始まり③お酒の失態na話。
いつの間にかもう日が沈み始めていた。
大通りからダンの酒場に向かうのだが。入り口付近に店を構えるダンの酒場。ダンジョン攻略、己の鍛錬を終えた冒険者達がゾロゾロと帰還する。
押し寄せる冒険者達の波に逆らい縦に波を割り一歩一歩ゆっくり足を進める俺とキララ。
「ねっ、ねぇーっ!ルル。どうして大通りの真ん中を通るのさ?端を歩けばもっと早く着けると思うんだけど.................」
そう俺とキララは大通りのど真ん中を歩いている。冒険者達は俺達を目で捉えるとキララの白い服を見て道を大きく開けてくれていた。
「嫌いじゃないだろこういうの?」
頬を淡紅色に染め恥ずかしいそうに俯き、俺は胸をピンッと張り顎を引き堂々と一歩一歩ゆっくり足を進める。
キララも気付いているのであろう。そうこれはまるで愛し合う2人がその契約を交わす前に皆にお披露目する最初の儀式。
バージンロードを模した余興である事を。
俺の腕を組むキララから伝わる鼓動の動きが半端ない。キララの力があれば強制終了も厭わないのだが、それをしないキララ。「ぐはははははっ!」なんだかんだと喜んでやがる!「ぐはははははっ!」と腹で笑いを堪える。
そうしてイチャつく俺とキララ。
何故?俺はこんな事をするのかと言うと。答えは簡単だった。
俺達に道を開ける冒険者達の顔の表情が俺を歓喜の海で溺れさせる。どうもエンドルフィンの蛇口が壊れたようだ。脳内麻薬が全神経に躍動を与える。
「たっ、堪まらん!」
つい言葉が漏れた。
冒険者達は気恥ずかしいそうにするキララでは無く。一点にトリップしている俺に睨みをきかせる。
血反吐、汗、返り血、泥、汚れた鎧や布。いや、生死のやり取りで生を勝ち取った勲章とでも呼べばいいのだろうか?
三途の川を横断して命を繋いだ者達。
瀕死の状態になった者も居るだろう。恐怖でどうにかなりそうな者も居るだろう。もしかしたら仲間を失った者も居るかも知れない?
しかし冒険者である限り命のやり取りで対価を得る者達にとっては致し方無い事。
地獄を彷徨い続ける亡者達。
そんな亡者達の前に同じ立場に居る筈のヒモな俺が幸せにそうに地獄から帰還した冒険者達の前に堂々と幸せに続く道をかましているのだ。
地獄から垂れ下がる一本の糸を登りきった様を見せつけているのだ。
それはとてつも無い嫉妬、憎悪、嫉み、疑念、屈辱、ありとあらゆる負の感情を込めた目線が俺に突き刺さる。
ああ、心地いい。堪らん。もっとそれを俺に寄こせ。
俺はそれに浸り脳内分泌を繰り返し自慰に浸る。
そんな俺に冒険者達の群から言葉が聞こえた気がした。
「いつかきっと殺してやる!」
俺は負け犬共の遠吠えにウンウンと笑顔で頷き。一歩一歩幸せにを踏む締めるようにキララと一緒にダンの酒場へと足を進めた。
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親指程の小さなコイン。この世界の通貨ギルを指で弾く。
弾かれたギルは幾多もの回転を経て地上に落下。
「チリーーーンンッ!」
地上に落下後、数回の回転とギルから発せられる響き渡る高音がこの空間に存在を主張する。
冒険者達は静まりかえり、その存在を凝視し、固唾を飲む。そして事の経過を見守る。
それがこの酒場のルールなのだ。
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ダンの酒場に着いた。
