ステータスと大怪鳥
「あ、いや、こ、これはだな……」
どう弁解した物か……。
と言うかどうして浮気現場を見られた夫みたいなことを言っているのだ僕は……。あれ? でも確か僕は花音と生きていくみたいなことを言っていたような気がするぞ?
だったら浮気みたいなではないのかもしれないなぁ。
しかしまあ、そんなことは置いといて、今の状況は余計なことを言った瞬間首を絞められて殺されてしまいそうだ。もちろん女神様の後にだろうが……。
これは間違ってはいけない選択肢。間違いイコール死を意味するギャルゲーの皮を被ったホラーゲームだ。
「お兄ちゃん? 嘘はつかないよね? ――――あ! わかった! お前が……お前がお兄ちゃんを催眠か何かにかけているんだろ!? 殺してやる!」
え? ちょ、まってよ!? そんなわけないだろ!?
そう思うもすんごい怖い顔の女の子に、たとえそれが妹だとしてもコミュ症ゲームオタクが口を挟める道理などどこの世界に存在しているだろうか。
「やれるものならやってみなさい? 咲夜君と両思いになれた今、あなたなんかに負ける気はしないわ!」
ええ!? 女神様もなんかやる気だぁ!?
あと地味な咲夜君呼び、ありがとうございます!!
じゃなかった、この睨みあう二人を止めないといけないのだった! でもなぁ……。うわっ怖い! なんか睨み合ってるところから火花が出てる気がするよ!?
女の争い怖すぎる!
「ちょ、ちょっと二人とも……あ、ごめん」
睨まれてついつい小さくなってしまう。
「だいたい前世の頃からずっと咲夜君を見てきましたが、あなたはいったいなんですか!? 本当に愛し合うなら私は許そうとしました。……でも、でも! 半ば強制に咲夜君のファーストキスを奪い、焦らしプレイに最後は無理心中……ふざけているんですか!?」
そんな、ほんとに全部見てたのか、女神様は……。好きな人に別の女の人とのアレな行為を見られたのはどうも嫌な感じだ。
「そんなことないッ! お兄ちゃんは花音の物で花音だけの物で、お兄ちゃんのはじめては全部花音がもらうし花音のはじめても全部お兄ちゃんの物だもん! それは神が決めたことで、でも神でもその仲を引き裂くことはできないの! ――――と言うかあんたなんなの? 見てたって、ストーカー?」
おお、凄い。
まだ、今言い合いをしている相手が今まさに自分が言っていた神であると気すいてないだろうに見事に当てている!
花音の感はなかなか侮れないなぁ。
「ス、ストーカー!? 私は女神リーフ、咲夜君を思う一人の女神ですぅ!」
「はぁ? なんですか? 女神(笑)? あ、お兄ちゃんがよくやってたゲームのオタク仲間とか?」
…………。
いや、どうしてこの幼児体型の僕が兄ちゃんと気づけて目の前の超絶美女を女神と認められないんだよ。
どう考えても女神様の方が女神っぽいだろうに。
僕なんか男から幼女だぞ?
どう考えてもこっちの方があり得ないだろ。
「なあ、花音。悪いがこの人は本当に女神様だ」
「……本当なの? お兄ちゃん」
訝しげに眉根を寄せて問うてきた花音に、僕は優しく微笑みかけて頭を撫で……ようとしたが身長的に無理だったので花音の手を取って上目使いと言うロリきゃわボディを最大限に活用した方法で言ってやる。
「お兄ちゃんの言うことが信じられないか?」
「お兄ちゃんと言うことが信じられなくなりそうなくらい可愛い……。この見た目も……ゴクリ……」
って、え?
