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電気をつけてもなお薄暗い部屋の中に、少年たちが詰まっていた。
六畳間に高校生の男子生徒が八人だ。今はいいが、眠るときは困る。部屋は顧問に一つ、生徒に一つしか取られていない。
「生と死の差異というのは、物理干渉できるか出来ないかによるものだ。死体は物質であるが、幽霊は物質ではない。これらが祟るだの、足を引っ張るだのということは非常に難しいことだ。端的には、ありえん」
そんな人口過密の中、歴史研究部部長植草鉱は意気揚揚と喋っていた。
「静電気のように触れたような感触を覚えることはあるかもしれない」
その演説の中にイライラを茶匙に一すくい、自説を覆されることを我慢できない幼いプライドが大匙三杯、それも大盛りでふりかけたという様子が覗いて見える。
珍しく夜になっても降り止まぬ雨。その絶え間ない音と、じっとりとした蒸し暑さが植草の苛立ちに拍車をかける。
「居る、ような錯覚。蜃気楼的な影として在ることもまた、俺は納得しよう。家電をぶっ壊す悪さもまた、それら幽霊の行う悪さの範疇であるというのも、先の理屈から通る。電気物質類であるならば機械の回路を狂わせるのも当然ありえる話なのだ。というわけで、もしその幽霊という存在があったとしても、こちらに干渉する力は微々たるものだ。大きな静電気は触れても痛いだけなんだからな。それも一瞬だ」
くどくどと説明したあと、植草はさらに言い聞かせようと屈みこんだ。
雨音が激しくなったから、近づかないことには言葉が伝わらない。まして説得相手はこの蒸し暑い中、カタツムリのように布団にもぐりこんでいるのだ。
「櫻井。冬も春も、来年の夏も、ここで合宿するのはこの部の、この学校の長年の伝統なのだから、多少知らぬ間に蛇口から水が出ているだとか、廊下に影が走った、なんてもんは気にするな。影に関してはお前しか見てないんだから、錯覚か、もしくは鼠かヤモリの類に決まってる」
植草は当然だろうと言った。彼はまったくそういった現象に立ち会っていない。怖さも怯える理由もよくわからないのだった。
しかし植草の説得相手である当の櫻井は体験者だった。布団を頭から被ったまま、出てこない。顔すら出そうとはしなかった。
「いやだぁ、もう帰る。帰りますっ。帰してください。その理屈じゃやっぱり俺の見たのは合わない!」
植草は諦めたような溜息をついて、ほとんど引退しているに等しい三年生全員を見回した。
彼らは一様に肩を竦めたあと。
「トイレの蛇口こっそり捻ったの、俺だったんだ」
と、一人が挙手してのたまった。
それを受けた櫻井はおずおずと顔を出した。
「本当に?」
「ああ、本当だって。俺がやった。な?」
三年生がはっきりと頷いて、周囲に同意を求めた。
もう一人がそうだと返答した。
櫻井は周囲を見回して、再び蒼褪めた。
おかしいと口にしたが、当人も何がおかしいのかよくわからなかった。
その先輩の言葉から嘘偽りは感じなかった。彼が蛇口を捻ったのだろうと信じた。
だんだんと櫻井は納得していった。
恐怖は怒りに転換したが、そこはそれ。
こうしてその年の幽霊騒動は終ったのだ。