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異世界人と竜の姫  作者: アデュスタム
第1章 フェンリル
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08 フェンリル

 08 フェンリル



 近づくにつれフェンリルの咆哮が大きくなり兵士たちの声も大きくなってきた。

 そして噴水を回り込むとフェンリルと兵士たちの戦っている広場に出た。

 フェンリルは城の部屋から見た時よりは少しは裂け目から出ているようだ。おそらく身体の半分は出ていると思われた。魔道具を壊したがまだ裂け目から吐き出されてはいない。

 なんかあの裂け目、動いてないか?」

「えっ…。そういえばなんかぐにゃぐにゃ動いてるようですよねあれ。フェンリルを吐き出そうとしてるんでしょうか」

「そんな気がする。と言ってる尻からだんだん出てきたぞ」

 身体をくねらせ徐々に出てくるフェンリル。そして間もなくその身体は裂け目から吐き出された。しかし亜空間への裂け目は消えることなく小さくなり、フェンリルの尻尾の先に噛みついていた。

 裂け目から出てきた瞬間、フェンリルは虎やライオンほどの大きさだったが一気にバスほどの大きさになった。ざわめく兵士たち。しかし百戦錬磨の兵士たちだろうあわてることなく武器を構えた。

 出てきたフェンリルに兵士は槍を突き出したがその槍はフェンリルの口に咥えられた。押しても引いても槍は動かない。するとフェンリルは首を少し動かすと兵士は槍と共に宙に放り出され池の中に激しく飛び込んだ。

 ゆっくりと歩くフェンリル。裂け目に挟まれていたストレスをはらすように周りを見渡すとその赤い瞳は背を向けていた右側の黒いローブの魔法師を捉えた。

 背を向けていた魔法師は殺気を感じたのだろうフェンリルの方に顔を向けるが少し対応が一瞬、ほんの一瞬遅れた。その一瞬をフェンリルは逃してはくれなかった。

 十メートルは離れていたがその距離を一瞬のうちに移動し魔法師の胴体に食らいついた。

「うぐっ……!」

 咥えられたのはどうやら女性のようだ。その女性のうめき声が聞こえたかと思うとフェンリルはその魔法師を空中に、真上に放り上げた。

 放り上げられた魔法師の胴体からは赤い鮮血がフェンリルの口内と糸を結ぶ。鋭い牙についた血を一舐めすると口を大きく開いた。

 高く高く放り上げられた魔法師は、気を失ってるようで動きがない。そして頂点に達すると重力に引かれ真っ直ぐにフェンリルの上に落ちてくる。

 落ちてくる魔法師を赤い瞳がじっと見つめている。赤い瞳だと思っていたがよく見ると炎が燃えているようだ。比喩ではなく実際に炎が燃えているのだ、目の中に。その赤く血のような炎の瞳が落ちてくる魔法師を凝視している。口を大きく開き剣のような牙をギラつかせ食らいつこうと待ち構えている。

 そうはさせるかと兵士たちは剣や槍、弓や魔法とフェンリルに攻撃をしている。しかしフェンリルはうるさい虫でも追い払うように咆哮を一つ。衝撃波を含んだその咆哮は兵士たちを吹き飛ばした。そしてフェンリルと功助の間には誰もいなくなった。

「…助けるんだ…!」

 功助の身体は自然と動いていた。元の世界では身体が勝手に動くことなんて経験もしたことないがこの異世界ではごく自然に身体が動いた。そしてなぜか恐怖心もなくフェンリルの炎の目を見ても剣のような牙を見ても恐ろしさは感じなかった。

