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俺の姉ちゃんが9番目の女だった件について

作者: リーシャ



「ちょっ、まぢウケるんですけどぉ。今年の千夏、ヤバくない?その服どこで売ってんだよぉ。ド○キのクオリティじゃなくねっ」


やった!バカウケした。かなり高かったけど、コスプレ専門の通販で買ったかいがあった。


「それって、あれでしょ?ふたりはぁの白い方。」


さすが高校からのオタク仲間。26歳になってのイタイ格好でも笑ってくれる。フードつきのロングコートを脱いだ瞬間に笑ってくれた。その彼女達もゾンビと悪魔っ子の扮装だ。独身の私達は自由に使えるお金がある。毎年毎年この日にかける金額が多くなっている気がする。


「毎年、ごめんねぇ。ハロウィン前日なのにさぁ。そんなあんた達を愛してるぜー。今日はとことん飲むから付き合ってねぇ~」


私は二人に抱きつきながらほっぺにチュッチュッとキスをした。


「やっべー。キスしてくんなよ。もう酔ってんのかよ。」


「私にするなら、口にしてちょうだい。楽しく飲めたらいいんだから、千夏が気にすることはないのよ?」


麗しい魔女っ子が、私の顎を取り、口を近づけてくる。


「ちょっ、春佳っ。やぁめぇれー。」


春佳は冗談を全力でやってくるクセがある。そっちのケは全くないのに、私が止めなければ真顔で面白がってマジキスしてくるだろう。


「千夏、ほいっ。」


ゾンビ顔の秋穂が大ジョッキに入ったビールを手渡してきた。


「かけつけ一杯、やっとくっしょ。遅刻したんだしねー。」


「うっ、ごめんって。メイクに妥協できなかったんだよぉ。」


はい、いっちゃってぇ はい、やっちゃってぇ

今夜はビールでパーリナィ いっきいっきいっき


お酒飲むときの掛け声あるっつーけどわかんなくねっ?こんなかんじでいっかぁ…とか言って秋穂が適当こいた掛け声が私達の中では浸透している。その掛け声に合わせて、腰に手を当ててビールをいっき飲みをする。


私の仕事の都合で月末に集まるのが難しいので、ハロウィン前日にガチの仮装して毎年飲み会をしている。この日にとことん飲むことで1年のストレスを吹き飛ばしている。


「次は何を飲む?まだ乾杯してないから、またビールでいいかしら?」


春佳の言葉に頷きながら、私はますますテンションを上げていった……………



「じゃーねー。」


私はベロッベロに酔っぱらっていた。私以上に酔っぱらってるのが、最後テキーラいっきを3回繰り返した秋穂だ。


「千夏、寄り道しないですぐにタクシー乗るのよ?一緒にタクシー乗ってけばいいのに……」


「だってぇ、春佳や秋穂とはおうちぎゃくほうこーじゃん?無理じゃね?」


秋穂の口調をマネした私に、心配そうに春佳が念押しをする。


「千夏、ここは繁華街なのよ?危ないんだよ?ちゃんとフードかぶってコートの前はきっちり閉めなさい。家に帰りついたら、メールしてね。絶対だからね!」


「春佳、まじおかん。ごめん、分かったってば。あっちの道路ですぐにタクシー拾うから。大丈夫だって、心配しないで。」


「分かったわ。またクリスマス近くになったら呑みましょ?」


「うん。またのもー!クリスマス会かぁ、忘年会しよーねー。」


私はそう言って春佳と別れた。秋穂はとっくに夢の中。


「じゃあ、またね。連絡、絶対!」


携帯でバイバイしながら春佳が手を振るのに合わせて、私も手を振って春佳達が乗ったタクシーを見送った。







全然、大丈夫じゃなかった……私は今ゾンビの格好をした男に押し倒されている。


春佳達と別れて酔いで気持ちが大きくなってしまった私は繁華街の路地裏の道を歩いてしまった。近道だという理由だけで……


突然、ゾンビ姿の男が現れたと思ったら、突き飛ばされのし掛かられた。ハロウィン前日に気合い入れて仮装していたのは私達だけではないらしい。それとも、これ目的の仮装か?


