15 シュート
本日も宜しくお願いします
過去の嫌な思い出は、記憶の奥底に追いやって、今日からまた移動するよ。湖に棲息する魔獣については調べなかった。だって、長くカルボの街に居たくない。追っ手が心配だから、せめてもうひとつ、できればふたつ、みっつ街を移動したい。
朝一番の西行きの乗り合い馬車に乗り込んだ。また次の大きな街まで1泊2日の日程だよ。乗車賃は前回と同じく大銀貨1枚だった。
冬の晴れた空の下、馬車は出発した。今回も2頭立ての馬車で座席は12席ある。乗客は、僕を含めて10人で、全員が男性だ。それ以外に御者が2人と護衛の冒険者が5人いる。護衛のうち1人は女性の冒険者で、弓を携えている。
女性の冒険者は珍しいから、自然と目を引かれる。深紅の髪に焦げ茶色の瞳を持っている。軽やかに駆けて馬車と並走しているが、服と防具の上からでも、僕なんかよりもずっと良い体格をしているのが分かる。でも、いくら体格が良くても、冒険者家業は女性の身には厳しい世界だ。たぶん彼女は魔力が豊富なのだろう。『身体強化』や各種攻撃魔術を扱うことができれば、女性の筋力的な弱点を克服できるからだ。
他の男性冒険者はいつも通り、厳つい顔に筋骨隆々な体格の奴らばっかりだ。
今回、御者が2人居るのだけど、どうやら1人は若くて御者の仕事に不慣れな様子で、もう1人の年配の御者が指導をしている。
そう言えば、脩人は久しぶりに剣の道場に行って指導を受けてたなぁ。とても丁寧に紳士的に指導して貰っているね。父上みたいに、暴力的にぶっ飛ばしてくる様な事はしない。良いな。羨ましいよ。
それにしても、脩人の世界の剣の型や歩法は独特だ。いや、脩人の国の剣が独特なのかな。鍛練はシナイって言う直剣を使うけど、真剣はカタナって言う、軽く反った片刃の剣を使うらしい。シナイはタケって言う、草なのか木なのかよく分からない独特な植物の幹を細く裂いて、束ねて作る。内部が中空になってるお陰で、木刀に比べて殴打された時の痛みが少ない。
・・・そんな風に人間観察をしたり、脩人の生活に思いを馳せたりして時間を潰すシュートだった。
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ゴトゴト、ゴトゴト。
車体を揺らしながら、乗り合い馬車は順調に進んでいる。盗賊や魔獣の襲撃もなく平和な旅路だ。カルボを出発してから5日が経った。乗り合い馬車は2回乗り継いでいる。今乗っている乗り合い馬車は2泊3日の行程で、今日は既に2日目の昼過ぎだ。1泊目は町の宿に泊まったけど、今夜は野営だって。乗車賃は大銀貨1枚と小銀貨3枚だ。
僕は景色を眺めたり人間観察をしながら時間を潰すか、同乗者とお喋りしている。
昨日の朝から『隠密』を完全に解除したんだ。故郷からはずいぶん離れた。もう追っ手の心配は要らないんじゃないか、って脩人の意見。僕も同じ意見だよ。『隠密』をかけていると他人との交流が最低限になってしまって、情報を仕入れる事が難しいんだよね。
それで時折、隣の席に座っているおじさんとお喋りをしている。彼はスルホンさんと言う商人で、僕が目指している西側の海辺の町と、カルボの街を行き来する行商人なんだそうだ。
スルホンさんは各街の特色を色々と教えてくれた。僕が目指している西側の海辺で一番大きい町はアテロールと言うそうだ。白壁と色とりどりな屋根との対比が美しい町並みなんだって。楽しみだなぁ。
西の海は南側の海に比べて、棲息する魔海獣の狂暴さが低くて生息数も少ないので、漁師が居て普通の魚介類を獲っているそうだ。対して、南の海は棲息する海魔獣が狂暴過ぎて海に近づく事さえできないんだって。
