07 忽然と
07 忽然と
廊下で待っていたライラとともに功助の部屋に戻るとみんなはお茶を飲みくつろいでいた。
「コースケ様。これを」
「あ、うん」
功助はシオンベールからスマホを受け取るとディスプレイに目をやった。
『ねえお兄ちゃん』
「なんだ?」
『お兄ちゃんさ、こっちの世界に戻ってくるのもうちょっと先にしてくれない』
「へ?なんでだ真依」
『なんででもいいからさ。ねえお兄ちゃん、スマホのディスプレイをみんなに向けて』
「なんだ唐突に」
『いいからみんなに向けて』
功助はなんでだと思いながらも真依の言うとおりスマホのディスプレイをみんなによく見えるようにした。
『えと、みなさん。これまで兄の功助を助けていただきありがとうございました。さきほどシオンベール王女様が言ってくれました。数日で兄を元の世界に還すと』
みんなが真依の言葉を聞き押し黙る。
『でも、でももう少しそちらで兄のことをお願いします。もうちょっとそちらで生活させてやってください。お願いします』
「……」
無言になる面々。
「へ?」
功助がなんのことか理解するのに数秒かかった。
「な、なあ真依、それって……」
『まあ、そういうことで』
「そういうことでってな真依…」
『それじゃお兄ちゃんはすぐにでもこっちに戻ってきたいってこと?もうそっちの生活もたくさんの人たちとのこともほっといてこっちに還ってきたいってこと?』
真依は驚いた顔をして目を見張っている。
「お、おい、そんなことじゃなくてだな…」
『なら、もうちょっとそっちの世界で暮らしてたら?こっちはどうにでもなるんだしさ。それにお父さんからのメールも見たでしょ?お兄ちゃんの住んでたマンション引き払ったって。それに無期限で会社に休職届出してくれたしさ。すぐに戻ってきたら大変だよこっちは』
とため息交じりの真依。
「な、なんてことを……。おい真依!まだ還ってくるなって、親父たちはどう思ってるんだ?!」
『父さんたちのことは気にしないで。あたしにまかせといて。だから、だからねお兄ちゃん。もう少しシオンの傍にいてあげて。ね』
そう言うと優し気な眼差しを兄功助に向けた。
「…真依…」
それを聞いていたシオンベール。少し俯き上目遣いで功助とスマホの中の真依を見つめた。
『さ、お兄ちゃん、そろそろ電話切ろうか。けっこう話したしさ。また電話できるんでしょ?』
「あ、うん。たぶん電話もメールもできると思う」
『そう。それなら安心。こっちのことは気にせずそっちでの生活を楽しんでね』
「…わかった…」
小さく頷く功助。
『それじゃ。ねえシオン』
「あ、はい」
『バカ兄貴のことよろしくね』
「あ、はい、わかりましたマイさん」
微笑み合う二人。
『それじゃみなさん。失礼します』
そう言うと真依は通話を切った。切れる瞬間後ろの方で’なんで切るのぉ’と絶叫が聞こえたのは気のせいだと思うことにする功助。
「ね、ねえダーリン」
シャリーナが功助の横に来てその顔を覗き込む。
「どういうことなの?」
「さ、さあ……。俺にもよくわからないけど……。まあ、まだ還って来なくていいってことだろうと…」
手の中で待ち受け画面になったスマホを見つめる功助。
「そう…。ということは!」
元気な声を出すシャリーナ。
「まだダーリンと別れなくていいんだああああああああ!」
そう叫ぶと功助に抱き着くシャリーナ。
「おっと!ちょっとちょっとシャリーナさん!ままま待って待って待って!」
ふらつきながらもシャリーナを受け止めて転ばないようにふんばった。
パコッ!
