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ヤンデレ妹と女神様

 重たい瞼を押し開き僕は自分が生きていることに驚愕し、それと同時に花音は大丈夫だったのか!? と思って慌てて周りを見渡した。


 しかし、周りに花音の姿を見受けることは叶わない。と言うかなにも見受けることが出来ない。

 一面真っ白だ。異常な物だと言うことが感覚で分かる。


 この空間、もしや時間の流れが外の世界とは異なっていてここで一年間修業することによって最強の力を手に入れられるというあの部屋の中ではないのだろうか!

 ……いや、絶対ないな。


 どうしよう、状況が状況なだけに動揺しているな。

 落ち着け、落ち着け。


 大きく息を吸いそして吐いた瞬間、


「落ち着いた?」


 目の前に一人の女性が現れた。

 腰までかかりそうなほど長い青い髪。すべてを見通していそうな青の瞳。

 可愛い、に部類される花音とは違い、どちらかと言うと美しい……。宝石のような美しさを放っていた。


 正直、二次元以外にあまりきれいな人だなぁ。などとは思わないのだが、その僕が見ても綺麗だと思えた。


「え、ひゃ、は、はぃ……」


 無理無理! 絶対こんなにきれいな人とまともに話せないよ!

 コミュ症舐めるんじゃねえよ! 今もう膝がガクガクして立っているのがやっとだよ。


「ふふっ、かわいい」


 口元に手を当てクスクスと笑う女性。

 可愛いと言われたことにこっぱずさしさを覚えて頬が一気に熱を持っていくのがわかる。


「あ、や、えっと……」


「あ、ごめんね? 緊張しないでいいからね?」


 優しく微笑みかけてくれる女性。

 彼女は「えーおほんっ!」とかわいらしく咳をしてから話を始めた。


「今から私はあなたに対して悪い知らせと、それを打開する案と言うものを提示します」


 急に真剣モードになった女性を見て、思わず居住まいを正す。


「え、と……。その、そ、その前に、な、まえとか聞いても、いいでしゅか!」


 緊張しながら言うと思いっきり噛んでしまった。

 恥ずかしくなってさらに顔に熱が昇って行くのがわかる。


 どうして僕は名前もまともに聞くことが出来ないんだ!


 悔しさと恥ずかしさから顔を手で隠して、その隙間から女性の同行を伺う。

 最初はぽかんとしていた女性だったがやがてクスッと噴出して口元に手を当て、肩を震わせて必死に笑いをこらえている。


「ご、ごめんなさい。クスっ……。あまりにもかわいくってね。ふふっ。――――そうねそう言えばまだ名乗っていなかったわね」


 それから必死に笑いを抑えこむと大きく深呼吸をしてから薄く微笑み僕を見る。


「ふぅー……。私は女神。女神リーフ。偶然あなたのことを見ていたしがない一女神よ」


 え!? め、女神!?

 それは中二的なアレか? それともこの空間からするに本物だったりするのか?


「ほ、本物、ですか?」


「ええ、本物よ。ふふっ、疑心暗鬼ってやつね。かわいい」


 この女神はよく僕を可愛い可愛いと言うがそんなにかわいいだろうか?

 顔面偏差値は結構低いと自覚しているんだがなぁ。


「まあ、私の事はおいておいて今はあなたの事よ、桜庭咲夜くん。――――あなたの人生を見て来たけど、凄い死に方をしてしまいましたね」


 まあ、確かにすごい死に方と言えばすごい死に方だろう。

 妹に告白されてそれを断って「こんな体いらない!」と言う宣言と共に睡眠薬を飲まされて死亡などとなかなかない死に方だと俺も思う。


 しかも最後には自分を殺したその妹を許して死んでいるというのだからすごすぎる死に方だろう。

 だが、人を――――自分の大切な妹を恨みながら死ぬなんてそんな悲しいことはしたくなかったからなぁ。後悔はしていない。


 後悔はしていないが、だが死んでしまったことに悔しさならある。


「死んでしまった、と言うのが悪い知らせです」


「えっと、それじゃあ、その悪い知らせの打開策ってやつを実行すれば、い、生き返れるんですか?」


 もしそうであるなら生き返りたい。


「地球へは無理ですが別の世界に魂を移し替えると言うことが出来ます。器は……あなたが生前使っていた設定をそのまま使いましょう」


 え? どういうことだ?