酔ってる頭でそんなことを考えていたけど、ゾンビ男が口を開け私の首筋に迫ってきた。


「・・・。口くさいんだよぉぉぉっっ!!」


バリンッッッ


大きく開いた口の中の歯はガタガタで本当に腐っているようなクオリティで息の匂いまで腐った生ゴミと強烈に臭い足の匂いが混じったような匂いがした。女襲う目的なんであれば全くいらない仮装のクオリティだ。


酔った勢いで、そこらへんに転がっていたシャンパンの瓶を頭に叩きつけてしまった。やばい……死んでない、よね?正当防衛でどうにかなる?酔いが覚めて、顔が真っ青になる。男は私にのし掛かった姿でそのまま倒れこんできた。うげぇ、まじどうやったらこんなに臭くなれるんだ?臭すぎて、足を上げて蹴りあげてしまった。意外と軽かったらしく、男は飛んでいった。その直後 、私の体が燃えるように熱くなった。倒れたまま、指先1つ動かせない。


そして、どこからか機械的な声が聞こえた。耳元で聞こえるような頭の中に響いているような……


《ハグレゾンビの討伐達成しました。あなたのモンスター討伐順位は9番目です。順位報酬獲得しました。あなたの格好、職業を参考にした上でスキルが確定しました。討伐対象により異常状態無効獲得しました。確定したスキル“魔法少女”に異常状態無効が融合されます。魔法“異常状態完全無効”獲得しました。》


私はオタクです。ゲームもたくさんしてきました。言葉の意味はほとんど理解できました。


……言ってることは理解できても、今の現状は理解できない。


えっ、何?何が起こった?


あぁ、酔いすぎてこんな道端で寝ちゃってたのかな?

……………………夢、夢か?


気がつけば、ゾンビ男の姿はなかったし、体の熱さなんかなくなっていた。体に違和感もない。夜中の3時の路地裏は繁華街の中とは思えないぐらいの静けさで……


私は頭を捻りながらその場を後にした。

粉々に砕けたシャンパンの瓶は見ないふりをして。










ガッガッ


金庫室を開けようとしている男達がドアが開かない事に苛立ってドアをガンガン蹴りつけている。防犯カメラの管理モニターを見ると店内のあらゆる所で強奪が行われている。千夏がこの金庫室に逃げ込めたのは奇跡かもしれない。お店を開けない千夏に怒ってはいたが、それよりもまずは商品を奪うことが優先で、無理矢理入り口の分厚いガラスを破ってきたあと、店員の千夏には目もくれず、そこかしこに散らばる目当ての物へと走って行った。


我先にと店内を物色していたグループの数人が飲食物の次に目をつけたのがお金だった。

あの日からまだ2週間ちょっとしか経ってないが、金庫室に売上金など入っていない。あるのはお釣用のお金だけだ。

声を出すのも怖いのでその事を伝えることはできない。


(早く、早く来て……海翔……)


海翔に救援要請をしたのは30分前。

携帯を握りしめて震える体を抱きしめて千夏は祈る。


(あっ……)


管理モニターに海翔の姿が写った。その手には日本で持っていると即逮捕に繋がる剣を手にしている。


(人前で出すなって言ったのに……)


「おい、てめーら。そこ、どけよ。」


ドアの前から海翔の怒った怒鳴り声が聞こえた。


「ああっ?………お、前。何持ってんだよ。分かった、分かった。どく、どくからっ。そんな危ない物、しまえ、なっ?」


「いいから、早く出てけッ。もう、ここに近寄るなよっ!!」


「あぁ。」


バタバタバタと男達が駆けていく音がしたあと、ドア越しに声をかけられた。


「姉ちゃん、いるのか?」


「かいとぉ~。」


怖かった。半分泣きながら金庫室の鍵を開けた。


「遅くなってごめんな。」


あぁ、これが実の弟じゃなかったら惚れているだろう。


「海翔~、あんた口悪すぎぃ~。銃刀法違反~。」


「はぁ?仕方ないだろ?俺だって厳つい顔の男達相手は怖いんだ。武器いるだろ、武器。つーか、わざわざ助けに飛んできた弟にそれですか?何か他に言うことないわけっ?」


「うぅ~ごめん……ありがとぅ………」


海翔が警戒するように辺りを窺う。


「とりあえず帰るぞ。大事なもん持ってんのか?」


金庫室に置いてあった自分のバックに携帯をしまい、お釣用のお金はどうしたらいいか海翔に聞いてみた。


「そんなの、店長とかがすんじゃねーの?ほっとけよ。」


店長の生存確認は済んでいるが、1週間前から出勤してきてない。本部からの連絡もここ何日か途絶えている。


「あー、じゃあ、持ってく?そこの防犯カメラに釣銭持ってくけど盗んだわけじゃなくて自宅で保管しますって紙にでも書いて映しとけば?非常事態だから犯罪になんないんじゃね?」


