17 VS フェンリル -前編-
17 VS フェンリル -前編-
「コースケ様っ!大丈夫ですかっ!」
ミュゼリアが息を切らし戻ってきた。またまたスカートをたくし上げて走ってきた。今回はかなり上げていて太ももがほとんど露出していて白い肌が艶めかしい。
「コースケ様…それに、姫様……!」
シオンベールの顔を見るとミュゼリアはその場に跪き薄紫の瞳から大粒の涙を流した。
「ご、ご無事で…。シオンベール王女様。本当によかった。……ひょんとうに…よきゃった。ぎょ無事で…姫しゃまぁから~!!」
手の甲で拭っても拭っても次から次と涙が出てきて、もうミュゼリアの顔はぐちゃぐちゃになっていた。
「ミュゼリア。あなたにも心配をかけました。ごめんなさいね。そして感謝いたします。ありがとうミュゼリア」
「うぅっ。そ、そんな私ごときにもったいないお言葉。ミュゼリア・デルフレック、恐悦至極に存じます」
と涙で顔をクシャクシャにして頭を下げた。
「ひっ、ひっく。よ、よかった。コースケ様、姫様、本当によかった」
「ああ、ありがとうミュゼ」
功助の顔を見てあっと叫ぶミュゼリア。
「ココココココースケ様!お、お身体の具合は大丈夫ですか!?魔力を姫様に注ぎこんだんですよ。普通なら立ってるのも難しいのに、大丈夫なんですか?」
「あ、ああ。大丈夫、だと思うけど。なあ、俺の魔力量はどうなってるかわかるか」
「魔力量ですか…。そうですね、あまり減ってないようにみえますが…」
とミュゼリア。
するとシオンベールが功助をじっと見てうんうん頷く。
「ミュゼリアの言うとおりコースケ様の魔力量はほとんど減少していないと思われます。私の魔力量はこれでも騎士たちよりも多い方なのですが…。コースケ様はなんと規格外のようです」
「そ、そうなのかシオン。どおりでなんともないはずだ」
「ほんとコースケ様にはいつも驚かされてます」
と肩を竦めるミュゼリア。
「ははは。そうそう、それでシオン」
「はい」
「体調はどうだシオン。腹減ってないか?」
「え、は、はい。お腹はすいていませんが、体内魔力は三分の一ほどでしょうか。大事ない程度です」
「体内魔力?」
功助は聞き慣れない言葉に小首を傾げるとミュゼリアを見た。
「体内魔力というのはその字のとおり体内にある魔力のことです。今の姫様はコースケ様の魔力で人竜球内の魔力は満ち溢れていますが、体内の魔力量はまだ三分の一ほどしか回復していないということです」
「へえ、そうなんだ。で三分の一で大丈夫なのかシオン?」
「はい。身体はまだまだだるく重いですが支障はありません。中級魔法なら問題なく行使できます」
と胸の前で両の拳を握ると軽くファイティングポーズをとる。
とその時あっ!とシオンベールが大きな声を出した。
「わっびっくりした。どうしたんだシオン」
「わっ、忘れておりました!コースケ様背中は、背中の傷は大丈夫ですかっ!」
「背中の傷…?」
ミュゼリアがどうしたのかと功助の背中を見る。
「ああっ!」
といって功助の背後に回り込んだ。
「ど、どうされたのですかコースケ様。服が避けて血が」
「ん?ああ、そうだったな。でももう痛みはないんだけど、かなりの傷なのかミュゼ」
「えっ?ま、まあまあの傷ですが…。服の裂けぐあいからみるとかなりの傷だったのでしょうが、ほとんど治ってますよ。でもこの傷は?」
と背中の傷をその指でちょんちょんと触りながら首をひねる。
「ミ、ミュゼリア、それは私がつけたものなのです」
と少し俯き加減のシオンベール。
「え、姫様の?」
「あ、ああ。まあ、いいじゃないか。な」
と功助は頬をポリポリかく。
「私の人竜球にコースケ様が魔力を注ぎ込もうと、む…む…胸にしがみつかれた時に、私が手の爪で引っかいてしまったので…す」
とすまなさそうに、そして恥ずかしそうにシオンベールが言う。ついでにその胸の前で両の手の指をモジモジさせている。
「む、胸にしがみついた…のですか…。ま、まあそうしないと魔力はつぎ込めないでしょうけど…。そ、そうですか、胸に…」
とミュゼリアも少し顔を赤らめて功助とシオンベールをチラチラ見る。
「ちょっ、ちょっとなんか語弊に聞こえるんだが」
とシオンベールとミュゼリアを交互に見る功助。
「で、でも、コースケ様になら何度でもしがみついていただいてかまいませんが…」
とより一層シオンベールの顔が赤くなった。
「ひ、姫様…」
とミュゼリアもまた赤くなった。
「おいおい」
と功助。
「そ、それよりもですねコースケ様。ほんとうに大丈夫なのですかお背中は」
と赤い顔で功助を見上げるシオンベール。
「あ、ああ。大丈夫だから安心してくれ」
とシオンベールの頭を撫でる功助。
「よしっ。それじゃーー」