 フェンリルまでの距離は直線で目測十五メートル。それだけ離れているのに功助には遠いと感じなかった。

 功助は両足に力を込めた。右足を踏み出し左足で地面を思いっきり蹴りだした。後方で’ドーン’という音が聞こえたが今の功助にはその音にかまってる暇はない。

 一歩、二歩、踏み出すごとに確実に功助の身体は加速を増し魔法師に近づいていく。

 フェンリルの大きく開けられた口に魔法師が呑みこまれるまで二メートルを切った。

「くそっ!間に合わないのか!」

 魔法師まであと五メートルはあるだろう。

「くそっ!させるか!!」

 功助はもう一度足に力を込め魔法師目がけて跳んだ。

「間に合えぇぇ!」

 両手を突き出し魔法師とフェンリルの間へ。まるでスローモーションのように落ちてくる魔法師をその腕の中に抱く功助。

 その時功助は両足でフェンリルの顔を思いっきり蹴り飛ばした。右足には堅い感触、左足には鉄の棒を蹴ったような感触。何かを蹴ったのがわかった。

 そしてフェンリルを十数メートルほど跳びこし着地した。腕の中には気絶し血にまみれた魔法師を抱きかかえて。

 その抱きかかえた魔法師を見ると、顔色は蒼白で乱れた白銀の髪には血が飛び散り浅い呼吸を繰り返している。

 どこかで見たことがある女性だと思えばすぐに思い出した。昨日謁見の間でフログス伯爵にツッコミを入れて功助に手をブンブン振っていた魔法師だ。名前はシャリーナ・シルフィーヌ。魔法師隊隊長だ。

 地面に彼女を降ろした功助はフェンリルの動きをしっかり見つつ急いで彼女のローブの前をはだけ傷を確認した。

 おびただしい出血をしておりローブの下の鎖帷子のようなものもズタズタに引き裂かれドクドクと血が流れている。肋骨も数本骨折しており、おまけに胃や大腸などの内臓の一部も飛び出していた。

 胸部の方も深刻で大きな右の乳房は半分以上が引き裂かれ元の位置からずれているし、左の乳房もパックリと裂けて父脂肪が見えている。ただ顔と四肢はたいした傷もなく骨折もしていないようだった。

「これは酷いな」

 そう呟いた時近づいてくる足音が聞こえた。

「隊長っ!」

 そちらを向くと赤銅色の髪を振り乱して一人の女性が走ってきた。

「た、隊長は!?」

「かなり酷いです」

「…うっ……!」

 傷を見た赤銅の髪の女性が息をのみ悲し気に目を伏せた。

「こ、これはかなり……。もう……」

「サラマンディス副隊長。あきらめてはいけません」

 赤銅色の髪の女性の後ろから聞きなれた声がした。

 後ろを振り向いた女性は怪訝そうにしていたがそれが誰かわかったようだ。

「あなたは青の騎士団のデルフレック副団長の妹のミュゼリア…。なぜあなたがここに?」

「はい。そちらにおられるコースケ様の専属侍女を拝命しております」

「コースケ様?もしかして昨日王女様がお連れになったお方の?」

「はい、そうです。しかし今はそのようなことよりシルフィーヌ隊長のことですサラマンディス副隊長」

「そうであったな。で、コースケ殿でしたか、隊長は助かる見込みはあるのでしょうか?見たところ施しようのないように見受けられるのですが」

 三人は必死に浅い呼吸を続けている白銀の女性、シルフィーヌ隊長を見た。

「わかりません。しかし俺はあきらめませんよ。俺ならもしかしたら助けられるかもしれない」

 この自信はどこからくるのだろうと心の中で自分に問う。だがなぜか自分には治せるような気がした。だからこんな言葉を吐いたのだ。俺なら治せると。

「そ、それは本当ですか?!隊長は助かるんでしょうか!」

 功助の目を見るブラウンの瞳。

「できる気がするんです。だから…」

「わかりました。一理の希望があるならお願いします」

 そう言って彼女は頭を下げた。

「私はコースケ様を信じます。姫様のあの傷を癒したのですから。あのどんな上級治癒術師も治せなかったあの傷を治したのですから」

 功助を見つめる二人の瞳。それを裏切ることはできない。

「わかりました。が、二人にお願いがあるんだけど。フェンリルから目を離さないでくれ。脳振盪でも起こしたんだと思うけどいつ動き出すかわからないんで」

「承知いたしました」

「はい。おまかせくださいコースケ様」

 そういうと彼女たちは功助たちとフェンリルの間に立った。

 ラナーシア副隊長は杖をフェンリルに向けた。その杖の先は赤く光っていて今にも炎が飛び出し層だ。

 ミュゼは大きく手を拡げ功助たちとラナーシア副隊長の間に防御膜を張った。

 フェンリルはいまだうずくまったままで口から血を流している。間に合うかと思いながら功助は彼女の乳房の位置を元に戻しそして腹部に手を当てて治癒術をかけてみた。シオンの時には自然と手が青白く輝き傷を癒していったんだ。今回もうまくいく、そう信じながら手に意識を集中させた。