 女神様がふと、口にした打開策とやらの意味がよく分からない。


 別の世界? 設定?


「いったいどういう……」


「私は実はあなたが住んでいた世界とは別の世界の女神なの。――――魂となったあなたをここへ呼ぶのは難なくできるのだけれど、けど地球へ生き返らせるには地球にあなたの魂の受け皿となる器が必要になる。私は物理的に地球に干渉することが出来ないから私が居る世界にしか生き返らせることが出来ないの」


 ん? 何となくでしかわからないがとにかく地球には生き返らせることが出来ないが、別世界……つまり異世界ならそれができると。


「それで、私はせっかくだからあなたが求めていた設定をそのまま使って生き返らせてあげる」


 僕が求めていた設定?

 なんだろう、コミュニケーションが取れるイケメンとかかな?


「最後に、何か一つまでだったら何でも持って行くことが出来るけど……。何か持っていく?」


 その言葉に僕はしばし思案する。

 何か一つ、この手の質問は小学校の頃幾度となく繰り返した。そのたびに僕はお金だったりおもちゃだったりと適当に答えていたが、だが実際にそれが起こってしまえば何を持っていくかとても迷ってしまう。


 何を……いや、何でも持って行けるのか……。

 だったら……。


「じゃあ、妹の花音で」


 そう言った瞬間女神様の目が見開かれわなわなと震えだす。

 そして一瞬、とても怒った表情を見せた。


 どうしたのだろう? そう思うが、まあ、言葉には出ない。


「本当に、本当に言っているの?」


「ええ、は、はい。大切な、妹ですから……」


「あなたを殺したのよ!?」


 ガッと近づいてそう叫ぶ女神様。

 ちょ、ちょっと怖いです……。


「も、もしそうでも、僕だけ生き返って、花音が死んだままなんて……耐えられませんよ……」


 そんなのは不公平だ。

 花音は僕を殺して自殺した。確かに僕とは状況が違うのかもしれない。だが、それでも大切な妹だし平等な命だ。


「わかりました……」


 苦悶に顔を歪めまさにしぶしぶ行うというような体で虚空へ手を伸ばしそして何事かを呟く。

 するとその手の先に光の球が出現しうっすらと透けるその中には花音が入っていた。


「花音!」


「私は……私は認めません。――――私を選んではくれないのですね……」


 ふと、何かを言った女神様。

 だが今はそれどころじゃない。花音が、あの時先に眠ってしまった花音の姿が目の前にある。


「私はお勧めしません。選び直すなら今のう……っ!」


「絶対にそんなことはしません」


 ふざけたことを言う女神様を睨み付け冷徹に言い放つ。


「す、すみません」


 すると女神様は大慌てで頭を下げて必死に謝ってきた。

 あ、つい怒ってしまった。


「こ、こちらこそすいません」


「いえ、そうでしたね。私にとっては大嫌いなこの女性は……あなたにとっては大切な妹でしたね……」


 大嫌い……その言葉に僕は正直驚いた。この綺麗な女神様がそんな感情を抱くとは到底思うことが出来なかったからだ。

 そうだな、女神様でも嫌いとか好きとかそう言う感情くらいあるか。アイドルがトイレ行かないとか思っているわけではないがそう言う物か。


「ええ、だから僕は花音を連れて行きます」


「――――そう、ですか……。はい! わかりました!」


 悲しみに染まっていた顔を無理やり笑顔で塗り替えそれを僕に向けてくれる。


 正直少しドキッと来た。

 日本でこのような髪色はありえないのでないだろうが、だがそれでもこの女神様がもし人間で、僕と地上で出会っていたとするならばきっと僕は……。


 いけない、胸が高鳴り始めた。

 相手は女神様、そんなことを考えては無礼に当たる。


 植え付けられつつある、この感情を引きちぎるように僕は女神様に言う。


「そ、そろそろ、生き返らせてもらってもいいですか?」


「は、はい!」


 そう言うと慌てて動き出す。

 戸惑いつつ必死になって頑張るその姿はとても可愛く……あ、ダメだ。

 ダメだ、ダメだ、ダメだ!


 口が勝手に、動こうと……ッ!


