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異世界人と竜の姫  作者: アデュスタム
第1章 フェンリル
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09 疑念

 09 疑念


「フログス伯爵…かあ…」

 空になったカップをテーブルに置き、深くソファーに身体を預けたのは赤い短髪が印象的なイケメンの騎士だ。彼は青の騎士団団長のベルクリット・ラウディー。功助たちの話を聞いてあり得るかもなと天井を見上げた。

 その後ある程度の事後処理をして功助たちは城内に戻った。各所への報告や血や汗を落とすために風呂に入ったり着替えたりしたあと話し合いをするために一つの部屋に入った。

 騎士や兵士たちへの支持を済ませたベルクリット団長がやってきたのは、フェンリルが亜空間に捉えられた後、功助たちが話をしている時だった。ある程度のことはその際に話をしていたがこの部屋に入り詳しい話を改めてしたのだ。

 ソファーにはベルクリット、その隣には青の騎士団副団長のハンス。テーブルを挟みその向かいには功助が座りその隣に魔法師隊副隊長のラナーシア。そして功助の斜め後ろにはミュゼリアが控えている。

 そしてテーブルの横から黒いダンディな家令バスティーアが空になったカップに紅茶を入れている。

「少し前からフログス伯爵は何かと行動や言動に妙なところがありましたからな。しかしまさか権力を我が物としようとしてるとは思いませんでした。昔は心やさしいお方だったのですが…」

 ティーポットをワゴンに戻し一歩下がり静かに控えたバスティーア。

「フログス伯爵がですか?そうは見えないんですけど」

「不思議に思うよなコースケ殿。しかし確かに昔のフログス伯爵は温和な方だったのだ。何が伯爵をあんな風に変えたのか。それとも今の伯爵が本来の姿なのかわからんがな」

 とベルクリット。腑に落ちないが仕方ない。昔のフログス伯爵を功助は知らないのだから。

「で、今フログス伯爵はどうしてるんですか?」

 功助が尋ねるとベルクリットが答えた。

「さっきフログス伯爵に貼りついて監視するようにと内密に情報部に頼んだ。今現在は自室にいるようなのだが結界のようなものが張られてるみたいで中の様子はわからんようだ」

「そうですか」

「こちらが監視しているのはまだ気づいておらぬようだな」

 とベルクリット。

「ところでコースケ殿とミュゼリアに聞きたいのだが」

「はい。なんですかハンスさん」

「銅像の近くに置いてあったという魔法具について聞きたいのだ。えーと、、それを壊し亜空間に逃げられないようにしたということだが。それはどうやって捜しだしたんだ?」

「はい。ミュゼが聞いた話によるとやつらは亜空間に戻す術式を展開中だということでした。それからミュゼの推測から、おそらく魔法具ではないかとあたりをつけました。で、その魔法具同志が結界のようなものを展開してまして、それをたどって魔法具を破壊して周ったんです」

「結界?」

「そうなんですよ兄上。魔法具同志が結界で結ばれて魔力の威力を上昇させることはあるんですが、普通はその魔法具同志での結びつきを感知することなどほぼできないのですが、コースケ様はそれを感知されたのですよ。それもいとも、簡単に」

「それはすごいですよミュゼリア」

 とラナーシア。

 しかし功助はそれがどんなに凄いことなのか今一わからず微妙な顔をする。

「そんなに凄いことなんですかラナーシアさん」

「そうですよコースケ殿。我々魔法師隊のものでもかなり集中しなければ感知は難しいんですよ」

「そうなんですか。それが俺にできて魔法具を見つけることができたんですからまあよかったということで」

 少しラナーシアがあきれていた。

「私からも一つ聞きたいことがあるのだが良いだろうかミュゼリア」

「はいサラマンディス副隊長」

「その魔法具について詳しく聞かせてくれないか?」

「はい。形は直径二十シムぐらいの高さ四十シムほどの円柱形で表面には魔法陣がぎっしりと描かれていました。中は空洞で真ん中くらいに拳大の魔石が浮いていました。コースケ様が振ったり叩いたりしても魔石はまったく動ことはなかったです。中を覗いたら魔力が渦を巻いているのがわかりました。かなり強い魔力でした」

