感情の花
こんにちは飽那です。まだまだ拙い文章かとも思いますが、読んでいただけると幸いです。
この世界には二種類の花がある。
ひとつは道端に咲く、綺麗な花。
ひとつは人体に住む、醜い花。
よく知られているのはどこにでも生えている花だ。
人はそれを鑑賞し心を満たす。
だけれど人は汚い心、悲しい心、ありとあらゆる感情を持ってしまう。
嫉妬、失望……その形は様々だ。
そしてそれが増え、自制がきかなくなると――人の身体に花が咲く。
綺麗に鮮やかに、人体の何倍も大きい形となり、自分や周りの人を巻き込む猛毒となって。
心が嫉妬で満たされたなら、マリーゴールドやシクラメンが咲いた。
心が失望で満たされたなら、キンセンカやムスカリが咲いた。
その心を満たすものによって、花の種類が変わる。
人々は種類の統計から花ひとつひとつに意味を持たせることにした。
その中には複数の意味を持つ花も出来た。
人はそれを――『花言葉』という。
花言葉が広まったのはかなり前のことである。
今の時代、ひとつも知らぬという人はいないだろう。
花が咲く理由は未だ解明されていないが、それなりの対処方法は確立されてきた。
まず、感情を抑えるのは無理とされた。
感情というのは、どれだけ抑えようと思っても膨らんでしまうのだ。
しかし、花が咲いた後の毒性に対抗することならできるようになった。
周りの人ならばすぐに解毒の薬を打てば助かる。
咲いてしまった本人は殺すしかないのだが。
何も対策しないままや咲いてしまった本人だと、助かる術はない。
でも解毒を打てば助かるのは、生まれた時に毒の周りを遅くする薬を打つからだ。
そのおかげで死亡率はぐんと下がった。
長年の研究の成果だと言えるだろう。
そして組織も立ち上げられた。
花の咲いた場所に向かい人々を助け――花の咲いた人を殺すための組織が。
その組織に入るための条件はいくつかある。
一つ、人を殺せる精神力がある。
一つ、感情を多少コントロールできる。
一つ、すぐさま現場に迎える身体能力がある。
一つ、毒に対抗する訓練に耐えられる。
他にもあるが主なのはこの四つだろう。
特に毒に対抗する訓練は過酷なものだ。
毎日少量の毒を浴び、身体にならす。
こうすることで、現場に出ても毒にやられることは無い。
だが毎日毒を浴びるというのは精神的にも辛いのだ。
死者も出てしまうときがある。
これを乗り越えて、精神力も鍛えられるというものなのだが。
そして過酷なその訓練を乗り越えたものがはれて組織の一員になる。
その組織の中に、とある少年がいた。
名前はアレス・レイセス。
彼は組織の中でも年少で、それは実力者であることを表していた。
一般的には20歳ほどでやっと入れる。
それをわずか16にして入れるものはそうそういない。
そしてそれは彼を孤独にするには十分な要素だった。
歳が近いものも少なく同じチームの大人でさえも、あいつは強いからと距離を置かれる。
だが彼はそれを気にしてはいなかった。
ひとりであることが当然のように、それを淡々と受け入れている。
しかしその孤独は――突然なくなった。
彼の班にひとり配属されることになったのだ。
同い年の少年が。
「あ、今日来るんだったな」
部屋の中でアレスは呟いた。
他の班の人間は急用な任務で出ている。
新人を迎える留守番として彼は残されたのだ。
少しワクワクしている自分がいることに驚きを覚えるが、さして引きずることも無く執務に取り掛かる。
「どうせ誰が来たって変わらないだろ。班の人数が増えるだけだ」
すると部屋にノック音が響き渡った。
来たか、と小声でいいドアをゆっくりと開ける。
開けた先に立っていたのは彼と同じくらいの背丈で笑顔が似合う少年だった。
「初めまして! アカヤ・カタノス、16歳。今日からこの班に配属されたものです!」
ビシッとポーズときめ、明るい声で言った。
あまり組織では見ないタイプの人で面を喰らってしまう。
「あ、俺はアレス・レイセス。他の人は任務で出てるから、とりあえず入って」
部屋の真ん中にあるソファに座って他の班員が戻るのを待つ。
何か話すでもなく無言、それに耐えられなくなったアカヤは声を上げた。
「あ、あの~」
「そういえばお茶出してなかった、ごめんね」
そう言って明日はお茶の準備をし始める。
そうじゃないと言いたげなアカヤだが、大人しく出されたお茶を啜った。
「ありがとうございます」
「別に。それと俺と君は同い年なんだから敬語じゃなくていいよ。大人の人たちには敬語じゃないと文句を言われるから、気を付けないといけないけどね」
