誘拐と絆
「ん、んー……はっ!? ここは誰? 僕はどこ?」
深く沈んでいた意識が覚醒し視界に周囲の状況を映す。
薄暗く埃っぽい部屋だ。
窓一つなく明かりと言えば壁に二本存在する大きめの蝋燭の光だけ。
視線を巡らすと大柄の男が二人。
腰には大きな鉈を二本下げていて、どうやら監視役と言う事が伺えた。
僕は椅子か何かにロープで結ばれていて逃れられない様になっている。両腕が後ろで結ばれているので面倒くさそうだ。
必死に意識を失う前のことを思い出し自分が誘拐されたのだと気が付く。
だが誰に? いったい何の目的で?
わからないことが多すぎる。
とにかくロープだけでもいつでもとれるように切れ込みを入れておく。
僕は記憶にあるゲームの魔法から『フローズ・ブレード』と言う物を選択する。
端的に言ってしまえば氷の刃を作り出す魔法で、数少ない僕の攻撃魔法の一つだ。
手の平に小さな氷の刃を作りだし切れ込みを入れようとした瞬間……。
「痛ッ」
背後から声が聞こえた。
どこかで聞いたことのある舌ったらずな幼い女の子の声だ。
誰だと思い首を向けると視界の端にギリギリ映る綺麗な白髪。
まさか――。
頭に浮かんだのは宿屋で出会った白髪の少女テイル。
おばさんともおじさんとも異なる頭髪だと言うのに二人はまるで自分の子供の様に接していたのでよく覚えていた。
「もしかして……」
テイルちゃんかどうか聞こうとしたところで、先ほどの彼女の声を聴いて不審に思った見張りの男の内の一人が接近してくる。
慌てて氷の刃を空気中に四散させた。
「んだどうした……って、お前これどうした?」
男が後ろに結ばれているであろう僕の腕を見て告げてくる。
しかし、彼はテイルちゃんにその問いを投げかけていた。
どうやら僕たちは後ろ手に互いの腕を拘束されているらしい。
おそらくさっきの彼女の小さな悲鳴は僕の氷の刃が少し皮膚を切り裂いたのだろう。
幼子の柔肌に僕はなんてことをしてしまったんだ……。
僕の持つスキルには回復系の魔法もあるし急いで回復させてあげたい。
だけど、今ここで魔法を行使するといらぬ警戒を彼らに与えてしまうかもしれない。
そんな面倒なことごめんだ。
「すみません。僕がひっかいてしまったんです。彼女の傷を手当てしてもらうことは出来ますか?」
落ち着いて淡々と僕は述べる。
以前なら取り乱していただろうが僕はチート並みのステータスの高さだ。力が有るなら自然と安心してしまう。
テイルちゃんを守りながら脱出することもおそらくは容易いだろう。
だが、問題はそれが成功する確率が百パーセントじゃないと言う点だ。
限りなく百に近いだろうが懸念材料がある限り強行突破は避けた方が良い。
僕はおそらく何をされても死なないだろうがテイルちゃんが死んでしまう可能性があるからだ。
今現在は二人だが外に数百人単位で敵がいるかもしれない。
オーバーな考えかも知れないがありえなくないのだ。故に僕は強行突破できない。
「はっ、こんな怪我唾でもつけときゃ治るっつうの」
毒を吐いて男は離れていく。
後ろで手を結ばれているのにどうやって唾付けるんだよ。馬鹿なのか?
男が再度見張りに徹し始めたら僕はテイルちゃんにしか聞こえない声で囁いた。
口をできるだけ動かさずに……。
「キミ、テイルちゃんだよね? 宿屋の。そうだったら一回、違ってたら二回僕の手をつついて?」
告げると少し間をおいてから一回突かれた。
やはり彼女はテイルちゃんで間違いなかったのだ。
「今誘拐されてるって理解できてる?」
一回つつかれる。
「どうして誘拐されているかわかる?」
今度はかなり間を開けてから二回つつかれた。
――何で、今迷ったのだ?
