表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

宿屋の少女と狂神父

 僕たちはリーフさんの案内を得ててきとうな宿屋を探し出すとそのまま一つ部屋を借りて休むことにした。

 ベッドは大きなダブルベッドが一つ置いてあり、僕は毛布か何かあればいいから二人が使って? と言っても聞き及んでくれず仕方なしに三人で寝ることになった。


 女生と、しかも好きな人と一つ屋根の下という事に緊張して眠れないかもしれないという思いがあったがそれよりも異世界に来たという事でかなり疲れていたのだろう。僕の意識はすぐに暗転してしまった。


「へっくしゅん」


 僕は少しの肌寒さを感じて目が覚める。

 おかしい。昨日は暖かく柔らかいベッドの上で眠りに着いたはずなのに今いるのは固く冷たい床の上だ。


 昼の温度は普通に高いようなのだがどうも朝方だと冷えるようだ。

 かなり寒い。


 ベッドに目を向けてみると……。


「おにいちゃ~ん」


「咲夜君はすはす」


 正直ドン引きした。と言うかさすがにここまで来ると狂気を感じてしまう。

 いや、本当に二人には申し訳ないと思うがちょっと……いや、だいぶ怖い。


 二人は僕の夢を見ているのかむにゃむにゃと寝言を呟きながら互いに抱き合って眠っていた。


「あら^~」


 BLは嫌いなのに百合を見るとどうしてこんなにも心が穏やかになるのだろう。

 僕へのあの狂気的な好意さえなかったら今の状態を純粋に変態の目で見て楽しめるのだが……。――? 純粋に変態の目ってなんだ? まあいいか。


 どうして床に落とされているのかを考えてみると、その答えはすぐにわかった。

 花音の寝癖が原因だろう。

 以前、彼女がベッドに潜り込んできていた時にも何度かあったのだ。つまり花音はかなり寝癖が悪い。


 だがまぁ、忘却していた僕が悪いだろう。


 特に何をするでもなく僕は備え付けられていた毛布にくるまってそのまま二人が起きるまで二度寝に着くとした。


「お兄ちゃんじゃない!」


「咲夜君じゃない!」


「はっ、え? なんだ? 何の騒ぎ!?」


 夢の中で昔やっていたゲームをプレイしていると言う今はもうできないであろう貴重な体験をしているとふとそんな叫び声とともにがたがたと物音がした。

 僕は慌てて飛び起きると声の主である二人がさっきまで寝ていたベッドに目をやる。


 そこにはいがみ合う二人の姿。


 なるほど。どうやら結局あのまま同時に目を覚ましてしまったようだ。


「と言うか、お兄ちゃんがどうして床で寝てるの!?」


「え? なんでかって? 自分の寝相を思い出してみたら?」


 にっこり笑って口にすると思い当ったのかそっと目を泳がせた花音。


「では明日からは花音ちゃんが床で寝て、咲夜君が私と寝るという事で……」


「はぁ? なに言ってるの? お兄ちゃんの嫁である私を差し置いていい度胸してるね? 殺すよ?」


「お兄ちゃんの嫁。なんて倫理に反してる言葉を平然と言ってのけるその精神力だけは評価しますよ。でも、咲夜君は私のです」


「殺すか」


 外国の映画に出てきそうな殺戮マシーンのように無表情に、しかし、れっきとした殺意をその目にたぎらせてリーフさんに歩いて行く花音を僕は後ろから抱きとめる。


 身長的に花音の背中辺りに顔をうずめるようになってしまうがどうでもいい。

 この馬鹿な妹を何とかして止めないと。


「ちょ、ちょっと二人とも待てって」


 僕は二人に落ち着くように言う。

 リーフさんの方はそれで何とか冷静に慣れたようだけど頭に血が上っている馬鹿な妹は止まらない。


 本当になんなんだ!? この妹!