「そうです……あ、そうなんだね。でもいいの? 僕の方が後輩なのに」
最初の元気いっぱいではない様子をうかがうような声で言った。
「後輩とかどうでもいいよ。ここは実力がすべてだし。君のことはまだ分からないけど、任務になったらいきなりだけど出てもらうよ。大体は咲き主……あ、咲いてしまった方を言うんだけど、その人の処理に二、三人。そのほかの人の救助は人数によって変わるけど四、五人でするから。新人は咲き主の処理をしてもらってるよ。ちなみに俺も」
「なんで新人は咲き主を?」
アカヤにとっては救助の方が、新人にさせそうなことに思えたからだ。
咲き主相手というのは一般的に困難を極める。
「それはね、救助の場合人との接し方とかプラスして色々覚えなくちゃいけないから。それと咲き主相手だとひとりで行動するわけじゃないからベテランを付けていれば安心だしね。ちなみに俺はベテランの方だから、君には俺の下につくかたちになると思う。俺たちの班は君を入れて六人になるから、咲き主の方にふたり、救助に四人だね」
「大体把握したよ。任務、頑張るね。あ、僕のことは君じゃなくてアカヤって呼んで! 君って距離があるから……。僕は何て呼べばいい? レイセス先輩とか?」
任務に関しての話ではなくなるといきなり元気いっぱいに戻った。
その豹変ぶりにまたアレスは驚くが、すぐいつも通りに戻る。
「うん、頑張って。じゃあアカヤって呼ぶから。俺のことも先輩とかいらないし、ファーストネームでアレスって呼んで」
「わかった! これからよろしくね、アレス!」
アカヤの明るさに引っ張られて、アレスの頬は少し綻んだ。
誰も彼の笑うところは見たことが無かったくらいなのに。
やっと笑ったとでも言いたそうな顔でアカヤは彼を見る。
しばらくふたりで話していると、いきなりドアが開いた。
他の班員が任務を終えて返ってきたのだ。
それに気づくとアカヤは先程と同じようにする。
大人たちの反応はアレスの時のように芳しくなかったが、彼の明るい雰囲気に好感を持ったみたいだ。
それにアカヤは現場でミスをしそうな性格に見えるので、大人のプライドが保たれると安心しているのだろう。
そんな気持ち持ってはいけないはずなのに。
やはり人は確実に感情をコントロールすのは無理なのだろうか。
次の日、アレスたちの班《第三班》に任務が発生した。
任務発生時、ひとりひとつ所持している端末に連絡が来るのだ。
急いで準備をし、車に乗り込み現場に行く。
初めての任務なはずなのに、アカヤは冷静そうに見えた。
現場では叫び声泣き声、様々な声が飛び交う。
咲いた花は大きいのですぐに見つかられた。
その咲き主に縋るように泣き叫んでいる男がいる。
どれだけ花から離れさせようとしても動いてくれない。
大人ふたり掛りで救助された。
しばらく花の近くにいたことで命の危険もあるのに、自分よりも咲き主の方が大事だと言わんばかりに手を伸ばし泣いている。
こんな状況は何度もある。
咲き主が恋人かあるいは家族か。
咲いているのは黄色のヒヤシンス。
花言葉は――「あなたとなら幸せ」だ。
「――あの男の人は恋人か。アカヤ、俺は近くで見てるから最初ひとりでやって。無理そうだったら助っ人に行くから」
「新人試しってやつ? 分かった、行ってくる!」
そう言ってアカヤは花に向かって走りながら武器を取り出し、何のためらいもなく……殺した。
恋人と思われる男はその光景に絶望の表情を浮かべ、アカヤに罵倒をくり返す。
すぐさま鎮静剤と解毒薬を打たれ大人しくなった。
このままでは二次被害になると思われたからだ。
最愛の者の死とはそれ程絶望する悲しいことで、二次被害が出ることも少なくはない。
今しがたそれを失った彼は咲いた花の花言葉を知りまた大粒の涙を流した。
あなたとなら幸せ――きっとこれから楽しい生活が待っていたのだろう。
しかしもう訪れてはくれない幻想。
その男の涙は絶望かはたまた違うものか。
アカヤはずっと男の側で悲しそうな表情を浮かべている。
そんな彼のことを悔しそうな嫌そうな目で見ている大人がいた。
最初初めての任務では実践に怯み殺せない方が多い。
殺せたとしてもその後の表情は浮かない。
人を殺すという芸当は、どんな形であっても最初はためらわれるからだ。
ミスのひとつもなく、躊躇わずすぐに終わらせる。
大人たちにとってその真実はまた、負の感情を増幅させる出来事だったのだろう。
それからしばらくは定期的に任務が発生し、アカヤは救助もするようになっていた。
