ヨキのお茶会
貴族としての生活を始めて半年以上が経ったある日ヨキは事実上従兄弟にあたるヨキと同い年の女の子とお茶会をすることになった。定刻になると一行がお茶会の会場となる部屋を訪れて来た。彼女はヨキを見つけるとすぐに駆け寄った。
「ご機嫌よう、ヨキ様。私はシンと申します。どうかお見知り置きを。」
そういって彼女は艶やかな黒髪のロングヘアをたなびかせながらふわりと温かな笑みを浮かべた。その可憐で上品な仕草や態度からは育ちの良さが垣間見えた。二人は軽い挨拶を終えたあと椅子に腰掛けた。ヨキが何を話せばいいか分からずしどろもどろしているとシンはそれを察したかのようにヨキに話しかけた。
「ヨキ様の事、皇帝から伺いました。ここに来るまで、本当に大変な思いをされてたのですね。」
ヨキは一瞬、どきりとした。
「私はヨキ様の事、もっと知りたいと思い今回のこのお茶会を設けさせて頂きました。よろしければ良き様の事、ヨキ様のお母様の事、お聞かせ願えませんか?」
ヨキは動転する心を必死になだめ、頭を精一杯働かせた。
「母の事…ですか…。一番よく覚えているのは、母は誕生日になるとご馳走を用意してくれたんです。」
「まぁ、それはどんなご馳走なのですか?」
そう言われてヨキははっとした。ご馳走といっても貴族にとっては取るに足りないような物ばかりであったからだ。しかし、ヨキは母の誇りを汚すまいと特に美味しかったメニューを必死で思い出した。
「あ…え…た、例えば肉の入ったシチューとか。あと、山もりの白米とか…あ、あ、あとは…」
ヨキは自分で言いながら情けなくなって来た。どう取り繕った所でこんな自慢にもならない母の料理を貴族の前で発表することが惨めでならなく思えて来たのだ。そんなヨキの思いに、シンは更に追い討ちをかけた。
「まぁ…それでも一応ヨキ様のお母様が一生懸命作った料理なのですものね…。そうだとさはても、そんな生活を続けていたなんて…ヨキ様もお辛かったでしょう。」
「いや、しかし、母の作った料理には思いが込められていて…特別に…っ…」
ヨキは堪え切れず大粒の涙を溢した。
彼はもう知ってしまっていたからであった。貴族としての生活を。いくら取り繕い、自分を偽ろうとも母が誕生日丹精込めて作った料理なんかより貴族の簡単な朝食の方が何倍も、何十倍も美味しかったし、満たされた。もう、自分にとって母との小さな世界での小さな平和は遠い過去の哀れでちゅぽけな思い出に過ぎず、今の生活の方がよっぽど平和で幸せなのだという事に気づいていながら隠して来たことへの罪悪感、母を軽蔑する自分への怒りで感情の堰が切れ後から後から涙がこぼれ落ちた。
シンは“そんなにもお辛かったのですね…”と哀れみのこもった声で呟きながらヨキの手をそっと握った。
ー彼はもう、後戻りなど出来ない所にまで来ていたのだった。
彼はお茶会から一週間が過ぎた頃、皇帝リハクに呼び出された。ヨキが部屋に入ると、始めてヨキがここに来た時の様にじっとこちらを凝視してきた。
「…何ですか…。」
「覇の国は、もうまもなく国力をかけた全面戦争を仕掛けてくるだろう。そうなれば、お前にも前線に立って戦ってもらわねばならん。」
ヨキは戦争という言葉へのあまりの恐怖に震え上がった。
「いや…いやだ…せっかく…平和を手にしたのに…また戦争かよ!」
「…落ち着け、ヨキ。お前が前線に立たずに済む方法もある。」
ヨキはリハクの顔を覗き込んだ。
「それは…どんな方法ですか?」
「始めに行った通りだ。お前が皇帝の座を引き継ぐと決めればお前を前線には立たせまい。正当な後継者としてお前を死なせる訳にはいかないからな。
ヨキは唾をゴクリと飲んだ。ここで認めてしまえば母の尊厳を踏みにじり自分自身のプライドも捨てることになるだろう。
ーーだがそれでも、彼にとってここでの豊かで平和な生活は変えがたいほどに素晴らしかった。ヨキは暫く黙り込んだあと、ゆっくりと口を開いた。
「ーー僕はリハク様の後継者として皇帝の座につく事をここに表します。」
リハクはヨキがここへ来て始めて笑みを浮かべた。
「よく言った。お前を次期皇帝として正式に任命する。」
こうして、ヨキは貴の国の次期皇帝の座に君臨した。
遅くなりましたが、12話です!!