「お兄ちゃん離して! そいつ殺せない」


「お兄ちゃんそんな言葉聞きたくなかったなぁ!!」


 少々力を込めて後ろに引き倒すようにする。

 少し痛いかもしれないが今の花音を冷静にさせるにはこれしかないだろう。


「――ッ痛!?」


「すまん。大丈夫か? でも、いったん落ち着け」


 勢いよく後ろに倒れ尻餅をついた花音が痛そうにそこを擦っている。

 悪いと思うがでも花音も悪い。


「――お兄ちゃん」


 僕の言葉を聞くと花音は急に僕のことをじっと見つめてきて僕のことを呼ぶ。


「なんだ?」


 返すと花音が少し頬を赤らめて唇を動かした。


「ちょ、ちょっと私今寝ぼけててあんなことをしちゃったみたい」


「寝ぼけてって……」


 絶対嘘だ。

 と言うか殺すとか言うくらいだし頭に血が上ってたから完全に起きていただろうが。


「それで、寝ぼけてるからさ……ちゃんと起こしてくれない?」


「はぁ? だから起きて……」


 そこまで言いかかって思わず口を閉じざるを得ない。

 だってすんごい怖い目で僕のこと見てくるんだもん。

 いやー、超怖いね。あれは……。魔王とかこの世界に居るのか知らないけどいたら魔王も一瞬で殺すんじゃないかなー? それくらい怖い。うん怖い!


「起こしてくれるよね? お兄ちゃん」


「あ……うん。ぐ、具体的には何を……?」


 聞くとさっきまでの怖さはどこになりを潜めてしまったのだろうか。

 今度はテレテレと頬を朱に染めてもじもじし始めた。


「お兄ちゃんってばぁ……。目覚めのキスに決まってるじゃない……ア・ナ・タ」


「――――」


 ひゃー!! 怖い! 怖いよ!!

 この子本当にどうしてこうなっちゃったのぉ!?

 ヤバすぎるでしょう!!

 だって、だって……ねぇ!?


 妹だよ!? 相手は実の兄貴だよ!? 血がつながってるんだよ!? なのにどうしてここまで……もうほんと僕驚きなんだけど!!

 妹が居ない人は自分の両親を想像してくれたらいいが、その相手からおはようのキスをせがまれるんだよ!? 恐怖だよねぇ!?


「お兄ちゃん?」


 僕が黙っていることをいぶかしんで花音が眉根を寄せながら再度睨んできた。


 ふと、思い出し僕は背後に立っているリーフさんに目を向ける。

 すっごく悔しそうな目で唇を噛んで僕のことを見ていた。


 うん、可愛い。かわいいけどさ……ちょっと……いや、結構怖いよ……?

 リーフさんってばたった一日で花音のヤンデレがうつったんじゃないのかな?


 でも、リーフさんには悪いがここは花音の言うことを聞かざるを得ない。

 なぜならば――……。


「お兄ちゃん……やっぱりそっちの女の方が……。お兄ちゃんを惑わすなんて……やっぱりころs……」


 花音がい生きるよりも前に僕は意を決して彼女の唇を奪う。


 そうだよ! この妹は一度僕を殺してるから人を殺すことに抵抗があんまりないんだよ!

 放っておいたら全員死んじゃうよ!