なんか違う方向に話が……。
困惑していると僕の頬に花音の手が添えられ、花音が腰を折って目線を僕に合わせると……僕はそのままキスされた。
口内に舌が侵入してきて、女神様の前だと言うことに必死に抵抗しようと肩を掴んで引きはがす。
恥ずかしくなって俯いて口に手を当てる。
つい、油断してしまっていた……。
ロリスタイルと言うことでもうこんなことはされないだろうと思っていたのだが、この馬鹿妹はどうやらそんなの関係ないらしい。
……あれ? よく考えれば女神様も僕の前世の容姿には固執していない的な事を言っていたな。
……男としてちょっとショックだなぁ。
「って、何やってるんですか!? 大丈夫ですか? 咲夜君。嫌いな人にキスされて可哀想でしたね……。あ、私で口直しを……」
僕の肩を抱き、ぎゅっと抱きしめてきた女神様。
柔らかな胸が当たってちょっと興奮した。
いや、そうじゃない。
問題なのは女神様の発言で、その後のこの今現在近づいてくる美しい顔だ。
頬を染め桃色の可憐な唇が近づいてくるのは男の僕から言わしてみれば非常にうれしいことだ。
ぜひとも歓迎したいところなのだが、その唇が僕のと重なった瞬間の花音の反応は想像に難くない。
一瞬にして二人分の他殺体と自殺した遺体がこの場所に作られる。
「ま、今はまって……。大丈夫、だから……」
あからさまにシュンとなってしまったが仕方なし。
あとでめちゃくちゃ謝っておこう。
とにかく今は……。
「なあ、花音。話があるからすべて話し終わるまで一切口を挟まないでくれるか?」
真剣な表情でそう告げた僕を見て花音の顔も真剣な物に変わる。
それを見てからうんと首を縦に振り、僕は話し出した。
「まずは、この森、つまりは現状についてだが。ここは端的に言えば異世界だ。ここに居る女神様に生き返らせてもらったんだ」
「咲夜君。リーフでいいですよぉ……」
「お前! お兄ちゃんが話している最中には口を挟むな!」
「お前じゃありません! リーフです!」
いきなり口論を始める二人をどうどうとおさめながら話を先に進める。
「本当は生き返れるのは僕一人だったようなんだが……まあ、一つだけ何でも持って行っていいって言われたから、さ。それで僕は花音……お前を選んだんだ」
言うと花音は目をキラキラとさせ、そしてなぜか息を荒くさせて迫ってきた。
だが、迫るだけで何か行動を起こそうとはしない。
僕が言った「口を挟むな」と言うことを従順にも守ってくれているのだろう。
それでもあまりにもキラキラした目で見てくるものだからついつい頭を撫でてしまう。
嬉しそうに喉をころころと猫のように鳴らす花音の姿は不覚にも可愛いと思ってしまった。
「おっほん!」
と、女神――リーフさんが大きくせき込み片目で僕を見てくる。
うっ……。
ばつが悪そうにパッと花音から手を離すとリーフさんの表情は明るいものに変わる、その代り花音が頬を膨らませむくれた。
再度頭を撫でれば花音の顔が明るいものになるが、今度はリーフさんがむくれた。
どうすればいいんだ……。
わからなかったのでリーフさんの頭も撫でると二人が明るい表情を見せてくれた。
そしてその光景を第三者目線から見れば幼女が美少女と美女の頭を撫でていると言うシュールすぎる物だろう。
はぁ……。ちょっとだけこれからが不安になってきたなぁ……。
「まあ、そんなこんなで僕と花音は異世界に転生して、いろいろあってリーフさんも一緒にきちゃったって話だ」
だいぶ省略したが、しかしまああの白い空間での出来事など話しても僕の初恋の瞬間がばれてしまうだけなので言わない。と言うか言えない。
「大体そんな感じですね」
一度瞑目し僕に感謝の意を向けてから離れるリーフさん。
何に対しての礼だ? と思ったが、よく考えればこの美女は僕のことが、す、す……き、なわけで……なるほど、撫でられたことが嬉しかったようだ。
「はぁ~お兄ちゃんに撫でられてるぅ……。ふわぁ……」
「「――――」」
この妹は本当に猫被ってたんだなぁ。
本性はかなりの馬鹿なようだ……。
+ + +
なんとビックリそれから十分も撫で続けようやく花音は僕を解放してくれた。
腕が疲れなかったのはさっき見たステータスと言うやつの数値がよかったからだろうか?