功助がフェンリルを倒しに行ってクる、と言おうとしたその時…。
「うわああああああああっ!!」
「キャアアアアアアアッ!!」
絶望のような叫び声が聞こえた。功助たちが声のする方向に目をやるとそこには地獄のような光景があった。
何十人もの人たちが地面に転がり、何十人も人だったと思われる肉片が転がっていた。
フェンリルの口からは数本の足が垂れ前足の鉤爪には今突き刺したのだろう緑の甲冑を着た騎士がもがいていた。
そして二体の竜がフェンリルを攻撃していた。二体とも全身いたるところから出血しその青い鱗を赤黒く染めていた。翼はほとんど破けていていくらはばたいてもその巨体を飛翔させることはできないことは一目見てわかった。
長い牙も半ばから折れ、頭の勇ましい角も喪失していた。
「あ、あああ、あれはお兄ちゃんとベルクリット様…。も、もうやめて。もう戦うのはやめてぇぇぇぇ!!」
ミュゼリアの悲痛な叫びが反響するがもはや誰にも聞こえはしないだろう。
跪いていたミュゼリアはよろよろと立ち上がるとフェンリルの方に幽鬼のように歩き出した。そしてミュゼリアの身体がほんのりと白く輝き出した。
「コースケ様、ミュゼリアは竜化するつもりです。止めないと」
「竜化?!ミュゼ!待てっ!行くなっ!!」
功助はシオンベールから離れるとミュゼリアの方に走っていきその細い肩を掴んだ。
「ミュゼ。待て。今行けば危険だ。ここは俺にまかせろ!」
「こ、…コースケ様」
焦点の合わない目で功助を見つめるミュゼリア。まだ身体はあわく光っている。
「お、お兄ちゃんが、ベルクリット様が……。わ、私…どうすれば…」
「ミュゼ。シオンを頼む」
「え……、姫様を…?」
「ああ。シオン!」
後ろを向くとミュゼリアの手をひいてシオンベールのところまで連れて行く。
「はい」
「ここでミュゼと待っていてくれ。そしてミュゼ。シオンを護ってくれ、いいな」
「はい。わかりました。ミュゼリア」
「は、はい」
「私を護ってくれますか?」
うつろな目で功助とシオンベールを見るミュゼリア。その目はだんだんと光を取り戻していった。あわい光も消え跪くと胸の前で手を組んだ。
「は、はい!ミュゼリア・デルフレック、命に替えましてもシオンベール王女様を御守りいたします。………コースケ様。みんなを、みんなをお助けください」
功助に向かって頭を下げるミュゼリア。
「ああ、わかってる。ちょっと待っててくれ。行ってくる」
「はい。コースケ様。お気をつけて」
シオンベールがその金色の目で功助を見つめた。
功助は走った。跳ぶように走った。そして三百メートルは離れていたフェンリルの近くまで数秒で着いた。
「うわっ、早過ぎだろこれ」
急ブレーキをかけると地面が少しえぐれたのを見てなんでやねんと自分にツッコミをいれる。
周囲は阿鼻叫喚が広がっていた。青い鎧や緑の鎧、黒いローブが血まみれで散乱していた。そのすべてに人の肉片をくっつけたまま。動く者は多数いたがほぼ全員負傷しているようだ。
「コ、コースケ…殿…」
小さな声だったが功助にははっきりと聞こえた。
「この声はラナーシアさん。どこだっ」
周囲を見渡すと左の方から弱弱しい声が聞こえた。
「う、うぅ…」
「あっ、いた」
功助はあわててラナーシアの下に走った。
「大丈夫ですかラナーシアさん」
そこにラナーシアは横たわっていた。顔には何本もの傷が走り左腕は肘あたりであり得ない方向に曲がり、両足はフェンリルに踏みつぶされたのだろう膝から下がぺちゃんこになっていた。
「こ、これは酷い」
「コースケ殿。…申し訳ないフェンリルを止められなかった…」
「しゃべらないで。今治す」
ラナーシアは功助の目を見ると首を横に数度振った。
「さすがにコースケ殿でももう……。私は……」
「そんなもんやってみないとわからないでしょ!あきらめずにやってみます。だから安心して」
「し、しかし…」
「いいから黙っててください!」
功助は横たわってるラナーシアの傍に座るとその身体に両手を向けた。そして手に魔力を集中させるとその両手は青白く輝きだした。
その光は横たわるラナーシアを包むと一層輝きを増した。そして治癒の光をあてて十数秒が経過するとその光は徐々に弱まりやがて消えた。
「あれ?これはちょっと早いんじゃないか。だ、大丈夫だろうなほんと」
あまりにも光が納まるのが早く功助は少し不安になりそう小さく呟いたが、光が収まったあとには顔の傷も左肘の骨も、そしてつぶれた両足も元に戻ったラナーシアが驚愕の表情で横たわっていた。
「ま、まさか……。これほどの治癒術が存在するのか。わ、私は夢を見ているんじゃないだろうな…」
自分の手足を見て驚いているラナーシア。
「ははは。俺も驚いてますよラナーシアさん」
とその時。
’ガルルルル!’