「あ痛っ!」
そう言って頭のてっぺんを手で押さえるシャリーナ。
「やめんかいこのスットコドッコイ!」
そう言ったラナーシアの手にはスリッパが握られていた。
「んもう、痛いじゃないのラナーシア!いつもいつもいつもいつもあんたはなんであたしの邪魔ばっかすんのよお!」
「だまらっしゃい!」
「ひぃっ!」
ラナーシアの唸るような声に頭を押さえしゃがみこむシャリーナ。
「何か言うことありますか!」
「い、いえ!ありません!ごめんなさい!」
シャリーナはしゃがみこんだままカサカサカサと部屋の隅に移動し縮こまった。
「だーかーらー!あなたはゴキブリですか!」
「ち、違うもん!」
ラナーシアを怯えた目で見るシャリーナ。
「まあまあラナーシア副隊長、それくらいで。ね」
「ふう。コースケ隊長がそうおっしゃるなら。いいですかシャリーナ隊長、以後気を付けるように」
「は、はいぃっ!」
頭のてっぺんを両手でおさえたまま涙目のシャリーナ。
それを診てはあとため息をついてほんとにもうと呟くラナーシア。
「ほんと二人とも相変わらずですね」
ふふふと苦笑するシオンベール。
「でもコースケ様、いいのですか?」
「ん?何が?」
「マイさんからまだ還ってこなくてもよいと言われたことですが……」
「うーん、真依が何を考えてるのか全然わからないけど……。あわてて帰ってこなくてもいいぞってことだろうと思うんだ」
スマホを見つめながらそう言う功助。
「だからもうしばらくこっちの世界にいるよ。シオン、それからみんな、もうちょっと世話になるけど、よろしくお願いします」
そう言ってみんなに頭を下げる功助。
「やった!」
小躍りして喜ぶシャリーナ。
「シャリーナ隊長……。無期限延期ってことですよ」
少し悲しげに答えるラナーシア。
「陛下に連絡ですね。そしてあの計画を進めても……」
小さく呟くバスティーア。
「専属侍女の増員の是非を侍女長と話し合いが必要でしょうか?」
それに答えるようにライラも小さく呟く。
「コースケ様…」
複雑な顔のミュゼリア。
「……」
シオンベールは無言で功助を見つめた。
だが一様にみんなは功助のこの世界の滞在に喜んでいる。
「さあ、みなさま、少し遅くなりましたが夕食の時間です。すみやかに退室してください」
そうバスティーアが言うとそれぞれ功助の部屋を出て行った。それを見送る功助。ちなみにシャリーナは出て行く直前に再び功助に抱き付きラナーシアの痛い一発をくらっていた。
「コースケ様、それでは後ほど」
「あ、うん。着替えたらすぐに行くから」
この後はシオンベールたち王家との食事だ。功助は今からシャワーをし着替えてから食堂に行くことになる。
「専属侍女のミュゼリアの手を借りつつ功助は会食の準備にはいった。
「そうか。そのようなことになったのか」
一連の話を聞いたトパークス国王は食後のコーヒーを飲みながら功助とその隣に座るシオンベールを見る。
「はい。なのでもうしばらくここでお世話になりたいと思っているのですが、よろしいでしょうか?」
背筋を伸ばし国王に頭を下げる功助。
「うむ。問題ない。これからも変わらず魔法師隊名誉隊長の任を遂行してくれ」
「はい、ありがとうございます」
再び叩頭するとシオンベールと目を合わせて微笑んだ。
「それからコースケ、そのスマホとやらでそなたのご両親と話がしたいのだが、どうだろうか?」
「へ?俺の両親とですか?うーん、いいと思いますけど……。ただ…」
「ただ?」
「俺の両親ってけっこうガチャガチャしてて……、陛下に失礼な言動をするかもしれないので……」
「ふむ。そのようなことまったく気にせずとも良いぞ。俺もけっこうくだけたところがあるのでな。異界の者と話ができるのが楽しみだ」
とほほ笑むトパークス。
「あたしともお話させてちょうだいねコーちゃん。コーちゃんのお母様とお話するの楽しみだわあ。うふふ」