まあ、これからいくらでも確かめる機会は出てくることだろう。
そんなことは後で考える。
「ふぅ……。ありがとっ! お兄ちゃん!」
ニコッと言う擬音語がぴったりのかわいらしい笑顔を向けてくれる花音。
まあ、この笑顔を十分間撫でるだけで見られると言うのは……ま、また撫でてあげてもいいかな?
「それは良いが、ちゃんと話は聞いてたか?」
「うん、聞いてたよ! それで、さ。一つ疑問がまだ残ってるんだけど良い?」
その言葉は僕にきちんと質問しつつ、しかし断ることを許さない謎の威圧感を放っていた。
なんだろう?
全部ちゃんと教えたはずなんだけどなぁ。
「なんだ?」
「お兄ちゃんがそこの女神とか言う女とキスしてたのはなんで? まだそれ聞いてないよね?」
…………。
はい! アウトぉぉぉ!!
それは言えないよ! 言ったら死ぬもん! 僕もリーフさんも!
「あ、そ、それ……は、だなぁ……」
しどろもどろになりながら必死に弁解の言葉を考えるが、どうもいい言葉が思いつかない。
「それにさっきそこの女神が言ってたよね? 咲夜君と両思いになれた。ってさ……。お兄ちゃんは花音の事が好きなんだよね? 好きなんだよね?」
どうしよう。正直に言うべきなのか?
いや、花音には将来的にまともになってもらいきちんと良い人を見つけてもらいたい。
その時のことを考えるのであればここできちんと本心であるリーフさんへの思いを告げるべきなのだろうが……。
言うとお兄ちゃんを殺して花音も死ぬ! ってなりそう。
あ、もちろんその場合リーフさんも殺されるだろうなぁ。
ここは……。
僕は一度リーフさんと目配せしてこのことは隠そうと合図を送る。
コクッと頷いたリーフさんを見てから花音に近づいて彼女の手を取り、
「ああ、僕が好きなのは花音だよ。キスは不慮の事故だったんだ。嬉しそうにしてたとかは、きっと光の加減でそう見えただけだよ。僕が好きなのは花音だけ……」
言うと、彼女の表情が一気に明るくなる。と言うか顔が真っ赤になる。
「お兄ちゃん……っ! ――でも、でもまだ信用できないよぉ……。お兄ちゃんごめんね? だからさ、キスして?」
――こ、これは仕方のないことなんだ。
仕方のないこと、仕方のないこと。
だから、リーフさん泣きそうな顔でこっちを見ないでおくれ……。胸が痛い。
花音の桜色の唇に触れる。ふにふにと柔らかな感触が気持ちいい。
五秒ほどすると離れる。と、しかし花音がとろけた顔で跳びかかってきて……。
「もっと、もっとぉ……」
おい、おかしいだろ。
僕見た目幼女だよね?
こいつも案外レズっ気があるんじゃないだろうか!?
