クエスト『首なき騎士』⑤チキン野郎na話。
ディルパレス王国。
約1000年前に滅びし王国。当時その世界には魔王が存在し、魔王の手により滅びた王国の一つである。他の王国とは違い、ディルパレス王国だけが呪いを受け、魔族・魔獣の類が徘徊する廃城となった。
聖なる王国と呼ばれ、魔王を倒したのもその王国の血縁者だったとか。他の王国と違い、王では無く聖女とされる者が統治していたらしい。
王の間で、もう朽ち果てた聖女の居場所を護るアンデッド『首なき騎士』それは、聖女を護れず、魔王の前に倒れた騎士達の意思の集合体。死して尚、魔王の呪いに利用され続けている悲しい者達の想いである。
・
・
・
・
先頭を行くキララに付いて俺達はディルパレス廃城のダンジョンの攻略を行っている。
キララはまるでこのダンジョンを熟知しているかの如くドンドン足を進め、他のメンバーが何も言わない所を見ると道は間違っていないのであろうと思われた。順調そのもの。
しかしだ!俺の前を行くイフンの様子が先程からおかしい.............。
当の本人はその違いに全く気が付いていないみたいだが、天然要素を感じる様になってきた。服の匂いで誰の私物かを判断出来る程の俺の嗅覚がそう言っている。
誤解しないで欲しい。決してやましい事にこの特技は使ってはいない。至って健全に、服を区別する時にキララとジルの匂いを嗅ぎ分ける時ぐらいだ!
ん?服のサイズ見れば分かるだろうって?まぁー確かに一理あるな............。
そそそそそ、それよりもだ!キララの2つ名の最後の1つのイフンは俺に教えなかった。
「.........それは私の口からは言えません。いずれきっとキララ本人から聞く事になると思いますが..........どうぞキララの事を宜しくお願いします」
と何故か頭を下げられた。
ハッキリ言って全くどうでもいい事なのだが、イフンのあの態度は少し気になった。
そして、今のイフンの様子も気になる。
ダンジョンに入って暫くは凛とした態度で、足を進めるイフンだったのだが、今は何と言えばいいのであろうか?キャピキャピしている。女らしいと言えばそうなのだが、まぁー間違い無く、ガス欠なんだろうと思われる。
ユウリ、アウェー並びに乙女騎士、ダニエル迄もが魔物・魔獣を屠り続けるキララに魅入っており、イフンの変化に気付いているのは俺だけなんだろう、イフンの歩みが少しづつ遅くなり、時折駆け足気味で、皆に付いて行くイフン。
「おい!イフン。そろそろ充電切れなんじゃーないのか?」
「..............えっ!?そうなんですか?」
そうだった、こいつは自分の事も分からないポンコツだったんだ。
「ああ、そろそろヤバそうだな。一度ここら辺で一度充電したらどうなんだ?」
「でも、今キララ頑張ってますから、私も頑張ります!」
笑顔で小さなガッツポーズを作るイフン。
お前は頑張ってもどうにかにかなる問題じゃーないだろうと思うのだが、本人がそういうのであればそうなんだろうと、それを消化する。
その状態で暫く歩きイフンの様子を伺っていたが、少しフラついてきたイフン。やっぱり、もう駄目だろうと俺が見て判断を下す。
「おい、イフン........どう見てももう無理だ。充電しろよ」
と、イフンの肩を叩いた時。イフンの体は横に大きくよろめいた。
「あっ............フラフラします」
そのまま横の壁に体に身を寄せるイフン。それで済むと思っていたのだが、イフンの体は壁に吸い込まれ、奥へと姿を消して行く。
「おい!イフン。そんな新作のマジック今見せるなよ!クソーーーッ!重てぇーーーっ!お前何食ってんだよ!」