「はぁ……おにいひゃん……」


 花音が甘い息を漏らす。

 柔らかな彼女の唇が僕の脳に麻薬を打ったみたいに興奮を与えてくる。

 さっきまで血がどうこうと言っていたのも目の前に居る人に、妹ではなく女に対しての行動をとってしまうと結局は意識してしまうのだ。

 まぁ、麻薬は時間で切れてくれるのが救いだ。


 ある程度すると僕は花音の唇から離す。


 男のままだと我が愚息が遮断機のように起き上がっていただろうが今は幸いにして幼女。そんな心配はない。


 ――そう言えば結局愚息は一度も使うことなく終わったなぁ……。


 あの時……花音に襲われた時に素直に言うことを聞いていれば……って違う違う!! 危ない危ない。まだキスの麻薬が脳を侵食しているようだ。


「起きたか?」


「ん、まだ」


 言って今度は向こうから抱きついて僕の唇を貪らんとばかりに、己のを押し当ててくる。

 不意打ちであったため避けることが出来なかった。


「も、もう! 起きてるじゃないですか!!」


 と、いいところでリーフさんが割って入って来てくれた。

 よかった。あとちょっとで麻薬漬けになってしまうところだったぁ……。


 幼女が麻薬漬け……かなり危険な気がする。


「まだ起きてない!」


「起きてます!」


「起きてないぃ!」


「起きてるじゃないですか!!」


 何やらまた言い争いが勃発してしまったので仕方なく僕は二人に声を掛けた。


「なぁ、そんなことよりご飯食べに行こうよ」


 この宿屋は一階の食堂にてこの宿のご主人が出してくれるおいしいご飯があるそうなのだ。

 あ、ちなみにここは三階である。


 僕の完璧な提案に二人は……。


「そんなこと!? お兄ちゃんにとってはそんなことだって言うの!?」


「そうですよ咲夜君!! そんなことなんかじゃありません!!」


「――――。あーはいはい。すみませんした」


 さすがにもう相手が面倒になってきた。

 僕だけでも飯に行くとしよう。


「じゃぁ、先に飯行ってるから落ち着いたら二人もおいで」


「ちょ、そう言う事じゃ……」


 花音が最後に何かを言っていたがさすがにもう無視させてもらおう。

 と言うよりもおなかが空いた。僕のお腹がくう~と小さな可愛らしい音を立てる。


「うわぁ、自分の腹の音がこんなに可愛いとかマジで気持ちわりぃ……」


 呟きつつ階下へと下って行くと昨日夜遅かったと言うのに丁寧に対応してくれたおばさんと、若い、今の僕より少しだけ歳を取った女の子がいた。


「おはようございます」


 僕はまずおばさんに挨拶をする。

 高校生の僕は引き籠っていたと言うのにこの体はなんだ? 人に話す時のあの何とも言えない恐怖心や話している際に勝手に汗が出てしまうなどと言う現象が全くおこらない。

 コミュ症だった僕には最適な体である。


 僕のあいさつにおばさんは僕の存在に気が付き笑顔で返してくれる。


「あら、おはよう。昨日はよく眠れた?」


「はい、大丈夫です。いい床、じゃなかった……良いベッドですね。柔らかくて暖かかったです」


 危うく児童虐待の罪を花音とリーフさんにかけてしまうところだった。


「ふふっありがとう」


 朗らかに笑うおばさん。

 その彼女の腰を掴んでその陰に隠れるようにして僕のことをじっと見てくる小さな女の子。

 

 僕と同じ白髪で、瞳の色はエメラルドがそのまま埋め込まれているかのように鮮やかなグリーンだ。

 目鼻立ちが整っていて将来が有望と言うのだけが感じ取れる。


「おはようっ」


 前の姿なら事案だが今は僕の姿は同じロリ! 小さな女の子に優しく声を掛けることすら余裕である。

 宿屋のおばさんの知り合いなのだとすれば仲良くなっておいて損はないだろう。


 だが、僕の想像とは違い彼女は怯えたようにその姿を隠してしまう。


「ごめんね、この子酷い人見知りで……そう言えば君は何歳だったかな?」


「僕は十八……じゃなかった十歳です」


「僕?」


 僕と言うところに疑問を持たれるがそこは笑顔で誤魔化しておこう。

 まるで『何か間違ったこと言いました?』と言わんばかりに満面の花のような笑みを受けておばさんのいぶかしんでいた目が優しい物に戻る。


 どうやら疑いは解けたようだ。


「ほら、テイル。貴方はこの子よりも二つ上なんだから……お姉ちゃんらしくちゃんとしなさい」


 女の子の名前はテイルちゃんと言うらしい。


「お、おはよう……ございます……」


 消え入りそうな声でぼそっと呟くとまたおばさんの陰に隠れてしまった。

 ふむ、どうやらかなりの人見知りのようだ。

 だが、人見知りはこじらせ続けるとコミュニケーション障害と言うとても厄介な物になってしまう。

 ここは経験者として彼女の人見知りを治してあげるとしよう。


 まぁ、いつまでここに泊まるかはわからないが、少なくとも出ていくまでは積極的に話していくとしよう。


「うん、おはようテイルちゃん」


 とりあえず笑顔を向けておいた。

 どうやらこの世界においての僕の笑顔は大量の冒険者すら一本釣りしてしまう代物のようで、この笑顔に間違いはないだろう。


 まず、ファーストコンタクトはこれくらいで良いだろう。それよりも僕は飯を食いたい。


「おばさん。食堂ってどっちですか?」


「ああ、それならあっちよ。私の主人が腕によりを込めて作ったからすっごく美味しいのよ。楽しみにしててね」


「はーい。ありがとうございましたぁ」


 感謝を伝えながら僕は頭を下げる。


 そして最後に、


「テイルちゃん。またね」


 白髪の幼女に笑顔で手を振っておいた。

 一瞬彼女はポカンとした表情を見せたがすぐに慌てて、小さくだが振り返してくれる。


 ああ、小さい子は無垢で可愛いなぁ。


 花音も昔は可愛かったのになぁ……。


「ちょ、あんたは部屋で残飯でも食ってなさいよ。お兄ちゃんと食事をとるのは花音だから!」


「そんなぁ……私も入れてくださいよぉ!」


 何で……本当に何でだよ……。


+++


 料理は本当においしかった。どれくらいおいしかったかと言うとほっぺどころか全身がとろけ落ちて床の隙間から地面にまで落ちてそのまま大地の肥やしになりそうなくらいおいしかった。