ダンの酒場はこの街一番の酒場であり収容出来る人数、接客するお姉さんの質も一番を誇る。
何と言ってもお姉さんのスカートがやたら短いのが男冒険者に受け不動の地位を確立している。
4人掛けのテーブルの椅子に腰を下ろしキースとジルが来るのを待つ俺とキララ。
俺はギルを指で弾き顔側面をテーブルに付けお姉さんがギルを拾う姿を眺めている。そんな光景がこの酒場では至る所で行われていた。
それを俺の前の席で冷たい目で見るキララ。
「ねぇー.........さっきから皆んな、何してるの?」
「ああ、これはこの店のルールで、チップと呼ばれる、お捻りだ。こうしておけば、色々といい事があるんだ」
「へぇー..........僕はてっきりお姉さんのスカートの中を覗き込む為にしていると思ってたよ」
乾いた声でキララはそう言った。
「キララよ。お前は知らないんだ。冒険者は繋がりが大切。こうやって人脈を広げて情報を交換し、そして冒険に活かすんだ」
「ふーん。パンツの色の情報交換してどうやって冒険に活かすの?」
また、そんな正論を言う夢のないキララ。
「いいかキララ。よく聞け。男はパンツが大好きだ。あの子はこんなパンツ履いてたよ。この子は花柄のパンツだったよ。その情報だけで男は固い絆で結ばれる。いいか!勘違いするなよ。これは冒険者として必要な事なんだ!だからギル頂戴、もう無くなった」
「君は今日ダンジョン行ってたよね?報酬は幾らだったの?」
「45ギル」
「で、この店に来てから、落としたギルは?」
「45ギル」
「ふーん、皆んな命懸けでこんな事してるんだね」
ふむ、女などに男のロマンを語ったところでこうなるか……まぁ仕方ないだろう。
そうこうしていると、キースが酒場の入り口で俺を探しキョロキョロと酒場の中を見渡しているのが目に入った。
「おーーーいっ!キース。こっちだ!」
声を張り上げてキースを呼ぶ。
俺の存在を目で捉えたキースは俺達のテーブルへと足を進めて来た。
テーブルの前まで来ると、畏まった態度で頭を深く下げるキース。
「こっ、これはギルド長キララ様、お久しぶりです。いつ見てもお美しい姿に感極まります。今日は同席させて頂く御無礼をどうぞお許し下さい」
普段見せない礼節。キララに媚びを売るキース。
「もっと楽に行こうじゃないか。酒の場は無礼講と聞くよ。僕はこういった所は初めてでね。言ってしまえば、ここでは君の方が先輩。僕にどうか酒場の礼儀を享受してくれたまえ」
と腕を組み偉そうなキララ。
しかしキースは大人だなと、塵サイズで俺は少しキースを見直した。
冒険者は完全実力主義、俺やキースは冒険者ランクEの駆け出し冒険者。冒険者ランクBのキララは雲の上の存在、本来なら同じ席で食事する事等あり得ない事だった。
「椅子に掛けなよ、今日は存分に楽しもう」
「ええ、ありがとうございます」
キースは俺の横の椅子に腰掛けメニューを確認しながらキララに悟られない様に俺に耳打ちしてきた。
「オイ!これどう言う事だよ」
「ああ、流れでこうなった」
「たくっ。お前は.........」
「ジルも後から来るぞ」
「たくっ。お前は....................えっ?、マジで?!」
「ああ、マジだ!」
言葉無く、急に立ち上がり、大きなガッツポーズで天井を見上げるキース。瞑る目の端に輝く雫がキースの今気持ちを表していた。
可愛い奴よ。俺はキースをそう評価し、ついでにキースの椅子を引いておいた。
「ねぇー、ねぇー、僕メニュー見ても全然分かんないんだけど!」
