誤算・1
私は今、大ピンチに見舞われている。
どの程度のピンチかと言うと「自分の未来地獄行き決定のルート直前で前世を思い出した」というピンチ。
あぁ、いっその事何も思い出させないで欲しかった。
そうしたら、”以前の私”は何も知らないままでシナリオ通りの人生を送った筈なのに。
痛くて苦しくて辛いだろうけど、少なくとも”以前の私”にはそれは関係無いもの。
思い出させるなら出させるで、年単位の過去に遡って欲しかった。
何よ、直前て。
しかも、高熱とか階段から落ちるとかの前フリ一切無し。
――私は唐突に思い出していた。
ここは乙女ゲームの世界。
私自身は1ミリも興味無かったのに、姉に頼まれて隠しキャラ解放の為に必死でヒロインポイントを貯めさせられていた、名前も知らない乙女ゲーム。
私はその隠しキャラ、”ヒロインの弟”の婚約者に転生をしていたのだ。
◇
この隠しキャラである”弟”。
他キャラのルートでは「ちょっと姉に対して距離感の近い弟」として終始する。
そして”私”も、最後のヒロイン結婚式時のスチルで弟の隣でニコニコと微笑んでいるだけ。
ただし、隠しルートが解放されるとヒロインが書斎で偶然古びた手紙箱を発見し、その中に入っている手紙を読むというイベントが始まるのだ。
その手紙には、ヒロインと弟の間には血の繋がりが一切無い事が書いてある。
そして何だかんだあり、弟本人もそれを知る事となり婚約者と初恋の”姉”との板挟みで苦しむ事になるのだ。
そして当然、弟の婚約者である”私”は嫉妬の余りヒロインに対して様々な嫌がらせを行った後、弟の手にかかり死亡するという何とも気の毒な最期を遂げる。
そう。”私”は弟ルート限定の悪役令嬢だったのだ。
しかし、この”私”には”以前の私”も深い同情を持っていた。
件の手紙が発見されるイベント、婚約者であるヒロイン弟とちょっとした口喧嘩をした”私”が書斎でヒロインに慰められる所から始まる。
後に”私”は「あの時書斎にヒロインと共に行ったりしなければ……」と言った後悔も相まって、ヒロインへの憎悪を募らせていくのだ。
そしてまたこの弟が酷い。
ヒロインが実の姉ではないと知った途端、舞踏会には必ず姉をエスコートし、全てを姉中心にして行くのだ。
そして”私”は最初はかなり我慢し、理解ある婚約者の態度を取り続けている。
”私”は侯爵令嬢。ヒロイン家は貴族では無いものの、高い能力を持つ魔術師の家系。
身分は圧倒的に”私”の方が高い。
それでも、弟に一目惚れした”私”は婚姻後に身分が下がるのも承知の上で、弟の婚約者の立場を望んだ。
それも身分を笠に着て強制的に婚約を結んだ訳でも無く、せっせと手紙をしたためたり話しかけたりして実らせた、努力の恋だったのだ。
そう。
別ルートではそれが良く分かる、”私”は本来はすこぶる良い子なのだ。
だが結局、「こんなの……駄目なのに……っ!どうして私はこの手を振りほどけないの……?」と言うお花畑な流されヒロインと「すまない……だが俺はずっと、姉上の事を……っ」と言う自分勝手な弟に、酷く傷つけられてしまうのだ。
そして弟に対する深い愛情と「たられば」的後悔に蝕まれた”私”は別ルートの悪役令嬢が霞む程の極悪令嬢に変貌を遂げる。
乙女ゲームマニアの姉をもってしても、「これはないなー」と言わしめる悲惨なルート。
実際にこの隠しルートの存在が明らかになってから、中古屋にはこのゲームが大量に埃を被って並ぶ事となった。
そして私は今。
――恐らくそのヒロインに毒を盛った直後の状態にある。