窃盗扱いとかにはならないかなぁ?置いてって盗まれても責任者責任になりそうだし(店長が責任者のはずだけどこの場にいないってことは社員の私が一応責任者の立場になるよね)非常事態措置ってことで大丈夫、かな?


「ほら、早くしろよっ。店の中、泥棒だらけだぞ。ないとは思うけど、全員に襲いかかられたら対処できないぞ。」


弟の海翔に急かされ、いつも持ち歩いているメモ用のノートに釣銭を家に持ち帰る旨を書き、防犯カメラに近づけ、ちゃんと証拠に残るよう映した。金庫から釣銭を取り出し、代わりにメモの切れ端を入れてロックをする。


海翔に守られながら自転車で2人乗りをして海翔と2人暮らしのマンションに帰り、家の鍵をかけるとその場にへたりこんでしまった。


仁王立ちの海翔に


「だから、行くなって言っただろ!」


って怒鳴られても「だってぇ……」としか言えない。


あの日……10月31日の世間ではハロウィンと呼ばれてる日。世界にダンジョンなるものが出現した。その数は全部で999個あるらしく、出現した国ごとにダンジョンから溢れたモンスターを倒した順、99人の人に特別な力が与えられた。その中でも特に1番目から9番目にモンスターを倒した人には特別な力が与えられたらしい。強力な“スキル”だったり、2つ以上の有益な力だったり。


日本では2番目にモンスターを倒した大阪の男性が“解析”の力を手に入れ、かなり早くにダンジョンの解析が行われ、その情報は世界に発信された。

なんと9億9万9千999人の犠牲者が出ると、【魔王】が地球で復活するらしい。


ダンジョンが出現した場所は歓楽街や大きなドーム、各地の競馬場だった。人間の欲望が集まる場所にダンジョンは出現したのだ。


日本に出現したダンジョンの数は108つ。そこは99じゃないのかよっと全国からツッコミが入ったとか入ってないとか。小さな歓楽街しかないような県にはダンジョンは現れず、都会からの避難民が溢れている。


私達の地元は東京都内から電車で1時間の所にあり、結構な田舎だ。そのお蔭でダンジョン出現もなく両親や近隣の人も無事だった。


関東圏内に108つのうち半数近くもダンジョンが出現したことから考えると、地元が安全区域に入っていたのは僥倖だったかもしれない。


31日の夜中の0時から一気にダンジョンが出現したわけではなく、徐々にその数は増えていった。

東京に2つ、大阪に1つダンジョンが出現し人々がそれに気づいたのは31日の朝7時前、不審者が大量に現れたとの通報が歓楽街の住民から6時過ぎに警察に届き、不審な事件への対応が歓楽街ゆえ迅速だった。ニュースで自宅から出ないようの注意がばんばん流れた。登校前だった事により、学生への被害はそこまでなかったが、注意を無視して仮装して歓楽街へ集まった若者達が新たに出現したダンジョンから溢れたモンスター達に襲われた。