とキースの手前、威厳を保ちたいのであろうキララが無知な自分を隠す為、メニューで顔を隠し、俺にヒソヒソ話をしてきた。
「お子ちゃまメニュー貰ってやろうか?」
「ふーん……ルル、君は死にたいんだね……」
俺の軽いジョークを真に受けて本気で返すキララ。
「俺が適当に頼んでやるよ。飲み物はどうする?アルコールでもいいのか?」
「僕飲んだ事無いんだけど!いいのかな?」
「軽いの頼んでやるよ。甘いのがいいだろ?」
「あっ!うん、取り敢えず任せるよ」
「おいっ!キース。お前はビールでいいよな?」
「ああ、俺はビー…………」
と、キースの方に振り返ると、俺の横に席を構え、椅子に座ろうとしていたキースの姿が俺の視界から消えた。
店員のお姉さんを呼び止め、適当に食べ物を注文する。
この酒場は結構メニューが豊富。各地から集まる冒険者は自分の出身地の特産料理を欲する。貿易が盛んな街ならではの物流の多さで冒険者達の要望に応え特産料理メニューが徐々に増えていった結果であった。
「なんかドキドキするね。犯罪を犯してる気分だよ」
日頃からキララの行いを知っている俺は言葉を失った。
そうこうしていると、先に飲み物が運ばれてきた。
俺とキースはキンキンに冷えたビール、キララはカシスピーチ的な物を頼んでやった。
各自飲み物を手に持ち、グラスを軽く合わせて、声を張り上げる。
「「「乾パァーーーイッ!」」」
グラスに口を付けグイグイと喉に刺激を与えて舌で苦味を感じる。
「ぷっふぁぁーーーああっ!美味いぃぃ!!!」
この瞬間の為に生きているとか言う人がいる。その境地には未だ至らない俺だが、きっと下半身が枯れ果てたら俺も同じ事を言っている自分の姿が容易に想像出来る。
食べ物も少しづつ運ばれて来た。バランスを考え、野菜、肉、魚、そして虫。
冒険者はバランスを考えない者が多い。肉に偏る者、野菜に偏る者、体が資本の冒険者は体調管理は非常に大切。だから俺はバランスを考えて料理を注文した。貧民上がりの俺は勿論文字が読めない。だからメニューを指差し、各項一つずつ注文した。
だから虫が付いて来た。俺の所為では無い。虫をメニューに入れる酒場が悪いと俺は声を大にして言いたい。
そう俺の所為で無い……。
なのに、何故か、キララとキースは俺を冷たい目で見て、俺の目の前に虫料理だけを置くのだろうか?
普通は中央に料理を固めて欲しい分だけ取り分けるのが団欒と食を楽しむ基本ルールではないのであろうか?
他の料理に手を伸ばすと怖い顔で俺の手を叩くキララとキース。
何でそんな事をするのであろうか?泣きそうな俺を見て何も感じないのであろうか?
仕方がないので料理をフォークで刺してみる。緑色の液体が浸み出るその料理。
これはアレだ、罰ゲームだ。
罰ゲーム用の料理をメニューに入れるなよと俺は、酒場のカウンターに居る強面のオヤジでは無く、弱々しいきゃしゃな男を盛大に睨みつけた。
冷や汗タラタラで顔面蒼白になりゆっくりと食べ物を刺したフォークを口の方に進めとキララとキースの顔が歪な表情を浮かべる。
助けろよ!
俺の心の訴えを悟らない気が利かない2人。
2人のもういいよの言葉を待つ様にゆっくりフォークを進める俺。
その時。
「お待たせして申し訳ありません」
天使の声がした。
「まぁー美味しいそうな料理ですね」
俺の目の前の料理を覗き込む天使。
なんて、いい子なんだ..........俺を助ける為に無理して言葉を掛けてくれた天使。
そうジルであった。
涙を流しジルを見て、助けてと訴える俺。
