幸田露伴・田村松魚 合著 「もつれ絲」現代語勝手訳(10)
其 十
白っぽい半纏に紺の細縞の股引という出装の平九郎を先に、お須磨は今日は双子縞の袷のやや長い裾に、紙緒の藁草履、新しい足袋でその後に従う。身のまわりこそ色褪せてはいるが、ひとしお風情があるように見える。
母のおこの、弟の榮太郎、お萱婆さん、お須磨が日頃仲好しにしている与茂作の次女でおでこが目立つお作、この四人が左右に附き添って、せめて村外れまでの見送りをしようと、今まさに鎮守八幡の社のところにさしかかった。
『父様のご病気が一日も早くご全快になりますように。母様もお達者で、榮も元気で暮らしますように。この身も行く末、運強く、主人にも可愛がられ、同僚にも憎まれませんように』と、ついでながら神前に伏し拝んだ。櫨の紅葉の下道を行く足の運びも何となく力なく、土橋を渡れば早くも向こうには村外れの茶屋の軒端に小豆餅の小旗が靡いているのが見える。振り返れば、我家の方も夕霧に籠められ、秋風がさやさやと音を立てる中に、田の面の穭(*刈った後の残った切り株から再び生える稲)がうなづくさまも哀しげに映る。
お須磨は先ほど父と別離た時の涙がまだ乾かず、やや紅らんだ瞼も重たげに母を見て、
「母様、もうこの辺でお分袖にいたしましょう。父様がたった一人でお淋しゅうございましょうから、母様はこれでお帰りくださいませ。榮にあの茶屋の所まで行ってもらいますので」と言うけれども、
「イヤ、イヤ、もう少しなのだから、私も茶屋まで行くことにしましょう。できることなら、千住までお前を連れて行って、私からもご主人にお前のことを頼むのだけれど、平九郎様が万事お引き受けくださっているので、どんなことでも平九郎様にご相談するが好い。家のことなどは、もう少しも心配をしておくれでない」と、話しながら行く中に、早くも村の端に行き着いてしまった。
「サァ、ここで一休みをして、ゆっくりお別離を惜しむのもいいけれど、もうこの通り日も暮れて参りましたし、私も急ぎの用がまだ浦和の方に一つ二つ取り残しております。それにご内儀もお家をお気遣いでございましょうから、ここでこのままお別離しようではありませんか。いくら別離を惜しんでも、どうやってもお別離にならなければなりませんもの。あまりお互いに悲しいことを言ったり聞いたりしない中に切り上げて、笑ってお別離といたしましょう」と平九郎は足を止めて振り返りながら、おこのを見て言う。
「そうでございますか。何なら茶屋でちょっと一服して、ゆっくりした後に別離てはと思いますけれど……、それもそうでございますね。では……」と受け止めて、心の中では少し平九郎の言葉を恨めしく思いながらも、お須磨の方を見て、
「お須磨や、では、これでお別れとしましょうかね。それとも、ここでしばらく休んで、それからにしますか」と問いかける。
「母様、もう、どうでもお別れしなくてはなりませんので、平九郎様の仰る通りにこのまま……」と、じっと母の顔を仰ぐ。
「それもそうではありますが……」と躊躇うおこのを平九郎は傍から、
「そうなさいませ。悪いことは申しません。別離が長くなるというのはどうもお互いに気が残って好くないもの。サ、お須磨様、さようならにいたしましょう」と、急き立てる。
「それではこれでもう。榮や、これでお別離だと言うから、その包みを姉様にお上げなさい。お須磨、チッと重いかも知れないが、それを」と言えば、榮太郎は脇に抱え持っていた嵩張った風呂敷包みを姉に渡しながら、
「姉様、それでは」と言ったが、後は何も言えずに俯いた。
送る人、送られる人、どちらも一緒に一所に集まった。見下ろす顔、見上げる顔、互いの眼には涙が溢れている。母はお須磨の右手を、榮太郎はその左手を取る。こうしてひしとばかり互いに寄り添って、六つの袂が縺れるように取り縋り取り縋り、しばらくは言うべき言葉もなく、じっと互いに見つめ合っていたが、お須磨はおろおろ声で、
「母様、もうお別離でございます。どうかお元気で。榮も大人しくして、父様母様に孝行をおし。ではもうこれで……」と言いかけて、ハラハラハラと落ちる涙が頬を伝う。
「オオ、お須磨、これが、これがしばらくの別離じゃから、お前も日々気をつけて元気で、……病気などしないようによく気をつけておくれ……」と言い終わらないうちに咽び出した。
榮太郎も母と姉との涙を見て、自分は泣かないと耐えに耐えて、溜めていた涙が脆くも落ちるのをそっと拭って、
「姉様、どうそお達者でお勤めなさってください」と言い終える声も、語尾は尻上がりになった。
互いに取り合った手先は慄えながらもしっかりと握りしめて、何時ほどけるか分からない様子に、平九郎は声を掛け、
「ササ、もういい加減になさいませ。何時まで経っても同じこと。名残は尽きません。思い切って、サァ、行くとしましょう」と急かされて、今はもうこれまで。さらばとばかり、手を放せば、これが母子の別離。さようならの一言に無量の思いを後に遺して、お須磨は前に一足二足、三足四足と、次第に遠ざかる。それを見送る母と弟。行く者は夕靄に籠められて、秋風が寒い旅路の愁い、見送る者は道芝の露にそぼ濡れて、袖も朽ちようとするくらいの千行の涙。思いは街道の夕べの雲に馳せて、互いに名残惜しく、未練は尽きなかった。
つづく




