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「なあ、今は信長軍が鬼の軍勢と戦ってるのか?」


 慶一郎は男に話しかける。この世界の情報を得たいという気持ちも多分にあったが、それ以上に男の意識を繋ぎ止めておく意図があった。時が経つに連れ、流れ出た血が男の意識を刈り取ろうとしているのは明白だった。


「……そうだ。ちょっと前に草がこの辺に鬼が集結してるとの情報を持って帰ってきてな。家康殿と共にこれを撃退しようとしたんだ」


「いえや――! いや、なんでもない。でも、事前に見つけたって事はある程度準備は出来たんだろ? 勝ってるんだよな?」


「わからん。が、事前に聞かされていた話よりも鬼の数が多いんだ。そのせいで俺達の隊は皆やられちまった。今は竜馬殿が戦線を維持してるはずだが、それもいつまでもつか」

「全滅って、あんた以外皆死んじまったのか?」


「そうだ。祠を見つけたんだが、どういう訳かその周辺には鬼が多くてな、囲まれてしまってこのザマだ」男は何を思ったか急に笑いだした。「笑えよ。俺は仲間を犠牲にして逃げたんだ。俺が逃げるために蹴飛ばしたあいつの顔が忘れられないよ……」


「それは……でも」

 自分が生きるためにはしょうがない、そう言って男の行動を正当化するのは簡単だった。だが、何も知らない慶一郎が無責任にその言葉を口にするのははばかられた。

「俺はたぶん助からないから先に言っておく」


「そんな事は――」


「いいから聞け! この道を真っ直ぐ戻った所にさっき話した祠がある。厳重な封印がほどこされていたから、きっと鬼共にとって大事なものがあるんだと思う。万が一本陣にたどり着けなかった時は、お前が信長様に伝えてくれ。頼んだぞ」


 それきり男は口をつぐんでしまった。ただ苦しそうな荒い息遣いが聞こえるだけだ。先程まで覇気が感じられたのは、最後の力を振り絞っていたからなのだろう。果たすべき思いを慶一郎に伝えた今、男の身体には見た目通りの痛みが走っていた。


 死を目前とした男の想いを無碍には出来ない。慶一郎は一層その歩みに力を込めた。しかし、歩けども歩けども山道を抜けられる気配が感じられなかった。男の息遣いも一層激しいものになってきた。焦りだけが募っていく。そんな時だった。再び茂みがガサリと音を立てたのは。


 慶一郎は助かったと思った。自分以外の人間が現れてくれるのだと考えた。しかし、その考えは一瞬にして霧散した。姿を現したのは三体の鬼だった。


 二〇〇センチ程度の巨躯は緑色をしていた。並外れた筋肉に、威嚇するように開かれた口からはみ出す鋭利な牙。そして何よりも、額に生えた角。その存在こそがこれが鬼であると強く主張していた。


「は?」


 理解の範疇外の存在に対して出たのはその一言だけだった。腹の底に響く鬼の唸り声。未知の存在に対する恐怖で思考が停止してしまった。思考だけではない。呼吸すらも止まってしまった。


「に、げろ」


 男の言葉でやっと息が出来た。慶一郎は長い間息を止めていたかのように肺に必死に酸素を取り入れる。緊張で手が手汗でびっしょりとなっているのがわかった。


「逃げろって言ってもどうやって……」


 鬼共は道を塞ぐように慶一郎達の前に立ちふさがっている。鬼の移動速度がどの程度かわからないが、少なくとも傷病人に肩を貸しながら走って振り切れる速度でない事だけは確かだ。それに、逃げ道といっても来た道を戻るか、一寸先の足元が見えない草むらに行くかしかない。


 そうこう考えている内にも鬼は獲物を前に舌なめずりをしながら、まるで品定めでもするかのようにゆったりとした足取りでこちらににじみ寄って来ていた。


「俺に構わず、逃げるんだ」

「で、でも……」

「いいから逃げろ!」


 男はどこにそんな力があったのか、肩を貸していた慶一郎を突き飛ばし、腰に差していた日本刀を抜き、鬼に向かっていった。男は覚束ないながらも必死に刀を振り回している。 途端に活きが良くなった獲物に喜びを感じたのか、鬼は一際大きなうめき声をあげ、刀をわざと鋭く伸びた爪で受け止めてみたりしていた。


 遊ばれている事を察した男は気力を振り絞って「フッ」という気合と共に、人生最高の一太刀を鬼に浴びせた。


 傷をつけられた鬼が声にならない声を叫び怒り狂う。


「俺の屍を越えていけええええッ!」

「く、クソォ!」


 慶一郎はどうしようもない現実に悪態をつき、逃げた。情けない走り方だった。それでも、必死に逃げた。


 遊びすぎた事で一匹獲物を逃してしまった事に苛立ちを感じた鬼の動きは途端に機敏なものになった。男の振る刀を弾き飛ばし、尋常ではない膂力で男を地面に押し倒した。


 振り返った慶一郎が見たのは、地に伏した男の身体をクチャクチャと音を立てながら咀嚼する鬼共の姿だった。



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