05 岬のカモメ亭
05 岬のカモメ亭
「トリシアぁ、お待たせしましたぁ。やっと宿を見つけましたよぉ」
ガチャガチャと鎧の音をさせながらガチャガチャ走ってきたのは、なんと派手なピンク色の鎧を身に着けた女性だった。
まるで貝殻を身体中にぶら下げているようなガチャガチャとしたその鎧は、よく見るといくつものパーツが金属の板で作られたスケイルアーマーだった。
しかしその金属の板も形がバラバラでところどころ隙間も大きく鎧としての機能を疑うものだがうれしそうにしている。
「あっ、戻ってきました。お疲れ様ですリンナさん」
「はあ、はあ、はあ。ふう。疲れましたぁ。ここからだとぉちょっと遠いですけどぉ、安い宿をぉ見つけましたよぉ」
両膝に手をついてぜぇぜぇはぁはぁと荒い呼吸をしているピンク色の女性。スケイルアーマーもどきもピンクなら小さな兜から見える髪もなんとピンク色だ。
「ありがとうございますリンナさん。少し休んでくださいね。コースケ様、こちらが今お話ししようとしていた冒険者のリンナさんです」
とトリシアがその女性を紹介する。なんだこいつはと功助たちに向くリンナ。
「リンナさん。こちらは城竜城の魔法師隊隊長をなさっておられるコースケ様です」
と功助を紹介したその瞬間。
ピシッと気を付けするリンナ。たった今までぜえぜえはあはあとしていたとは思えないほどの俊敏さで直立不動し最敬礼をした。
「あ、あたあたあたあたしはフログス領ゼーノ村ギルド所属のDランク冒険者のリンナと申しますっ!白竜城魔法師隊隊長様っ!よよよよよろしくお願いいたしますですっ!」
「あ、ああ、はい。俺はコースケ・アンドー。魔法師隊の隊長は今は臨時でしてるだけなので…。そんなにかしこまらなくてもいいですよリンナさん」
「そそそそうでありましたかっ。そ、そそそれよりも、あ、あたしのことはリンリンとお呼びくださいませっ!」
「「リンリン…?」」
みんなの声が重なった。当の本人はニコニコしているが。
「それでリンナさん。お宿はどこですか?」
とトリシア。
「はいここからぁけっこう行ったところにあるんですけどぉ。なんとお一人朝夕食事付で銀貨二枚ですぅ。ちっちゃい子はなんと銀貨一枚ですぅ。とぉってもお得ですぅ」
「そうなんだ。安いとこよく見つけられましたねリンナさん」
と功助。するとリンナは功助を下から見上げ、
「リンリン」
「へ?」
「リンリン~」
少し近づいてきた。
「リンリン…さん…?」
「リンリン~~♪」
「うおっ」
ちょっとのけぞる功助。
「リンリン~~♪♪」
にこやかに笑うピンク娘。
「リ、リンリン」
「はいですぅ」
「 なんか同じことが以前にもあったような…」
とフィリシアの方を見るとニシシと笑っていた。
「よ、よく見つけられましたね、…リ、リンリン…」
はいですぅ。あっちこっち走り回ってぇ、やっと見つけましたですぅ。あっちの方にありましたですぅ」
とこの広場から東南の方を指差してドヤ顔のリンリン。
「ほお、えらい安い宿見つけたなリンリンちゃん。もしかしたらその宿っちゅうんは’岬のカモメ亭’とちゃうか」
「あ、そうですそうですぅ。よくわかりましたねぇおじいさん~」
と目を真ん丸にして驚くリンリン。
「そこやったらワシも知ってるわ。くたびれた婆さんがやっとる宿兼飯屋や。宿は古いけど飯はうまいで」
「ゼフじいさん」
「なんやコースケはん」
「’岬のカモメ亭’って、このあたりに海とかありましたっけ?」
「いや、無いで。近いとこでこっから馬車で一,二日は行かなあかんやろな」
と何やらニヤニヤ。
「それなのになんで海の近くを思わせる名前なんですかそこ」
「よくぞ聞いてくれたコースケはん。実はなこの屋号はやな、ワシが付けたんや」
「「えーっ」」