「そうか。わかったありがとうミュゼリア」

 と言って瞑目した。

 話を聞いてたのかいなかったのか天井を見ていたベルクリット。なぜか緊張しながらミュゼリアに質問する。

「あ、あの…。ミュ…ミュゼリア。ちょちょっと聞いていいかなっ…?」

「あっ、ははい。なんなりとっ」

 なぜかこちらも緊張しているようだ。

「フ、フログス伯爵は6日早いっと言ったのだなっ」

「は、はいそうですっ。姫様の凶暴化する時を狙ってフェンリルを呼出し白竜城内の混乱を一層大きなものにしようと考えているのだと思いますっ」

 なぜか力が入っている二人。

 少し微笑しながらハンスが言う。

「やはりミュゼリアの言うとおり姫様が凶暴期に入って城内が混乱している時にフェンリルを出現させ一気に城を制圧するつもりなのでしょう」

「そうとしか考えられないよな」

 頭の後ろで手を組み再び天井を見上げるベルクリット。

 それに頷く面々。

「あの質問なんですが、シオンが最後には凶暴化してそのあと……、……自ら命を絶つ…と聞いたのですが、実際はどのようなプロセスなのですか?」

 功助は質問しながら膝の上に置いた拳を強く握っていた。

「それは私が説明しよう」

 と言ってくれたのは瞑目していたと思ったが功助の膝の上の拳を見つめていたラナーシアだった。

 ラナーシアが言うには人竜球が壊れてからは五つの過程を通るとのことだ。

 ----------

 静動期-一日目~五日目

 あまり身体を動かさずじっとしていることが多い期間。

 幼児化期-六日目から十五日目の十日間

 だんだんと知能や行動が幼児化していく。最終日には一日中鳴いている。

 不動期-十六日目の一日間。

 何もせずじっとしている。座ったまま身動き一つしない。

 凶暴期-十七日目から十九日目の三日間。

 急に凶暴化し周囲を破壊する。

 竜として先祖返りをしたようになる。初期の竜は凶暴で攻撃的だったが人や亜人と交わるようになり温和になってきた。

 絶息期-二十日目の最終日

 自分で自分を攻撃し噛みついたり引っかいたりして絶命する。

 ----------

 功助がシオンベールと出会った昨日はちょうど十日目の幼児化期の真ん中だったようだ。計算すると今日で十一日目。六日後は凶暴気に入った日になる。やはりそのようだ。

「凶暴期に入ったとたん急に暴れだすのだ。そう、いきなりだ。前触れも何もなく急に暴れ出すのだ。その力は凄まじく乳幼児のドラゴンだとしても屈強なドラゴン何体もの力で押えつけなければならない程にな」

「そうなんですかラナーシアさん」

「もしそのタイミングでフェンリルまで出現したらと思うとゾッとするな」

 ベルクリットはため息混じりに呟いた。

「まあ、そのゾッとすることをフログス伯爵はしようとしてるみたいだがな」

 とハンス。

「それにしても」

 とミュゼリア。

「なんだミュゼリア」

「はい兄上。あのフェンリルが亜空間に引き込まれる前に眉間に何か刺さったように見えたのですが、あれは一体何なのでしょうか?そのあとフェンリルは動きを止めたみたいなのですが…」

「ああ、あれなあ」

 功助は腕組みをしてミュゼリアに振り返る。

「あれはなんか光の矢のように見えたぞ俺には。眉間の傷の真ん中に吸い込まれるように刺さったぞあれ。なんなんだろうな。わかりますかラナーシアさん」

「うーむ。よくわからないのだが…。あれは服従の魔法のような気がします。もしかしたらシャリーナ隊長は知っているかもしれませんが」

 シャリーナ隊長が直接見ていたらですけどと付け足して紅茶を一口飲むラナーシア。

「それってもしかしたら禁忌の魔法なのではないですか?」

 とミュゼリア。

「そうだ。禁忌の魔法だ。もしそうなら大罪で首が飛ぶな」

 やはりそうですかとミュゼリア。

「これからどうするかは陛下の支持を仰ごう。なんせ姫様が関係しているのだから我々が決定できるようなことではないのでな。バスティーア殿、後ほど陛下にお会いできるように時間を作っていただきたいのだが」

