幸田露伴・田村松魚 合著 「もつれ絲」現代語勝手訳(20)
其 二十
扇面亭の主人は、どんな手立てを使ってもお須磨の気持ちを翻すことが出来ず、困り果て、遂に根負けして、お須磨をひとまず平九郎の手に戻した。
扇面亭はお須磨のような婦を周旋した平九郎を責め、前借を取り戻すべく厳しく掛け合えば、平九郎はその処置に困り果て、同じ仲間の辨次郎という智恵も才覚も仲間内では優れ者だと評判の男と謀って、お須磨の身を託した。
辨次郎はお須磨を自分の家に引き取ったが、半月ばかりして、さらにお勘婆という有名の悪婆の手に渡して、お須磨の心を矯正するようにと命じた。お勘婆は親方の命を受け、日夜お須磨を苛め抜いた。
ある木枯しの風寒い夜のこと。お勘はお須磨に糸屑の一束を出して、一つ一つ繋げるように命じた。お須磨は一日中折檻されて身体も疲れ果てて、思わず居眠りをしようとしたが、それが早くもお勘婆の目に入って、
「おのれ!」と言いざま襟首を引っ捕らえ、裏の田圃の柿の木に縛り付けて、したたかに笞を加えた。しかしお須磨は遂にその操を変えることはなかった。
こうして、お須磨はあらゆる辛酸を舐めていたが、そんな折、鎌九郎という一人の男が尋ねてきて、遂にこの人の手により救い出され、浦和の家に帰ったのであった。
もつれ絲 終
風流微塵蔵 後篇 「もつれ絲」は今回で終了しました。
何と唐突で、あっけない終わり方だと感じられた方も多いのではないでしょうか。
また、最後の部分で「お勘婆」という人物が出て来ますが、本筋の「あがりがま」では登場しません。鎌九郎に助けられた時、お須磨がいたのは辨次郎が囲っている妾の所でした。(其 四十二)
前にも書きましたが、元々この話は「あがりがま」の中の一挿話として書かれるべきもので、それを別仕立てにして、しかもほとんどが露伴の筆ではなく、弟子である田村松魚という人物が書いたという物語です。
そのため、多分、どの露伴全集にも収められていないと思われ、原本も手に入りにくく、そういう意味でここに紹介する値打ちもあるかなと考えて、現代語勝手訳を行った次第です。
原文も露伴ほど素晴らしい文章だとは思いませんが、私の現代語勝手訳も褒められたものではなく、読者の皆さまには全体的に、何となく頼りない文章に映ったかも知れません。
とにかく、未完ではありますが、これで、この長編小説はすべて訳し終えたことになります。
第一話の「さゝ舟」に始まり、第九話の「みやこどり」、第十話「もつれ絲」に至るまで、そこに描かれた人間模様は、この時代の様子だけではなく、苦界に身を落とした女性の苦しさはもちろん、人が生きていく上での辛さ、そしてささやかではあるけれど、喜びもしっかり描かれていて、読んでいて感じるものがありました。
「引」の後書きにも書きましたが、この小説は、新三郎とお小夜を中心として、それに関わる色々な人物が描かれています。
未完なので、知りたいことも分からないままになっており、たとえば、「さゝ舟」では、お静と権七郎のかつての関係が明らかにされていないし、「つゆくさ」では、雪丸と追いかけてきた女との関係や、その後の「蹄鐡」に現れた大男についても正体不明のままであるなどなど、知りたいことが山ほどあるのですが、いかんせん、未完に終わっているので、もはやどうしようもありません。
しかし、未完であっても、一つ一つの物語は、ある程度完結していて、一つの物語が、次の物語へと展開していく様は、この時代にしては画期的なものだっただろうと思われます。
随分昔のことになりますが、阿刀田高氏に「街の観覧車」という小説があります。その小説は、10篇の物語から構成されていて、一つの物語の中に、次の物語の人物が入れ込まれているというものでした。
曰く「登場人物のほうも、その観覧車の回転に呼応するように水平な回転運動を描く。つまり十個の短編では、かならずその主要な登場人物が直前の短編の中に姿を見せている」(「街の観覧車」著者あとがき)ということです。
露伴の「風流微塵蔵」を読んだ時、昔々そんな小説を読んだことがふと思い出されました。阿刀田氏の「街の観覧車」もスマートな作品で好きなのですが、登場人物が次の話へと連鎖していく発想は、阿刀田氏よりもずっと古く、しかも、露伴のそれは、阿刀田氏よりも壮大で、スケールが大きく、未完で終わらなければ、どれくらいの人物が登場していたのか想像出来ません。その人達にどんな人生模様を描き出してくれただろうかと考えると興味は尽きず、未完に終わったのが本当に残念です。
因みに、「風流微塵蔵」に登場した人物を書き出したりしましたが、あまりにも多いので、ここでは省略します。
暇を持て余しておられる方は一度数えられてはいかがでしょうか。(多分いらっしゃらないでしょうが)
今年(2019年)1月14日に第一話の「さゝ舟」の現代語勝手訳を開始して、丁度一年経った12月20日、最後の「もつれ絲」の訳を終えました。
これも読者の皆さまが日々アクセスし、辛抱強くご愛読いただいたお蔭であると、感謝しています。
原文と見くらべると、いかにも恥ずかしい筆運びで、推敲が不十分な上、部分部分では誤訳、誤解釈もあろうかと思いますが、誤りは気づいた時点で訂正を行い、できるだけ正確で、分かりやすい現代語訳に仕上げていきたいと考えています。
一年間のご愛読ありがとうございました。
(次回の現代語勝手訳はまだ何を取り上げるか未定です)