持ち前の明るさで救助された人を笑顔にしている。
アレスもそんな彼に引っ張られ、時折笑顔を見せるようになっていた。
「そういえばなんでアレスって救助の方しないの?」
「ああ……それは俺がコミュニケーション能力皆無だからだよ。最初の頃はやってたんだけど、笑顔も作れないし話せないしで逆に怖くさせてて。だから救助も処理もできるアカヤを尊敬するよ」
アカヤは尊敬なんてと謙遜しながらも嬉しそうにしている。
「あ、もう一つ質問! どうして毎回花言葉とか見なくちゃいけないの? ずっと疑問に思ってて、どうしてなのかなって」
「ん~そうだね。俺たちにとっては他人の気持ちなんだからどうでもいいかもしれないけど、身近な人にとっては知りたいからだと思うよ。例えば恋人がありがとうとかそういう花を咲かせたら悲しいけどその持ち自身は嬉しいと思う。知りたくない気持ちもあるかもしれないけど、知ることに意味があるって思うんじゃないかな。アカヤが助けた人だってその最後の気持ちを知れて嬉しそうだったでしょ」
確かに、とうなずくアカヤ。
その様子を見てアレスは良かったとつぶやいた。
そんな時班の大人のひとりが近づいてきて口を開く。
「まあそれだけじゃないけどな。研究にも使えるからってのもある」
「そうなんですか!? そう聞くと生々しい……」
「……まあそう言うな。そのおかげで今があるんだぞ」
他の大人たちもうんうんとうなずいている。
聞かれていたということにアレスは恥ずかしさを覚えた。
しかしそれ以上に彼が疑問だったのは大人たちが聞いていたということ。
今までアレスたちに興味を持たなかったのに。
「お前らもいるだろ、大切な人くらい。その人を守るためだ」
その大人の言葉は、非常に残酷なものだった。
大人ならまだしもまだ成人も終えていない16の子供。
ここで働くものは親や近しい人間が咲き主となり身寄りが無くなった者が多い。
当然アレスやアカヤも例外ではなかった。
いかに精神を鍛えられていても身近な者の死は別だ。
現に今まで冷静さを失ったことは無かったアカヤが、今はブルブルと震えている。
「あの、そういうの御法度ですよ。俺はともかくアカヤはまだ無理みたいですし」
「そうだったな。でもそいつ殺すときためらいもないんだぞ。今さらどうってことないだろ。まさか他人はどうでもいいからとか?」
嘲笑うように言葉を紡ぐ。
その状況にアレスの今まで起伏の少なかった感情がどんどん膨れる。
花が咲くほどではないものの、それは今まで見せたことのないほどの相貌だった。
「いい加減にしてください。そんなこと言って何が楽しいんですか。それでもあなたは大人ですか。そこ で見ているあなたたちもそうです。なんですか、嫉妬してるんですか。何そんな気持ち持ってるんです。そんな程の弱い感情ならこの仕事辞めたらどうです。向いてないですよ、本当」
「お前、ちょっとできるからって生意気なんだよ。なんで俺たちの班にいるんだよ、しかもふたりも。嫌になるに決まってるだろうが。それでも文句あんのか?」
他の大人もアレスに反論する。
その状況はだれかに花が咲いてしまいそうなほどの状況だった。
「あ、あの! 僕は全然大丈夫ですから、もうそんな言い合いやめてください!」
その状況に焦ったアカヤは声を上げる。
アカヤの声で冷静になったアレスたちはまだギスギスしていたが一応治まった。
「ごめんね、アカヤ」
「僕の方こそごめんね。でもアレスがあそこまで怒るなんてびっくりした……!」
落ち着いたのかアカヤはいつもの調子に戻って元気よく言う。
その様子にアレスはテヘへと頬を掻いた。
「あ、もしかして迷惑だったかな。ただあのときはあの人たちの言動が気に食わなくて、頭に血が上っちゃってつい……。はあ、俺こそこの仕事向いてないのかもしれないなぁ。こんな気持ち感じるなんて思ってなかったけど、感じてしまうんだから」
「そ、そんなことないよ!? 僕ものすごく嬉しかったし! ほんとにありがとう!」
それなら良かった、とアレスはまた嬉しそうにする。
――その時、任務発生のベルが鳴った。
いつも通りに現場に向かう。
そこでは二次被害どころではなくなっていた。
めったにない現場。
普段なら多くても花が咲いているのはふたりほどなのだ。
でも今回は軽く十は行っているのではないか。
ひとつひとつ花や花言葉が違っている。
どれがどの人なのか、それさえも分からないような状況だ。
「――これはもうひとつ班呼ばなくちゃいけねえんじゃないか?」