フェンリルは背中を向けていたが突然の強い魔力を感じたのだろう、功助の方に身体を向けると唸り声をあげた。そして口に咥えていた数本の足を頭を少し振って遠くへと放る。前足でもがいていた騎士も同じように一振りし投げた。
ヤツの後ろには二体の竜がふらつきながら立っていた。功助がいきなり現れたのを見て少し驚いているようだが功助と目が合うと安堵したようにゆっくりと後ろに倒れた。いきなり倒れ驚いたがその身体からはまだ魔力が感じられたので死んではいないことを確認しフェンリルに再び目を向けた。
’グワオオオオオオオッ!!’
フェンリルが大きな口を開けて大音声の遠吠えをした。その遠吠えは一縷の望みや夢もすべて消失させるようなそんな遠吠えだ。
功助にもその声圧が迫るが気合いでそれを打ち払うと腰を低くしてフェンリルと対峙した。
涎を垂らす口元を見ると功助が折った左牙は元通り治っており不気味な輝きを放っている。
「ここじゃダメだ。場所を移さないとますます破壊されてしまう」
フェンリルの動きを警戒しながら周囲を見渡す。
「よしっ、あそこだ」
功助は以前フェンリルが現れた林の方に場所を移すことを思いつく。ここからだと右の方に約二百メートル。もしかしたら林が無くなってしまうかもしれないが今はそんなことを気にしている場合ではない。
「さて、どうやってあそこまで移動させるかだが…」
そうかんがえながら功助はゆっくりと右の方に動いた。そうしながらラナーシアに一瞬視線を送る。
「ラナーシアさん、負傷した人を助けてあげてください」
といいながら功助は左手から治癒の光を放射状に放った。かなり多めに魔力を込めたため軽傷者も重傷者も少しは傷がましになるだろうと。
「りょ、了解した」
あとをラナーシアに任せると功助は一気に右の方に駈け出した。
走り出した功助にフェンリルは飛びかかってきた。
「おっと」
功助は大きく前に跳躍し回避すると、林は功助の後方となった。
再びフェンリルは功助に飛びかかってきた。振り下ろされる巨大な前足。功助はその前足を鉤爪を気にしつつ両手で抱えると思いっきり後方に投げた。柔道の巴投げをイメージしながら投げたが当然柔道なんか特に知らないが高校の体育で習ったことを思い出し投げた。
「なんとかうまくいった」
空中を飛んでいくフェンリル。とっさに声も出ないようでそのまま林の前まで飛んでいき地面に背中から落下した。土煙がもうもうとする中フェンリルはゆっくりと起き上がると唸り声をあげ功助の方を睨む。
「待ってろよフェンリル!」
功助もフェンリルを追って走った。ものの数秒で近づくとその勢いのままフェンリルの顔に蹴りをお見舞いする。後ろにふき飛ぶフェンリル。しかし頭を数回振るとゆっくり立ち上がり功助に向かい口を開いた。
口を開いたフェンリルはその中に赤い光源を生み出すと、それを功助に向かって放った。しかし、功助は避けることもなく両腕を目の前でクロスするとその光弾を受けた。
何発も撃ってきているが功助にはまったくダメージはない。少し目の前が赤い光で覆われて気持ち悪い程度だった。
フェンリルは光弾の攻撃を一度やめると功助の無事な姿を見て目を吊り上げた。効いてないことに腹立ったのだろう。左右に歩きながら唸り声をあげて間合いを計っているようだ。
そんな警戒をしているフェンリルに向かい功助は蹴りと殴打をお見舞する。
走っていき鼻先にジャンプするとその鼻に右回し蹴りし地面に着地。左前足を振り上げたが功助はそれをかいくぐり左側へ周ると、ジャンプし今度は横っ腹に両足で蹴りを入れた。つまりドロップキックをお見舞した。フェンリルは横にゴロゴロと転がり土煙があがった。
’グルルルル’
功助に向かい唸り声をあげ跳躍し、その両の前足の鋭い爪を振り下ろした。
功助はその攻撃をなんなく回避すると着地したフェンリルの身体の下に潜り以前同様に真上に放りあげた。
そして落ちてくるフェンリルに向かいまた顔面に蹴りを入れてやろうとジャンプするとフェンリルはそれに合わせたように右前足で功助の身体を横なぎにした。
吹っ飛ばされる功助。
「うわぁぁぁぁっ」
功助は豪快に弾き飛ばされ騎士たちと戦っていた場所も飛び越え二百メートルくらい先の地面に激突した。シオンベールたちのところまであと百メートルくらいしかない。
くっ、くそっ。林のところまで行ったのが水の泡になってしまった」
立ち上がり自分の身体を見るがケガらしいケガはないが服はボロボロだった。
功助は素早く立ち上がると走ってくるフェンリルを凝視した。
そして功助もフェンリルに向かい走ったそしてお互いジャンプし空中でぶつかった。
’グワルルル!’