ふつう知らなければ即答する。つまりは彼女は何かを知っていて、でも僕には言えないと言う事だ。
「教えてくれないかな? もしかすれば僕は君の巻き添えを食らったかもしれないから」
背後から彼女息を飲む声が聞こえてくる。
どうやら図星をつかれたらしい。
しばらくして二回突かれる。
「それは教えられないと言う意味で良いかな?」
一回突かれた。
まぁ、人には人の事情と言う物があるだろうし……あまり無理強いも良くないか。
例えその人の巻き添えで僕が誘拐されているとしても……って、あれ? ちょっとお人よしすぎる気も……。だけど相手は女の子だしまあいいか。
「逃げたい?」
速攻で一回突かれる。
つまり事情を知っているが教えられず、でも逃げたいと言う事らしい。
何とも図々しいお姫様のような女の子だ。
それでいて人見知りなんだから本物の箱入り娘だったりして……って、今はそんなことよりも状況を打開する方法を探さないといけないんだった。
「僕がキミを助けてあげるからね?」
とにかく安心させておこう。
一言呟いてから再度部屋を見渡す。
扉は一つ。明かりは蝋燭のみ。見張りは巨漢が二人。武器は鉈が一人二本。計4本。
この部屋から脱出するのはそう難しくないなと理解してから、僕は扉の外へと目を向ける。
問題はその外。先ほども言った通り援軍が居れば面倒くさいことになってしまう。
どうしたものかと頭を捻らせ、やがて僕は一つの結論に達する。
ごくりと生唾を飲み込むと声を上ずらせながら僕は男に話しかけた――。
***
私は何が起きているのかわからず思わず爪を噛んだ。
目の前にはわれた窓ガラスとそれによって引き裂かれたベッドのシーツ。涙を流しながら呆然としている花音ちゃんの姿。
いきなり男が入って来て一瞬で私たちを人質にとったかと思うとあっという間に咲夜くんを連れて逃げてしまった。
あの手慣れた感じ……誘拐のプロ、と言ったところでしょうか?
何故私の想い人である咲夜君が誘拐されたのか、まったくもってわかりませんがただこのままにしておくことは出来ないと言う事だけは分かります。
ギュッと拳を握りしめると、さっきまでの恐怖をすべて握りつぶし、穿いていたスカートを短くして動きやすくする。恥ずかしいので中に短パンを穿いておきますが……。
「花音ちゃん、今から誘拐された件を宿屋のおじさんとおばさんに伝えます。その後は今までに接した人物を徹底的に洗いましょう。レベルの低い私たちにはまだこれくらいしかできませんから」
「…………」
だが、目の前の少女は反応しない。
すべてを失ったように魂が抜けきった殻のように呆然としてしまっている。
そりゃそうだ。私だってできるならそうして何も考えず試行を放棄して楽になりたい。
好きな人が訳の判らない人に誘拐されたのだ。強さは分かっているけど、それでも心配で心配で仕方がない。
心が潰れてしまいそうな程心配だ。
だから、心配すると言う思考を放棄して何もかもを停止させ、呆然としている状況でいたい。
でも、それじゃあいけない。
そうすることはおそらく咲夜君が最も嫌いにしていることだ。
咲夜君が最も愛しているのは目の前にいる実の妹の花音ちゃん。
咲夜君は花音ちゃんがいじめられている時、ものすごく心配だっただろう。ずっと咲夜君を見て来たから知っている。
花音ちゃんが泥だらけで帰ってくるたび咲夜君の心が深く傷ついて心配で心配でたまらないと締め上げられていたことを……。
そして、咲夜君は勇気を出した。
花音ちゃんのいじめを止めるために勇気を出して、気持ちを鼓舞させ立ち上がり、見事にいじめっ子を追い払い続けた。
そして今は、私たちが彼を助ける番なのだ。
こうして彼女が思考を停止し続けると言う事は、かつての咲夜君を、私と花音ちゃんが好きになった咲夜君を否定することになるッ!