ハロウィンの仮装の様子を取材していた多数のテレビカメラにモンスターが映り日本中がパニックに襲われた。


電車は31日に止まった。

すぐに関東への流通も止まったため、地方へ逃げられない人々が暴徒化した。

歓楽街からは少し離れた私の勤務先のスーパーが襲われるまで、かなり持ったほうかもしれない。


携帯は繋がっていたので、親に私と弟の安否を確認され、すぐに帰ってこいと言われた。電車が止まっているなら車で迎えに行くからと。


私はお店があるから帰れないと言い、弟は姉ちゃんが心配だから残ると行った。弟は、それも本当だろうが、理由は別にあった。


すぐに弟を連れて地元に帰ればよかった。結局、仕事どころではなくなってしまったし。


1週間前から突貫工事で、ダンジョンが出現した都市の周りにはバリケードがしかれている。

17番目にモンスターを倒した人の職業が大工だったらしく、その人がスキルを使い強固なバリケードをはったのだ。


“スキル”の有用性がそれにて分かり、今、日本ではナンバーを持つ人物を探すのが最優先にされている。


「もう、姉ちゃん実家に帰れば?自衛隊の人に言ってバリケードの出入口のとこまで送ってもらうからさぁ。」


それはできないのだよ、弟よ。その出入口にはナンバーツーの人には力及ばずとも、スキル持ちかナシかを見分けるスキルを持った人が常駐している。ナンバーではなくても、溢れたモンスターを倒していくうちにスキルを手に入れた人も数多くいて、都心から脱出する人達を1人1人確認しているのだ。


それで出られないというわけではないらしいが、スキルの詳しい確認や民間警備隊への勧誘はされるとの話だ


「海翔も一緒に帰るなら帰る。」


「いや、だから、何回も言ったよね?俺はこの手に入れた力で誰かを救いたいって。それに、昨日ナンバーワンの人に会ったって話したよね。その人、全属性魔法使えるんだぜ。オタクの姉ちゃんだったら、分かるだろ?魔法だぞ、魔法!マジもんの魔法見せられて俺チビるかと思った!!俺もモンスターめっちゃ倒したら魔法使えるようになるかもしれないんだぜっ。」


興奮して、魔法魔法言ってる海翔を見ていたら足の震えも収まり立ち上がることができた。


「その剣も十分、魔法じゃない?」


海翔は18番目の男だ。海翔は20歳の大学生だ。大学に入ってからは辞めてしまったが、小学1年生~高校3年生まで剣道をしていた。それが反映されたのか、海翔が得たスキルは【成長する剣】であった。自身のレベルが上がれば上がるほど、自由に出し入れすることができる剣が強化され、成長する。その意匠も成長するたびに変わっていくらしい。


「こういうのじゃないんだ。分かるだろ?炎でバーンってやったり、水をドーンって降らしたり。」


「ああ、ハイハイ。」


「なっ、オタクのくせに馬鹿にするのか?」


オタクのくせにって何だ!全国のオタク民族に謝れ。


私だって魔法に憧れはあった。10年前だったら、立派に夢と希望を持って《魔法っ!魔法っ!》って言っていたと思う。でも、心の中で憧れを残していても、私は26歳。1年に1回だけは解禁日があったけど、それ以外で自分がオタクだったことなんてひた隠しにしていた。もう、魔法魔法騒げる年じゃないんだ……ないのに………





「姉ちゃん、家に引きこもるのは止めて、チームの共同住居に俺らも引っ越そうよ。」


あれから1ヶ月。世間は少しずつ落ちついてきた。それもこれも強力なスキルを持ったナンバーワンからナンバーエイトまでの人達のおかげだ。

ナンバーで呼ばれるのを嫌った人もいたので、話し合いの末、“色”で組分けされたチームが結成された。ナンバーワンは黒、ナンバーツーは金(ナンバーツーは大阪の人で絶対ゴールドやって譲らなかったらしい) スリーは青。他は赤、緑、紫、オレンジ、カーキ。ピンクがいいとチーム色をピンクにしようとした人もいたらしいが、他のチームメイトが止めたらしい。


お気づきだろうか?図ったようにあの色がないことを。なぜオレンジやカーキのチーム色があってあの色がないのか。なぜピンクを推した人はあの色を言わなかったのか。黒はあるのに、なぜ。


海翔が所属しているチームは黒。積極的にダンジョンから溢れたモンスターを退治し、今は建物型ダンジョンの踏破を目指し頑張っている。


ダンジョンの調査を進めると、モンスターが強いとこと弱いとこに分かれていることが分かった。人の欲望が集まっていた強弱でその差ができているらしい。ダンジョンは建物型と地下迷路型の2種類があり、ドームや競馬場は建物その物が変形しダンジョンになっている。一見すると、かなり大きく広く見えるが、地下にダンジョンが伸びている訳ではない。見える範囲でダンジョンは終わりだ。アメリカのナンバーワンのチームが数ヵ所制圧に成功したそうだ。詳しい情報を明かそうとしないので、“制圧”がどういった状態なのかは分かっていない。