「はい。承知いたしました。後ほどご連絡いたします」

 といって一礼した

 バスティーアの返事を聞きベルクリットは紅茶を飲みほしソファーから立つとドアの方に向かった。

「おいおいベルク。ちょっと待てよ」

 ハンスもベルクリットに続いてドアに向かった。しかしその時ベルクリットの耳元でなにやら呟いたみたいで急にベルクリットの顔が赤くなった。

「あ、あわわわ。いや。なに、その…俺はべ、別に…」

 なぜか動揺するベルクリット。するとハンスがニヤニヤしながら功助に顔を向けた。

「ちょっとコースケ殿。昼食はどうなさいますか?」

「へ?」

 唐突だなと思うがそういえばそろそろ昼時だ。腹も減ってきた。と自分の腹を見る。

「あっ、いえ。朝の予定では昼は城内の食堂で採ることになってましたが。なあミュゼ」

「はい。予定では第一食堂で採るようになっていましたが」

「そうですか。ではみんなで行きませんか?なあいいだろベルク」

「あっ、私は魔法師隊の控室でいただくのでみなさんで行ってきてください。それに隊長のことも気になりますし」

 とラナーシア。

「そうですか。ではコースケ殿とミュゼリア、と四人で行こうかベルク」

「えっ、ま、まあ、いいが。コースケ殿とミュ、ミュゼリアがよ、よければだ、だが」

「どうですか?コースケ殿」

「はい。いいですよ。みんなで行きましょう。いいよなミュゼ」

「は、はははい」

「よしっと。では行こうかベルク」

 話はまとまり四人は第一食堂に向かった。なぜかベルクリットの歩き方がぎこちなかったが。


 第一食堂。わりと広めでファミレスほどの大きさだろうか。中にはすでにたくさんの人たちが食事をしていた。

 ミュゼリアが言ったとおり竜族をはじめ背中に翼をつけた有翼人族、見た目獣だが人と変わらない様子の獣人族などの雑多な種族が楽しそうに食事をしている。

「あそこあいてるぞ」

 ちょうど窓際に四人掛けのテーブルが一つ空いているのをハンスが見つけた。

 四人はそのテーブルにつき座ったがミュゼリアは功助の椅子を弾きそして四人分の水を取りに行こうとした。

 だがハンスがちょっと待てとミュゼリアを止めた。

「なんですか兄上?」

「ミュゼリア。あまりここで侍女しない方がいいぞ。ここにはちゃんとウェイトレスたちがいるのだから」

「あっ、そうでした。久しぶりにこの食堂に来たので忘れてました」

 と言ってすまなさそうに席につきウェイトレスが来るのを待った。

「ミュゼ。どういうこと?」

「はい。この第一食堂にはここ専門のウェイトレスさんがいるのです。なので私たち侍女や従者さんたちもここでは配膳などをしてはいけないことになってます。ここではいくら私がコースケ様専属の侍女でも私がコースケ様のお世話をしてはいけないのです」

「へえ、そうなんだ」

 ミュゼリアからこの食堂のシステムを聞いていると第一食堂専門のウェイトレスがオーダーをとりに来た。

 そのウェイトレスは獣人のようで頭では長いウサギの耳がピョコピョコと揺れていた。

 ベルクリットはメニューを拡げた。

「お、俺は城竜ランチAせっとでっ」

 ベルクリットに少し苦笑するとハンスが続けた。

「俺はドラゴンランチのBセット。ライス大盛りね」

「兄上食べ過ぎはダメですよ」

「ま、いいじゃないかミュゼリア。腹減ってるんだから」

「それがいけないのです。バランスを考えて食事を採ってくださいね兄上」

「はいはい。わかったわかった。でも今日はライス大森で」

「んもう」

 仕方ないわねと肩を竦めるミュゼリア。

「コースケ様は何になさいますか?」

「そうだなあ。好き嫌い無くてなんでも食べられるから。こんな時に困るんだよなあ。何にしよっか」

「それならやはり日替わり定食がいいのではないですか?さっき入口に今日の日替わりは’ミックスフライと野菜サラダ’ってありましたよ。どうですか?」

「そうだな。それにしようかな」

「では私は、カレーライスを5辛で」

「えっ5辛!?ミュゼ辛いの大丈夫なの?」

「はい。辛いの好きなんですよ。5辛ぐらいがちょうどいい辛さで」

 えへへと笑うミュゼリア。人は見かけによらないなと思う功助。


 食後のコーヒーを飲みながらこれからのことを少し話合った。

 ベルクリットが国王に今日のことを説明しあの伯爵のこと、そしてシオンが凶暴期に入った時のことをどうするかを決めるとのことだ。

 おそらく伯爵は泳がせて動向を見極め、シオンベールは不動期に伯爵に悟られないように拘束することになるのではないかと。

「ちょっと待ってくださいベルクリット様。姫様を拘束するなどと陛下がされるわけないと思いますっ!」

「あ、ああ。お、俺もそう思うが、あ、あのフェンリルとともに凶暴期を迎えてしまった王女様が暴れ出してしまったら成す術はないのだ。こ、拘束するなどということは俺もそんなことはしたくないっ」