少ないと言っても、全然居ない訳じゃないから、海上専門の冒険者の護衛が欠かせないって。たまに魔海獣が陸上げされるけど、中型の帆船並みの大きさの物がざらに居るんだって。そんな魔海獣をどうやって仕留めるんだろう?想像もつかないや。
それで、僕が領地で狩った魔獣の素材の買い取り相場を聞いたら、アテロールまで持って行っても高くはならないみたい。どこにでもいる低ランクの魔獣だからだね。明日到着する街で売ってしまった方がよほど良い値がつくらしい。じゃあ明日、遂に冒険者登録をして、『収納』に死蔵している魔獣素材を買い取って貰おうかな。
それから魔道具技師の事を聞いてみたのだけど、やっぱり王都に近い場所で活動する人が多いそうだ。それは戦乱時代の名残りが影響しているらしい。戦乱時代に作られる魔道具の殆どは戦争に使用される攻撃魔道具であり、魔道具技師の多くが国お抱えで、王城で製作を行っていた。個人で工房を持つ技師も作成した魔道具の多くを王都の騎士団や軍に納める訳だから、王都か王都近郊の街に工房を構えていた。生活魔道具が製作物の主流を占めるようになった今でも、王都に工房を構えたままでいるんだそうだ。まぁ、特別に何か大きな理由がない限り、いちいち引っ越さないよね。
お喋りしたり人間観察したりしているうちに、本日の野営地に着いた。野営地には違う場所から来たのか、別な乗り合い馬車の集団が既に野営の準備を始めていた。僕らが野営の準備をしている最中も、さらに別な乗り合い馬車が到着した。
最終的に5台の乗り合い馬車が、ここで野営する事になった。
野営地の真ん中で大きな焚き火を起こした。そして、その焚き火を囲うように長い丸太を6本ほど転がしてある。これは椅子代わりだそうだ。さらにその外側に乗客、御者、護衛の冒険者が各自で天幕を張る。天幕の近くでは個々で食事を準備する用の小さな焚き火を起こしている。さらに天幕の外側には、全体を囲うように馬車を置いて、馬車の内側に馬を繋いでいる。夜間の襲撃から野営地を守る為の配置なんだろうね。
僕はスルホンさんと隣り合わせに天幕を張った。そしてスルホンさんの目の前で自作の魔道具“携帯竈”を稼働して水を張った鍋を火にかけた。流石商人。スルホンさんの瞳がギラリと光る。
僕は気づかないふりをしながら、食事の準備を続ける。脩人に指導されたのだ。「こちらが売りたい」と言う状況にするのではなく、「あちらが買いたい」と思っている状況をつくるのだと。
僕は何気なく“乾燥携帯食”を取り出して、沸騰した鍋のお湯に入れてかき混ぜた。10回ほど混ぜる間にスープが完成し、美味しそうな香りが立つ。さらにふっくら焼きたてパンを腰につけた鞄から出したように見せかけて『収納』から取り出した。彼は腰の鞄を“空間拡張収納”の魔道具だと思っただろう。僕が食事を美味しそうに食べ始めると、スルホンさんが声を掛けてきた。
「お食事中に失礼、シュートさん。商人になってそれなりに経験を積んだ私ですが、恥ずかしながら、この小さな竈や今お召し上がりになっているそのスープを初めて見ます。それをどこで手に入れたのか、是非とも教えていただきたいのですが?」
「ああ、これは僕が作った物なので、販売はまだしていませんよ」
「は!? 作ったって・・・こんな小型で、湯の沸くまでの時間を考えると火力も十分だ。それを、あなたが、作ったのですか?本当に?」
「ええ。僕は魔道具技師になりたいのですが、以前から独学で色々作ってみてるんです。まだ王都で登録していないので販売はできませんがね。」