そんなことを思うも不意を突かれた僕が避けることなど到底不可能でそのまま深いキスをされた。
リーフさんがボロ泣きしたのでさすがにこれ以上はダメだと思い、しかし花音が満足するまでは離れられなかった。
それは恋愛と言う感情を省いた上でリーフさんか花音、どちらを大切にしているかと言われれば花音と答えてしまうほどに僕が花音を妹として愛しているからなのだろう。
「うっ……うぅ……。せっかく……結ばれたのに……こんな仕打ちは酷すぎますよぉ神様ぁ……」
袖で涙をぬぐい、そんなことを口走るリーフさん。
女神はあんただろうが。
と思ったが言わないでおこう。余計なことは言わない方がいいと言うことは人間とのコミュニケーションがうまくとれず、努力してそれについて調べていた時期があった僕はよく知っていた。
「はあ……。お兄ちゃん……」
甘い息を漏らして熱い視線を向けてくる花音の髪をガシガシと撫でてやりこれ以上はしないと言うのを行動で示す。
不服そうにしつつもそれに従ってくれている辺り現状が全く理解できていないと言うことはないようだ。
と言うか、花音は頭がいいので僕より、よく理解しているだろう。
「ロリお兄ちゃんとのキスはもっとしたいけど……。とにかくこの森からでなきゃだね!」
僕に告白をしてからは見ることがあまりなかった、と言うかそれ以前もほとんど見せてくれなかった可愛くはにかむというのを見せた花音。
不意にもドキッとした自分を殴ってやりたい。
相手は花音だ。妹だ。血が繋がってないとか、実はすべて僕の妄想だったとかじゃなく、現実の血の繋がった兄妹だ。
どういうわけだか恋愛に関しては実の兄を愛すると言う狂気っぷりだがそれ以外は完璧で、僕からみてもいいお嫁さんになると思う。
僕ではない他の人の、だが。
そう、花音とは血が繋がり結ばれることの許されない関係だ。
故に僕は彼女がどれだけ過激なアタックをしてきても動じてはならないし、それでいて誰かの死を避けるために程よく彼女の要求を飲まなければならない。
うぅむ。
大変だ。
これからのことを考えたらまた、ため息が出た。
おかしい、これは所謂ハーレム展開な用な気がしたのだが……。こんな問題だらけのハーレムはお断りである。リーフさんとの純粋イチャラブ物にジャンルが変わってほしいくらいだ。
どうして好きな人と両思いになれたにも関わらず実の妹をハーレム要員としなくてはならないのか。
それに、今僕は幼女だ。
せっかく生き返らせてもらったのに文句を言える立場でないことはわかっているんだ。……だけど、それでもやはり男の姿のままが良かったと思わずにはいられないのだ。
……こんなのこと考えてても仕方がないことはわかっている。空を見上げ考えを払拭するために大きくため息をついた。
+++
三人で話し合い、と言ってもおもにリーフさんから話を聞くだけであるのだが……。
何せ彼女は神なのだ。故にと言うか彼女ほどの情報を持ち合わせている者などおそらくこの異世界にもいないだろう。
数度の問答にて僕が訪ねたのは主にステータスについてである。
周辺地理や、この国の言語、それにお金や一般常識なんかも聞きたいがその中でもトップクラスで謎なのが僕の目の前に表示されるこのステータスである。
説明をまとめてみると、ステータスはその人の能力が反映されたものだ。
そしてステータスが能力でもある。つまりはどれだけ引き籠りニートでもステータスさえよければ最強と言うことだ。
筋トレによってステータスを上げることもできるのだがそう言ったことが前者に当たる。
表示させるには腕を上から下へ撫でるように振り下ろすだけだ。と言ってもそれだけの動作で出続けられればさすがに邪魔になると考えてなのかはわからないが何か意思のようなものが働かないとあらわれないとリーフさんは答えた。
「おそらく咲夜君は何か起こらないのか、と言う意思を持ち腕を振っていたんでしょう。故に現れた、と言うわけです」
なるほど、と相槌を打ちつつ僕は再度ステータスを表示させる。そこに映るステータスは当たり前だが先ほどと変化はない。と、その時花音が横から僕の様子を見ていることに気が付いた。
「どうした?」
「いや、そのステータスってやつ今表示させてる?」
その言葉から察するに花音には見えないのだろう。
リーフさんへと視線をやると、答えるように一度頷きそして話しはじめる。
「ステータス画面は本人にしか見ることはできません。自分のステータスを教えたければ紙に書いて教える以外方法はありません」
と言うことらしい。
納得、と顎に手を当て、反対の手で虚空をなぞった花音の瞳がわずかに見開かれ息を飲む音が聞こえた。どうやら彼女も表示させることに成功したようだ。
僕の目には映らないステータス画面を見ている花音の様子は、虚空をただ見つめる変な子と言う印象だ。――――いや、可愛い変な子。だな。
「うーん、よく分かんないけどこれってどうなんだろう」
そう言うと花音はそこらへんに落ちていた木を拾い地面にステータス画面を書き始めた。
なるほど、確かに今は紙が無いしそれ位しか伝達方法が無いのか。
そうしてしばらくした後見せられたステータスは……。
名前・カノン。年齢17。
LV1
装備、無し
無し
無し
無し
これだけで僕がどれだけがっちがちの鎧に身を包まれているかがわかる。
もし僕の装備の性能がこの世界で通用するのだとすれば、それは同時に僕のチートがはじまると言っているようなものだ。
攻撃力・37
防御力・15
素早さ・30
特殊攻撃・5
特殊防御・20
続いて書き連ねたのはおそらく攻撃力など……って、え?