地下迷路型はどこまで続いてるのかわからない。一層一層の広さにはばらつきがあり、地下何階まであるのかもわからない。うかつには手を出せないので調査が終わるまで後回しになっている。(ナンバーツーの人が各地を飛び回り、スキル“解析”で調査中。情報は埋まってきている。ちなみに大阪にはキタダンジョンとミナミダンジョンがあり、2つとも地下迷路型で最深部までは99階まであるらしい。他の迷路型ダンジョンは33階とか66階とからしい。一番の最小ダンジョンは9階までしかない)



テレビ局はダンジョン化されずに生き残っており、緑チームを中心に報道陣が守られている。日本各地の現状や、各チームの活躍、モンスターへの対処方法などを放送したり、誰であっても安否確認をし、被害にあった人へのフォローをしていく様を流すことで、犯罪への抑止になり、みんなで助け合おうという風潮ができてきた。


そんな中、私はひたすら自分の部屋に引きこもっていた。ナンバーを持つ人が活躍すればするほど、出てこないナンバーに非難が集まる。それはネット世界では憎悪の対象にまでなっている。


今更、自分がナンバーナインです。なんて、名乗りをあげることが怖かった。私の持っている力が誰かを絶対に救えるのが分かっていても、実際に、大事にしていた職場を襲われ、テレビやネットで散々叩かれてる架空のナンバーナインを見ていると言い出せなかった。


でも、たった1人の弟が頑張っていて、来週からはアンデッドモンスターに埋め尽くされた東京一の歓楽街のダンジョンへ行くと言うならば言わなければいけない。


「海翔、私ね……」


「おっ、行く気になった?みんないい人達だし、誰も戦えなんて言わないって。実際、家族連れて来てる人たくさん居るし。離れたところにいるよりも、近くにいてもらって守りたいとか、よそへの逃げ場がないとか。なんも、心配することないって。それに……」


「違くてっ!」


「な、何だよ。」


海翔の言葉を遮って私は立ち上がった。


「私が……私が9番目なのっ。」


「はっ?何?」


「だから、私がナンバーナインなんだよ。」


海翔が一気に不機嫌な顔になる。


「何だよ……行きたくないなら、行きたくないって言やぁいーじゃん。姉ちゃんがナンバーナインとか変な嘘つくなよ。テレビに影響でもされたのか?」


海翔は全く信じていないようだ。


「海翔はおかしいと思わなかったの?食べ物とか飲み物とかが大量にストックされてること。買い物になんか行っていないのに、トイレットペーパーや日用品が途切れないこと……」


「それは、元々のストックとか会社の倉庫の在庫を買い取ったって……」


「外に出てないのに、どうやってこんなに買えるって言うのよ。」


「会社の人が持ってきてくれたって。」


「みんな、自分の事で精一杯だったのに?」


「だったら、なんだよっ、もし姉ちゃんがナンバーナインだったなら、なんで今まで言わなかったんだよ。俺が18番目なのに、どうして姉ちゃんが9番目になれるんだよ。」


「ハロウィンの前日、私が毎年飲みに行くのは知ってるよね?場所はいつも同じ店。」


そこで海翔がハッとしたような顔をする。

去年は“その決まってる場所”の近くでバイトしている海翔と店の近くまで一緒に行った。


「えっ?俺のバイト先の近くの……」


「そう、あそこ。飲んだ帰りに、その、変態に襲われて。」


「はぁ?何やってんだよ。酒強くねーのに調子乗るからそんな目に遭うんだぞ。で、大丈夫だったんだよな?」


口は悪いけど、目が心配した目になっている。


「んーと、そこらへんに落ちてた瓶で撃退したから大丈夫だったんだけど、実は、それが変態じゃなくて、ゾンビのモンスターだったの。」


「まさか、頭殴ったんじゃねぇだろうな?」


「えっ?どうして分かるの?」


「ゾンビは頭が弱点なんだよ!テレビでもやってるだろ?各モンスターの弱点の特集とか。つーか、ゾンビだったから良かったけど、普通の人だったらヤバいことになってたんじゃね?」