「準備が出来ましたよ。では用意した器へ魂を移動します。花音さんは見た目はそのままですが咲夜くん、あなたは設定があるので少し姿が変わっていると思いますのですぐに花音さんに自分が兄であると明かしてくださいね?」


 最後の最期まで僕たちのことを気遣ってくれた、女神様。


 あぁ、こんなに短時間で惚れるなんて、やっぱり僕はちょろいんだなぁ。


「好きです。女神様」


「――――え!?」


 あーあ、言っちゃったぁ。

 一度口にすれば次は止まるところを知らない。


「好きです。会って、本当に少しですけどあなたと言う人柄が本当に好きになってしまいました」


 心の中で花音に謝る。


「あ、え!? 咲夜くん!?」


 未だ驚いているのか目を見開いている女神様。


 と、次の瞬間僕と花音を包み込むように光が現れた。

 おそらくこれが魂を移動させると言うことなのだろう。


 その証拠に答えを返そうと女神様が慌てだした。そんな姿もまた可愛らしい。


「ごめんなさい女神様。振られるのが怖いんで言い逃げとしますよ」


 怖い……怖い。振られるのは本当に怖い。だが、聞きたいと言うのも事実。

 結局は流れに任せて僕は逃げさせてもらいます。


「待ってッ!」


 ふと、女神様がこちらへと駆けてきた。そんな姿も美しく僕がもし平安時代とかの人で俳句を詠むのが趣味だったら余裕で百句くらいは読んだのではないかと思えるほど美しい。


 まあ、実際は詠んだことなどないのだがな。


 女神様があと少しでたどり着く、そんな時光の量が一気に濃くなって明確な壁として邪魔をした。

 ああ、よかった。これでよかった。


 そう思いながら僕は――――生き返った。


 +++


 目が覚めたのは深い深い森の中。

 おい、女神様よ。もっとましなところへは無理だったのか? と文句を言ってやりたい衝動に駆られたが生き返りと言う奇跡を受けられたのだ。文句は寿命をまっとうしてからでも遅くは無いだろう。

 右手を動かすと何かに触れた。

 柔らかく暖かいそれがなんなのかわからず目をやると花音が横たわっている。

 暖かく、そしてすぅ、すぅ……と息をしていることからどうやら花音も無事に生き返ったようだ。


 これで横の花音が死体だったら僕は絶対にあの女神様に抗議してやっただろう。


「おい、おい、花音……って、なんだか声がおかしいな」


 そう思い喉元に手を当て幾度か声だしを行うも、一向に治る気配がない。

 ん? そう言えば手もなんだかおかしくないか?


 手を見ると明らかに小っちゃい手だ。男子高校生の手はこんなにも小さくないし……柔らかくもない。


 他の体の部位も男性特有の筋肉はついておらずどこもかしこもぷにぷにしていて自分の体だと言うのに少し気持ちよかった。

 そしてついに気が付く。


 ――――男性の象徴(シンボル)が消失しているということに……。


 おかしいな……ま、股に何もついていないぞ?

 黄金の玉や、状況に応じて(無意識の時もあるけど)大きくなったり小さくなったりする如意棒が無くなっている。


 え、き、切り落とされた?


 そんな! と思いズボンの中を見ようとしたとき、自分が変な格好をしていることに気が付いた。

 いや、見たことはある。だが、決して着たことは無いし、着たいとも思わないそんな服――――ネトゲにてロリキャラに着せていた装備である。


 下半身だけでなく上半身も頭の悪魔のような緩やかな弧を描いたような何とも言えない角の装飾も、すべて装備している。


 何とかして下半身部を外しその下にあるはずなのに、消失している物を確認するとそこには児童ポルノ禁止法が広がっていた。


「あ、がっ、や、はわわ!」


 自分でもよく分からない奇怪な声を上げながら急いで隠す。


 ――――ど、どうなっているんだ!? なんで、何で、女の体なんだ!?


 それも、僕がゲームで使っていた装備そのまま着てるし、たぶん体つきとか大きさから僕が使っていたキャラ設定の年齢十くらいの女の子だ。

 そして極めつけは、この髪!


 白髪ロングは僕が好んで設定していたものだ。

 鏡が無いので顔のつくりまではわからないが、まさか、僕、ロリになっちゃった?


 どうしよう! どうしよう!


 そう思って腕をぶんぶん振り回しながら慌てていたらふと虚空に何かが表示される。

 なんだこれ?