「なあ、花音やい」
「なんだいおにいちゃん」
驚き変なテンションで話しかけると花音も乗っかってくる。
いつもなら苦笑を零すのだが今はそれどころではない! 緊急もいいとこな大変なことだ。
「お前、ゼロを読み忘れてないか?」
ためらわずに尋ねるも、しかし花音の表情は困惑の色に染まる。
それと同時に虚空の一点を見つめそして何かをなぞるように指が動く。学校で音読の際に置いて行かれないようにするために行う確認に似たものだろう。
そうして十数秒。
花音はパッと顔を上げて僕を捉えると、一言。
「忘れてないよ?」
小首をかしげると彼女の頭上のツインテールがぴょこんと跳ねてかわいらしい。くりくりのお目目が僕を捉え離さない。今まで――――とりわけ花音が僕に告白してくるまで彼女は非常に冷たかった。そのクールっぷりが似合い、しかしやんちゃに甘える姿も可愛らしい。そんなパーフェクトガールがその顔に難色を示したのだ。
…………。
ビックリ仰天すぎて思わず妹を褒めちぎるシスコンの鏡みたいなことになってしまった。
って、今はそれどころじゃなくって……。
「リーフさん花音のステータスってどうなってるんですか?」
「――――わかりません。私もこんなステータスを見たのは初めてで、ビックリです」
その言葉に僕は焦燥を隠しきれない。
ここは森。そして僕たちはステータスと呼ばれるものを知っている。さらにそこには『攻撃力』など物騒な言葉が連なっていた。それだけで攻撃する『敵』がこの世界には存在すると示唆していることがわかった。
そんな中花音のステータスの低さはマズイ。非常にマズイ。
どれくらいマズイかと言うと親に秘蔵のえっちな画像フォルダを見られるくらいマズイ。――――いや、もっとマズイ!
ステータスが低ければゲーム脳の僕から言わしてもらえば低さは死を彷彿とさせる。
「花音、お前は……」
常に僕の後ろで隠れておけ。
そう言おうとしてしかし、次のリーフさんの言葉に僕は思わず目を見張りそして驚いた。
「LV1でこんなに高いステータス見たことないですよ!」
その言葉を僕は咀嚼し飲み込み、理解しようとする。
でも……あれ? できないよ?
「あ、あのリーフさん」
「はい」
僕は未だ興奮気味に地面に書かれた花音のステータスと、花音自身を交互に見てすごい、ありえないなどと称賛の息を述べる彼女に勇気を出して声を掛けた。
すると振り返りかわいらしく小首を傾げ、優しい目で僕を見てくる。
「あ、あの……実は……」
しかし、そこまで口にしてそれ以上が言えない。
どうしよう、花音のステータスでここまで賛辞を述べるのだ。僕の場合は賛辞を通りこし、軽蔑されそうな勢いである。だって三桁ですぜ?