功助とミュゼリアの声が重なった。フィリシアは知っていたようで、またかみたいな顔をしている。
「海もあらへんのに海を想像させる名前にするとやな、コースケはんみたいになんでってなるわけや。そうするとやな、覚えるんやなあ屋号を。この岬のカモメ亭の名前をやな。そんでもなここの飯はうまいでぇ。素朴って言うんかな。食材は安いもんばっかなんやけどそれをうまいこと料理しよんねんここの婆さん。いっぺん行ってみいやコースケはん」
「そうですか。それは一度行ってみたいですね。なあミュゼ」
「そうですね。素朴な料理ですか。そういうの私好きです。フィルは行ったことあるの?」
「うん。あるよ。っていうかさぁ、カモメ亭の婆さんって私のお父さんのお母さんだよ。つまり私の父方のお婆ちゃん」
「へぇ、そうだったんだ。おばあちゃんの宿なんだ」
と功助。
「へえ、そうだったの。んじゃこれからみんなで行きませんか・ねえコースケ様」
「ああ、いいんじゃないか。一緒に行ってもいいですかトリシアさん。今は腹いっぱいだから行っても何も食べられないけど。でもトリシアさんたちはお昼まだなんじゃないですか?」
「あ、はい。でも、そのお宿でいただけると思うので」
それを聞いていたリンリン。
「それじゃぁ早く行ってお昼ご飯食べましょうよぉ。ねえねえトリシアぁ、早く行こうよぉ」
うれしそうにトリシアの手を引っ張って連れて行こうとするリンリン。
「おいおいリンリンちゃんどこ行くんや」
「だからぁ、その岬のカモメ亭ですぅ」
「そっちとちゃうで。こっちやで」
とゼフじいさんは西の方を指差す。
「へ?」
なんでって顔のリンリン。
「こっちやリンリンちゃん。みんな行くで」
ゼフじいさんに着いて行くとものの数分で’岬のカモメ亭’に着いた。
「ねえリンリンさん」
「リンリンと呼んでくださいぃ」
「へ、は、ああ、ねえリンリン」
「なんですかぁフィルさん~」
「私のことはフィルと呼んでねリンリン」
「はいですぅ。なんですかフィル~」
「もしかして」
と小声になる。
「この町一周した?」
「なななななな何を言うですかぁフィルぅ。ひょ、ひょんなことないでしゅぅ。あ、あ、あっちこっち歩き回ってましたからぁ」
と目が泳いでいた。
「ここが岬のカモメ亭ですか。なんとも味のあるたたずまい…ですね」
功助はその風格のある宿を見上げた。
「そやろそやろ。というか、いつ見てもバケモン屋敷やなほんま」
昔からあまり変わってないのだろう。でも、あたたかさを感じるなとみんなでその宿を見上げた。
「さ、入ろか」
とゼフ爺さんが鴎の図柄の暖簾を分けて入りそれに功助たちも続いた。
「邪魔するでぇ」
「邪魔すんねんやったら帰ってやぁ」
「ほな失礼します。…ってボケとる場合とちゃうわ」
「なんや、ボケじじいやないか。久しぶりやな。まだ生きとったんか。ええ加減に逝ったらどないや」
「アホさらせ。ワシはまだ逝かへんわ。クソババアの方が先やろが」
「そないな元気があんねんやったらまだ逝かへんわなあ。まあ、ゆっくりしていきぃや。…と、そっちにいるのは…あっ、フィルやないか」
「おばあちゃん」
ニコニコしながら中に入り宿の女将に抱き着くフィリシア。
「いやあ、フィル。また一層綺麗になってもうて。またおおきゅうなったんちゃうかここ」
とつんつんとフィルの胸を突っつく女将。
「ちょ、ちょっとおばあちゃん。どこ突っついてんのよもう」
女将から一歩下がると腕で自分の胸を隠すフィリシア。そういえば何気にお大きいような、とミュゼリアの方をつい見てしまう功助
「コースケ様っ…!」
睨まれた。
「ふひゃはははは。ええのう若いもんは」
と大笑いをする女将。
「それで、なんじゃゼフ。なんか用事か? と、後ろの兄ちゃんたちは?」
とゼフじいさんの後ろの功助たちを指差した。