 表示されたものを目を凝らしてよく見る。するとこう書いてあった。


名前・サクヤ。年齢10。

LV1


 装備、魔王妃の王角

    聖女のローブ

    魔王妃のガントレット

    聖女のブーツ


 ふむ、なんだこれは。……って言うのがたぶん普通の反応なんだろうけど、でも僕にはこの装備と言うやつの名前に憶えがあった。

 それぞれ僕が苦労して素材を集め作り上げた最高級の装備品たちだ。

 見た目良し、性能良しの折り紙つきである。


 いや、それよりもどうやら僕はあの女神様の手違いによってゲームのロリキャラ(装備付き)の状態で異世界へとやって来てしまったようだ。

 この装備がどれだけ現実で性能を発揮するのかはわからないが、まあ、裸よりはましである。


 ふと、表示画面に次のページと言うものが存在しているのに気が付いた。


 ページを動かしてみると細かいステータス画面が表示される。


 攻撃力・198

 防御力・152

 素早さ・240

 特殊攻撃・320

 特殊防御・170


 ふむふむ、と、その数字を見て僕は幾度か頷く。


 僕が育てていたキャラクターはもちろんレベルカンスト済みであった。そしてこのステータスもすべてその時のまま。

 魔法の威力を上げるために特殊攻撃力を一番優先的に上げ続けたゲームプレイヤーの中でも屈指のステータスの高さだ。


 ――――。

 そう、これはレベルカンストしたときのステータスなのだ。なのだが……。


 僕は確かめるように前のページ、つまり装備品などが乗っていたページに移る。

 そこにははっきりとLV1の文字が記されている。


「これは、この世界にはステータスと言う概念が存在していて、この世界のレベル1のステータスの平均と同じ、と言うことなのか? それともステータスこのままでレベルが1になってもっとあげれますよ、的なアレなのか?」


 疑問を口に出して考えてみるが特に答えは思いつかない。

 まあ、疑問を深く印象付けるためにやった行為だ。この件はおいおい考えていくとしよう。


 ふと、またもや次のページと言う文字を見つけたので移動してみる。

 スキルのページのようだ。ゲームで使っていたスキルがたくさんあった。

 が、しかし最後の最期に確認の為に文字をなぞっていた指の動きが止まる。


「こんなスキルあったか? いや、無かったよな?」


 そこには『女神の祝福』と書かれた文字。

 なんだろうと思いその文字に触れるとその効果が書かれた説明が表示される。


 おお、こんな機能があったのか。


「えーっと、なになに? レベル20になるまで得られる経験値が十倍……」


 って、初心者キャンペーン中のゲームじゃないんだからさぁ。なんだよこの効果。

 まあ、それが必要ってことなんだろうけど……。

 だよな、女神様……。


 女神と言えば天空と言うイメージがある僕は、このスキルをくれたであろう女神リーフへと感謝の念を送るため一度天を見上げた。

 のだが……何やら大きなものが横切り空が見えない。


 なんだ? と思い目を凝らしてそのシルエットを捉え、そして驚いた。


「異世界あるあるその一。初日にドラゴンの存在を確認……。マジですか……」


 大きな翼をはためかせ悠々と空を飛ぶ空想上の生物の出現に口があきっぱなしになる。


「あら、口が開きっぱなしですよ?」


 ふとそんな声と共に僕の顎に何かが触れた。しかし、今はそんなことはどうでもいい。

 僕の視線は空を飛ぶ男のロマンの塊であるドラゴンと言う生物に釘付けなのだから……。


「すっごぃ、おっきぃ……」


 おっと、いけない。ロリボイスでこんなセリフは犯罪臭がプンプン漂ってくる。


 と、一度冷静になった頭で僕は逡巡し、そして僕の顎に手を当てる人物は誰だ? と言う疑問を生み出した。

 ちら、とそちらを見て見ると……。


「め、めめめめ、女神様!?」


 青髪をさらりと揺らし、優しく微笑む女神様の姿があった。

 僕の身長がだいぶ小さくなっているので女神様はわざわざしゃがんで、そこに居た。


 先ほど告白したばかりの女性に優しく笑いかけられたことに顔から火が噴きそうな程の恥ずかしさを覚える。


「なんだか、私も地上に降りてきてしまったようです」


 いやいや、なにさらっととんでもないこと言っているの!? 神様が地上に降りちゃダメでしょ!