大人が呆然と言う。
しかしアレスは必要ないと言い、アカヤを連れ咲き主に向かった。
その行動に驚いていた大人だが、大丈夫だって言うのならと救助に徹する。
「アレス、これふたりだけでやるの!?」
「うん、俺たちならやれるでしょ。幸い救助しなくちゃいけない人は少ないし。いや、幸いなんかじゃないけど……。いつか咲き主の人を助けれられるようになって欲し――あ、早くしないと」
「そうだね!」
そしてあっという間に現場は治まった。
本当にできると思っていなかった大人たちは驚いている。
と同時に、嫉妬心が溢れ始めいた。
どれだけ頑張っても自分たちにはできないのに、軽くやってのける後輩が羨ましくて疎ましくて仕方がない。
今回の任務はその気持ちを限界までにするほどまでのものだった。
「なあ、俺たちもうこの気持ち押さえるの限界だよな」
「ああ羨ましくて、嫉妬心が溢れそうだ」
「仕方ないよな。アイツのいうことはほんとだった。俺たち向いてなかったんだよ」
「そうだな、仕方ない。もう終わろうぜ」
そう言った瞬間、その場に――四つの花が咲いた。
マリーゴールド、シクラメン、黄色のバラ、赤のヒヤシンス。
ひとつも被ることなく、大きく咲いたその花は綺麗だった。
花言葉はすべて――嫉妬。
少し離れたところにいたアレスたちは、それを見て呆然とする。
いつも現場についたときは花が咲ききっていた。
だから殺すことはためらわずできていた。
でも、今は違う。
先程まで任務を共にしていた班員が咲いたのだ。
それ程好きではなかった人たちだったが、言葉を交わした人が一気に四人も。
それに、咲く瞬間を見てしまった。
アカヤはまた任務前の時のように、トラウマを思い出したのか震えている。
一方アレスはすぐに気持ちを持ち直し、どうするべきか考えていた。
先程被害に遭った人たちはもう避難している。
今のうちに殺さなくてはいけない。
しかし、班員だということに躊躇う。
「……俺たちに、嫉妬していたんですか。そんな風に思われているなんて知りませんでしたよ」
声を掛ける――が、返事はない。
「俺は、あなたたちにも結構お世話になったんですよ。なのに、どうしてこんなことしたんですか」
ゆらりゆらりと話しかけながら近寄る。
「ごめんなさい…――さようなら」
そして、すごい速さで四人を殺した。
「アカヤ、終わったよ。大丈夫?」
「えっあ……大丈夫。嫌な事させちゃってごめん……」
少しづつ落ち着いてきたのかアカヤは申し訳なさそうに言う。
それに対してアレスは大丈夫だよといい、座り込んでいたアカヤに手を差し出した。
「ありがとう、アレス」
「全然。……本部に戻ろっか。車は俺が運転するよ」
そういって、アレスは笑顔をつくる。
アカヤにはそれが作り笑いに見えた。
「アレスは大丈夫なの? 辛くないの?」
「全然大丈夫だよ。それより早く行こう。このことをできるだけ早く上に報告しなくちゃいけないし――」
そう言ったとき、アレスの頬を涙が伝った。
本当は悲しかったのだ、たとえどんな人だったとしても、一緒にいる時間は多かった故に。
そんな風に泣く彼を見て、アカヤは無言でそっと抱き締めた。
すると、アレスの目にはストッパーが外れたように涙が溢れる。
そのままくずおれて、ただひたすらに泣いた。
気が付くとかなり時間が経っており、ふたりは急いで本部に戻る。
上にその日の経緯を説明すると、今日と明日はゆっくり休めと言われた。
組織に属する者にはひとり一部屋与えられており、そこで寝泊まりをしてる。
その部屋の中で、アレスはつぶやいていた。
「まさか泣いてしまうなんて……恥ずかしいな」
その時のことを思い出して、恥ずかしさのあまり顔を手で覆う。
「そういえば、班に新しく来る人たちはどんな人なんだろう」
どんな人なのか、また今回のようなことにならないか、心配しながらアレスはベットに入った。
休み一日を経て、アレスたちは部屋の中にいた。
新しい班員が来るからだ。
少しわくわくしながら待っていると、部屋にノック音が響いた。
ふたりは顔を見合わせドアを開ける。
「こんにちは! 今日からここに配属された者です!」
四人とも少しだけ年上だったが、元気そうな人たちで頬が緩む。
そしてふたりは負けないようにと息を揃えて言った。
「「こんにちは、これからよろしくお願いします!」」
ここまでお読みいただきありがとうございました。誤字脱字があったら教えていただけると嬉しいです。アドバイスや感想も送って下さったら幸いです。