ぶっちゃけいうと化け物だよね?
そんなことを頭の中で考えるも、しかしリーフさんや花音からしてみれば急に口をつぐんでしまった俺に不審を抱くのは必然。
困惑に表情を染め、きょとんとした目でお互いに見詰め合い、そして互いに首をかしげてから僕の方を注視し始める。
「――――ッ!」
意を決した僕はついに……ッ!
花音から木の棒を借りて花音に倣いステータスを地面に書くのであった。
だって結構口に出すのって勇気いるんだぞ!
さらさら、とかき終わると二人がそれを覗き込み、そしてその瞳が見開かれる。
「さ、ささ咲夜君!? こ、これって……」
「お、お兄ちゃん、凄い……」
どうやら二人とも僕を軽蔑しはしないようだ。
安心に一息……入れる間もなく、リーフさんにガッ! と肩を掴まれ超至近距離で尋ねられる。
「咲夜君! これって本当ですか!?」
「――――はい。でも、おかしいですよね? やっぱり僕のステータス表示が間違っているだけなんじゃないかなぁって思ったりもします」
「もし間違いでも十分高いですし、と言うか間違うことなど絶対にありません! これを管理しているのは私以外の別の神ですから!」
なるほど、神なら間違うことなどないか。
ならいったいなぜ……。
あ、もしかして……。
「じゃ、じゃあ。一つ仮説を立てて見たので聞いてもらえますか?」
ふと頭の中に浮かんだ仮説をリーフさんに聞いてもらうことにした。
「わかりました」
「じゃあ、僕はリーフさんに『あなたの求めていた設定をそのまま使って生き返らせてあげる』と言われてやってきました。そして目が覚めればゲームで使っていた幼女キャラ」
「はい」
「それって、リーフさんはこの幼女キャラの設定を持ってきたってことですよね?」
「ええ、確かにそうです。私は咲夜君がいつもいつも使っていたゲームの中のキャラクターの設定をそのまま持ってきました」
そこまで言われれば嫌でも仮説が完全なものになっていく。
僕の中で仮説が仮説でなくなっていく。
「つまりは、そのキャラクターのステータスもゲーム内設定そのまま持ってきてしまったと言うことになります」
「あ!」
どうやらリーフさんも気が付いたようだ。
口元に手を当てあわあわと慌てだしている。
「装備もそのまま。ステータスもそのまま。僕のレベルが1なのにこれほどまでステータスが良いのは、おそらく今こうして体感している現実の体のレベルは1で、しかしステータス……リーフさんが持ってきた設定はLVカンスト済みの最強キャラ」
「ああ……」
「つまり、初期設定にボーナスステータスが入った状態でゲーム開始したのと同じ」
そこまで言うとサァっとリーフさんの顔が青くなっていく。
「す、すみません!」
そうして首を垂れるリーフさん。
両手で諭しながら「もういいですよ」と優しく声を掛けた。
と、その時背後から花音が服の裾をクイクイと引っ張る。
「どうした?」
「強いのにどうして二人は……嫌がっているように見える」
うん、まあ普通そう思うよなぁ。
異世界と言えばチートを使ってヒャッハァー! と言うのが醍醐味だろう。そして僕の体はまさにそのチート状態である。
だと言うのに僕の反応はあまりうれしくない様に見えるだろう。
と言うか、実際嬉しくない。
「花音、お兄ちゃんがそんな強さを持ってヒャッハーしたい戦闘狂に見えるのか? お兄ちゃんは戦いとは無縁の……そうだな、家畜を追いかけて平和に暮らしていきたいんだ」
もう死ぬのは嫌だしね。
「――――っ! お兄ちゃん!」
口元に手を当て涙を流しながら僕のことを見てくる花音。
ん? 何か感動するようなこと言ったかな?