 思うも、彼女があまりにも焦りを見せていないのできっとすぐに戻れるのだろう。


「そ、その……降りてきた理由って、やっぱり……」


 小さな腕で必死に顔を隠そうとしながら尋ねる。


 う、うわぁ。恥ずかしいよぉ。


「別に降りるつもりは無かったの。あの時、あんなタイミングで言ってくるからびっくりして、それで急いで答えなきゃって思って走ったら……ね? 私って結構ドジなんですよ」


 あはは~と笑いながら頭に手を当てる女神様。

 やはり綺麗だと思うし可愛いとも思う。


「降りてきちゃったら、もう、ドジとかのレベルじゃないでしょうに」


「確かに、もう戻れませんしね」


 ――――え?


「っと、戻れないって? 自由に行き来できるんじゃないんですか!?」


「そんなことできませんよぉ。まあ、構いませんよ。兎に角私は今ここに存在するこの体が寿命を迎え朽ちた時にしかあそこへは戻れません」


 あわわ、どうしよう。

 ぼ、僕のせいで女神様に多大な迷惑をかけてしまった。これは死んで詫びる的な事をするべきなのか?


 いや、せっかく生き返らせてもらったのだ。ここで死ぬなんてありえないだろ!


「ご、ごめんなさい。僕のせいで……」


「いえいえ、そんな。――――ただ……もし責任を感じているのでしたら、その……一つだけお願いを聞いてもらってもいいですか?」


「はい! 聞きます! 聞きます! 何でも聞きます!」


「ん? 今なんでもって……。でしたっけ?」


 そう言ってぺろりと舌を出してはにかむ女神様。


 ……女神かよ。

 あ、女神だったわ。


「ははっ、まあ、力不足で出来ないとかはありますけど……」


「大丈夫です。――――わ、私がお願いしたいことは、そ、その……一つだけなんです! あ、あなたと……そ、その……く、暮らしても……生活してもいいでしょうか!?」


 ――――。

 ちょっと待ってね? 今、なんて言ったよこの女神は。


「あ、え? ま、マジですか?」


「マジも、大マジ。――――こんなこと、恥ずかしくて二度と言いませんよ!」


 頬を真っ赤に染めてそっぽを向くその姿思わずきゅんとした。


「な、なんでまた……。理由を聞いても?」


「単純に一人が寂しいって言うのもあります。死んだらまた女神に戻れるのはわかっていますが、だからと言ってそれまでが寂しくないわけがないんです」


 まあ確かにそうだろうな。女神と言えど死ぬまで、つまりは寿命を全うするまでの時間は僕たちの感覚と変わらないだろう。

 故に、その間を一人で過ごすと言うことが寂しいと言うのもあるのだろう。


 しかし、そんなことを差し置いても差し置かなくても僕は許可を出す。彼女の願いじゃなくても僕は一緒に暮らしたい。

 なんせ、思い人なのだから……。


「そんなの、頼みでも何でもないですね……。僕がすべき当然のことですよ。それに、僕は言いました。――――あ、あなたが好きだって。だから、こんなのはご褒美ですよ逆に」


 くそ、歯の浮いたようなセリフはやっぱり僕には似合わないな。少し恥ずかしいぞ。

 チラッと女神様を見て見ると彼女も照れているのか頬が朱に染まっていた。


 そして彼女は何かを決意したように僕の目をまっすぐに見つめその桜色の唇を動かす。


「わ、私も、好きです!」


「――――え?」


 情報が頭に入ってこない。


「えへへっ、気が付かなかったでしょう? あなたを見ていたのは私があなたのことを好きになってしまったから……」


 咀嚼し飲み込む。体中で彼女のはなった言葉の意味を理解しようと努力を行うもしかし、それは出来ない。

 脳が完全にフリーズしてしまった。


「って、大丈夫ですか!?」


「はっ、現実では起こりえないことが起こってしまった。つまりはこれは夢? ならばどこからが夢でどこまでが夢? すべてが夢で……」


「本当に大丈夫ですか!?」


 よく分からないことを口走る僕の肩を持ってガクガクと揺すってくる女神様。


 はっ! ヤバい、ついうっかり現実逃避してしまった。


 と、そこで気が付く、女神様の顔が俺の顔のすぐ目の前にあると言うことに……。すんごい美人!