「えいっ!」
言葉と共に俺のフォークに刺さる料理をパクッと口に収めるジル。
モグモグと頬に手を添えゴクリと喉を通すと。
「はしたないですね私。でも、つい我慢出来なくて。本当に美味しいですね。この料理」
幼気な仕草をして男達を勘違いさせる。
どうやらジルは虫料理には抵抗が無いみたいだ。俺の目にはジルの背中から後光が差して見えた。
それを見たキースが俺の前の料理に手を伸ばし半分ヤケクソ気味に、勢い良く、料理を口一杯に頬張る。
引き攣った笑顔をジルに浮かべ緑色の液体を口の周りに付け。
「ほっ!本当に美味しいですね。おっ、俺も好きなんですよ。この料理」
席を立ち、ジルを一点に見つめ、白々しい事を言ってのけた。
冷えた目でキースを見る俺とキララ。ムカついたのでビールに数滴タバスコを垂らしておいた。それを見たキララが私にもやらせろと俺の手からタバスコを奪うと、ビン口を手刀で綺麗に両断。残りの半分はあったであろうタバスコを全部ビールにぶっこんだ。
キララに負けてられないと俺はキースの椅子を引いておいた。
「まぁ、落ち着けよキース。取り敢えずビール飲んどけ」
そう言ってビールをキースに渡す。
「ああ、そうだな。あはははっ。ちょっと余りにも美味しくって、つい勢いついちゃいました……」
と、椅子に座ろうとしたキースが俺の視界から姿を消した。
手に持つビールが顔にかかり、キースは何故か床に転がり、悶絶していたが……俺達はそれを無視した。
キースがやっと冷静さを取り戻し、ジルはキララの横に座りキースとは対面となる。頬を真赤に染めるキースをテーブルに膝をつきニンマリとキースを眺める俺。
それとなく虫料理をキースの前に移動させて俺は肉料理を頬張た。
「ジ、ジルさん、好きな料理頼んで下さい」
ジルにメニューを渡すキースの真面目な顔につい笑いを堪える。
「ジルはアルコール大丈夫なのか?」
それとなく質問すると。
「嗜む程度には飲めますよ」
と男達が勘違いするウィンクを俺にして魅せた。
テメェーぶっ殺してやる的な勢いでキースに胸ぐらを掴まれる俺は、横を歩く店員のお姉さんを呼び止めジルの注文を聞くように促す。
「にゃーにゃー僕も、これお代わりしたいにゃん」
馬鹿猫のモノマネをするのはキララ。
コイツは飲むと野生化するのだなと俺は理解し、俺はそれを無視した。
そうこうして4人で酒を楽しむ俺達。
キースは飲んではいるが全く酔えていない様であった。
ジルは自覚無くキースをその気にさせては凹ましを繰り返していた。
いつの間にか席がキララとキースが入れ替わりキララは俺にもたれ掛け、事ある毎に耳元でにゃーにゃーと訳の分からない事を言ってきた。
ジルが頼む料理の殆どが虫料理となりジルは一口程度食すと残りをキースと野生化したキララが平らげていた。
こうして俺達は談笑を繰り広げながら料理と酒を楽しんだ。
そんな中、不意にジルがキララに質問をした。
「キララ様。今日のクエスト依頼どうだったんですか?承諾なされたのですか?」
「ク、クエストの依頼!?どういう事だ!ルル本当なのか!」
俺は上から目線でキースにこう言った。
「ああ、俺の真の実力を知る人物がなクエストの依頼をしてきた。そうあれはきっと名のある女剣士様だ」
それを聞いたキースが。
「なんだ、キララ様への依頼かよ。ビックリするじゃーないか」
オチを先に言ってしまった。
そんな事はあの女剣士を一目見て直ぐに判断出来た。余りにも俺とかけ離れた格好、あの鎧一式で軽く家一つは建つのではないであろうか?
