04 謁見
04 謁見
「失礼いたします」
掃除のおっちゃんが出て行ってしばらくするとさっきとは違う侍女がやってきた。押しているワゴンの上には新しく入れたのであろうお茶のセットが載っている。
「お発にお目にかかります。わたくしは侍女長を任されておりますミーシェスカ・グランスと申します。よろしくお願いいたします」
そう言って一礼をした侍女は濃紺の侍女服で赤いカチューシャをつけている。髪は肩くらいまでの銀髪でブルーの少し釣り目だが綺麗な人だった。
部屋の中を見渡すと申し訳なさそうに言った。
「コースケ様。もしかして掃除を手伝わされたのではありませんか?」
「えっ?は、はい。掃除の方が来られて手伝ってくれと言われまして」
「やはりそうでしたか。大変申し訳ございませんでした。後ほどきつく言っておきますので」
と言って深々と頭を下げた。
「あ、いえ、そんな。大丈夫ですよ。掃除の方といろいろと話もできて有意義でしたから」
「そうですか。しかし本当に申し訳ございませんでした」
と言って再び頭を下げた。まさに侍女の礼だった。
「あ、気にしないでください」
と両手を前に出してぶんぶん振るが侍女長は少し苦笑した。
「それではお茶をお替えいたします」
「あ、大丈夫ですよ」
「いえいけません。掃除をしたために埃などが入っていると思われます」
「ま、まあ大丈夫ですよ少しくらいの埃」
「いえ。そのようなものをお飲みいただくわけにはまいりません。このようなお茶を出したとあれば侍女として末代までの恥。替えさせていただきます」
「は、はい。そうですか。すみません」
侍女長はさっきのティーセットをワゴンに戻すとテーブルを綺麗に拭き新しくティーセットを並べてくれた。そして。
「どうぞお飲みください」
とまた深々と一礼をした。
「それではもうしばらくお待ちください。間もなくバスティーア様が参られますので」
「は、はい。ありがとうございます」
侍女長はもう一度深々と一礼をして奥のドアを開けて出て行った。とても熱い日とだった。
また一人になると、今度はゆっくりとお茶を飲むことにした。見た目どおり紅茶だった。しかもアールグレーの風味がした。
それから十分ほどたった頃、再び奥の扉をノックする音がして、そこからバスティーアが入ってきた。
部屋の中を一瞥するとほんの少し眉間に皺を寄せたバスティーア。
「申し訳ございませんでした」
とこれもまた深々と一礼した。家令の完璧な礼だった。
「コースケ様。大変お待たせいたしました。陛下との謁見準備が整いました。さ、こちらへどうぞ」
バスティーアは功助を先導して奥の扉から廊下にでた。廊下は左右に伸びており左の方に歩いていく。
少し緊張もとれたのだろう功助は廊下の左右に置かれている高そうな壺や絵画を落ち着いて見ながら歩くことができたようだ。そして今度は5分ほど歩いたところで大きな扉が見えてきた。
そしてその前には先ほどとは違う衛兵が二人左右に立っていた。
「ご苦労様です。コースケ・アンドー様をお連れしました」
とバスティーア。二人の衛兵は「はっ」と返事をしてその大きな扉を左右に、静かに開いた。
中に入るとたくさんの視線を感じた。それもそのはず、中には数十人もの人たちがいた。
「(うわあ、すごいなこれは。絶対俺って場違いだよな。こんなとこ俺の来るとこじゃないよな)」
少し長方形をしているその部屋は学校の体育館ほどの広さがあり上をチラッと見ると天井までもとても高くいくつものシャンデリアのようなのが力強く輝いている。
左右の壁には大きな窓がありガラスなのだろうか透明な板がはまっているようだ。
扉から入って真っ直ぐに赤いカーペットが敷いてあり、正面には数段の階段とその上には玉座なのだろうとても豪華でしかし華美ではなく威厳のある椅子が鎮座している。まだ国王陛下は座っておらずその玉座の左右には金色の鎧をつけた騎士が立っていた。
玉座の後ろはシルクのような光沢を放つカーテンがゆったりと広がっている。おそらくそこから国王陛下が入ってくるのだろう。
そしてその上方には翼をはばたかせ雄たけびをあげているような白い竜の彫刻が飾られていた。