だから、だから……。
「花音ちゃん。花音ちゃんは咲夜君に……君の英雄に守ってもらいたいんですよね?」
私の言葉に彼女の耳がピクリと動いて、ゆっくりと首を回してこちらを向く。
死んだような目をした少女は無感情に私を見つめた。
だから私は告げる。
無感情で、英雄を奪われたくらいですぐに絶望してしまうような、そんなお姫様気分でいる彼女を見下すように、軽蔑するように告げるのだ。
「私は英雄に守られるだけのお姫様にはなりたくないです」
彼女は何のことかわからなかっただろう。
でも、私は続ける。
咲夜君が好きだから……。咲夜君を愛しているから……。
彼を思っているから、彼が慕っている少女に訴え続ける。
「私は貴女の英雄の横を歩いて行きたい。後ろで守られているだけなんてまっぴらです。ずっとずっと好きで、やっと出会えて、一緒に居れるかもしれないのに……。私は、咲夜君と一緒に、彼の隣で人生を歩んでいきたい。だから、私は守られるだけじゃ嫌です! 花音ちゃんが自分の英雄に守られ続けたいならそうすればいいかもしれません! でもっ、それならッ!! 守られるだけの貴女には絶対には絶対に咲夜君は渡しませんッ!!」
私の訴えに花音ちゃんは瞳に生気を取り戻し――と言うか殺意を取り戻し、射抜き殺されるのでは? と言うほどの視線を向けてくる。
「お前……まだ花音とお兄ちゃんの邪魔を……ッ!! 何が横を歩きたい、よ! お兄ちゃんの横はもう花音で埋まってるのっ! あんたが割り込むよちなんてどこにもないッ!!」
叫ぶと彼女は立ち上がり、部屋のドアへと手を掛ける。
ノブを回して押し開くと、唖然としていた私に向かって振り返り、
「早くしなさい……」
彼女の言葉に不謹慎だが笑みがこぼれる。
「はいっ、急ぎましょう!」
花音ちゃんと二人で階下へと下り、その惨状に思わず絶句した。
ぐちゃぐちゃに荒れたカウンター。
争った形跡がある食堂。
カウンターに頭から血を流して倒れる宿のおばさんの姿があった。
「大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄り抱きかかえ、即座に脈と呼吸の確認。
息をしていることに安堵の息を漏らしつつ近くにあった布で頭部の傷口に応急処置を施す。
「ん……ッ痛!」
ちょうど終わったところで意識を取り戻したようだ。
顔を歪め布越しに傷口に手をやり、薄目を開けて私の姿をその視界に納めた。
「あ、んたは……」
「この宿に泊まっているリーフです。いったい何があったんですか!?」
あたりに目を向け尋ねると彼女も私に習う様にゆっくりと辺りを見渡し、入り込んでくる情報を選別して状況を理解し始める。
完全に理解を終えると彼女は括目し、がばっと上体を起こした。
「テイル!! テイル様!?」
「お、おばさん?」
突然の豹変ぷりに思わずふき気味になってしまう。
「嗚呼、なんてことだ!! ロバート!! ロバート無事かい!?」
私の声を無視しながらおばさんは立ち上がるとふらふらとした足取りで食堂へ――そしてその奥の厨房へと入って行った。
慌てて後を追いかけ厨房に入ってみると、全身を痣だらけにし腕が反対に折れた状態で呻いている料理を作ってくれていたおじさんが居た。
今朝の笑顔はどこえやら。苦痛に歪められた表情で荒く息を吐いている。
「クソッ、やられた!! テイル様は連れて行かれた!」
「そう、私はすぐに後を追うわ。――リーフさんと言ったかしら? 彼をお願いできる?」
「ま、ま、待ってください! 連れて行かれたってことは誘拐ですよね? 私たちの連れ、咲夜君もたぶん巻き込まれたかもしれません! 話を聞いている限りそのテイルと言う少女が何か関係あるように思えますし……話してもらえますよね?」
「咲夜? もしかして今朝の白髪の子かい!? クソッ!! 奴らどっちか迷ったんだな!? だから二人とも……」
「なんですか!? 何が起こって……」
「とにかく説明は全部解決してから! こうしてはいられないわ!!」
おばさんが私のわきをすり抜けてそそくさと厨房から出て行こうとする。
この期に及んで言葉を濁す理由は分からないが、だけど、ここで逃がすわけには……。
「あのね? お兄ちゃんが誘拐されたの。そのテイルとか言うのが誰だろうと関係ないけど、そいつのせいでお兄ちゃんが巻き込まれたなら黙ってはいられない。花音の英雄は花音が救う」
「花音ちゃん……」
「あんたには渡さないから」
唇を尖らせ不服と言うような態度で呟くが、悪意は感じられない。
行動に至っては拍手で褒めてあげたいくらいです。
褒めたら「馬鹿にしないで!」と怒られるでしょうから褒めないですけどね?