「にゃん?アレはルルへの依頼だにゃん。勿論僕も同伴するけどにゃん。でもメインはルルにゃん」
「「.............えっ?!」」
俺とキースが思わずハモる。
更に言葉を続けるキララ。
「依頼主は王国騎士団。千人隊長が一人。疾風のイフン。僕の数多くの親友の1人にゃん」
数多い?どうも俺も大分酔ったみたいだ。幻聴が聞こえた。
「ふむ、で俺は何をすれば良いんだ?」
「討伐にゃん!」
「「「えっ!」」」
ジルも仲間に入りハモる3人。
「ディルパレス廃城のエリアBOSS『首なき騎士』の討伐にゃん」
.............ふむ。
俺の性格もどうかと思うが、キララの性格もかなりひん曲がってやがる。俺はキララをそう評価した。
「.......ふむ、用事思い出した。先に帰るわ俺」
俺は椅子から立ち上がり酒場の出口に歩き始めた時だった。
「ガシッッ!」
「何処行くんですか?ルルさん?まっさっかっ!とは思いますが...............逃げる?なんて事はしないですよね?」
俺の肩を物凄い力で掴む。元天使は男達が勘違いする素振りをしながらもそんな事を言った。
俺はゆっくり顔だけをジルに向け。
「嫌だなぁージル。そっ、そんな訳ないだろ!?............じゅ、準備?そう準備運動を今からしとかないとな、ほら相手は強敵だし、心臓麻痺的な事で死んだら俺カッコつかないだろ?それに色々とアイテムとかも買い揃えときたいし」
「凄い汗の量ですね。目も泳いでますよ。声も尋常では程震えてますが大丈夫ですか?準備運動をするとはおっしゃりましたが、犬の遠吠えにビクつくルルさんにどんな準備運動が必要なんでしょうか?アイテムを買う?ポーション?聖水?それとも、魔法を覚える為のスクロール?ギル持ってませんよね?何が必要なのですか?もしかして生命保険担保に棺桶ですか?ああ、それは必要かもですね」
堕ちた天使ジルは、全てを見透かして、容赦なく俺の逃げ道を全て塞ぎ、最後に笑顔でとてつもない事を口走った。
続けて。
「それに今更何しても無駄ですよ」
天使擬きは、男が勘違いする仕草で俺のホッペをフォークでツンツンしながら俺に大人しく死ねと言った。
「はっ、離せ!ジル。おっ、俺はまだやり残した事がある!こんな所で死ぬ訳にはいかない!」
ジルに掴まれた手を振り払おうとしたのだが...............。
「あっ、あれ!?お前なんちゅー力してるんだよ!」
ジルの手はピクリとも動かず................。
「女性にその言葉はどうかと思いますが?まぁ、いいでしょ。やはり逃げる気でしたか。キースさん。すみませんが取り押さえるの手伝って貰えますか?」
ふっ、浅はか!...........ジルお前は馬鹿だ。思わず鼻で笑っちまった。
勝ち誇った顔を作ると。
「ふふふふっ、ジルよ。キースと俺は同じ境遇で育ち同じ命を賭ける同じ冒険者。ジルよ。お前が幾ら男達に人気があろうともキースと俺は親友。何度酒を酌み交わし何度涙を拭い合い何度夢を語りあったか!ジルよ。お前には分かるまい!俺に死ねだとぉっ!ああ、死んでやるさぁっ!でもなぁ、自分の死に場は自分で決める!それが俺達ぃっ冒険者だぁぁーーっ!あっはははははっ!よしっ、キース。俺は逃げる!ジルを取り押さえろ。なぁに、暫く姿を消すだけだ!心配するなよキース。半年後ぐらいにまた...............」
「ガシッ!」
「キースよ。イテテッ.........俺の腕を背中に回してどうする?取り押さえる相手間違ってるぞ。俺じゃーねぇよ!ジルだよ!本当にお前はオッチョコチョイだな。あはははっ、さあー離してジルを取り押さえててくれ、その間に俺は............。
「ガチャリ!」
「キースよ。何故俺に手錠を掛ける?というか何故これを持っている?そういう趣味か?まぁいい。取り敢えずそれは置いておこう。それよりも、ちょっとオッチョコチョイ過ぎないか?流石に、これは、ちょっと笑えないぞ..............」
と言った俺はキースがブツブツと呪いを掛ける様に、何かを呟いている事に気が付いた。
「..............ポイントアップ...........ポイントアップ..........ポイントアップ...........」
こっ、こいつ.............友情より女を取りやがった........。
「ゴルァーーーーーーっ!キース。テメェーーっ!よくも裏切りやがったな!」
「ふっ、人聞きの悪い事言うなよ!俺は元よりジル様の下僕さ。ペットさ。鎖で繋がれた奴隷なんだよ。ルル!」