カーペットの左右には髭を生やした人やでっぷりと太って脂ぎった人、スラリとしたイケメンやなんと白銀の髪の女性が立っている。おそらく貴族とか伯爵とかそんな感じの人たちなのだろう、そしてその後ろには銀色の騎士や青い騎士、壁付近には侍女たちが直立不動で立っている。
功助は目だけを動かして周囲を見回した。
そしてその赤いカーペットをバスティーアの先導でゆっくりと歩いていく。
カーペットの左右からは値踏みをするような視線や射殺せそうな視線を功助に注ぐ者たちがいた。
そして二人はほどなくして、階段の下にたどり着いた。
「コースケ様。片膝を着いてお座りください」
バスティーアはようやく聞こえるような小さな声でそう言った。
すると王座のある横の方から一人の女性がゆっくりと入室してきた。真っ赤な髪は背中の真ん中くらいまであり、華美な装飾も煌びやかなアクセサリーもないシンプルな水色のドレスを着た見た目三十歳くらいの女性だ。功助が少し見とれているとバスティーアがささやいた。
「王妃のルルサ様でございます。コースケ様。頭をお下げ願います」
「あっ、はい」
バスティーアのいうとおり頭を下げてレッドカーペットを見つめる功助。毛足が長いなと変なことを考えてしまうが今見た王妃を見て思う。
「(あの人が王妃様ということはあの竜のお母さんか…でも、若そうだぞあの人)
レッドカーペットを見つめているとまた誰かが入ってきたのがわかった。カツカツという靴の音、衣擦れの音、そして静かに着座する音が聞こえた。おそらくは国王陛下だろう。
「面を上げよ」
若そうな声だが威厳のある声が耳にとどいた。そして功助はゆっくりと頭を上げて階段の上の豪華な椅子を見た。
そこには金色の髪でアイスブルーの目をした見た目三十代に見える男が座っていた。
「そなたが我が娘、シオンベールの傷を癒してくれた者か?」
「は、は、はいっ」
功助はひっくり返りそうな声をどうにか静めて返事をした。ただ緊張のあまりどもっているが。
功助は、あの黄金の竜はシオンベールって名前だったんだと今更ながら名前も知らなかったんだと内心で苦笑した。
「感謝する」
そういうとほんの少し離れたところに座っていた王妃も功助に声をかけた。
「わたくしからもお礼を申しあげます。シオンベールの着ずを治していただきありがとうございます」
王妃はなんと頭まで下げたのだった。
「あ、あ、い、いえ。そ、そ、そんなお礼を言われるようなことは、し、し、してませんので、はい」
「いいえ。これまで何人もの治癒術死や薬師があれやこれやと手を尽くしても治せなかった傷をいとも簡単に治していただいたのです。お礼を言わずしてどうしましょう」
微笑む王妃はとても美しくそしてそのグリーンの瞳は慈愛に満ちた目をしていた。
「そうなのだ客人よ。余も感謝しておる」
「あ、ありがとうございます」
と功助はしっかりと国王の顔を見たとき「あれ?」と反射的に声を出してしまった。あわてて口を押えるがごまかすことはできなかった。
「どうしたのだ?」
「あ、すみません。な、なんでもありません」
といったものの……。
「(なんか似てるよなああのおっちゃんと。でも国王だしなあこっちは。まあいっか)
何かなんかげせないがあまり考えないようにした。
「ところで客人よ。そなたの名を教えてはくれぬか」
「あ、はい。俺…いやぼ、僕の名前は安藤…あ、いえ、コースケ・アンドーと申します」
「コースケ・アンドーか。しかし、そんなに堅くならずともよい。気楽に話をしてくれ」
「は、はい」
袖で額の汗を拭った。
「それでコースケ・アンドー殿。そなたに褒美を遣わす。遠慮せず欲しいものを何でも言うがよい。シオンベールの傷を癒してくれたのだ、どんなことでも叶えてやろう」
来たぞ治癒の褒美が、と功助は小さく深呼吸をした。しかし今ここでたくさんの人がいる中で話すわけにはいかない。もしここで異世界から来た者たちのことを書いた文献を見せてほしいなどと頼めば怪しい奴と思われるだろうしととっさに考える。
「ありがとうございます。それでは二つほどお願いがあります」
「二つの願いとな。なんだ?」
「はい。一つは、僕は着の身着のままなので少しの間だけここに滞在させていただきたいのですが」
「それはこの城でしばらくやっかいになりたいということか?」
