31 シュート
本日もよろしくお願いします
大変だった。
想像以上に大変だった。
何がって、シーサーペントの解体だよ。
まず、港まで曳航したシーサーペントを陸に引き上げるのに四苦八苦。冒険者ギルドに緊急依頼を上げて、アテロール中の冒険者をかき集めて、更には漁師や、港湾作業員、運送業者等など、あらゆる力仕事に適した人員を集めに集めて、まさに力業で引き揚げた。『身体強化』のできる人が一定数いたので助かった。
次に解体作業。これはアテロール中の冒険者、漁師が総出で作業した。100人以上はいたかな?それだけの人数がほぼ徹夜で作業をやったのにも関わらず3日かかったんだから、その大変さが伝わるよね?
大変だけど、でも作業する冒険者達や漁師の表情は明るい。これだけの大物は1年ぶり位らしいし、彼らに支払われる手当は安くはない。更に、こう言う時の慣習として素材のおすそ分けもする事になっている。
解体は鱗剥がしから始まる。生きているときは『身体強化』の魔術を使っていたのか、あんなに硬かった鱗がミスリル製の専用の道具を使えば比較的簡単に剥がすことができるようになるんだ。こつと力は必要なんだけどね。鱗は鎧や盾などの防具に利用される他、貴族の馬車の外装とか屋敷の外壁にも利用されるらしい。紺碧色と言うのか、深い青色の鱗は目を引き、貴族の審美眼にも叶う素材だ。
同時に、牙の採取も進んでいく。牙は錬金術の触媒になったり、魔道具に利用される。
鱗の下から現れた外皮も強靭な素材で防水性にも優れているから、耐久性や防水性、柔軟性の求められるあらゆる製品に利用される。例えば馬車の幌とか天幕、外套などなどだ。
“乾燥携帯食”作成の魔道具にはこの鱗と外皮のどちらか、または両方を使おうと思っているよ。上手くいくと良いんだけどな。
外皮が剥がれたら、無数にある肋骨から肉を剝ぎ取る。これは食用になる。かなり美味しいらしい。
内臓は、錬金術の触媒になる。
骨格は弓や武器の柄になったり、漁業の道具や家具に利用されたりするらしい。
解体が始まって、2日目、3日目と日を追うごとに周辺の町からアテロールに商人が集まってきた。情報を掴むの早すぎない?
解体作業の場はかなりしっかりとした柵で囲われており、昼夜通して見張りが立つ。盗難防止のために、解体の依頼を受けた冒険者や漁師達しか入れないようになっているんだけど、シーサーペントの巨体は柵ごときで隠しきれる物ではない。柵の向こうに商人や市民の見物客が立ち並んでいて、作業場を眺めながらワイワイ賑わっている。商人同士では真剣な表情で話をしている。既に商談の駆け引きが始まっているんだね。
全ての作業が終わって、作業員に賃金と肉と骨格のお裾分けを渡して解散になった。討伐に参加した冒険者や漁師には討伐報酬とは別に鱗を1枚ずつ渡した。また、船を沈められた船主には船を新調する費用を渡し、亡くなった冒険者や漁師の遺族には見舞金を渡した。残りの素材はスルホン商会の物になる。そしてその1部を(と言っても、かなりの量になるんだけど)タークミィ商会にもこっそりと回して貰う。
スルホン商会は暫く素材を求める商人たちの対応に忙殺されるだろう。素材を求める商人たちの眼は血走っていて、“商戦”まさに戦いに赴く戦士の様に殺気立っている。
“商戦”の戦いに負けてあぶれた弱小商人は解体作業に従事した漁師や冒険者相手に“お裾分け”された素材を買い取れないかと掛け合う。そんな商人たちの対応をしないで済むように、タークミィ商会に素材が流れたことは秘密だ。
商人たちに邪魔されることなく、僕は“乾燥携帯食”生産魔道具作りに取り掛かった。まず鱗を使った物、外皮を使った物と作ってみたが、内部で真空状態を作ると、陰圧に耐えきれずに変形してしまった。
「やっぱりかぁ」