こっ、こいつ..............シレッと性癖を曝露しやがった!..............。
まぁいい、まだこれぐらいなら逃げられる。
「ジル様どうしましょうか?手錠はハメましたがこのままでは、まだ逃げられる可能性があります」
余計な事を言う抜け目の無いキース。
「それならいい考えがありますよ。キララ様こちらに来て頂けますか?」
「にゃん?はーいにゃん」
「おーっヨシヨシ。可愛いですね。キララ様はルル様の横に並んで下さい。あっはい、そうですそうです。でっ.......これをこーすれば.............」
「ガチャリ」
「運命共同体の完成です。我ながらいいアイデアですね」
「いや..........あの...........ちょっと.............」
「流石ジル様です。これなら逃げられませんね。ウンウン」
「いや..........だから.........その.................」
「さぁ、キースさん。私達は飲み直しましょうか?私もう少し飲み足りないです」
「いや..........これは..........だから...............」
「あっはい!お供します。まだまだ夜はこれからですしね!トコトン飲みましょう」
「おい!俺の話を聞けよ!」
俺の話を無視して手錠で俺とキララは繋がれた。
2人は席に戻りそんな俺とキララを無視して楽しそうに話始めやがった。
クエスト依頼の心得なる一般常識が存在する。
クエストの途中破棄はやってはいけない項目の一つ。よっぽどな正当な理由が無い限り信頼を大きく損なう。一度失った信頼はもう戻ってはこない。
最弱のギルドにも関わらずクエスト途中破棄なんて事が世に知れれば恐らく俺達のギルドはクエスト依頼がもう二度と来ないであろう。
それを阻止する為に依頼を受けたキララとそれをこなす俺を手錠で繋いで運命共同体とか上手い事を抜かしたジル。
クエストを請け負った冒険者がクエスト中に死亡した場合のクエスト途中破棄はむしろクエストを命を賭して行ったギルドとして評価が上がる場合がある。
つまり俺の死がギルドの名声を高める場合がある............。
もう酒どころでは無くなった俺はキースとジルを酒場に残して繋がれた手錠の所為でキララを引き連れてギルドに向かう事にした。
『首なき騎士デュラハン』上位魔物の騎士系アンデッド。
死を予言する聖騎士の怨霊。首の無い馬に跨り、自分の首を片手に持ち、長剣と鞭を自在に操り、その一撃は大地に大きな爪痕を残すそうだ。
物理攻撃を無効化するアンデッド。
魔法がメイン攻撃となる様なのだが、俺は魔法のセンスは無い、スクロールを買うお金も勿論無い。
と、言うか基本『首なき騎士デュラハン』の討伐は冒険者ランクAの4人パーティー。もしくは冒険者ランクBの6人パーティーの依頼内容でクエスト難易度Aらしい。冒険者ランクEの俺がこのクエストを受けても恐らく『首なき騎士デュラハン』の攻撃の肉壁にもならないであろう。
居るだけ迷惑。それが今の俺の実力。
そして俺はきっとこのクエストで命を落とすだろう.............。
キララは今俺が背中でスヤスヤ呑気に就寝。俺がおぶっている。
やたら動く物に興味を抱く野生化したキララがアッチコッチと動き回るのでオンブして動きを止めたら直ぐに寝た。
「ふっ、気持ちいいぐらい穏やかな顔しやがって」
若干イラッとするものの。キララの笑顔は嫌いじゃない。
キララのヒモである俺を何とかしようと依頼を受けたのであろう?それとも俺の事は本当は............。
まぁいい。そんな覚悟はとっくに済ませてある............のか?...........ダメだ体が震え始めた..............。
「やっぱ。怖ぇーもんは...........怖ぇな..........」
気分が落ち込む俺にキララがいい夢でも見ているのであろうか?「ムヒヒヒ」とキモい笑い声をたまに俺の耳元で囁き掛ける。
ダメだ!イラつく.............俺は結構な勢いで前後ろに体を振ってやった............。
そんなこんなで俺達のギルド『愚か者フール』に着いた。
色んな思い出が頭を過る。
自然と俺の口元が緩む。
キララに泣かされ、ギルドを飛び出してジルに慰めされキララに誤って家に入れて貰った事。
キララに泣かされ、家に火を付けようとした時ジルに慰められ思い止まった事。
キララに泣かされ、包丁を持ってキララの寝込みを襲おうとした時ジルに慰められ包丁を捨て泣き続けた事.............。
そういい思い出。
俺が冒険者になり幸せだった時の思い出?