「あぁ!無登録ですか!! 残念です。ところで、もしかして独学と仰いました?師匠に付いたり、王都の学院で学んだりもせずに?本当に?」
「ええ、全くの独学です。登録をするのに推薦書を書いてくれる魔道具技師さんが必要なのですが、伝が無くて・・・どうしようかと思ってるんですよ」
「ああ、そうですね。推薦人が必要でしたね。私がもし伝を持っていたら紹介したかったですが、生憎と、これだけ王都から離れた地で商いをやっていますと、そっち方面の伝はできなかったのですよ」
「そうですかぁ。残念です」
「こちらこそ残念ですよ!この小型の竈は画期的ですよ!絶対に売れますよ!上を目指したい商人なら誰でもこれに関わりたいと思いますよ!・・・あなたは大丈夫です。王都へ行きなさい。ちゃんとした商人にあなたの魔道具を見せれば、推薦人になってくれる魔道具技師を紹介して、あなたの登録を助けてくれますよ!まぁ、見返りに専売契約を持ちかけるに違いありませんがね。それほど画期的な魔道具です。・・・ああ、残念だ」
暫く無言で食事をしていると、スルホンさんは焚き火で沸かした湯でお茶を入れたあと、“空間拡張収納”の鞄から柔らかそうなパンと香ばしく焼いた腸詰め肉を取り出して食べ始めた。
「そう言えば、そのスープの方のお話も聞かせて下さい。さっき小さな塊をお湯に入れて混ぜるだけで、スープが仕上がっていましたね?」
「気になりますか?これは自作の“乾燥携帯食”です。もし宜しければ、味見してみますか?ひとつお譲りしますよ。いえ、お代は結構です」
「え!? 無料で良いのですか?タダと言うのは少し恐ろしいですが、でも頂きます」
僕は鶏肉と野菜のシチューをひとつスルホンさんに渡した。
「こちらは、スープではなくシチューです。スルホンさんがお飲みになっているそのお茶よりも2割り増し位の量のお湯で溶いて下さい」
「え!? 軽いですね。紙くずを持っている様です」
スープボールに入れた“乾燥携帯食”にお湯を注いでいるスルホンさんに注意点を説明する。
「お湯を注ぎ終わったら、10回くらいぐるぐるとかき混ぜてください。跳ねないように注意して。混ぜたら、蓋をして少し待って下さい」
「こうですね?・・・・・とろみが出てきました。シュートさんのスープは蓋をしていらっしゃらなかった様ですが?」
「ええ、中に入っている具材の種類と大きさの違いです」
「なるほど」
・・・・・・
「そろそろ良いですよ。召し上がってみて下さい」
「ふーふー・・・ずずっ、んっ!? 美味しい!美味しいですぞ!本格的なシチューがこんなに簡単に!しかも軽いから携帯に便利です。これが自作ですと!? どうやったらスープやシチューなどの液状の食事を乾燥させることができるのでしょう?作り方をお聞きするのは無理ですよね?」
「ええ、教えるのはちょっと・・・ところで、この様な食品を製造販売するのは、何か免許や届け出など必要な手続きというものはあるのでしょうか?」
「店舗を構えてその場で飲食させる場合は、商業ギルドに登録後、出店許可の申請が必要ですが、行商をするとか店舗に卸すとかなら必須ではありません。が、販路の確保や情報収集の観点では商業ギルドに登録しておいたほうが何かと良いです。魔道具を販売する場合も、魔道具技師の国家登録以外に商業ギルドに登録なさったほうが良いですよ」
「なるほど」
スルホンさんは“乾燥携帯食”を購入したいとは言わなかった。商人としての駆け引きなのか、僕が売り物じゃないって言ったからなのか。
その後、僕の乗り合い馬車の護衛をしている冒険者達に、「夜間の見張り時に」と、“乾燥携帯食”のスープをひとつずつ渡しておいた。