ルルサ王妃もうれしそうに微笑んだ。
「コースケ様、なんか大変なことになってきましたね」
くすくすとうれしそうなミュゼリアを伴い功助は自室に戻ってきた。
「はは。そうかもな。でもまさか陛下が俺の両親と話したいだなんて。親父たち驚くぞ」
と苦笑する功助。
「うふふ。なんかそんな気がします。でもコースケ様のお父様もお母様もひょうきんなお方のようなので陛下も楽しくお話ができるのではないでしょうか。はいコースケ様、お茶をどうぞ」
微笑むミュゼリア。そして熱い紅茶を功助の前に静かに置いた。
「あはは。そうかもな」
功助はうれしそうに一口紅茶を飲んだ。
「あ~あ、でも今日はいろんなことがあった濃い一日だったな。って言ってもトリシアさんたちと会ってスマホしてただけだけどね」
「はい。私もそう思います、濃い一日だったと」
少し離れたところに立ち功助を見て微笑むミュゼリア。
「よかったなミュゼ、かわいい弟ができてさ」
「はい。いつ会いに着てくれるのか楽しみになりました。まあ、最低でもあと五年はかかるでしょうけど」
と苦笑する。
「はは。たぶんな。でも、テトなら立派な男になるんじゃないか?もしかしたらここの騎士団に入るかもな」
功助もテトの将来を想像し微笑した。
「そうですね。楽しみです」
微笑むミュゼリア。
それからしばらく二人は雑談をした。そしてそろそろ執心の時間となった。
「コースケ様、もうこんな時間です。明日の訓練に影響がでないようそろそろお休みされてはいかがですか?」
壁の時計を見るともうすぐ九時半だ。こちらの世界ではあまり夜更かしをすることもない。その代わり朝は早い。日の出とともに起きだし一日が始まる。
「そうだな。明日も早いしな。そろそろ寝るとするか」
ググッと伸びをする功助。
「ふう。ミュゼ、今日も一日ありがとう。また明日よろしくな」
「はいコースケ様。本日もありがとうございました」
そう言ってドアに向かう。
「それではコースケ様、おやすみなさい」
ミュゼリアは侍女の礼をすると功助の部屋を出た。
パタン。
ミュゼリアは自室のドアを丁寧に閉めると天井につるされている魔石灯に人差し指から魔力を放つ。その魔力に反応し魔石灯は明るく輝いた。
「さてと、お風呂に入りましょう」
ふんふんと鼻歌を歌いながら部屋に備え付けてある浴室に向かい脱衣籠に来ているものをちゃちゃっと脱ぎ淹れ浴室に入っていった。それもスキップしながら。
。平の侍女ならば浴室付きの部屋どころか個室も与えられない。二人から三人の相部屋で簡単な台所は部屋に設置してあるが風呂やトイレは共用なのだ。ミュゼリアのように個室を与えられる侍女は専属を任せられた者の特権なのだ。ちなみに専属侍女として個室を与えられている者は副侍女長ライラ・ミルマーテスとミュゼリア・デルフレックの二人だけである。ミーシェスカ・グランスは侍女長という管理職なので当然個室だ。
ミュゼリアは肩まで湯につかるとふうと息を吐いた。
「ふう。いいお湯」
首を左右に動かしコキコキと鳴らした。
「ふふふ。おじさんみたいなことしちゃった」
一人でくすくす笑うと今日のことを思い出す。
「テトくん…、じゃなかった、テトかあ。ちっちゃな弟ができちゃった。うふふ。いつか逢いに来てくれるのが楽しみ」
そう呟くと今度は両手を上にあげて左右に身体を揺らす。
「ふう。背筋が伸びるぅ」
再び肩まで湯につかる。
「……異世界におられるコースケ様のお母様と妹気味のマイ様とお話できたなんてほんと不思議。でもお二人ともお優しそうでよかった。ディーくんも可愛かったし。うふっ」
湯を掬い顔にパシャッとかけてゴシゴシする。そしてまたふうと息を吐き、今度は浴室内をぐるっと見渡した。
