。

形に、詳細な色が、付き出す。

青・赤・緑だけでなく、黄・黒・白等、諸々の色を、備え出す。


広瀬君の形が、広瀬君に、なる。

広瀬君は、進んでいる。

いや、渦巻き光る壁が、後退しているのか。


広瀬君の周りには、赤・青・緑のグラデーションが、優雅に、纏い付く。

まるで、ドレスか、燕尾服を着ているかの様に、纏い付く。

その様は、シンデレラか、シンデレラの王子様の様、だ。


スッ ・・


音がするかの様に、広瀬君が、うねり光る壁から、抜け出す。

抜け出すも、固まっている。


フリーズしたまま、広瀬君は、数瞬を、過ごす。

と、突然に、眼に、光が、宿る。


そのまま、辺りを、見廻す。

そして、俺と丈介君を、見つける。

見つけると、にっこり、笑う。


上手くいった、様だ。



「分かりません」


えっ、何が?


唐突に、丈介君に訊かれ、戸惑う。


「何が?」


丈介君に、問い直す。


事務所で、俺と丈介君は、くつろいでいる。

二人共、椅子に腰掛け、手には、マグカップ。

コーヒーの香りが、湯気高く、漂う。


「何で、ご先祖様の老婆が、『広瀬君を、利用しよう』としたか?」


ああ、それな

そら、説明せんと、疑問に持つわな


とは思うものの、説明が、難しい。

『どうやって、説明したらええねん』と、思う。


丈介君は、真摯に、こちらを、見つめる。

見つめ続ける。

今ここで、説明してもらえることを、露程も、疑っていない。


「う~ん。

 どっから、説明しよう」


悩む俺を尻目に、丈介君は、涼やかな瞳で、待っている。


「まず、ご先祖様の老婆に対して、

 『なんか、おかしい』と、思わんかったか?」

「ご先祖様の老婆、ですか。

 それは、具体的に、どこが?」

「年齢的に」

「年齢的に?」


丈介君は、考え込む。

眼を伏せて、沈思黙考に、入る。


 ・・

 ・・


少しの間、考えるも、瞳に光が、宿らない。

開いた手を、掲げる。

お手上げ。


「ギブ、です。

 何ですか?」

「広瀬君の一族は、『平均寿命を全うせずに、早死にする家系』、

 やったな」

「家系図の記載からも、明らかでしたね」

「でも」

「でも」

「明らかに、ご先祖様の老婆の年齢、平均寿命の上を行ってると、

 思わへんか?」

「ああ!確かに!」


丈介君は、眼を、まん丸くする。


「俺等が考えた『平均寿命うんぬん』の話は、フェイクで、

 ホンマは、広瀬君のご先祖様連、長生きしたんとちゃうやろか?」

「ああ!かも!」


丈介君の眼は、感心・尊敬の色を、浮かべる。


「ここからは、俺の仮説やけど、まあ、聞いてくれ」


俺は、改まって、身構える。

丈介君も、改まって、身構える。


「広瀬家の家系図で、『おやっ?』と思える点は、二点」

「はい」

「一つは、実際には、ご先祖様の老婆は、平均寿命以上に見えるのに、

 家系図上のご先祖様連の没年から分かるのは、

 百年程前以前のご先祖様連は、平均寿命を全うしていないこと」

「はい」

「もう一つは、広瀬家のご先祖様の情報が、抜け抜けになっていること」

「今回、『ご先祖様の老婆が、広瀬君に、調べさせていたこと』、ですね」

「そう。

 で、考えられるのは ・・ 」

「考えられるのは? ・・ 」


溜める。

数瞬、溜めて、間を、盛り上げる。


「 ・・ 『今、残っている広瀬家の家系図は、実際の広瀬家の家系を、

 反映していない』、としたら?」

「おお!」

「『誰かが、何かの要因で、改竄した』、としたら?」

「なるほど」


と、すぐに、丈介君の顔が、曇る。


「でも、何で、改竄したんですか?」


再び、溜める。

数瞬、溜めて、間を、盛り上げる。


「それ、やがな」

「はい」

「俺等が、家系図調べた時、寺で、広瀬家のこと、聞いたやん」

「はい」

「そこで、何が、出て来た?」


丈介君は、視線を、上に、揚げる。

眼を、宙に、彷徨わせて、考える。


う~ん


丈介君は、分かり易く、額に、皺を寄せる。


「ヒント、お願いします」

「ヒントその一、それは、広瀬君の家柄の問題です」

「はい ・・ 」


丈介君は、ハッキリしない。

まだ、閃いていない。


「ヒントその二、それは、動物に関係あります」

「はい ・・ 」


 ・・ 動物? ・・

 ・・ 動物 ・・

 ・・ ああ!動物!


