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 慶一郎がこの世界に飛ばされてから一週間が経った。途中、咲月が宿の主人達を殺した事に気付いた慶一郎が説教をし、今後無益な殺生は行わないという約束をした、程度にしか物事は進展していなかった。依然、慶一郎は自身の身の振り方に悩んでいたのだ。


「今日も今日とて、世は事も無し。すする茶が美味い」


 慶一郎は殺してしまったものはしょうがないと、せめて宿くらいは有効に使わせてもらおうと考え、以来二人はここを拠点にその日暮らしの生活を送っていた。


 人が死んだというのにやけにドライな対応のように思えるが、慶一郎にとってここの宿の主人は知らない人間であり、自分の関知しない部分で死んだ人間なので、いわば事故か何か死んでしまったものと考え、折り合いをつけているのだ。


 流石に、見知った人間や目の前で殺人を起こされてしまうと、思う所があるが、今は事顔も知らない人間の事まで思いやる余裕はなかった。


「主様」


 部屋でお茶をすすっていると、咲月が襖越しに声をかけてきた。ノックのように一声かけてから入室の許可を取る様はやはりメイドを彷彿とさせた。


「はいなー」


「失礼します」と言って入ってきた咲月は慶一郎の近づき、耳元で囁く。「先程から誰かが私達を見ています。恐らく草の類かと。どうしますか?」


「気のせい、なわけないよね。捕まえて連れてきてください」

「はい」


「あ、殺しちゃダメよー」

「わかってます。もう主様に怒られたくはないですしね」


 そう言って咲月が宿を出ていってすぐに、村人の格好をした咲月がいう所の草が両手足を縛られた状態で慶一郎の前まで連れてこられた。


「え、咲月これ普通の人じゃないの?」

「かもしれませんが、ただの人にしては足運びや気配を隠すのが上手すぎます」


「な、なんの話しだ! なんで俺が縛られなくちゃいけないんだ!」

「それはお前が私達を観察していたからだ。なぜ私達を観察していた?」


 咲月は低い声で男を睨みつけながら言った。


慶一郎は咲月のあまりの豹変ぶりに驚きを隠す事が出来なかった。一週間程度とはいえ、ほぼ常に共に過ごしていた期間、咲月はこのような態度は欠片も見せなかった。


「さ、咲月さん?」

「はい。どうされました、主様?」


 慶一郎に向き直り、そう問うた咲月の顔にはいつものように柔らかな微笑が浮かんでいた。


「あれ? なんかその人と俺で随分対応違わない? 大丈夫?」

「これは敵ですから。敵にかける情けはありません」

「あ、そうですか」


 慶一郎と咲月が会話している隙に、男は袖に仕込んでいたカミソリで手足の拘束を切って逃走を図ろうとしていた。しかし、咲月はそんな事はお見通しだと言わんばかりの動きの速さで男の手を掴み、畳に叩き込んだ。


 流石に鬼の力で叩きつけては死んでしまうので、手加減はしたようだが、それでも相当な衝撃が男を襲ったのは間違いない。


 痛みに呻く男に咲月は再度問う。

「なぜ私達を観察していた?」

「なんの事だか」


 そう言ってそっぽを向いた男に対して咲月は目を疑う行動に出た。一切の告知なく、おもむろに男の小指を折り曲げた。


 ボキリ、と嫌な音が鳴った。


「ぐあああ!」

「私の気は長くない。次は腕をもらう。言え」

「ひ、ひええ……」


 脅されているはずの男よりも慶一郎の方が腰が引けていた。一般人だった慶一郎はもちろん、拷問まがいの現場に居合わせた事などない。この世界に来てからというもの、出来ることなら経験したくない事ばかり経験するハメになっている。


「……言えん」


 男の言葉にスッと目を細めた咲月は男の腕を折ろうと力を込めるが、男が慌てて事情を説明しようとすると、その手を止めた。


「違うんだ! 俺も何も言われていないんだ! ただ観察しろとだけ言われたんだ」

「観察? 誰に言われたの?」


 慶一郎の問いに、しかし男は答えなかった。すると咲月は今度こそ無言で男の腕を折った。男の右腕が肘を支点にあらぬ方向に曲がっている。


「気が長くないと言ったはずだ。さっさと答えろ」

「……うぅ、ひでえ……俺の腕が……っ!」


「面倒ですね。主様、この男を拷問にかけてさっさと知ってる事を全部吐かせませんか?」

「え? これ拷問じゃないの?」


 と言った慶一郎に咲月はキョトンとした顔を返すだけだった。どうもこの時代の常識は慶一郎の常識とかけ離れているようだ。


「明智家だ! 明智家に雇われたんだ! それ以外は何も知らない、本当だ!」


「仲間がいるはずだ。何人いる?」

「五人だ! 今はここにいないけど、町の方にはもっといる!」


「主様、やはり、全員始末した方が……」


「どうどう。咲月は少し思考が乱暴過ぎる。穏やかにいこう。明智家って事は、あんた明智光秀と直接連絡取れる?」


「それは……いや、取る! 取ってみせる! だから俺を解放してくれ! そうだ! なんならあんた達の事を報告して雇ってもらえるように口利きしてもいい! だから――」


 咲月は必死に保身を図る男の顔面を畳に押し付け黙らせる。


「黙れ。お前は聞かれた事だけ答えればいいんだ」


 相変わらずの態度の咲月に頬を引きつらせながらも、話しを進めようと慶一郎は再び男に問う。


「じゃあさ、明智光秀に知りたい事があるなら直接会いに来いって伝えてくれる? こっちも色々事情があってさ、不用意に動けないんだよね。頼んでもいいかな?」


「そうすりゃ助けてくれるのか?」

「うん。ちゃんと仲間も連れて行ってね。監視されてると思うと気分悪いからさ」


「わかった! だから早く解放してくれ!」

「咲月」


 慶一郎が目配せをすると、咲月は男を解放すると同時に、何かあればすぐに動けるようにと、半歩身を引いた状態で慶一郎を自身の影に隠す。


「約束を違うなよ? もし主様を裏切るようであれば、私はお前を地の果てまで追いかけて殺す」


「わ、わかってるよ……」

「ところであんたの名前は?」

「蜂須賀だ。蜂須賀正勝。この辺の国衆だよ」


 慶一郎は頭を抱えて溜息をついた。


「なんてこった。よりにもよって蜂須賀かよ。この時代どうなってんだよ……」

「主様?」


「あーいや、咲月には後で話すよ。じゃあとりあえず、蜂須賀さん、くれぐれもよろしく頼むよ。咲月はやるって言ったら本当にやるから頑張って」


 蜂須賀が宿を出て行ったのを確認した慶一郎はとりあえず落ち着きを取り戻すために咲月にお茶の用意を頼んだ。


次回からタグ通り主人公に対する勘違いが始まります。

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