「うぐっ!」
お互い地面に転がると同時に相手を見た。フェンリルの左目はつぶれどす黒い血が噴き出していた。
功助はと言えばフェンリルの地でどす黒く濡れた左手首が逆方向に折れていた。
「うぐっ…!」
手首を押え苦悶の声を出す功助。フェンリルも地面でもがいている。頭を上げたフェンリルの右目が功助に怒りの視線を向ける。
功助は痛みに動くことができずしゃがみ込んでいる。それを好機と感じたのだろうふらつきながらも功助に近づくフェンリル。
そしてその鋭い鉤爪を功助に頭上から振り下ろした。目の前に迫る左前足、 功助はとっさに右手を上げた。
ズズッと功助の足は地面をえぐり巨体から振り下ろされた足をなんとか受け止めたが鉤爪の一本が左肩に少し突き刺さりその肉をえぐった。
「ぐっ、うぐっ!」
左手首の骨折と左肩の裂傷と、左側は今は使い物にならないだろう。そしてその鋭い痛みに功助は顔を顰め脂汗を流す。
「くそっ、魔法には耐性があるのに物理攻撃に耐性がないのはきついな」
フェンリルは功助に受け止められた足に力を入れなんとか踏みつぶそうとしているようだ。ふんばっている足も少しずつ土をえぐり徐々に後ろに押されている。
「ち、畜生。左手が仕えたら…」
自分に治癒術をかけることも考えたが、今の状帯では集中できず治すことはできない。少しでも力を抜くとこの足に踏みつぶされて一巻の終わりだ。フェンリルがあきらめて早く足を除けてくれればいいが今は左目をつぶされて激怒しているようでそれも期待できない。
どうしようか思案しているとふっと右手にかかる重さが減った。それと同時にフェンリルの悲鳴のような咆哮が聞こえた。その声は台地を震わせるほどの大音声だった。
そして功助が支えていた左の前足が横倒しになった。今一状況判断ができない功助に離れたところから二人の少女の声が聞こえた。
「コースケ様。大丈夫ですか?!」
走ってくるミュゼリア。それにシオンベールまでもが走ってきた。
「お、おいおい。なんでこんなとこまで来たんだ二人とも。危険だから安全なところまで避難……」
「嫌です!」
「私もお断りいたします」
「シオン、ミュゼ…」
左前足を失ったフェンリルは少し離れた場所でもがきのたうち回っていた。まだしばらくは襲ってきそうにないだろう。
「ほんと二人とも……。それであのフェンリルの足をどうやって切ったんだ?切ったのお前たちだろ」
「はい。私とミュゼリアで切ってやりましたわ。コースケ様を傷物にして許せるわけありませんわっ!」
拳を鎖骨の前で握り怒るシオンベール。
「はいっ、姫様のおっしゃるとおりです!」
「き、傷ものって…。あ、…ありがとう。で、どんな魔法使ったんだ」
「はい。ミュゼリアの作った風の渦に私が氷魔法を注ぎ回転する薄い氷の板を作りました。それの回転を思いっきり早くしてそれをコースケ様を押さえつけていた足にぶちかましてやったのですっ」
鼻息もあらく説明してくれるシオンベール。
「はい。薄くすれば騎士様たちが放っていたアイスランスやファイヤーアローよりもダメージがあるかと思いやってみましたら予想よりうまくいきました。ざまあみろですっ!」
ミュゼリアも熱がこもっているようだ。
「そうですっ、いかがでしたかコースケ様。私たち美女二人組の攻撃はっ」
「あ、ああ。た、助かったよ。ありがとう」
この二人を怒らせないようにしようと思ったのは秘密にせねばと心で呟く功助だった。