「なんとかシオンの人竜球を復活させる手立てはないんですか?」

 功助が尋ねると三人とも無言になってしまった。

「す、すみません。あっ、そういえば掃除のおっちゃんが言ってたんですけど、俺の魔力でシオンの人竜球を復活させることができるらしいんですが、陛下が知っておられるみたいなんですよ。今日の夕食の時にでも聞いてみますね」

「そのようなことができるのかコースケ殿」

「どうなんでしょうか。掃除のおっちゃんが言ってただけなんで。俺にはよくわからないんですが。でも、昨日の夕食の時に少し陛下に聞いてみたのですが、後日話をしようってことになりまして」

「それなら陛下から呼出しがあるまで陛下には尋ねない方がいいと思うぞコースケ殿」

 とベルクリット。

「はあ、やっぱりそうですか。わかりました陛下からお声がかかるまで聞かないことにします」

 そして四人は食堂を出ようとしたが、その時ハンスが何かを思い出したように声をあげた。

 あっ、ミュゼリア。コースケ殿と個人的に少し話がしたいんだ。しばらくコースケ殿を借りるぞ」

「えっ、はいわかりました兄上。それでは先にコースケ様のお部屋に戻り待期しています」

「あ、いやその必要はない。またここに戻ってくるのでベルクと話でもしててくれ。それで大丈夫だろベルク」

「えっ、あ、いや、あの、な、ハンス…。ふ、二人きりででか?」

「ああ。ミュゼリアが暇になるのでな。ベルク、ミュゼリアを頼んだぞ。行こうコースケ殿」

 少し強引に功助を引っ張り、「ちょっと兄上!」というミュゼリアの言葉と「お、おいハンスちょっと待っ…」というベルクリットを無視して食堂を出た。

 廊下を歩きながらハンスはニヤニヤとしている。

「ところでハンスさん。俺に話って?」

「いや、特に何もないんだコースケ殿」

 少し口調が変わるハンス。まあいいかと功助。

「そうなんですか?じゃなんで連れ出したんです?」

 ハンスはまた笑いながら功助の肩を叩いた。

「あの二人どう思う?」

「あの二人って?ミュゼとベルクリットさんですか」

「そうそう。なあなあどう思う?」

「どうって…。そうですね、ぎこちないかな…って」

「おっ、わかってるねえコースケ殿。いやなあの二人って実はお互い気になる存在なんだ。自分では何もわかってないみたいだがな。特にベルクなんてミュゼの前になると何度も噛んでしまうんだぞ。団員の前では修羅のベルクリットといわれてる男がな」

「そうだったんですか。俺もあの二人ってなんかおかしいなとは思ってたんですけど。そっかあ。応援しないとですね」

「そうそう。頼むよコースケ殿」

 適当に時間をつぶし再び第一食堂に戻った。件の二人は話をしていたのかしていなかったのか、テーブルを挟み座ったまま下を向いていた。それを見たハンスは少し嘆息していた。


 部屋に戻った功助とミュゼリア。午後からの予定をキャンセルしゆっくりすることを選んだ。

 消えたフェンリルの行方やフログス伯爵の動向。シオンベールの人竜球のこと。いろいろ考えることはある。

 ソファーに座った功助にミュゼリアは阿吽のタイミングでお茶を淹れる。目の前にティーカップを置くミュゼリアの細くしなやかな手を何気なく見つめていたが、ミュゼリアがそれに気が付いたのだろう小首を傾げた。

「今日は凄いことがあってちょっと疲れたみたいだ」

「そうだと思います。あのフェンリルと互角に戦えるなんてものすごいことだと思います。私はコースケ様にお仕えして鼻高々です」

 えへへと笑うミュゼリア。

「ははは。笑顔のミュゼを見ていると癒されるなあほんと」

 そういうとミュゼリアの頬が少し赤くなったような気がした。

「んもう、コースケ様。恥ずかしいことを何気なく言わないでください」

 少しそっぽを向くミュゼリア。そしていきなり「あっ、忘れてました」とあわててポケットを探るとメモを取り出した。

「えーと、さきほどバスティーア様から連絡がありまして、今日の陛下たちとの会食は中止ということです。なので夕食は自室で採ってくださいとのことなので、何をお召し上がりになりますか?何でも言ってください。『白竜城のシェフがどのような要望にもお答えします』とメモに書いてありますがどうされますか?」