咄嗟に俺はイフンの手を掴み。引き寄せようとするのだが、イフンの体は思った以上の重量で俺も巻き込み。俺とイフンは壁の奥へと姿を消した。
「アイタタタタ。おい!イフン大丈夫か?」
「あっ、ハイ。怪我はしてませんけど、体が凄く重たいです。鎧って、こんなに重いんですね?ビックリしましたよ」
「それを聞かされる俺の方がビックリするけどな。俺の記憶が確かなら、鎧を着ている時のお前との付き合いの方が長いと思うんだけどな」
立ち上がる俺。服に付いたホコリを払い吸い込まれた壁を手で触る。向こう側には進めない仕様になっているのか..............。
「おい!イ...........フ...........ン!?」
振り返り、イフンを見ると、イフンは立ち上がらず、倒れたままの状態で藻掻いていた。
「はぁー...............お前本当にポンコツだよな?」
「そ、そんな事言わないで下さいよー。私だって一生懸命やっているんですからーーっ」
ガムシャラに腰迄の長さの自分のマントを手で突っ張り、そのマントの突っ張りの所為で体が途中迄しか立ち上がらないイフンを、冷たい目で見る俺。
ボケてるのか?そう思った俺は暫く様子を見るが、どうやら本気らしい。腕がプルプルしている。
「まずは自分のマントを退けてから、立ち上がってみろよ」
「えっ!?あっ!ハイ。ヨイショ............。あはっ、凄い!凄いですよルルさん!私立てましたよ!私立ったんですよーーっ!あははははははっ」
その場でクルクル回り喜ぶポンコツ。
「...........」
ダメだ................。
今のこいつは俺以上に使えない奴だ。どうするんだこれ?あのまま放置しといた方が良かったのではないであろうか?と思いだした。
全身を使い喜び続けるポンコツ。しかし、そんな考えをしていた俺の顰める顔を見て、不思議そうな顔して近寄り、直ぐに笑顔を作りイフンが話し掛けてきた。
「ルルさん?どうしましたか?トイレですか?あっ!私の事は気にしないで下さい。こーいうのは慣れてますから...........もしかして.............大ですか?」
俺はイフンを睨み付けてそれを否定した。
しかしだ!今のイフンはポンコツもポンコツ。もはやガラクタだ!。ガラクタなんかに俺の今の気持ちを悟れと言う方が無理な話であった。
ガラクタは地面をキョロキョロと何かを探して、何かを拾い、俺に突き出した。それは三角の先の尖った石。それをガラクタから受け取った俺は首を傾た。
そんな俺に。
「どうぞ!これで拭いてください」
「...............」
とニッコリ微笑むガラクタ。
それを聞いた俺は俯き、ガラクタに言った。
「..............手本を見せろよ!」
「..............ん?」
「お前が!やって見せろよ!!!」
俺は静かに怒りを露わにしてガラクタに言った。
しかしだ!流石はガラクタ。そんな俺をものともせず。
「そんな物で拭いたら変な扉開いちゃうじゃないですか?何言ってるんですか私はノーマルですよ?ルルさんどうかしちゃったんですか?」
と、そんな事を真顔でぬかしやがった。
「そんな物を何故俺に勧める?おかしいだろ!」
「だって、ルルさんアブノーマルでしょ?」
と、そんな事を笑顔で答えやがった。
「じゃーお前はどうするんだ?もし大がしたくなったらどうするんだ?」
お顎に人差し指を付け、少し考えて、ガラクタは……
「うーん...........最悪マントで拭きますよ」
笑顔で恥じる事無く言ってのけた。
おまっ!そこは嘘でも、冒険者ランクSはそんな事しませんだろ!?テンプレだろ?マントは無いだろ!リアル過ぎるだろ!恥じらえよ!オイラにご褒美おくれよ!
