日曜の朝にこれを見せてシックスポケットを狙え
受け取った篭手は護るには面積が少な過ぎて防御力はなさそうだが、フレームに竜の意匠があってそれだけで着けてみたくなる魔力があった。
小学校の頃にTVの中でこれを見たらCMの間に一番近くにいる親族にこれをねだっているに違いない。
さっきの男の説明とこれを投げてきた人の説明を統合すると、これを取り付けたらさっきの攻撃を捌くだけじゃなくて相手に跳ね返す事も出来るという事になる。
でもどうやったら取り付けられるんだ。
おそるおそる左手の甲にあてがうと、爪の様な物が左右からがしゃんと飛び出して、僕の左手に固定された。
「わ」
びっくりして手を振るが、違和感なくそれは張り付いてずれる様子も無かった。
「『精霊』の篭手を持ってく……持ってくるとは。やっかいな物を。だが宿された『精霊』は持ち主を、試す、と聞く。自らの力は制御、出来ても精霊が制御出来る……とも限るま……あつ!」
言いながら再度さっきと同じ姿勢を取ると、再びアーク放電の様な火花が発生する。
状況が悩んでいる時間を与えてくれない。
前と同じ状況だが今は状況を変えられるかもしれない材料が左手にある。
可能性があるならやるしかない。
今度は予め手を伸ばして体勢を整えた。
するとぶおんという音と共に篭手の隙間にあるラインが淡く光り出した。
驚く間もなく熱を帯び、自分の意思を持っている様に震え出す。
まるで中にバッテリーが入っていて、仕込んだLEDが発光し、モーターが動いているがごとしだった。
本当にこの篭手に『精霊』という物が封じ込められていてそれが力を発生させているんだろうか。
「とにかく今はやってみる!」
先程と同じ様に構える。
「そう、そう上手くい、いくかなだからあっつ!」
両手を振りながら開くとこちらに電気の塊が飛んで来た。
「!」
伸ばした手のひらに今度は確かに放電が当たる。
だが手に圧力はあれど痛みは無い。
代わりに篭手が7色に光り出した。
こんな光り方はゲーミングPC以外で見た事が無い。
まるで篭手がLEDで光ながらに中に入ったフィードバック機構を動かしているかの様だった。
だが現実に今僕は手で放電を受けて、前方からの圧力を感じるだけで痛みも熱さも見た目程は無い。
という事は僕がこの篭手を使って相手の攻撃を受け止めているという事なのか。
「……ばかな、いきなり『精霊』を通して『パウンダル』を止めて、いるだと……」
相手の男も驚いている。
という事は間違いなく僕がこの攻撃を何らかの力……男が言うには『エプシロン』という力で受け止めているのだろう。
「いらまなぎゃくにしおかえせるずはすで!」
本当なのか、と思いながら、一度ぐぐっと手を下げた後、手を振りかざす様にして押し返す。
すると後ろから風が吹いた。
まるで今度は後ろから大型扇風機が回ったみたいな勢いだった。
空中で止まっていた電気の塊は押し返され、男の真横にある木に当たると爆ぜた。
今のは僕がやったのか。
「だからこれ契約違反だろ?!」
男は再度振り返りながら叫ぶ。
「契約違反?」
「あ、いや……」
「今の魔法を使うのに誰かと契約をしていて、それと違う事が起きたって事か?」
男の方も驚いて明らかに戦意を失っていたが、はっと気づいたように再び喋り出す。
「そ、そういう事だ。それ……それにしても、いきなりその、力を使いこなすとは……まさか……なんだっけ……そうだ、貴様『被召喚者』か!」
「何を言っているか分からないけど呼び出されてここに来たのは確かみたいだ」
「そうか……なら今は分が、悪い。一旦引くか」
こちらから視線を外さないまま後付さり、ぱっと下がって穴に飛び込もうとする……が、位置が合ってなかった。
まるで空中に透明な壁があるみたいにがん、と後頭部をぶつけて頭を抱える。
「?!」
びっくりしていると男はよろめきながら改めて穴に向き直し、手を掛けて今度こそ消えていった。
「|クローズ《世界の傷を戻す為のパウンダル》」
アネミちゃんが言いながらもう片方の手を広げて前に突き出してジェスチャーすると、穴はゆっくりと閉じる。
絵で書かれた穴を塞いだみたいに現実感が無かった。
「………」