 すると功助の望みどおり手は青白く輝きその身体全体を柔らかく包んでいった。乳房は元の位置に自ら戻り引き裂かれた皮膚も元通りになってきている。大腸はゆっくりと腹腔の中に入って行きそれを腹膜が覆う。そして腹部に開いた傷が徐々にくっついていった。そしてその傷跡もわからないくらいになりすべすべの肌が蘇った。胸を見ると巨大で少しびっくりしたのは内緒にしておこうと密かに心にしまう功助だった。

「もういいぞ。傷は塞がった」

 功助は彼女たちに声をかけた。

「えっ、もうすんだのですか?まだ一分もたってないというのに。なんて凄まじい治癒術なの」

 傷の塞がったシルフィーヌを見て驚いた彼女は目を見開いて嘘みたいと呟いた。

「さすがですコースケ様」

 ミュゼリアは満面の笑顔だった。

「自分でも驚いているよ。ここまで凄まじいとは思わなかった」

 功助はシルフィーヌを彼女たちに託すと再びフェンリルを見た。

 ようやく意識が戻ったフェンリルはふらつきながらも四本の足で立ち功助をその真っ赤な炎の目で睨んでいる。半開きになった口からは血がしたたっていて左側の長い牙がなくなっていた。

「あの鉄の棒を蹴ったような感触は牙だったのか」

 口の周りについた自分の血をペロッと舐めたフェンリルは前傾姿勢になり今にも飛びかからんとしている。功助を敵と認識したのだろう。

「二人ともここは危険だ。早く離れて!」

「だめだコースケ殿。あなたも退いてください」

「そうですコースケ様。ここは一旦退却して…」

「大丈夫だ!」

「「え?」」

 二人がその言葉を聞いて驚いている。

「たぶん大丈夫だと思う。今、俺フェンリルの目を見ても何一つ恐怖がないんだ。だからなんとかできると思う」

「し、しかし」

 とサラマンディス副隊長。

「そうですコースケ様。それは…」

「サラマンディス副隊長さん。俺、負ける気がしないんです。ミュゼ。俺を信じてみてくれないか」

 唖然とする二人。でもやはり最初に口を開いたのはミュゼリアだった。

「はい。わかりました。私はコースケ様を信じております。フェンリルをやっつけてください」

 と胸の前で手を組み功助を見つめた。

「ミュゼリア……。わかりました。コースケ殿、お願いいたします。でも危険と思ったならすぐに避難してください」

「ありがとう二人とも。それじゃあとを頼みます」

 功助はシルフィーヌ隊長を二人に預けるとフェンリルに対峙した。そして真っ赤に燃える炎の目を睨んだ。

 フェンリルは先ほどとは少し雰囲気が変わってきた。身体中から黒いもやのようなものが出てきてその身を包み、バスほどの大きさだったのが徐々により大きくなってきている。

 ついにはトレーラー、いや普通電車一両分くらいの大きさにまでなった。

「でかいな。ミュゼは十メムほどだっていってたけどどう見ても二十メートルはあるよなあいつ」

 ガルルルと唸ったフェンリルは真っ赤な炎の目で功助を睨みついに飛びかかってきた。

「おっと」

 考え事をしていた功助はあわてて横っ跳びに回避する。

「よく考えると俺って武器はなんにももってないんだよな。どうすっかな」

 突進をかわされたフェンリルは片方の牙が無い口を大きく開けて功助の方に向くと唸りをあげる。

「仕方ない…か、」

 そう言うと強く拳を握る。

「元の世界じゃケンカもしたことなければ誰かを殴ったこともない。こんな俺だがやるときにはやるんだぞ。覚悟しろよフェンリル!」

 大きくなったフェンリル相手でも恐怖心はなかった。それより憎しみの方が強くどうにかしてこいつを倒してやろうという気持ちでいっぱいだ。

 功助はフェンリルに向かって走る。そしてジャンプしその鼻面にフック気味の蹴りをぶちかます。

 強制的に右を向かせられたフェンリル。しかし蹴ったあとで体制の崩れた功助にその長く鋭い爪の左前足をふるってきた。

「おっとあぶない」

 功助は空中で身体をひねりその鋭い爪から逃れると地面に着地した。

 素早い動きのフェンリルは功助の着地と同時にその鋭い前足の爪で襲い掛かる。

 何度も振りおろされる剣のような鋭い爪。幾度となく身体をかすめ何本もの傷跡を刻まれていく。傷は浅いが血も流れていて痛いのは痛い。

「畜生め。元の世界でケンカの一つでもしてたらよかったな。くそっ」

 体術ド素人の功助には拳のふるい方も知らなければ剣の使い方も知らない。テレビや映画でただ見ただけの知識しかない。それでこのフェンリルに対抗できるのかはわからないが無我夢中になればとフェンリルを睨む。