ダメだ...........。本当に今のイフンはダメだ.............。
キララ...........俺はもう無理だ...........耐えられない............今のイフンは俺のアブノーマルの許容範囲を大きく超えている............早く助けに来てくれよ............。
俺は切にそう願った。
それから大分時間が経った。
俺は三角座りで顔を伏せ、キララ達が来るのを待った。ガラクタは何もいない空間を笑顔で駆け回り、手を叩いては何かを捕まえる素振りを見せていた。
俺は...........そんなイフンに恐怖した。
今居る場所は正方形の縦横幅10m程の部屋だった。マジックアイテムのランプが部屋を照らし、ゆらゆらと映し出す影がとても不気味で肝を冷やす。死角は無い。奥に次の部屋へ進む為の扉が一つあるだけだ。気の所為かもしれないが何かが滴る音がする.........。
そんな場所に壊れた人間といるのだ........身震いが半端ない。
魔物・魔獣が発生しないポイントであるこの部屋を出て、先に進む考えは俺には全く無い。俺の事を生き甲斐としているキララとダニエルがきっと助けに来てくれる事を信じて、俺はここで待つ事を腹に決めていたのだが。
流石はガラクタ。お決まり通り。
「あっ!待ってぇーーーーーーっ!」
そう叫び。
「..........ガチャッ.................バタンッ.............」
と、音が鳴らしやがった。
俺はまさかと、顔を上げて周りを見渡した。しかし、イフンの姿が何処にもない。
次は姿を消す新作のマジックか!イフンめ!中々やりやがる!と自分に言い聞かせてシカトしようとも考えたが俺の孤独感がそれを許さなかった。
「ボボボボッ、ボッチにしないでよっ!」
俺はべそをかき、何かを追い掛け扉の奥へと進んだイフンを懸命に追いかけた。
扉の向こうは左右の先が暗転。巨大な廊下の中半であろうか?脇にある扉から俺は姿を現せた。
巨大な石の剣を持つ石像が左右に立ち並びその道を進む者を威嚇。横幅は600mはあるのではないであろうか?べらぼうに広い。天井は暗闇。深さも計り知れない。
左右の廊下をキョロキョロと見渡すと、イフンが何かを追いかける姿が見えた。俺は猛ダッシュでイフンの方に駆け寄る。
「おい!イフンいい加減にしろよ!テメェーッ!俺を泣かせやがって。寂しんだぞ!俺はとても寂しがり屋なんだぞ!誰か付いててくれないと、知らない人に直に付いてっちゃうんだぞっ!大問題になるんだぞ!無事解放出来る程のギル持ってんのかっ!ゴルァァアアああ!」
ボッチにされ、俺は自分でもよく分からない事を口にしていた。
そんな俺をシカトしてイフンはひたすら何かを追いかける。
こいつ..........後で耳をふぅーっふぅーっしてやる!と俺はイフンの罰を追加する。
もう諦めた俺はイフンの後を付いて歩く。周囲を見渡し、魔物・魔獣の出現に注意を払う。
暫くその状態が続きある変化に気が付いた。無駄に長い廊下の終わりが見えた。それは重量感のある豪華な扉が行き先を塞いでいたからだった。
俺の顔は喜々と恐怖で表情が困惑。
イフンはそんな事はお構いなしに只々何かを追い掛け続けている。そのドア迄後400mと言ったところであろうか?
その時...............俺が一番恐れていた現象が発生した。
重量感のあるドアを守る様に、黒い煙が立ち上がる。それは一つ。ガス欠とはいえイフンは冒険者ランクSそんな人間が一緒にいるのだ。普通であれば多少の不安はあろうとも俺はガタガタ震えず安全距離を取って遠くから眺める位であるのだが、それを見た俺は腰が抜けヨチヨチ歩きで逃避を行なっている。
黒い煙は一つ。そう一つなのだが...........。
デカイ。デカ過ぎる。冗談抜きでデカ過ぎる。20mはあるのではないであろうか?
黒い煙は徐々に形を成し姿を露わにする。
それは人型の巨壁。右手に俺達以上に大きい粗削りな棍棒を携え。大きな一つしか無い血走った目を見開き。その巨大な四肢は動く度に俺達に戦慄を与える。体は筋肉隆々の化け物。
人々はそれをこう呼んだ。
サイクロプス。
一つ目の巨大な人形の下位の神とも呼ばれる伝説の存在が俺達の前に立ちはだかる。
そんな存在を目にした俺の行動は一つしか無かった...........。
触らぬ神に祟りなし。
逃げ切れるか?そう思いながら頭で足を動かす動作と実際の速度が一致しない。恐怖で体躯が振戦。本能が伝説の生き物から身を逸らす。額から垂れる雫が視界を妨げる。俺の全てが邪魔をする。
もうダメだ................。
そう覚悟したそんな時だった。
「ルルさん、逃げて下さい」
俺の背後からそう聞こえた。
「私が囮になります。だから逃げて下さい!!!」
俺はゆっくり背後を振り返る。
伝説の生き物。下位の神と呼ばれる存在サイクロプスに臆する事無く剣を構え、少しフラつき冒険者ランクSの2つ名を白陽改め、疾風はこの世界の1人の英雄として巨壁に立ち向かう。
イフン・バースディ。まだ見ぬ高みに届きし者の姿がそこにあった。
「..............ふふふふっ、ふざけるなよ!そそそそっ、そんな事を言っている場合じゃーないだろ!!!そんな事出来る訳ないだろ!!!一緒に逃げるぞ!さっさと、こいっ!」
ガタつく俺に少し振り返り剣を構えたままイフンは笑顔で。
「先に進み。キララ達を捜して来て下さい。私が道を開きます。安心して下さい。こう見えて私はランクSですよ。下手したら倒しちゃってるかもですけど...........」
下手な嘘だ。
そんな事は直ぐに理解出来た。キララは言っていた。ガス欠のイフンは能力が著しく低下すると。確かにそれでも俺よりは強いかもしれない。
そして、俺が居る事によりイフンは戦いに集中出来ない事も理解できる。
しかし!しかしだ!!!それでも俺は...........。
拳を握り締め。俺は今日程悔しい思いをした事はなかった。不甲斐ない自分が憎らしい。力ない自分が大嫌いだ。今迄俺は何をしてきたんだ?俺はなんの為に冒険者になったんだ?