「中止か、まあそうだろうな。あんなことがあったんだから悠長に会食なんかできないよな。で、自室で夕食ね。そうだなあ。何食べたいかなあ。こんな時に困るんだよな好き嫌いが無いっていうのは」

 功助は腕を組み天井を見上げて考えるがいいメニューは浮かばない。

 メモをポケットにしまったミュゼリアが今度はトレイを胸に抱いて苦笑している。

「お昼にもそのようなことをおっしゃっていましたねコースケ様。それではシェフおまかせっていうことでよろしいですか?」

「ん?まあそうしてくれると助かるかな」

「わかりました。それでは厨房に行ってまいります。しばらくお待ちください」

 そういうとミュゼリアは一礼して部屋を出て行った。


 コンコンというドアをノックする音で意識が浮上した。どうやらソファーに座ったまま眠っていたようだ。

 窓の外を見るとさっきまで茜色だった空は藍色になり星も輝き始めたようだった。

 壁の時計を見ると十八時十五分だ。部屋の明かりはミュゼリアが魔石灯をつけていたので明るい。まあ元の世界の蛍光灯やLEDとは比べ物にならないくらい暗いが。

「どうぞ」

 功助が入室の許可を告げるとワゴンを押してミュゼリアが入ってきた。

「コースケ様、お待たせいたしました。夕食を用意させていただきます」

「ああ。よろしく頼む。んじゃ手を洗ってくる」

「はい。用意しておきます」

 その言葉を背中越しに聞きながら手を洗いにいく功助。

 食事は少し中華風だった。酢豚のようなものやから揚げにふかひれのスープのようなもの。それに舌鼓を打ち完食した。

 後片付けをしているミュゼリアを見て何か聞きたいことがあったよなと考えてたがふと思い出した。

「あっ、そうだ。なあミュゼ。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「はい?なんでしょうか」

 片付けの手を止めて功助の傍まで来ると小首を傾げた。

「あのさ、俺ってけっこう魔力があるんだよな」

「え、はい。ありますよ。けっこうっていうレベルではないと思いますが」

「ん、えっと。俺にも魔法って使えるんだろうか」

 と聞くと

「使えます。これだけの魔力があって使えないのはおかしいですよ」

 と即答するミュゼリア。

「そ、そうなんだ。それでどうやって使うんだ?」

「そうですねえ……。うーんと、えーと」

 と考えること十分。待つのも疲れる。

「イメージです」

「イメージ?」

「はい。この世界の人たちはみんな多かれ少なかれ魔力を保有しています。幼児期から自然と魔法を使えるようになるので改めて聞かれるとお答えしにくいですが、以前何かの本で『魔法はイメージだ』と書いてあったのを思い出しました。その本を読み終えてじっくり考えると頷けるんですよね。魔法はイメージだって」

「そうなんだイメージなんだ。うーん、なんか抽象的でわかりにくいんだけど」

 と言うと。

「そうですねえ」

 と言って右手の人差指を立てる。

「今から火を灯します。小さな火なので安心してくださいね」

 と言うと人差指の先にライター程度の火をともした。功助がじっとみていると

「今私は指先に魔力を集めて小さな火を灯せとイメージしました。なので今私の人差指の先にはこのように小さな火が灯っています」

 わかりますかとミュゼリア。

「ああ。わかる。わかるけどその魔力を集めるっていうのがもひとつ…」

「うーん、そうですねえ」

 火を消してその人差指を顎に当てるミュゼリア。

「コースケ様が姫様とシャリーナ隊長の傷を治癒させた時は何か考えませんでしたか?」

「あの時か…。そうだなあ、シオンの時は傷に手を近づけただけで手が光ったし、シャリーナさんの時はシオンの時みたいに光れって思っただけだけど」

「そうですかぁ。あまりイメージしていないようですね。うーん。なんて言えばいいのでしょうか……。と、とにかくイメージです。魔力を集めるのもイメージ、その魔力で何をするのかしたいのかもイメージです」

 と半分笑いながら後片付けを再開した。

「むっ、逃げたなミュゼ」

「ふんふんふ~ん♪」

 聞こえないふりをするミュゼリアだった。

 そのあとは風呂に入って寝ようと準備する。またミュゼリアが「お背中をお流しします」と入ってこようとしたが今夜も丁重に断った。またミュゼリアが寂しそうにしてたのは見なかったことにした。


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