 うん、まった行く意味が分からねぇ!


 でもそれくらいおいしかった。


 そしてそんなおいしい料理を食べた僕はなぜか今街の路地裏にて三人の男に絡まれているんですよ。

 はい、まったく意味が分かりません。


 おかしな話ですよね。


 今日はとりあえず生活に必要な物を買いに街に出たわけなんですけどこの世界の文字が読めない僕に取っちゃあもう、最悪以外の何物でもないんですよね。

 何もできない。


 だからリーフさんに付いてきてもらおうと頼んだら花音が『それはデートになるから私も行く』と言いだして結局三人で外に出たのだ。

 だと言うのに二人はまた勝手に喧嘩を初めて気が付けば僕の事なんか忘れたかのようにその場で立ち止まりいがみ合いが始まった。


 さすがに人目もあるしみっともないので止めようとしたのだがそれを見ていた人の一人が賭けごとをし始めたのだ。

 そしてあれよあれよと言う間にリーフさんと花音の周りには大勢の人だかりが……。


 僕は流されるように路地裏まで放り出されたわけなのだが、そこでこの始末。


 なんだこれ? ピタゴラス〇ッチも驚きな綺麗な負の連鎖だよ。

 面倒くせぇ……。


「えーっと?」


 僕は僕を取り囲んでいる三人の男に目を向けた。

 全員が全員どこにでもいる不良っぽい。日本でもこの手の輩はネットで笑いの対象になっていたので外に出なかった僕でも知っていた。


 僕の疑問の声に三人が優しげに微笑んで近づいてくる。


「お嬢ちゃん。お兄さんたちお菓子持ってるんだけどさ、お家に遊びに来ない?」


 あ、これ誘拐だ!

 やべえよ! どうしよう異世界転生二日目で誘拐とかたぶん史上最速記録叩きだしたんじゃないか?

 いや、知らんけどさ!


 でも、何て言うんだろうか……。

 あんなダメダメだった僕が誘拐されるほどの存在になったと言うのは不謹慎だけどちょっとうれしいかもしれない。


 だが、今の僕の姿は鎧を外してリーフさんがさっき適当に買ってくれたどこにでもあるような服を着た姿だ。

 正直なところ僕なんかを誘拐しても身代金が入るとは思えないのだが……。


「なぁ、兄貴。こいつ引き渡す前に一回ヤらしてくれよ」


「はぁ? お前って本当に気持ち悪い性癖だよなぁ……壊すなよ?」


「へへっあざーっす」


 おい、犯人ども。話が聞こえているぞ?


 いや、普通の十歳児ならたぶんわからないだろうが……。

 ふむ、日本で暮らしてきたから誘拐と聞いたらまず身代金だと思ったのだが……ここは異世界だ。奴隷商があるのかもしれない。そこに引き渡したりした方が金になるよなぁ……。


 それにその場合だと相手の家族が裕福とか調べる必要とかもないし。


 あと、そこの男のように幼女趣味の変態みたいに強姦目的もあるだろう。


 うわぁ……異世界のブラックなところに来ちゃったよぉ……。


「いえ、僕はちょっと用事があるので……」


 おかしになど釣られはせん。僕は見た目は幼女中身は大人の立派な男だ。

 悪いがここは足早に立ち去るとしよう。


 踵を返し路地裏から出ようとした瞬間、男の一人が僕の口に手を当てて口を塞ぐ(といっても本当に抑える程度で、出そうと思えば声は出る)とそのまま僕を軽々と持ち運び始めた。


「んだよ、こいつ。ちょっと賢いな」


「へへっお嬢ちゃんの純潔は僕がもらうからね?」


「おい、つってもこいつは一応依頼だからよぉ……。絶対に壊すなよ?」


「大丈夫だって」


 ――依頼?

