Celestial Night
※Terra編をクリアしてから読まれることをおすすめします。
遠くまで来てしまったような気がする。
とても遠くまで……。
「ただいま……篝」
若々しく輝く新芽。
岩と砂礫の荒涼とした世界でたった一つだけ芽吹いているその小さな若葉を、淡い光の中から見つめた。
光は少女達の命を包みこんでいた。
もう一度肉体を再生させる前に……。
「少しだけ、二人きりにさせてくれ」
瑚太朗は光の中から飛び出し、空気のない月面に飛び降りた。
魔物として蘇った身は、光も空気も、なんの枷もない。
少女達の命と繋がりを持つだけの、形を変えた存在としての命。
「ようやくあんたと同じ存在になれた気がするよ」
若葉に語りかけると、風もないのにふわりと葉が揺れた。
まるで出迎えてくれているかのようだった。
「篝……」
たくさんのことがあった。
遠くまで来た。
すべてが過ぎ去ったことだけど。
この存在に出会えたことが、すべての始まりのようなものだった。
「『良い記憶』を、見つけたんだ」
それだけを伝えたかった。
この存在は、命の片割れ。
同じものではないかもしれないけれど。
もう二度と会えないのなら、せめて……。
可能性を残した、この命に伝えたい。
「何から話そうか……。まずは双子の妹……いや、姉かな。彼女の話をしてあげるよ」
少女達の命を包んだ光が、ちょうど月光のように辺りを照らしていた。
意識はないから、聞こえてはいない。
内緒話のようなくすぐったさを感じた。
「篝……出ておいで」
瑚太朗が語りかけると、若葉の先から幻光のような揺らめきが人の形をとりはじめる。
寸分違わないその姿を、瑚太朗は懐かしく思いながらも当たり前のように受け止めた。
「篝……」
燐光に包まれた少女の姿。
決して届かない存在だと思っていた。
今ならわかる。
人以外の存在になったからこそ。
彼女はずっと、そこにいた。
いつだってそこにいたのだ。
「……」
篝は瑚太朗をじっと見つめた。
いや……見ているのではない。
高次の存在である彼女は、すべてを見透かしている。
ここにいる命が、彼女に会いにきたものであることを。
「……」
篝が手を伸ばして、瑚太朗の頬に触れた。
その手を優しく包み込む。
人の姿をした星の化身。
こうして触れ合えることが、命の繋がりを確かに感じさせた。
「最初はとても怖かった」
瑚太朗は語り始めた。
「根源的な恐怖だった。人が抱く……最初の感情。それは身を守るために生まれた手段だが、破滅を回避するための本能のようなものかもしれない。あんたに最初に抱いた感情がそれだった」
篝は静かに聞いていた。
「それはきっと、篝も同じだったはずなんだ。人というものを恐れる気持ち。だから理解しようとした。人間には、それが足りなかった」
「……」
「恐れに立ち向かう勇気を篝が教えてくれた。理解しようとする心。……篝。あんたには心がある。それを伝えたかった」
「……」
口を開きかけた篝の唇に人差し指を押しあてた。
「双子の姉の話をしよう。もういなくなってしまったけれど、彼女が光を齎してくれた。人を可能性というともし火に導く光」
瑚太朗は地球を見つめる。
青い星は、いま静かに白い大地に染まりつつあった。
いずれすべてが氷結する。
その前にきっと、たどり着ける。
「性格は、あんたにそっくりだったよ。生意気で、上から目線で、横柄で。……でも優しくて。いつしか彼女に惹かれていた。それは遠くて深い場所、自分という存在の奥にある感情だったけれど、道を見失っていた者がたどり着くぬくもりのようなただひとつの想いだった」
「……」
「その想いがあったからこそ、篝という存在に尊さを見出すことが出来た。……篝。命を繋ぐということは、存在を分かち合うことなんだ。彼女は人を愛した。人に可能性を残した。そして、……君も」
唇を寄せる。
温度を伝えて、柔らかさを与える。それは感謝の徴に他ならなかった。
「それをどうしても伝えたかった。人を捨てた身だけれど、この想いまでは捨てていないから」
篝の澄んだ瞳は、瑚太朗を通して、確かに何かを受け入れていた。
それが何なのかを知りたいとは思わない。
永劫の孤独を強いられた篝。
その領域にとても届きはしないけれど。
受け入れてくれれば、……それでいい。
「さて、と」
命の光の珠を見上げる。
「そろそろお嬢さん方に、紹介でもしてあげようか」
篝の手を取って、ダンスでも申し込むかのようにお辞儀をする。
「俺の、運命の恋人を」
うん、ちょっと、夢見すぎてます。(苦笑)
告白しに会いに行ったんじゃないかな、と。そうだったらいいなと思いました。
Moonのラストは悲恋っぽかったので。いや、あれ、恋愛といえるかどうか微妙ですが。