俺の住む村が魔物・魔獣に襲われ傷付く人々。大切な人を失い涙する者。それを何とかしようと冒険者になったのではないのか?そして..........俺の両親の命を奪ったアイツに復讐する為では無いのか?
俺は歯を食いしばった。立ち上がろうと踏ん張った。震える体を奮い立たせて一歩足をサイクロプスの方に進めた。
そんな俺を横目で見たイフン。
「光の精霊があの奥のドアに消えて行きました。あの奥に先に進む道があります。どうか御武運を..............」
そう言ってイフンはサイクロプスに飛び掛かり斬りかかった..............。
俺は...........俺は...........。
最低だ!
口だけの男だ!死ねばいいんだ!両親は何故幼い俺を庇い生かしたのだろうか?何故イフンはこんな俺を守るのだろうか?いっそ見捨てて欲しかった...........。
奮い立たせた足で俺は一心不乱に奥のドアに駆けだした............。
「ゴリィッ!」
音が聞こえる。鈍い音だ。どっちの音かは分からない。何度も聞こえる。俺の目は脇見せず只々奥の扉しか見えない。
いや違うな、見ようとしていない。イフンとサイクロプスの戦いを見ようとしかなった。
そして、その鈍い音はどちらが上げる音かは............俺は知っていた............。
重量感のある扉を開き。足を扉の向こうに進め。そして俺は扉を閉めた..........。
息を切らし、その場に座り込む。
俺は自分に言い聞かせる様に言葉を呟いた。
「...........俺は悪くない.........俺は悪くない..........俺は悪くない..........」
フラつく体で、俺の為に身を犠牲にしてサイクロプスに立ち向かったイフン。
力無い俺はそんなイフンを。
見捨てた.............。
俺は見捨てた。イフンを見捨てて俺は今この部屋にいる。まだ戻れる。
そう、まだドア一枚隔てたそこにイフンが居る。
そうだ!まだ間に合う。冒険者として.........男として........何より人として.........。
覚悟を決めた。俺はイフンに助太刀に行く。もう恐れない。死は覚悟した。筈なのに。手が動かない。足が前に進まない。
「クソォォォオオーーーっ!!!動けよぉぉぉおおおーーーっ!!頼むよぉぉぉおおおーーーっ!動いて............くれよおおぉぉっ...........」
ダメだった。体は正直だ。そう思おうとしても心の何処かで死にたくない自分が居る。俺は知っていた。こういう場面は幾度もシュミレーションしてきたんだ。
イメージの俺はそりゃ強いさ。誰が相手だろうと鼻息で倒せた。
だが現実はこのザマだ。そして今の無様なリアルが本当の俺。
薄情者で、意気地なし、口でしかタメを張れない、去勢野郎。ハッキリ言って虫唾が走るチキン野郎だ。
そうこれが。冒険者ランクE。最低ランクのルル・トイドールなんだ..........。
そう落胆する俺に呼び掛ける声がした。
「力が欲しいですか?誰かを護れる力を貴方は求めますか?」
力無い俺の耳に届いた掠れた声。俺は乾いた唇を動かし。
「..........悪魔でも何でもいいよ.........俺に力をよこせ.........」
そう言ったんだ。