「私は、見た目だけでなくあなたの優しいところ、勇敢なところ、でも、少し人を怖がっているところ。そのすべてが好きです。――――見た目が変わろうと、その思いは変わりません……」


 一気に近くなったかと思うと、次の瞬間柔らかいものが唇に触れた。

 驚愕に目が見開かれ、焦りと行き場の失った両手が空を掻く。


 表現しがたいほどの優しさと安心感をもたらし、一種のアロマセラピーのようにも感じられる。

 天国にいるように気持ちがよく、異常なまでの幸福感が僕の胸中を渦巻き破裂しそうになった。


「うっわぁ。目が覚めたら知らない森で知らない人たちがレズってるのって結構効くわねぇ」


 ふと、声が聞こえ大慌てで振り返ってみるといつの間にか花音が目を覚まし上体を起こしてこちらを冷めた目で見ていた。

 ヤバい、殺される! と思ったが一向に罵声が浴びせられる気配はない。


 恐怖で瞑った目を開き、状況確認を行うとどうして僕が怯えているのかがわからずきょとんとした表情の彼女がそこには居た。


「ねえ、どうして怯えているのかは知らないけれど私のお兄ちゃんはどこ? 一緒に死んだはずだったのに……ッ! ――――お前ら何か知ってるだろ! さっさと教えろ!」


 最初は穏やかな口調、しかし次第に感情が高ぶり始め最後には僕の胸ぐらを掴んで突っかかってきた。


 そう言えば僕ってば今幼女の姿だったんだっけ?

 そりゃあ僕がお前の兄だなんてわかるはずないか。


「僕がお前の兄の桜庭咲夜だ」


 超絶可愛い舌ったらずな口調で自分の名前を呼ぶと言うのは違和感丸出しで少しむず痒かった。


 しかしそんな僕の馬鹿みたいな感想よりも、言った瞬間、花音の顔がまるで阿修羅のように怒り狂っったものになったのがとても怖い。


「お前のどこがお兄ちゃんだ! 冗談も大概にしろ餓鬼! そんな冗談よりも早くお兄ちゃんを……」


「桜庭花音。九月二十四日生まれ。十六歳。おとめ座」


 ふと僕が口走った言葉を聞いて花音が僕の胸ぐらを掴む手の力が緩んだ。


「な、んで、私の事……」


「六歳の頃地元の小学校に入学するもクラスにうまく溶け込むことができず、男子生徒からはからかわれ女子生徒からはいじめられていた。そこを助けたのがこの僕、桜庭咲夜」


「お前、私のことを調べたのか!?」


 まだ信用してくれないか……。


「小学三年の頃から小学六年まで、僕が夜に部屋に鍵をかけ始めるようになるまでの間、なぜか毎日僕のベッドにもぐりこんでたよな? お前気が付いていないと思ってたのかもしれないけど気づいてたからね?」


 そう、小三から小六の間花音は僕が寝たのを確認し、こっそりとベッドにもぐりこんできていた。そして早朝におさらばして行ってたのだ。

 今でこそ告白されたからわかるが、当時の僕はまったくその行動原理がわからず戸惑っていたものだ。


 中学生になってからはその……うん。思春期だったからね。

 さすがにこれ以上はダメだと思って鍵をかけ始めたのである。


「な、なんで、それを……」


 唐突の秘密の暴露に顔を真っ赤にさせながら花音が手を離してくれる。


「だから、お兄ちゃんだからだ」


「――――ほ、本当にお兄ちゃんなの?」


 遂に妹が揺らぎ始めてくれた。もしやあと少しなのではないだろうか?


「ああ、本物だよ。良かった、本当に良かった。花音と一緒に無事生き返ることが出来て……」


 そう言って花音の足にひしと抱きつく。本来なら胸を貸して抱き締めてやりたいが残念ながら今はそれが叶わない。


「お兄ちゃん……。当たり前だよ、花音とお兄ちゃんは一生、違う生まれ変わっても一緒なんだから」


「それは、少し……と言うかかなり重たいな」


 だがまあ、そんな重たい愛情も生きているからこそ表すことのできるものだ。

 いくらこいつがブラコンでも、僕は絶対に生き返るのにこいつを選んだことを後悔しないだろう。大切な妹なのだからな。


「で、じゃあ、お兄ちゃんと一緒にいたその女、誰? どうしてキスしてたの? どうして花音の時より幸せそうだったの?」


 刹那、生き返ったばかりだと言うのに死を覚悟した。

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