「そうだね、花音と二人で仲良く暮らそうね! ずっと一緒に一生一緒に、死ぬ時も一緒に、死んでも一緒にいようね!」
――――。
あー、ほんと僕は最近思うんだ……。
この妹はいったいどうしてこんなことになってしまったんだろうって。
と、そんなことをぼーっと思っていると何やらリーフさんと花音が言い合いを始めた。
すごい、二人とも凄すぎる。
リーフさんは花音が僕を殺したと言うことも、そして場合によっては花音に殺されるかもしれないとわかっているはずだ。だと言うのに一切臆する様子など見せずに花音に悪態をついている。
対する花音も、先程僕が「リーフは神様だ」と伝えたばかりだというのにこちらも一切臆さない。なぜだ、罰が当たるとか考えないのか? ――――って、それを言えば神様にいきなり告白して、地上に付いてこさせた僕の方がよっぽど罰当たりか。
二人の言い合いは聞いていたくない。
だって、ほとんど僕に関しての事ばかりなんだもん。
やれ咲夜君は可愛いだの、やれお兄ちゃんはかっこいいだの……。私のものだ。私のだ。
聞いていて恥ずかしいことこの上ない。
現実から目を逸らすように僕は視線を二人から外し本日何度目になるかわからない晴天の空を見上げた。
青い空に白い雲がゆっくりと流れていく。と同時に大きな怪鳥が空を飛んでいるのが見えた。
紫色の鳥だ。
距離と見えている大きさから言ってかなり大きいと言うことはわかる。
と言っても先ほど見たドラゴンよりは小さい。
あれ? 何か餌でも見つけたのだろうか。少し高度を落としたように感じた。
それでさらに細部まで怪鳥がどのような姿なのかわかる。
あれは……鱗だろうか?
よく見ると怪鳥は鱗のようなもので覆われており、大きな橙色のくちばしを持っている。
ヒクイドリのような強そうな爪を持った太い足は、蹴られればこのロリきゃわボディが四散することがひしひしと伝わるほど恐怖を与えてくる。
モンスター。
まさにその言葉がぴったりであった。
と、やはり何か獲物を見つけたようだ。高度が確実にぐんぐんと落ちてきている。
ぐんぐんぐんぐんと……僕の方に。
「へ?」
間抜けな声を上げる僕にさっきまで言い争いをしていた二人が視線を向けてきて、僕の目線を追って上空を見上げる。
「「へ?」」
まったく同じ間抜けな声が二人から漏れた。
って、今は呆けている場合じゃない!
「花音! リーフさん! 逃げますよ!」
僕は慌てて立ち上がり、二人の手を取ると一気に駆けだる。
いくら怪鳥とは言えここは森の中だ。
場所を変えれば一瞬で……!
刹那、木々の影が無くなり、視界には……大きな大きな草原が見えた。
あ、森ちっさ。
振り返ると本当に小さな森だったようで簡単に両端を捉えることが出来る。
奥行きがどの程度かはわからないが、おそらく森を一周するのに歩いて一時間かかるかかからないくらいの大きさだ。
僕はてっきりもっと深い森の中に召喚されて今から思いっきりサバイバルをしながら森脱出を図るって思ってたんだけど……。
あ、脱出できたわ。
そんな感傷に浸っていると……。
『キエェェェェェェェ!!』
けたたましい怪鳥の鳴き声が草原を駆けた。
ついでの僕のお腹のあたりも駆けてゾクゾクと恐怖を与えてくる。
振り返り上空を見て見るとまさに僕たちを捕りに来た瞬間であった。
慌てて二人の身をかがめさせ僕も地に伏せる。
紙一重で頭上を怪鳥のくちばしが通り過ぎ、数メートル先の大地に怪鳥は降り立った。
降り立っただけだと言うのにその質量故か風が僕たちを煽った。
近くで見ると頭部についている黄金色の瞳すらもしっかりと認識できた。
怪鳥と僕の視線が交わる。
瞬間……。
怪鳥は再度けたたましく鳴いた。