13 シュート
乗り合い馬車は順調に進んでいる。昨夜は領境の手前の小さな宿場町に泊まった。宿は高級なのと安宿の2軒しかなかった。まだ生活が安定しないのだから、無駄使いは控えるべきだ。なので安い宿を選んだ。ただし部屋は安い大部屋ではなく、安全を優先して個室を選んだよ。食事が付いていたけど、味は可もなく不可もなくと言ったところだった。後で口直しに『収納』内の果物やパンを少し食べ足した。
今朝も早くに出発した乗り合い馬車は、ガタゴトと車体を揺らしながら進んでいる。さっきまでは起伏のない比較的真っ直ぐな道のりだったけど、今は川沿いの蛇行した道を進んでいる。しかも緩やかな登り坂のため、馬車の速度は遅い。左側に川を臨み、右側は明るい林が広がっている。
乗り合い馬車の乗客は、僕を含めて11人だ。それ以外に御者が1人、護衛の冒険者が5人いる。乗客は殆どが男性だけど、親子3人のご家族が一組いて、奥さんと5~6歳位の娘さんの2人が女性だ。
冒険者はいずれもがたいの良い男達だ。脩人が怖がっている同僚の優人君よりもよっぽど目付きが鋭くて怖そうだし、とても話しかけられる感じじゃない。脩人は情報を欲しがってたけど、勘弁してほしい。それに軽い『隠密』をかけているから、あまり交流はできないんだよね。今朝も置いていかれない様に気を付けなきゃいけない位だったし。
護衛達は徒歩で馬車の周囲を固めている。今は登り坂なので早歩きだけど、通常はもう少し馬車の速度が速いので小走りだった。重い装備を身に付けて、1日歩き(走り)通しだなんて、凄い体力だ。僕には無理だよ。冒険者になって万が一、護衛の仕事に誘われても絶対に断ろう。そうしよう。
車窓から清流を眺めていたら、突然、馬車が速度を緩めて間もなく停車した。護衛と御者が何事か話しているが、よく聞こえない。問題が発生したのだろうか?不安が過ぎる。まさか僕の追っ手じゃないよね。停車した理由が分からないまま待たされる状況に焦燥感が募る。
ドキドキしながら待っていると、御者が車内に入ってきた。御者は素早く窓と出口を閉めてから口を開いた。
「ゴブリンらしき魔獣が出ました。いま護衛が対応していますので、車外には絶対に出ずに、このままお待ちください」
外から戦闘の声音が聞こえてきた。息を呑む音が複数上がり、車内に緊張が走る。少女が「ママ怖い」と呟いて母親にしがみつく。でも賢い子だ。無駄に騒いだり泣き出したりしない。
シュートは『索敵』を発動して、外の様子を探る。ゴブリンは12匹程で、上位種は混じっていない様だ。護衛達は、後衛の2人が馬車の側で警戒を続けて、前衛の3人がゴブリンの集団に切り込んで行き、危なげなく殲滅していく。ものの数分程で討伐は終わり、護衛が御者席側の出口をノックしてきた。御者が応対すると、ゴブリンは全て討伐されたと報告があった。
車内に安堵のため息が広がった。良かった。僕も知らずに入っていた肩の力を抜いて、息を吐き出した。
閉められていた窓を開けると、遠くにゴブリンの死体を処理する冒険者の姿が見えた。
暫くして乗り合い馬車は再出発した。護衛達に怪我はなく、たいして疲れた様子も見せず、馬車に並走している。さっきまで怖い印象しかなかった彼らが、今は物凄く頼もしい存在に感じられた。
その後は何事もなく、追っ手がかかる事もなく、領境となっている峠を越えた。僕はホッと胸を撫で下ろした。道が下り坂になり、馬車の速度が上がる。護衛達はちょっとキツそうだ。
そしてその日の夕刻、乗り合い馬車の終着地である街に到着した。大きな街だ。宿は馬車の御者にお奨めを聞いた。明日は成人になる一生で一回だけの誕生日だ。家族には祝って貰えなかったけど、せめて美味しい食事を食べたりしてゆっくり過ごしたいと思っている。だから明日は移動せずこの街で過ごす積もりだ。折角なので、ちょっと良い部屋に宿泊しよう。
紹介された宿は、平民街ではあるが、貴族街に近い治安の良い場所にあった。宿に向かう道すがらにすれ違う人々も、裕福な商人や装備の良い冒険者などばかりだ。そして教えられた場所に、漆喰で白く塗られた壁に蔦が絡み付いた、優しい雰囲気の建物が見えてきた。飴色に鈍く光る木製の看板を確認すると、「宿 妖精の宿り木亭」と書いてある。これだ。ここは平民向けとしては最上級の宿らしい。
宿に入ると、吹き抜けの広間が出迎えてくれた。高い天井は開放感があり、建物の中でも閉塞感はない。控えめながら、気品を感じる調度品。塵ひとつ無い清潔な空間。洗練された従業員の動き。昨夜の宿とは比べるのも烏滸がましい、上質な空間が広がっていた。
受付を済ませて、フロントで鍵を受け取る。昨夜の宿は一泊の値段が小銀貨3枚だったけど、この高級宿は大銀貨2枚だ。乗り合い馬車の乗車賃よりも高い。でも、一生に一度の贅沢だと思えばそれほど高くもないかも知れない。2泊分の料金を支払って部屋へ移動した。
部屋はゆったりと広く、暖かみのある壁紙、暖炉には火が入っており、ベッドもフカフカで寝心地が良さそうだ。座り心地の良いソファーと丸テーブルも備えてある。共同だけど、風呂もあるらしい。
今日は疲れた。さっさと風呂で汗を流して、食事して、早めに就寝しよう。
明日は街を見て歩いて、冒険者向けの雑貨店も覗いてみたい。