 いったいどういう事だろう。

 まったくもって意味が分からない。


 僕はまだこの世界に来て二日だ。僕の誘拐を依頼する奴なんているはずがない。

 一体どうして――はっ!? 今はこうして考えている場合じゃなかった! どうにかして逃げないと……って、たぶん僕が抵抗したらこの人たちは汚い花火を上げて死に絶えるよなぁ……。


 どうしようか。

 隙を見て逃げるか?

 うーんでも……。


 僕は顎に手を当て男に担がれながら熟考する。


「――って、違う! 考えている場合じゃない! 逃げないと!」


「あ、こらガキぃ! ついに勘ぐりやがったな!?」


 思わず声を出したことで僕を担いでいた男が慌てたような声を上げた。


「だ、誰かー! 助け、むぐっ」


 僕の口が大慌てで強く閉じられる。


 今度は先ほどと比べ物にならないくらい強くだ。

 無理やり顎を開いて指を噛み切ってもいいのだが、男の指など口の中に放り入れたくない。考えるだけで吐き気がする。


 まぁ、最悪本気を出せばどうとでもなる状況だ。今は彼らに流されてあげるとしよう。


 しばらく小さな抵抗を試みていると、ふと僕は男たちの前方に一人の男が立っているのを確認する。

 もしや仲間か? と思ったがその身なりは他の三人とは明らかに違う。


 黒い神官服に身を包んで右手には赤い果実が詰まった紙袋、左手には茶色の教本と思われるものを持った男だ。


「君達、その子の知り合いかね? 私にはどうにもその子は誘拐されているように見えるのだが?」


 男の低い声音が路地裏に静かに響き渡る。


「ち、違うッすよ? こ、この子は親戚の子で……お、叔父が倒れたからその探して……ほら、女の子だし担いだ方が早いなぁーっておもってさ。だから退いてくれよ」


 それに対して僕を担ぐ男がわずかに動揺を見せながら適当に出まかせを口にした。

 ふむふむ、この誘拐犯ただの不良だと思ったらちょっとだけ頭のいい不良だったみたいだ。


「本当かな? だったら、その子の口から聞かせてくれないか?」


 だが、そんなのは神官服の男には通じない。

 僕の口からそれが本当だと聞かない限り避けないと言ったのだ。


 僕を担ぐ男は小さく舌打ちすると残りの二人にだけ聞こえるように小さく呟いた。


「やれ、殺しちまっても構わん」


 その言葉を聞くとまず一人が駆けだす。駆けだした男の腕にはククリナイフが握られていた。服の下に隠していたみたいだ。

 ククリナイフを振り上げて襲い掛かる男。その背後に同じようにククリナイフを持つもう一人の男が奇襲を狙う為に身を潜めて追従していた。


 神官服の男は一人目の男の大きく振り上げられたククリナイフをさらりとかわし、足でけり飛ばした。

 が、足を上げてバランスを崩している男に二人目のククリナイフが迫った。


 避けられるはずがない完璧なタイミングで避けられるはずのない完璧な動き。

 この不良たち、ただの不良ではない。――できるッ!