「……、うー。もし、普通の変態だったら、海翔は何もしないでそのまま犯されとけって言うの?バーカ、バーカ。薄情な弟だよー。」


「バーカってガキか。俺が悪かったって。変態であろうと、ゾンビだろうと襲ってくるほうが悪いよな。姉ちゃんが無事で良かったよ。結果オーライだよな。……で?」


「で?」


「いや、解れよ。俺に怒られるのが嫌で言わなかったわけじゃないんだろっ?なんで言わなかったのかの理由、別にあんだろ?」


私は手首にしていたシュシュを外し、それを手に持ち頭の上に掲げる。


「絶対に笑わないでよ?」


そう強く言う姉を不思議そうに見つめる海翔。

私は呼吸を整え、呪文を唱える。


『マジカルガール千夏トランスフォーム』


私に白い光が取り巻き、モコモコ部屋着が違う形に変化していく。


『世界が黒く染まっても私が白に染め替えてあげる。キュ◯ホワイト千夏、見参』


「えーっと?」


海翔は笑ってはいない。完全に引いている。


「それっ、」


徐々に目の前で起きたことが頭に浸透し始めたのか、口元がヒクヒクッと動き始めた。


「言うなぁ!『パラライズビーム』」


「うわっ、あぶねっ。何すんだよ。」


元々運動神経が良かった弟がレベルを手に入れさらに動きが良くなっているみたいだ。しかし、これは負けられない戦いなのだ。


「避けちゃだめ!『パラライズビーム』」


「ちょっ、やめろって。いや、普通避けるだろ。つーか、ビームって。白く染め替えるって何だよ……ップ……」


とうとう海翔が笑いだしてしまった。


「笑うなって言ったでしょ!『パラライズビーム』『パラライズビーム』『パラライズビーム』『パラライズビーム』『パラ………』」


やっとビームが海翔の腕をかすり、そこから麻痺が始まったようでゆっくり床に膝をつき、そのまま倒れ込んだ。


「フハハハ。姉ちゃんに勝とうなんて100年早いのよ。」


そう言いながら、海翔を見下ろす。


「ねえ……ちゃ、」


「んっ?なぁに?謝る?ごめんなさいする?」


「パ……ツ、見え、てる。」


「はぁ?そこはごめんなさいでしょ?弟のくせに!ポイズンかけちゃうぞ!………『キュ◯ビーム』」


私が異常状態を解除するビームを投げつけると、海翔はすぐにモゾモゾっと動き始めた。


「はぁ。奨さんと毎日特訓してるのに、俺まだまだだな。超弱い姉ちゃんに負けるなんて。」


海翔が悔しそうな顔で私を見上げる。


「もう、たまたまでしょっ?そんなガチで悔しそうな顔しないでよ。姉ちゃん相手だから、あんたが手加減してくれたの分かってるってば。」


「手加減ねぇ……結構マジで避けたんですけど。ま、いーや。話が進まないから今は一旦置いといて……さあ、早く!姉ちゃんの持っているスキルの説明してくれ。」


このままの格好は嫌だったけど、この格好でいないとスキルを見せながらの説明ができない。頭のでっかいリボンとか、たくさんのフリルとか散らばるハートとか。私がこれだ!って決めて仮装用に購入したんだけど、日常でこの格好はただの痛い人だ。


私は海翔にスキルの説明をする。私が得た主なスキルは2つ。いや、この姿を入れたら3つなのかな?

①異常状態無効&異常状態回復。レベルが上がると異常状態付与も出来る。今覚えているのは、麻痺付与と毒付与。

②魔法少女(苦笑)の姿で魔法のポーチにお金を入れると私が働いていたスーパーで取り扱っていた商品であれば、全て購入可能。10月31日時点でのスーパーでの売値価格で固定。価格をいじることはできない。他人に売った場合、月の総売上の7割を月に1度売上金として手に入れることができる。残り3割がどこへ消えるかは不明。私が購入する場合もお金は必要であり、そのお金は返ってこない。商品を買える数はHPに比例していて、現在レベル3の私は1日32個しか商品の購入はできない。


①も②も魔法少女の姿に変身しないとスキルが発動されない。大事なことだから、もう1度言うが、痛いコスプレ姿でしかスキルの行使は行えないのだ!