「でも魔法が使えればもっと楽に戦えるのにな。でも俺に魔法って使えるんだろうか?あとでミュゼに聞いてみるか」

 そんなことを考えてるとフェンリルは両前足を上げて同時に振り下ろしてきた。

「うわっ、あぶない!どうしよっ!」

 功助はとっさに体制を低くした。そしてふとひらめいた。

「よし、やってみるか」

 功助は体勢を低くしフェンリルの前足での攻撃をかわしその身体の下に潜ると両手を突き上げその巨体を真上に放り上げた。

「おりゃぁぁぁぁぁ!」

 思ったより軽く持ち上げられたことに少しびっくりしたがかまわず真上に放り上げる。

「ありゃ。なんて力してんだ俺は…」

 ぐんぐん上昇していくフェンリル。空中ではうまく身動きできないようでじたばたしている。そして頂点に達し引力に引かれ落ちてくる。

 功助はそれに合わせジャンプしその顔面に素早い拳を何発もくらわせた。まるで一子相伝の暗殺拳のように。そして右足でその脳天を蹴り飛ばし地面に叩き付けた。

 ズガァァァン!

 そんな爆音をあげフェンリルは地面に激突した。しかしすぐさま立ち上がると頭を振って着地した功助を炎の目で睨んだ。

「ちっ。さっきはただ蹴っただけで脳振盪おこしたみたいだったのになんで今は効かないんだくそっ、。、なかなかしぶといなこいつは」

 周りを見ると騎士や兵士たちはかなり遠くまで後退し功助とフェンリルの戦いを食い入るように見ている。その一番前でミュゼリアと魔法師隊のラナーシア副隊長が戦況を見つめている。おそらくあの二人が兵士たちを後退させたのだろう。