「じゃねぇー!!」


 思わず叫んでしまった。男の手が緩んでいて声が出たのだ。

 ヤバい、僕なら大丈夫だったのにそんな僕を助けようとしてやってきた人を死なせてしまうなんてそれは駄目だ。


 だが、もうすでにククリナイフは僕の人外的なステータスを持っても間に合わない位置にある。


 最悪だ。

 そう思った。


 が、しかし次の瞬間僕の目は信じられないものを捉える。


 男に突き刺さったククリナイフが鈍い金属音と共に弾かれたのだ。

 大きなナイフが人の肌を切り裂けなかったのだ。


 驚きククリナイフをはじかれた男は呆然と自分の手に残る痺れた余韻を見つめた。


「え?」


 そして驚きの声を上げた瞬間迫っていた二人目の男も路地の壁に叩きつけられていた。


「なかなかの腕だ。なぜ世のため人の為に使わないのか私にはまったくもって理解できないな」


 小さく口にすると、男は僕のことを担いでいた男を見た。


「く、クソぉ! 仇ぐれぇ、取ってやる!!」


 男はさっきの二人同様服の中からククリナイフを取り出すと僕を投げ捨てて右手に持って構える。

 おいおい、誘拐犯が誘拐した子を投げ捨ててんじゃねえよ。


 そう思ったが口には出さないでおこう。


「ほう。なかなか見込みある若者だ。本当にどうして世のため人の為にその気持ちを使わないのか不思議でならないなぁ」


「るっせぇ!! ぶっ殺す!!」


 叫びながら男は神官服へと肉薄する。

 右手のククリナイフを構え、すると突然構えたはずのククリナイフを神官服の男へと投擲した。


 それを易々と逸らす神官服の男。

 だが、その一瞬の隙に彼は先の男が取り落としていたククリナイフを拾うと勢いに任せて下から上に切り上げた。


 ――異世界の不良強すぎだろ。


 だけど、それ以上に……。


 ――異世界の神官がやべぇ……。


 男の完璧な切り上げをいともたやすく左手の教本を持った方の手で受け止める。と言っても腕の半ばあたりにその刃が当たるようにしているが。


 あのスピードなら腕が切り飛ばされてもおかしくないはずなのだが、それでも男は易々とククリナイフを受け止めてしまった。不敵な笑みすら浮かべて。


「どうやら、君達には悪いことをしてしまったみたいだ。皆私の姿を見ると大体逃げ出すのだが……やれやれ、まだ私に向かってくる不良が居たとは驚きました」


 ゆっくりと口を動かして話しはじめる神官服の男。


 その姿に誘拐犯の男が戦慄している。


「く、黒の、神官服……。みんなが知ってるって……おい、おい、嘘だろ?」


「だから言ったじゃないですか。私は悪いことをしてしまったみたいだと……。だってまだ名乗っていませんでしたからね」


「ふ、ふざけんなよ……何でイカレタクソ神父がここに……」


 何やらシリアス展開になってきているが正直全くついていけない。

 なんだよ、何で一番重要なポジションの僕が何も理解できないの? おかしくね? おかしいよね? うん、すっごくおかしいと思う。


「嗚呼、その名前はあまり好きじゃないなぁ。ちゃんと呼んでくれないか? レヴィアルージュ教の神父ってさ」


 ごめん、ほんと着いて行けないわ。

 悪いね、なんか本当だったら『な、な、なんだってぇー!?』ってなりそうなはずなのにね。

 うん、ごめん。知らないからよくわからん。


「頭のイカレタ狂神父がこの町に出るって噂……マジだったのか」


「嗚呼、どうやら貴方は私の言葉を無視したようだ。それは看過しがたいことだ。レヴィアルージュ様もきっとお怒りになるだろう。『人の悪口は言う物ではない』とね。故にレヴィアルージュ様に変わって私がキミに神罰を与えよう。まぁ、誘拐の現場を目撃して神罰を与えないつもりはありませんでしたけどね」


 神官服の男はつらつらとそう述べると、赤い果実の入った紙袋を足元に置き、恐怖に顔を青く染める誘拐犯の男に向かって拳を構える。


「あ、ぁあああっ! クソがッ!」


 男が慌てて踵を返し僕の方へと戻ってきた。


 ヤバい、また捕まる! と思ったが男は僕の横を素通りしてそのまま逃げて行こうとする。


「そこの少女、少し頭を下げていたまえ」


 神官服の男がそう言った。

 僕は言われた通りに頭を下げる。


 すると、神官服の男がもうだいぶ離れてしまった男目がけて拳を放った。

 そんなアニメやマンガじゃないんだから風圧だけでとか……うわっ! 頭の上をなんか殺人的な風圧が抜けて行ったよ!?

 こええ、やべえよ、何あの神父!?


 僕は拳を放たれた誘拐犯の男に目をやった。

 するとそこでは……ちょうど誘拐犯の男が破裂している所だった。


「――え?」


 臓物と血液をまき散らし、あたり一面を赤黒く汚しながら爆発したのだ。


 異常な光景。

 先ほどまで人の形を留めていた物が一瞬にして原型を失いぐちゃぐちゃになった。


「こら、そっちを見てはいけない!」


 ふと、神官服の男が声を掛けてきて足音が近づいてきたのがわかる。頭を上げて彼を見上げるとそこには――。



「大丈夫かい?」


 満面の笑みで僕の頭を優しく撫でる男の姿があった。

 人を殺したと言うのにこの態度。僕は一瞬にして悟った。





 嗚呼、確かに狂神父だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