「勝負ですね」
「ふんっ」
ぶっきらぼうにそっぽを向く彼女に苦笑しつつ私は切羽詰った表情になっているおばさんに再度問いを投げかける。
「説明、お願いできますよね?」
「――……移動しながらね」
「ええ、構いません」
そうして私たちは厨房を後にしようとして……。
「ちょ、お、俺はぁ!?」
あ! おじさん忘れてた!!
大慌てで戻って、唯一覚えていた回復魔法と咲夜君を見続けているうちに得た応急処置の方法を使って手当てする。
偶然階下へと降りてきた、戸惑っている宿のお客さんにおじさんを任せると私は二人と合流して外へ。
そしてテイルと言う少女について、聞かされた――。
***
「――……すまんがトイレ行きたいなぁ、何て」
僕は媚びるような笑顔で監視役の男たちに声を掛けた。
そう、僕が思いついた物と言うのは刑事ドラマなどでよくある『トイレ行ってる間に姿が忽然と!』と言うやつである。
まぁ、脱出は無理だとしても外に出ることで様子が知れるし、結果オーライと言う事だ。
――が、男は僕の予想とは全く異なった返答を返す。
「そこでしろ」
「幼女に放尿プレイとかマジかよあんた!!」
「え!? な、なんでそう言う方向に……て言うか幼女が放尿プレイとか言うな!」
慌てた様子の男の姿にはさっきまでの冷静さがかけらもない。
そしてもう一人の仲間にさえ冷ややかな視線を浴びせられて……
「お、お前……そう言う趣味があったのか?」
「んなわけねえだろ!! 俺はこんなガキよりナイスバディーの姉ちゃんの方が好きだっつうの!!」
「いや、でも……さすがに女の子にそこでしろって言うのはちょっと……」
「だってトイレ行かせている間に逃げられたらたまったもんじゃねだろうが!!」
「だからって、俺、ガキのションベン臭い部屋で監視とか嫌だぜ?」
「で、でもよぉ……」
「さすがにトイレくらいは大丈夫だろう。《魔法封じの首輪》も付けてるしさ」
彼の言葉に思わず耳を疑った。
記憶違いでなければ《魔法封じの首輪》とはやっていたゲームに出てきたアイテムの一つだ。
確か、それは首輪のような形で……って、あ、これか。
確かに僕の首にはゲームで見慣れた首輪がはめられている。
「テイルちゃん。テイルちゃんも付けられているかい?」
小さく囁くと一回叩かれる。
なるほど、どうやら彼らの言っていることは本当のようだ。
効果は一応彼らの言っていることで間違いないからなぁ。
だけど《魔法封じの首輪》かぁ……。
僕にとっては良い記憶が一つもないアイテムだ。
その名の通り《魔法封じの首輪》とは魔法の使用を封じさせる魔法道具で、ゲームでは相手へ投げつけることでPVPにおいて魔法使い職を完封することが出来た。
まぁ、超絶レアでもっている奴は極少数だったのだが……。
僕もこのアイテムにはどれだけ苦労したことか……。
結局一度も勝つことは出来なかった。
しかし、いったいなぜこれを……?
僕が強い魔法を使えることは誰も知らないはずだ。
と言うか、僕はおそらくテイルちゃんと間違えられて誘拐されたのだろう。
つまり、彼らはどちらがテイルちゃんかわかっておらず……念には念をと言う事で両方に首輪を掛けたのか?
だとすれば、テイルちゃんって……一体?