ん?............。
掘り起こせ俺。もっと底に眠るいい思い出を掘り起こすんだ俺.........。
あれ?............。
ふむ.............どうして俺はさっきいい思い出とか抜かしたのであろうか?何を血迷った事を考えていたのだろうか?段々腹が立ってきた。
横目でキララを見ると幸せそうに寝るキララをぶん殴りたい。
まぁしかし、それらは不器用なキララの愛情表現だった事は今の俺なら分かる。
「最後ぐらい華を咲かせないとな............」
そう呟いて俺はキララに微笑みかけるとギルドの中に足を進めた。
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女の子の髪の毛ってのは、こんなにいい匂いがするものなのか?初めての経験で俺はそんな事も知らなかった。
今日は満月。
雲はそこそこ存在し時折雲が月を隠し全てを黒く染める。
夜に活動する生物はこの街周辺ではごく少数。魔物・魔獣の殆ども夜には活動を停止させ一日の体の疲れを癒す。
夜道は非常に危ないのがこの世界の常識。夜は視界を大幅に狭め凹凸が激しい街道、剥き出しに尖る木の枝や岩、突然現れる地盤の亀裂。
それは人間だけでは無く魔獣・魔物にも当てはまる事。
夜に活動する夜目が利く稀な生き物と言えば鳥魔獣のクロウ、狼魔獣のバウル、そして人の野獣の俺ぐらいである。
俺の夜の主となる活動はギャグで行う夜這。
一つの屋根に2人の女性が居るのだ思春期全開のセンスある俺が何もしない訳がない。
いつもキララとジルの部屋に向かいドアのノブを捻る度に俺の体に流れる電撃や原因不明の発火現象で、死の淵を彷徨った後に俺は清々しい朝を迎える。
しかし今日は違う..........。
無防備なキララが俺の部屋のベッドで俺の横で寝ているのだ................。
キララの部屋は当然鍵が掛かっていたので必然的に俺の部屋のベッドにキララを寝かせた。離れようにも手錠で繋がれた俺は動けないでいる。
普通ならドキドキワクワクが止まらないシチュエーションなのでろうが俺は冒険者。キララを悲しませる事はしたくない。
「しかし、黙ってるとお前マジ可愛いな」
自然と出た言葉。勿論熟睡しているキララの耳には届かない。
「...........ルル...........」
キララが寝言で俺の名前を呼んだ。
「お前どんだけ俺の事が好きなんだよ。全く............」
俺は失笑しながらキララの顔を隠す髪を横に動かした..............。
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所変わってダンの酒場。
「いやーーーっ。ほんと楽しいですジルさん。俺、幸せ者ですよ。あはははははっ」
「もう、キースさんたらお上手なんですから」
会話に華を咲かせるキースとジル。
「ところでルルとキララ様一緒にしてても大丈夫なんですか?ルルの奴は野獣ですよ」
「ええ!全く問題ないです。むしろルルさんの心配をした方がいいかも知れません」
「ん?どういう意味ですか?」
「実はね。昔私が飲んでいたアルコールをキララ様が間違えて口にされて泥酔された事があるんですよ」
「ふむふむ」
「そのまま眠りにつかれたキララ様は、突然ぶつぶつと何かを唱え始められまして」
「ふむふむ」
「そうして家を全焼されました」
「えっ!?」
「確か................」
ジルは人差し指を突き立てこう言った。
「『ヘルファイア』だったと思います」
「ドカカカカアァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!」
ジルの言葉と同時に外から轟音が響き渡ってきた。酒場の壁を揺す爆風と、爆心地から伝わる地響きがその威力の壮絶さを物語る。
「そうそうこんな爆音が轟いて、そしてギルドが全焼したんですよ」
顔を引き攣らせるキース。そんなキースにジルはニッコリ微笑みそう言った。
「いやいや、ジルさん……そこ……笑うとこ?……ジルさんそれ知ってるなら……キララ様を止めないと……」
そんなキースに、ジルは舌を出して「色々と私はイケない女でした」と軽い拳で自分の頭を軽く叩くジルの笑顔は、とても可愛く、全てを許せた。