「狐!」

「正解。

 【狐憑き】」

「頼りにされつつも、忌み嫌われていた ・・ 」

「そう。

 そんな感じやったから、ムラから出はったのをいい機会に、

 家系図を改竄して ・・ 」

「改竄して」

「ムラの歴史から追放したと云うか、そんな感じやろ」

「そんなん、ええんですか?」


丈介君は、疑問深く、憤る。


「まあ、常識的には、あかんな」

「そうでしょう」

「でも ・・ 」

「でも」

「そんだけ、『ムラの人は、忌避していた』、ってことやろう」


丈介君の顔は、なんか、納得してない。

モヤモヤする、消化不良気味、だ、


「『ムラの構成員に、【狐憑き】がいる』、と云うことは ・・ 」

「と云うことは?」

「『ムラ自体が、【狐憑き】かもしれん』と、他所の人に思われかねん、

 と云うことやろ」

「はい」

「ちゅうことは ・・ 」

「ちゅうことは?」

「『ムラの家、一軒一軒全部、【狐憑き】だ』と、思われかねん、

 と云うことやろ」

「ああ、なるほど」

「その状態では、ムラの人は、他所の人に、忌み嫌われるわな」

「確かに」

「だから、広瀬君の家の家系図、改竄して ・・ 」

「改竄して」

「広瀬家の歴史及びムラの歴史から、【狐憑き】の件、抹殺したんちゃうか」

「ああ!なるほど!

 それですよ、それ。

 だから、紙自体は、新しかったんですね」


丈介君は、得心するも、問いを、続ける。


「ほな、ご先祖様の老婆は、広瀬君から資料を手に入れた時点で、

 自分の目的は果たしている、わけですか?」

「おそらく」

「 ‥ 大丈夫、なんですか?」


歴史が変わったり、しないんですか?


丈介君が、心配そうに、尋ねる。


「大丈夫、やろ」


軽っ!  


丈介君が驚くほど、簡単に、答える。


「そこらへん、歴史自体が持つ調整機能とか、時間警察とかが、

 上手く、やってくれるやろ。

 いつも、今までも、上手くいってるし」


根拠の無い自信だが、揺るがない。


「それよりも ・・ 」


丈介君に、問い掛ける。


「はい」

「俺が、心配してるのは」

「はい」

「広瀬君の方やけど」

「はい?」


丈介君は、意外そうに、問い直す。


「広瀬君、普通の学生さん、やん」

「はい」

「多分、探偵とかやないから、タイム・リープ許可証とか、

 持ってないやろ?」

「ほぼ確実に、持ってないでしょうね」

「だから、そもそも、未来に行ったら、あかんやん」

「そうですね」

「過去は、固まっとるから、そんなにうるさくは無いけど、

 未来は、変わる可能性大やから、めっちゃうるさいやん、

 取り締まり、キツイやん」

「そうですね」

「あかんやん。

 時間警察とかに、捕まるやん」


切実に、問題視する。


丈介君の顔色は、変わらない。

どころか、笑みさえ、浮かべる。


「ああ。

 そこらへん、大丈夫です」

「大丈夫、なんか?」

「大丈夫、です」


丈介君は、言い切る。

ドンと、胸を叩きそうなぐらい、言い切る。


「何で、また?」


その自信が、分からない。


丈介君は、俺の疑問に、答える。


「あのセンモ」

「うん」

「なんか、気付きませんでしたか?」


過去に、思いを、巡らす。


 ・・ そう云えば ・・


「風神雷神の絵が、俺等のとは、違ったなー」

「どう云う風に?」

「なんか、えらい簡略化と云うか簡易化と云うか、デフォルメされた感じで、

 イラストっぽかった。

 俺等のリアルな感じの絵とは、違った」


でしょ


ここで、丈介君は、にっこり、笑う。


意味が、分からない。

笑みの意味が、分からない。


「えっ?」


俺の戸惑いを見て、丈介君は、答える。


「風神雷神図の絵ですけど」

「うん」

「センモの機能に、即してるんです」

「えっ?」


やはり、イマイチ、分からない。


「リアルなほど、機能が高くなるんです」


 ん?