「いや、もう本物になったんだから、コスプレ姿じゃなくね?」


海翔よ、冷静にツッコむのはやめてくれ。“本物”を強調しないで欲しい。姉ちゃんのライフポイントはすでにマイナスなんだぞ。


「別にいいじゃん、魔法少女。ま、ま、魔法少女……ップ、魔法少女って!ごめっ、1回笑わせて?アハハハッ」


ヒーッ、お腹痛い、ヤベェ~。とか笑ってる弟に『パラライズビーム』をもう1度放った私は、絶対に悪くないと思う。





「姉ちゃん、その格好怪しすぎなんだけど?」


私は今、海翔と一緒に例の繁華街に来ている。私の格好は、頭は厚手の黒のスカーフで髪の毛を隠し(髪の毛というより、頭の上のでっかいリボンを隠している)踝まで長さがある黒のロングコートをはおり、黒のマフラーを首に巻いている。コートの襟元の隙間から大きなハートの飾りが見えないようにだ。靴だけは白のロングブーツ。じっとしているとコートの動きもなく、足先の白さしか見えないが動くとコートの裾がめくり上がり黒尽くしの中“白”が浮き上がって見える。


海翔に説得されて、アンデッドモンスターに噛みつかれて繁華街をさまよい続けている被害者に状態異常回復の“ビーム”が効くかどうかを試してみるということになった。


オレンジチームを率いるのはナンバーファイブのお医者さんをやっていた人だ。(やっていた、じゃなくて今もやってるが正解)このチームは回復系のスキルを所持した人が多数所属しており、被害にあって怪我をした人や心神喪失になってしまった人達のケアを行っている。回復魔法と現代医療のミックスで次々と傷ついた人達を救っていく光景がテレビで放送された。彼らの奇跡を見ることで傷ついて自棄になっていた多数の人も希望を取り戻し、全国を飛び回っている彼らの訪れを首を長くして待っている状態だ。


そんな彼らでさえ治せない人々がいた。


それが、ゾンビモンスターに噛みつかれ感染し、生きているのか死んでいるのかわからない状態の人々だ。回復魔法をかけると消滅はしないものの、感染した人達は苦しみもがく。しかし、苦しんではいても、噛みつかれて破損した部分は回復することがわかり、彼らはまだ生存しているということになった。


全国1位の歓楽街のダンジョンからはアンデッドモンスターが溢れている。厳重なバリケードでその地域一帯には入れなくなっている。それがどういう事態を引き起こしたのか、私は深く考えていなかった。


………逃げ遅れた人がどんどん感染していったのだ。


実際に自分も被害に遭いかけたというのに……そんな映画の世界のような話が実際に起こっているなんて知らなかった。パニックが起こらないように情報規制がしかれてるなんて知らなかったのだ。



「姉ちゃん、泣いたら化粧がぐちゃぐちゃになるぞ。」


「ック、ヒックッ。ごめんなざぁい……」


結果。私の異常状態回復ビームで、アンデッド化した人を元に戻すことに成功した。


海翔が選んで連れてきたのは、まだ10代の女の子。15歳前後に見える。

私がもっと早く覚悟を決めてここに来ていれば……


私はもっと早くこの子を助けられたはず。


私は泣いてはいけない。泣ける立場じゃないのだ。勝手に目から大量の汗が流れているけど、それをぬぐう暇は今の私にはない。


助けられることが分かったなら、やることは1つだけ。


「キュ…「姉ちゃん、ちょっと待って」


どんどんビームを放とうとして出鼻を挫かれた。

海翔の方を向くと、女の子を横抱きに抱っこしている海翔が、


「回復できるのは分かったけど、どんどん回復されても、アフターケアができないよ。奨さんとかオレンジチームとか呼んできてもいい?つーか、姉ちゃんをここに置いてくことできないから、一緒に拠点まで来てよ。」


と、もっともな事を言った。


私がナンバーナインだと名乗り出ることは今まで絶対に嫌だった。今でも何を言われるかの恐怖はある。でも、私の力で助けられる人がいることが分かった。そうでなくても、物資が足りない今、もう1つの力も人の役に立つのはわかりきってる。


「わがっだ………私も連れてって。私も海翔のチームに入れてもらえるよう努力する。」


私の決意に海翔が水を差す。


「いや、無理だろ。」


「無理って決めつけなくても……」


「違くて。姉ちゃんのカラーは既に決まってんだろ?」


私のカラー………


「白ってな。やった、オンリーワンだぜ?」




………イ~ヤ~~~~


魔法少女のことなんて一瞬忘れてた。


リボン、ハート、フリル……変身の言葉とその後に絶対言わないといけないセリフ……この先、やっていけるんだろうか?


…………私の前途は多難のようだ。




























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