「さあ、来いフェンリル」

 功助が構えた時フェンリルの眉間に何かが飛んできて突き刺さったのが見えた。

「なんだあれは?」

 槍のような弓矢のような得体のしれない何かを眉間に刺されたフェンリルは一声吠えると動かなくなった。そこは丁度左頬にかけての傷のあるところだった。

「あれ?なんだ、どうしたんだこいつは。それにあの眉間に刺さったのは一体…」

 するとフェンリルの尻尾に食らいついていた亜空間への裂け目が徐々に広がりその中から黒い触手のようなものがフェンリルに絡みつき裂け目に引き込もうとしている。

 そうはさせるかともう一度ジャンプしてフェンリルの顔面に蹴りを入れたが、功助の足は何か堅いものに阻まれた。

 ガンッ

「いってぇ」

 着地した功助は自分の右足を抱えてその痛みに耐える。

「いででででぇぇ。な、なんて堅いんだ。あれって防御壁とか防護壁とかいうヤツなんだろうか。まあどうでもいいけど痛いぞこれはっ」

 蹴り方が悪かったのだろう。今までで一番痛かった。骨が折れたのかと思うぐらいに。

 足の痛みに気をとられているとその隙にフェンリルは裂け目の中に徐々に引き込まれていった。

「あっ!しまった!」

 と思ってもあとの祭り。フェンリルはあっという間に裂け目の中に呑みこまれ裂け目も消えた。そう、何事もなかったように消えた。

「畜生め。逃げられたっ。くそっ!」

 功助はその場に座り込み地面を殴った。ズンッという音をたて功助の拳は手首まで地面にめり込んだ。

「コースケ様っ、おケガは大丈夫ですか!」

 後ろを向くとスカートを少しだけたくし上げたミュゼリアが走ってきた。やっぱり白い足がまぶしいぞと思う功助。

「あ、ああ。まあまあな」

 ミュゼリアは功助の横までくるとしゃがみ込み、真っ赤になった身体を見て驚いている。

「これは…。こんなになるまで…。コースケ様。大丈夫ですか?」

「あ、ああ大丈夫だよミュゼ。心配ない」

「そのようには見えないのですが」

「まあ、致命傷はないってことで」

「すぐに治療させよう」

 そう言ったのはミュゼリアの後ろに立っていた赤銅の髪のラナーシア副隊長だった。

「誰か治癒術師をここに」

 すると後方から三人の治癒術師が走って近づいてきた。

 その三人の黒いローブの胸元には赤い十字の刺繍がされていた。ところ変わっても救急は赤十字なのかと驚く功助。

 その三人は座り込んでる功助の前までくると目の前にしゃがんだ。

「失礼します」

 と一言言うとあわてることもなく同時に功助に向かい掌を向けた。白い光が功助の身体を包み込みなんともいえない気持ちよさに目を瞑る。

 やがて光も消えなんとも言えない気持ちよさがなくなり目を開く功助。

「これで大丈夫です」

 と真ん中の治癒術師が言うと隣の治癒術死が言葉を引き継ぐ。

「痛むところはございませんか?」

 と聞いてきた。

 功助は首を回したり手を動かしたり腰をひねったりしたが特に痛むところもないようだ。滅茶苦茶痛かった右足のつま先も痛みはなくなっていた。

「ああ、大丈夫です。痛いところはないです。ありがとうございました」

 と頭を下げた。

 三人の治癒術師は功助に微笑むと「では失礼します」と言って後方に走っていった。

「改めて礼をいわせていただきます。コースケ殿感謝いたします」

 ラナーシア副隊長は功助に深々と頭を下げた。

「あ、いえ。でも…フェンリルを逃がしてしまったし…」

「いや。コースケ殿がいなければ今頃は全滅していたところだ。感謝している」

 今度そう言ったのは青の騎士団副団長のハンスだった。

「あっ、兄上ご無事でしたか。よかった」

 ほうとため息を吐くミュゼリア。

「なにを言うかミュゼリア。今の今まで俺のことは心中になかっただろうに。コースケ殿が戦ってる時には俺はお前の横にいたのだぞ。気付いていなかったよな」

「えっ…。い、いえ、気、気付いてはいたんですよ兄上。ほんとですよほんと。信じてください兄上」

「ふーん。ほんとかねえ。俺はお前に声もかけたんだけどなあ。まったく気づいてないように見えたけどな」

「うっ…、い、いえ気付いてたんだけど返事をするタイミングがとれなくてさ。ほんとほんと。ね、だから許してよお兄ちゃん」

「はいはい。わかったわかった」

 ハンスはミュゼリアの肩をバシバシ叩きながら大笑いをしている。

「ははははは。かわいらしい妹さんでよかったですねハンスさん」

 功助が笑いながら言うとラナーシアも同じように笑った。

「んもう。そんなに笑うことないですよコースケ様。痛いってお兄ちゃん、そんなに叩かないでよもう」

 少しふくれっ面のミュゼリア。するとハンスはミュゼリアに向き直りこう言った。

「なあミュゼリア」

「なにお兄ちゃん」

「コホン。えーと、お前俺のこと’お兄ちゃん’って呼んでるの気付いてるか?」

「………!っ」

 そう言われみるみる顔が真っ赤になっていくミュゼリア。だんだん俯いていく顔。そして両手を顔に当てて身体を嫌々とくねらせた。

「あ…、あはは…、あはははは…。は、は、恥ずかしいぃぃぃぃぃっ!」

 後ろを向いてしゃがみ込み身体をくにゃくにゃとくねらせて悶絶している。

「まあ、今は見て見ぬふりをしてやってください」

 とハンス。

 みんな笑顔だ。

「ははははは。わかりましたハンスさん。えーと、そういえばシャリーナ隊長さんは大丈夫ですか?」

 功助は立ち上がりながらラナーシア副隊長に尋ねた。

「はい。隊長の容体は安定しています。出血が少し多いようですが大丈夫でしょう」

「そうですか。それはよかった。他に負傷した人たちは?」

「奇跡的に死亡者はいません。かなりの重症者はいますが命に別状はない程度なので。今は治癒術師が手当して周ってます」

「そうですか。不幸中の幸いですね」

 功助がそう言うと

「ほんとみんな助かってよかったですね」

 いつの間にか復活したミュゼリアがそう言った。三人はお互い顔を見合わせて大きく頷いた。


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