「と云うことは、『俺等のセンモの絵はリアルやから、機能も高い』、と」

「はい」

「対して、『広瀬君に渡したセンモは、絵がイラストっぽくて簡易的やから、

 機能も低い』、と」

「はい」

「どんだけ、違うの?」


素直に、丈介君に、問い掛ける。


『ああ、訊かれると、思ってました』とばかりに、丈介君が、頷く。


「僕等のセンモは、過去未来、自由自在に、行けます」

「うん」

「その時間範囲も、何百年単位で、移動可能です」

「うん」

「対して ・・ 」

「うん」

「広瀬君に渡したセンモは ・・ 」

「早よ、言って」

「その時間範囲が ・・ 」

「引っ張らんと」

「数秒単位、です」

「へっ?」


思わず、素っ頓狂な声が、出る。


ほな、なにかい、『ほぼ現在と変わらん範囲しか、行けへん』、と云うことかいな


丈介君は、俺の思いを、見透かした様に、言葉を、継ぐ。


「はい。

 数秒単位なんで、皺リープ前後で、なんやかんやしてたら、

 ほぼ消化される時間です」

「ちゅうことは、やっぱ、ほぼ ・・ 」

「ほぼ現在、です」


丈介君は、爽やかに笑って、言い切る。


ああ、だから!

だから丈介君、こっそり、広瀬君に、手貸してたんか!


「なんで、また、そんな無駄なことを?」

「無駄ですか?」

「無駄、やろ。

 それやったら、自分の皺、使った方が、まだマシやん」

「そうですね。

 自分の皺使った方が、あのセンモより、

『遠くの時間へ、行ける』、と思います」

「ほな、なんで」

「はい」

「あのセンモ使う様に、話を、持っていったん?」

「それは ・・ 」

「それは」

「同じ理由、ですね」

「何と?」


丈介君は、俺を、指差す。


「俺?」


俺かい?!


「未来にせよ過去にせよ、あんまり大きく移動してたら、早かれ遅かれ、

 時間警察に、眼を付けられてしまいます」

「そやな」

「時間警察に捕まってしもたら、犯罪者行き、です」

「そやな」

「それが同じ理由、です」

「だから、それが、何で?」


丈介君は、『この人、いつまで、トボケとんねん』とばかりに、息をつく。


「広瀬君が」

「うん」

「いよいよ、ご先祖様の老婆の能力を借りて、未来に行こうとした時、

 寸前で、止めはりましたよね?」

「うん。

 止めた」

「その際、言わはりましたやん」

「何て?」

「 「ギリ、間に合ったな」 」

「 ・・ 」


丈介君が、微苦笑を、浮かべる。


「あの時、咄嗟に、あんな言葉が出るからには、

 『広瀬君を犯罪者にせんように』と、常に、気に掛けてたんでしょう?」

「 ・・ 」


お見通し、かい


「だから、僕も、それに、合わせました。

 途中から ・・ 」

「途中から?」

「家系図の話とか、【狐憑き】の話とか、どうでもよくて、

 『広瀬君を、危険に晒さないこと』ばかり、考えていました」

「ああ、それ、俺もや」


俺と丈介君は、笑みを、交わす。


「でも、金には、なりませんでしたね」

「ええんちゃう?

 人ひとり、助けたわけやから」

「でも、また、タダ働きですよ」

「大丈夫、大丈夫」

「そうですか?」


丈介君は、ちょっと、疑り深い眼を、向ける。

だから、殊更、軽く、言う。


「なんか、小腹、減ったな。

 お菓子とか、無いか?」

「確か、クッキーが、ありました」


丈介君が、ガサゴソと、動き出す。


窓からは、夕日が、射し込む。

二人と部屋を、赤くてオレンジに、照らす。


{了}

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