「ああ、客や。まあ、こっちの三人はここで宿取りたいちゅう旅の人や」
「おお、そうか。ってそのピンクの姉ちゃんはさっき来てくれはった姉ちゃんやな。おおきに。で、三人さんでええんかいな」
「は、はいですぅ。あたしとぉこっちのトリシアとぉ、トリシアの息子さんのテトくんですぅ」
よろしくですぅとペコッと頭を下げるリンリン。
「はいよ。ほんでそっちの兄ちゃんたちはフィルの友達か。ん?そっちの水色の髪の姉ちゃんはなんか見たことあんねんけど、城の人か?」
「は、はいそうです。はじめまして。私はフィルの友人のミュゼリアと申します。そして、こちらにおられるのが私が専属侍女を拝命しておりますコースケ・アンドー様です。現在魔法師隊隊長をなさっておられるお方です」
「ほほう」
と顎に手をあてる女将。
「はじめまして。俺はコースケ・アンドーです。隊長は臨時なので気楽にお願いします」
「そっかそっか。魔法師隊のなあ。フィルの母親も魔法師やったな確か」
「お、おばあちゃん。その話は無しにしてね」
少し目を伏せるフィリシア。
「おお、悪い悪い。つい言うてしもた。ごめんなフィル思い出させてしもたか。ごめんな」
「ううん。いいの。ふっきらないといけないんだけどね」
「マギーよ、こっちの旅人さんの受付け早よしたげえや。ほんで昼飯も食べさせたげてえな。ワシらはいろいろ食って腹いっぱいやさかい茶でええで」
この女将の名前はマギーことマーガレット。ここ岬のかもめ亭の名物女将だ。長年にわたりこの宿兼食堂を一人で切り盛りしている。
「おおわかったわかった。悪かったなピンクの姉ちゃん。ほんなら宿帳に名前書いてくれはるか。代表の人でええで」
マギーが机の下から羊皮紙とペンを出すとトリシアがそれに記入していった。
「ほんで、トリシアさん。何人部屋がええんや。ほんで何泊しはる?一泊朝夕ついて大人銀貨二枚やけど、連泊してくれはったら割引すんで」
前払いやけどなとマギー。
「そうですね。三人部屋で。とりあえず十日お願いします」
「はいはい。わかりました。ということは、大人二人と子供一人で…、大人一人銀貨十八枚で子供は一人九枚や」
「はい。これでお願いします」
トリシアは三人分の宿泊費、大銀貨四枚と銀貨五枚を渡した。
「へえ、おおきに。これが部屋の鍵や」
と後ろの棚から木の板にぶら下げた金属製の鍵を手渡した。
「部屋は階段上がった二階の一番奥の部屋やさかいすぐにわかるわ。その間にお昼用意させてもらうわな」
「はい。ありがとうございます」
「ほんならトリシアはん。荷物持ってあがったらまた降りといでえな。いろいろ話しよか。その大きな乳でも見ながらな。わっはっはっ」
「客に変なこと言うなこのエロクソじじい!」
バコッ!
「うがっ…!」
一瞬のことでわからなかったがどこからか取り出した丸い木の板をゼフの頭にクリーンヒットさせて睨むマギー。
「ボケがっ!」
とひっくり返ってるゼフを一瞥する。そしてにこやかにトリシアに微笑む。
「ゆっくり着替えといでや。ご飯用意しとくさかいな」
「はい。わかりました。ありがとうございます」
と三人は二階へ上がって行った。
そして十分ほどたって三人は身軽な装いで降りてきた。しかしリンリンは着替えてもピンク色の服を着ていた。
一階は四人掛けのテーブルが四つと少し広い。
そこにみんなで座りトリシアたちはおいしそうなお昼ご飯を、功助たちはマギーがいれてくれたお茶を飲みながら話をした。
たわいのない話をしているとトリシアが功助に話かけてきた。
「あのぅ、コースケ様」
「はい、なんですかトリシアさん」
「さきほどのお話ですが…。フログス様のことです」
「ああ、嘆願書ですね。でも、その嘆願書も必要なくなるかもしれませんよ」
「えっ!、それはどういう……」?