「あ、はい。くだけて言うとそうなります。いかがでしょうか」
「そのようなことで良いのか?しかし…」
「だ、ダメでしょうか」
国王の顔を見たが、やはり似てると心で首を傾げる。
「いやそうではないのだ。そなたにはしばらくこの城でゆっくりと滞在してもらおうと王妃とも話をしていたのだ」
「ということは、しばらくこの城に滞在させていただけるということですか?」
「うむ。ゆっくりとくつろいでくれ。ではもう一つの願いは何だ?」
「はい。実はここではお話しにくいことなので後ほど改めてお願いしたいのですが」
「ここでは言えぬことなのか」
少しアイスブルーの目が狭まった。だがここでひるむわけにはいかなかった。
「僕のこれからの処遇が決まってもおかしくないことなので、できればですが」
「……」
アイスブルーの瞳が功助の内心を見るかのように凝視した。
「……」
功助も負けじと国王陛下の目をじっと見る。
「わかった。そなたの希望に添えるようにする。後ほど連絡がいくであろう」
「ありがとうございます」
功助は頭を下げふうと小さく息を吐いた。
「して、それ以外にはなにかないのか?」
「いえ。それだけで充分です。よろしくお願いします」
と叩頭する。
「ほんとに他には何もいらぬのか?金も身分も与えてやれるのだぞ」
「はい。僕はそんなつもりで王女様の傷を治したんじゃありませんので。お金や身分なんてこれっぽっちも考えてません」
「なんと見上げたものよ。あいわかったしばらくこの城に滞在するがよい。それでバスティーアよ」
「はっ」
バスティーアはうやうやしく一礼し国王の顔を見た。
「あとのことはお前に一任する。コースケ殿のこと頼んだぞ」
「はっ。おまかせください」
深く一礼をするバスティーア。
「お待ちくだされ陛下」
レッドカーペットの横にズラッと並んだ大臣貴族の中から男の声がした。声はその後ろの方から聞こえてきた。その方向に目を向けるとガマガエルがいた。いや、ガマガエルに似た男がいた。
全身キンピカの服ははち切れそうで、脂ぎった顔にはミミズのように細い目がヒクヒクしている。短い足が胴体の下に申し訳程度くっついている。そして煌びやかなマントをはおっているが身長に会っていないようで床に垂れさがっている。
「なんだフログス伯爵。陛下はお前に発言の許可を与えていないのだぞ」
国王の両側に立った金の騎士がそのガマガエルに一言言っている。どちらも金のフルフェイスの鎧を着ているのでどちらが発言したのかはわからないが威圧的なその声にフログスと呼ばれた男は少し眉間に皺をよせたがすぐにつくろう。
「はっ、いや、そのようなどこの馬の骨とも知らぬ輩がこの伝統と貴賓あふれる竜帝国白竜城で暮らすなどと」
「だまれ。陛下が決定されたこと。お前がとやかく言うものではない!」
「しかし…」
「これ以上発言を続けるならば…」
「待てカーロ。言わせてやれ」
止めたのは国王だった。
「しかし陛下」
「かまわぬ。あれをはめているコースケ殿を見てもわからぬのならいいたいだけ言わせてやれ」
「…はっ」
向かって左側の金の騎士が胸に手をあてた。
「フログスよ。お前の意見を聞こうではないか」
「ありがたき幸せ。それでは」
コホンとわざとらしい咳をひとつしてフログスと言われたガマガエルがしゃべり出した。
「まずシオンベール王女様の傷を治したのは誠にその人族なのでしょうかな。誰かが治したのをさも自分が治したと言っているのではと。そして褒美はいらぬと言う。自分は無欲だと、自分は陛下には危害を与えないと。それもこれも陛下たちに好印象を与えこの城に入り込むのが目的ではないかと。このままその人族を城に住まわせばいずれ命の危険があるやもしれませぬ。それに見たところ魔力もそれほど纏っているようには見えませんな。そのような非力の人族は直ちに城外へと捨てるのが最良かと思われますな」
グワッハッハッと大口を開けまさにカエルのような笑い声をたてるフログス伯爵。
「そうでしょうかフログス伯爵?」
と言ったのは最前列で立っていたあの白銀の髪の女性だった。魔法使いなのだろうか、黒いローブをはおっている。肩くらいまでの真っ直ぐな白銀の髪、少し垂れ気味の銀色の大きな目、スーッと通った鼻筋、ほんのり桜色の小さな唇、そして白くて透き通るような肌。