この失敗はある程度の予想はしていた。そこからは鱗と外皮を両方使ったり、魔道具を小さくしてみたり、色々試した。何度も何度も失敗したけれど、半月ほどかかって何とか実用品ができあがった。
完成した物は、脩人の設計よりもかなり小型だ。一度の稼働で作成できるのは50食。シーサーペントの鱗で外枠を作り、外皮を内張にした。内張の外皮は柔軟性が高い。稼働していないときは外枠に鱗に密着しているけど、真空をかけると縮むことで外枠にかかる圧を緩和してくれる。
これを複数台作ったので、“乾燥携帯食”の生産能力は十分確保した。1台の魔道具を1回動かすのに使用する魔石はナインテールフォックス程の魔獣の物で十分だから燃費も悪くない。
よし、これでやっと旅立てそうだ。王都に向けて各地を視察しながら向かうよ。
と言っても、まだ直ぐには旅立てない。暫く魔道具を使ってみて不具合が出ないか、僕が居なくなっても問題が出ないかを確認しなきゃだし、アテロールのタクーミィ商会を任せる工場長に魔道具の使用方法を伝授しなくっちゃならない。
結果、魔道具に問題が起こることもなく、“乾燥携帯食”の売れ行きも好調で、他の街の冒険者相手の商店からの商談も増えてきた。工場長曰く、来年には更に販売数が増えそうだから、工場の拡大と従業員の増員を予定しているとの事だった。なので、出立前に“乾燥携帯食”生産魔道具を更に量産しておく必要があったんだ。
あの魔海獣討伐から3か月程が経過した冬のある晴れた日、商業ギルドや冒険者ギルドに挨拶を済ませたシュートはアテロールを出立した。1年近く僕の生活を支えてくれた借家は解約した。ご近所の挨拶に回った時に女性たちの姦しさに翻弄されたのも良い思い出だ。
目的地は王都の北にある第2都市チアミル。ここでスルホンさんがタクーミィ商会の店舗を開店して魔道具を売り始めたのだ。チアミルでスルホンさんが知己を得た魔道具技師さんを紹介してもらって、推薦状を書いてもらう。それから王都に行って魔道具技師の登録を行う予定。
スルホンさんとは月に1~2回程度、お互いに手紙で進捗状況を報告しあっていたのだ。スルホンさんもシュートも順調に計画が進んでいて、喜び合っている。
王都ではなく、チアミルに店舗を持ったのには理由がある。それを説明するには歴史的な流れから解説する必要がある。長く続いた戦乱の世が終わり、平和になったパミドロル大国は、戦争で荒れた国内の整備に着手した。
街道の整備、魔獣の討伐、食料の増産。今まで戦争に使ってきた財政や軍を総動員して進めた結果、今では王都周辺の魔獣は駆逐されてしまった。王都の西には大穀倉地帯が広がっている。王都は人口過密になり地価が高騰した。よって、王都は貴族や富裕層が住み、彼らを相手に商売する高級商店が軒を連ねている。そして、王都の北にチアミル、南にクロピドと、それぞれ王都から馬車で半日ほどの距離にある第2都市が発展した。多くの店舗や生産拠点なども、これら第2都市に移転している。更に王都から離れた第3、第4の都市も発展中だ。
全国各地で狩られ、王都に向けて輸送されてきた魔獣の素材は、チアミルか、クロピドに一旦集積されて、加工されて製品になってから王都に送られる事が殆どだ。つまり、シュートの様な魔道具技師が素材を手に入れるのにも商店を開くのにも王都よりチアミルやクロピドの方が良いのだ。そしてチアミルを選んだのは単にアテロールとの地理的な距離の問題。
アテロールからチアミルまで乗合馬車を乗り継いで真直ぐに向かえば1か月程の距離だけど、途中で気になる街に寄りながら向かうつもりなので、2か月の旅を予定している。恐らく来春には魔道具技師として出発できるんじゃないかな?
まだ見ぬ街や魔道具技師としての生活に思いを馳せながら、乗合馬車の車窓から流れる景色を眺めるシュートだった。