と驚き立ち上がる。後ろで椅子が大きな音をたてて倒れた。
「はい。今は箝口令が敷かれているのでお話することはできませんが、トリシアさんたちフログス伯爵を慕っている方々のお気持ちはちゃんと国王陛下に届きます」
「そ、それはどういう」
「深くは聞かないでください。ただ、悪いようにはならないってことです。安心してくださいトリシアさん」
「は、…はい。……」
解せないのだろうが今は話すことはできない。トリシアたちの推測通り伯爵は魔族に操られていたのだということを。
「なあミュゼ」
「はい」
「トリシアさんの嘆願書って俺がもらってバスティーアさんに渡したら都合悪いのかな」
「うーん、そうですねえ」
と顎に人差指をあてて考えるミュゼリア。
「まあ、いいんじゃないですか。たぶんですけど」
あははと笑うミュゼリア。目はあさっての方に向いていた。
「うっ…。ま、まあいいか。それじゃトリシアさん。その嘆願書俺が預かりますよ」
「で、でも……」
「大丈夫やでトリシアはん。コースケはんを信じてみいひんか?悪いことにはならへんで」
とゼフ。
「そうですよトリシアさん。コースケ様は絶大な信頼のおけるお方です。ご安心ください」
ミュゼリアも微笑む。
「は、はい…でも…」
「トリシアさん。俺を信じてください。決して悪いようにはしませんから」
すると横からリンリンが真面目な口調で言った。
「トリシア。ここはコースケ様を信じてみない。あたしバカだけどさ、人を見る目はあるつもりだよ。コースケ様たちは絶対にいいお方たちだよ。ね、トリシア」
「そ、そうね。わかりましたコースケ様。これをよろしくお願いいたします」
と鞄から嘆願書の風痘を両手で持つと立ちあがり功助に手渡す。そして深々と頭を下げた。
「さあ、そろそろお開きにするかいな。ええ時間になったんちゃうか」
壁の時計を見るともうすぐ三時半になるところだ。
「そうですね。それじゃそろそろ帰るとするか」
全員が席を立つ。
「それじゃあおばあちゃん。ごちそうさまでした」
「ふぉっほっほっ。また来いやフィル。今度は私の作ったご飯をお腹いっぱい食べにきてや。待ってるさかいな」
とフィリシアの頭を優しく撫でるマギー。
「うん。ありがと」
「それではありがとうございました。またきます」
「コースケさん。フィルをよろしゅうお頼みします」
と頭を深々と下げるマギー。
「あ、は、はい。そ、それでは失礼します。行こうかみんな」
「はい」
功助たちはマギーとトリシアたちに見送られて白竜城に戻った。
功助は白竜城に帰るとすぐにバスティーアに連絡してくれとミュゼリアに頼んだ。バスティーアはすぐに功助の自室に来室すると功助は城下であったことやトリシアの嘆願書のことを話する。バスティーアはその嘆願書を預かると国王に手渡すと言って退室した。
夕方、ミュゼリアの淹れたお茶を飲みながら今日の出来事について話をする功助。
「なあミュゼ」
「はい」
テーブルの横、数歩下がったところで立っているミュゼリアが小さく小首を傾げた。
「フログス伯爵について何か知ってることはない?」
「いえ。私が白竜城で働き始めてまだ5年ほどです。なので十年前のフログス伯爵のことは何ひとつ知りません。先輩の侍女が話をしているのを聞いたことはありますが、顔をしかめる話ばかりでした」
「そっか。でも以前バスティーアさんが言ってたよな確か’昔は心やさしいお方だったのですが’って」
「そうですよね。でも、にわかには信じられません。シャリーナ隊長のお話によると魔族に契約の紋章で操られていたと聞きましたが」
「でもあのフログス領からきた三人もフログス伯爵のこといまだに慕ってるからなあ」
「そうなんですよねえ」
と複雑な表情のミュゼリア。
「まあ、とにもかくにもフログス伯爵が目覚めないとなにもわからないからな」
「そうですね。いつ目覚めるんでしょう」
ふと時計を見るミュゼリア。
「あっ、申し訳ございませんコースケ様。もうこんな時間になってしまってました。本日の会食の時間まであまりありません。支度しましょう。さ、シャワーを浴びてきてください。その間に着替えをご用意しておきます」
「あ、うん。わかった。たのむよ」
功助はシャワーを浴びミュゼリアが用意した服を着て国王との会食に向かった。
しかし、やはりというか、シオンベールは今日も会食に来なかった。
食堂から戻る時、廊下の窓から大きな月が輝いてるのが見えた。それは満月ではなく少し欠けた月だった。
「あと三日ほどで満月になりますよ」
ミュゼリアが付きを眺めている功助に言った。
「……そうなんだ。確か俺がこの世界に来た夜も満月だったな」
「はい。でもあの時よりは小さなお月様ですけどね」
と、それでも美しい月を眺める功助とミュゼリアだった。