「でも、私がこんなお風呂付の個室を使わせていただくことができただなんて夢みたい。あの時バスティーア様から専属侍女になるようにと言われた時はほんと動転しちゃったものね」
はじめて専属侍女になるようにと言われ紹介されたのはどこの誰かもわからない、それどころか人なのかどうかもわからないこことは違う異世界からきたおそらく人だろうという男だった。
緊張して口から内臓が飛び出るんじゃないかと思ったが腹に力を入れ侍女根性でこらえた。
「でも、びっくりしたなあ。ごく普通の人族だったものね。でも、一目見て驚いちゃったなあの魔力量。魔力封じのブレスレットしてるのにビンビン感じちゃったもの。姫様のところに行くまでにお話させていただいてとてもお優しい方だとわかってうれしかった。そして竜科して人族に戻れない姫様とあんなに仲良くされて」
うふふとその時のことを思い出す。
竜化時の部屋に入ったとたん目の前に巨大なシオンベールの顔が近づき驚く功助。そしてシオンベールから功助にシオンと呼んで欲しいと言われ了承する功助。シオンベールはうれしさのあまり功助をその大きな口の中に。あわてるミュゼリア。吐き出された功助はシオンベールの唾液まみれ。シオンベールの出した水の球できれいになったが全身びしょ濡れになる功助とミュゼリア。
「うふふ。楽しかったな」
ザバッと湯船から出ると身体を丁寧に洗う。髪もやさしく洗いもう一度湯に入った。
「いろんなことがあったなあ。凄まじい威力のコースケ砲であのフェンリルを討伐されたし、姫様の人竜球も完治させてしまわれたし。ものすごく強いお方。おまけにお優しいし人望もあるし。ほんと姫様がお好きになられるのがよくわかるわ」
と今度はニヤニヤしている。
「ずっと一緒にいられたら……。でもコースケ様はこことは違う世界から来てしまわれた。お戻りになりたいだろうなあ」
功助の心だけ元の世界に戻った時のことを思い出す。
「あの時のコースケ様。なんか母性本能をくすぐられてしまったわ。うふふ。これは姫様にも絶対内緒よね」
知らず知らずに口元がゆるんだ。
「それに私とベルクリット様の仲を取り持っていただいたし、ほんと、もう幸せって感じだわ。この幸せがずっと続けばいいのに。なんてね、うふふ。さてと上がりますか」
湯船から上がると脱衣場に向かった。
清潔なタオルで身体を拭き備え付けの鏡を見ながら風魔法を使い温風で髪を乾かす。水魔法を使えば身体に着いた水分を一気に覗けるのだがタオルや温風で乾かした方がしっとりとするのでミュゼリアはこちらの方が好みだ。
「洗濯され清潔になった下着を着け寝衣を着た。そしてもう一度鏡を見てこんなもんでしょと言うと浴室から部屋に出た。
「さて、何か飲んで寝ましょう」
ミュゼリアはささっと紅茶を淹れるとそこに風魔法で冷風を当てた。みるみる冷たくなる紅茶。冷えた紅茶をゴクッと一口。
「う~ん、冷たくておいしい」
そして一気にゴクゴクと飲むとふうとため息。
「うふふ。飲み方がはしたないかな?ま、誰も見てないし、いっかあ。さて、寝ようっと」
カップを片付けミュゼリアは寝室に向かった。そしてパタンとドアを閉めベッドに潜り込んだ。そして数分。寝つきのよいミュゼリアからスースーとかわいらしい寝息が聞こえてきた。
ミュゼリアが深い眠りに入ったころ。部屋に置いてある本棚の上でじっとしていたゴルフボールほどの大きさの黒い球が音もなく床の上に飛び降りた。
それはシオンベールの部屋にいたあの黒い球だった。
それはコロコロところがりミュゼリアが入っていった寝室のドアの前で止まるとそのほんのり光る目をチカチカと点滅させた。すると寝室のドアは勝手に開いた。
黒い球はまたコロコロと転がりすっかり熟睡しているミュゼリアをその視界に留めると、部屋の中が真っ白になるほどの光を放った。
それは一瞬の出来事だった。そしてその光が消えたあとには、黒い玉もミュゼリアの姿も忽然と消えていた。