そんな綺麗な女性がくすくすと手の平を口にあてフログス伯爵の方を見ている。
「むむっ、シルフィーヌ隊長。何がそんなにおかしいのだ」
「フログス伯爵様。あの人を見てよくそんなことが言えますわね。あれをしているとは言えびっくりこきましてですわ。そのアホさ加減に笑いすぎてちびりそうになってしまいましたでございますわよ。おほほほほ」
そう言ってさっきより笑い声が大きくなった。少し言葉がおかしいが。
「ぶ、侮辱なさるか!それくらいわかっておるわ。あやつはただの人族。魔力が大きいとはいえ所詮は人族。竜族をはじめ我々には遠く及ばぬわ」
「あらあらまあまあ、困ったちゃんですわね。やっぱりそうだと思いましたけどやっぱり鈍チンさんでしたか。前から脂ぎったお顔には知性も魔力も無いと思っておりましたですけど、えーとえーと、そうそう、確信いたしましてございますわ」
そう言って目元を人差指で拭った。
「あら嫌でございますわ、涙までお出になってしまったですわ。お恥ずかしい」
フログス伯爵は目をヒクヒクさせ顔を真っ赤にして白銀の女性を睨んでいる。
「むむむむっ!それ以上侮辱するならばいくら魔法師隊隊長でも容赦はせぬぞっ!」
「フログス伯爵。陛下の御前である、控えよ」
またさっきの金の騎士がフログス伯爵を一喝した。
「ははっ。申し訳ございませぬ」
フログス伯爵はしかし憎々し気に白銀の女性を睨んでいる。
「やーい、やーい、怒られたぁ!」
と言って白銀の女性は指を刺して喜んでいる。まったくこの人はいくつなんだろうと苦笑する功助。
「シャリーナ・シルフィーヌ隊長も控えよ」
「あっ」と言って口を押える白銀の女性。シャリーナ・シルフィーヌという名のようだ。
「す、すんませんでございますわ」
と一礼した。
コホンとまたフログス伯爵がわざとらしい咳をした。
「とにかくですな。そやつを白竜城に滞在させるのはお止めになった方がよろしいかと進言いたします」
国王は少し口の端を持ち上げるとこう言った。
「そうか。ひとつの意見として聞いておくぞフログス伯爵」
「はっ」
そう言ってフログス伯爵は頭を下げた。そしてシャリーナ・シルフィーヌをちらっと見るとニヤッと笑った。それを見たシャリーナはなんとあっかんべぇをしていた。
「陛下。少し早いですがこれにて失礼いたします」
フログス伯爵はそう言うと数人の付き人を引き連れて謁見の間から退室するために側面のドアの方に歩いていった。しかしその途中で引きずっているマントを自分で踏んでしまい思いっきりこけた。それも顔面からズルッという感じに豪快に。
「キャハハハハーーっ!!」
という女性の笑い声が謁見の間の中に響いた。誰かと首をめぐらすとやはりというかシャリーナだった。それも右手の人差指をしっかり伸ばしフログス伯爵を指差して大笑いをしている。
そしてそこら中から「くくくっ」とか「うぷっ」とかの失笑が。
王座の方を見るとルルサ王妃が俯き大きな扇を顔の前に広げている。その肩はプルプル震えているのを功助は見た。
国王はそれくらいでは動じないとばかりすました顔になっている。が、またも功助は見た、口の端が震え肘かけにかけた腕もプルプル震えているのを。
「ううっ、し、し、失礼…」
フログス伯爵はシャリーナの方を見ると憎々しげに睨んでいる。その手は鼻を押えているが指の間から鼻血が一筋垂れた。
「ぐわっはははは、いーっひひひ、ひゃあっはっはっはっは!!」
シャリーナは涙を流し指を刺し続けていた。
フログス伯爵が退場して間もなく。
「バスティーアよ」
「はっ」
「先ほどのことだが、 コースケ殿のことまかせたぞ」
「はっ」
バスティーアは深く一礼をすると功助を促し謁見の間を出た。
その途中シャリーナが功助に向かってピョンピョン跳ねながらブンブンと胸の前で手を振る。が、なんとローブ越しに胸が上下にゆっさゆっさと揺れている。功助は目を見張ったが冷静を装い軽く頭を下げた。頭を上げてもう一度彼女を見ると今度は両手をブンブン振っていた。今度その胸は上下左右に大きくゆっさゆさと暴れていた。只者じゃないなと功助は思ったのだった。