さっきまで台風みたいな状況は一瞬で静かになり、再び波と揺れる木々の音だけになった。
今起きた出来事の証拠は折れた木々と後ろからまだ背中を掴んでいる手しか無いけど、多分これは僕がトラックに跳ねられた直後に見ている夢なんかじゃない筈だ。
「これ、もう安全なんだよね」
と言いながらゆっくり振り返ろうとすると、彼女が飛びついて来て転んでしまった。
「やっあた!」
砂浜だったので痛くは無いが、これまでの人生で感じた事の無いやわらかさがのしかかって来て凄く恥ずかしい。
「やりはあたなはうゆしゃでねす」
動物みたいにすり寄って来る。
抱きしめられる体のやわらかさに、今まで起きた日常ではありえない事が起き続けた過程で起きた些細な疑問など吹き飛んでしまう。
決して嫌ではないが会話にならないので、気分を害さないようにゆっくり引き剥がしつつ尋ねる。
「とりあえず色々説明が欲しい」
「なにでがすか?」
「どこから何を聞けば一番状況の分かる説明をしてくれるんだろう」
僕の当たり前と彼女の当たり前が微妙にずれているのでやりとりが難しい予感がした。
さてどうした物かと首を傾げると、彼女も同じ角度で首を傾けていた。
「あーしが説明してあげるワよ」
さっき篭手を投げてきた人が崖から降りてきていた。
改めて見ると、風貌はアネミちゃんと似ているが背が低くて僕と同じぐらいの女の子だった。
雰囲気も耳の形も似ているがもしかして妹とかなんだろうか。
「えねさん!」
手を降って答える。
え、姉?
「イモートを助けてくレてありがとう。二手に分かれている間に的に襲われるとワ予想外だったワ」
言いながら近づいて来ても遠近法が変わらなかったので、やはり小さい方が姉みたいだった。
「あの、あなたは」
「あーしはモイト、自己紹介は済ませたかもしれないけどこの子がアネミ。この世界を救って貰う為に2人で君を呼び出したンよ。改めてよろシく」
姉と妹の名前の感じが逆っぽくて覚えにくいし背の高さも逆で間違えそうだ。
ただ今はそんな事よりも。
「僕が呼び出されたってどういう事ですか。僕になにか特別な力があるとは思いませんけど。いやあったらなと思う事は毎日寝る前に考えてますけど」
言わなくていい事を言ってしまったきがするが姉の方……モイトさんは気にする様子も無く続けた。
妹のアネミちゃんの方は引き続き不思議そうな顔をしていた。
「マー呼び出す方には理由はあっても呼び出される方はワかんないよね。こんな所で立ち話もなンだからアたしらの家にいこうか。ごはんぐらいは出せるヨ」
言われて見れば目が覚めてから緊張しっぱなしの状態からやっと開放されるまで飲まず食わずだった。
意識するとお腹が音を鳴らす。
「まずは食べてそれから説明しよう」
うなずくと、アネミちゃんが手を掴んで僕を引っ張っていく。
その先に小さな木造の家が見えた。
多分、おそらく、間違いなく、僕は地図上のどこを探しても上中里が無い世界に来てしまったんだろう。
しかも呼び出された僕にしか出来ない事があるという。
そりゃあ布団に入って寝るまでの間に違う世界に行く事を妄想していたりラノベで読んでこんな事が本当にあったらいいな、と思ったりした事はある。
というか今もある。
しかし現実には無い事ぐらい分かっているぐらいには分別を重ねた年齢になったと思っていた。
そろそろ卒業が必要なんじゃないかと思い始めていた。
でもこれを夢として片付けるには余りにも現実味があり過ぎていたし、アネミちゃんの引っ張る手は自分の想像力では補えないぐらい力強いしやわらかかった。
これは本当に現実に起きている事なんだろうか。
それを確かめる為にも、僕は彼女らに促されてついていく事にした。
「とにもかくにも。縮小を続ける異世界『カミナ・カザト』にヨうこそ。この世界を救えるのはあ『ゴトン』なただけなのよ」
両手を広げて語るモイトさんの横で物凄い音がして視界を動かすと、書き割りみたいな空から巨大なスポットライトが落ちてきていた。
次回、『お父さんの為の異世界転生講座』に続く……可能性があります。
本作は以下の方の下読み協力によって執筆されました。ご協力ありがとうございます。
柳井政和
砂義出雲
岡本コオ