「よし、連れてってやるから立て」
僕の思考を邪魔して男が僕の腕とテイルちゃんの腕を外し、別のロープで拘束し直すと立ち上がるよう要求してきた。
どうやら結局連れて行ってもらえるようだ。
テイルちゃんが何者か気になるところではあるが、とにかく今は状況確認が先である。
男の後を付けると彼はドアを開け、しかし、その先も薄暗いジメジメとした廊下が続いていた。
そう、扉の外には誰も居なかったのだ。
思わず口元が弧を描く。
だが、安心するのはまだ早い。おそらくここは地下なのだろう。窓が一つも見受けることが出来ず、廊下の突き当たりには上へと続く階段も見受けられる。
「ほらここだ」
「ありがとうございます。――……あの、ちょっと外に出ていてもらえますか?」
「ガキのションベンに興味は無い」
「いや、こっちが困ると言うか……さっきの男の人にこのこと言いますよ?」
「――……外で待っているから早くしろよ」
よしよし、これで一人でゆっくり作戦を考えられる。いや、ゆっくりとはいかないが、のびのびと作戦を考えられるぞ。
と言っても、ここで行うのは作戦の立案ではなく強行突破できるか外の状況を探ると言う行為なわけだが……。
「さてと……『サテライト』」
僕はゲームにおいて敵の位置を一瞬だけ把握することの出来る魔法、サテライトを使用して周囲の状況を探る。
『魔法封じの首輪』は? となるかもしれないが、これ実は特殊攻撃が五百以下を無効かする。と言うものである。
ゲーム設定上なら500以上のステータスにすることは不可能で一度も勝つことが出来なかったのだが、今の僕のステータスは4657。使えないはずがないのである。
この魔法があるなら最初から使えばいいと思う方がいるかもしれないが、この魔法。製作者がえらく気に入っており、使用時に特別なエフェクトが出ていたのだ。
故に念を持ってこうして一人になれるトイレに来たわけだが……、うん、来といてよかった。
現在僕の背中からは二本の大きな羽が生えており、頭の上には光の輪っかが浮遊している。
優しい光が体内からあふれかえり、こんなの男たちの前で使っていたら確実に魔法を使ったのがばれていただろう。
狭いトイレの個室の中、僕は今さながら天使のようだ。
そう、例えるのならトイレの女神ならぬ、トイレの天使と言ったところか?
まったくもって嬉しくないし、せまっ苦しいトイレの中で大きな羽はクッソじゃまだ。
羽を丸め繭のように自分を包み込むと、脳内に流れ込んできた周囲の情報を探知する。
派手なエフェクトだし、一瞬しか探知できないがかなり強力な魔法だ。
おかげで僕はこちらに急速接近する一つの反応を捉えたのだから……。
残念ながらそれが敵か味方か、判別することは出来ない。
だが、常人の域を圧倒するスピードで接近する影があることは確かだった。おそらくものの数分でここに到達するだろう。
僕は接近する影が敵だった時の為に慌ててトイレから出ると、怪しまれない程度に急いでテイルちゃんの下へと戻る。
「早く縛って!!」
「え!?」
「早く縛って!!」
早くテイルちゃんのすぐそばに移動しなくちゃいけないのに、男がちんたらしやがる。
クソッ、僕の使える防御系の魔法は相手に接触していると言う事が条件だと言うのに……。
怪しまれちゃいけないのにこいつがちんたらするからもう一人の男が驚いた眼で僕たちを見つめてくる。
「お、お前……トイレで何を……」
「お、俺なんもしてねえよ!?」
「早くおじさん、僕をしばって!! トイレを覗こうとしたことは許すから!!」
「お、おま、おま、おま……な、何言ってんだよ!! 覗こうと何て……お前もそんな目で俺を見るなよぉ!!」
「え……だって、さすがにトイレ覗くのは……ドン引きですね」
「だから、覗いてなんかないって!!」
「おじさん早く!! 僕をテイルちゃんと一緒に縛りつけて!!」
再度僕が叫ぶと、男はもうこれ以上口を開くな! と叫んでから最初の時と同じように僕を縛る。
すぐにテイルちゃんに触れると小さく魔法を唱え、防御系統の魔法を展開する。
これはステータスアップ系統の魔法なので、エフェクトは無い。安心して使える。
僕が何とか間に合ったと溜息をついて、男が見張りをしていたもう一人の男に白い目で見られていると、ふと、部屋の扉が吹き飛んだ。
確か金属製の扉だったはずだが……なんて、僕の思考を無視して扉の向こうから現れたのは……。
いつぞやの狂神父であった。
「聖女様!! ご無事ですか!?」
…………?
聖女様?
なんだ? この狂神父はいきなり何を言っているんだ?
突然現われた狂神父に男たちが唖然としている中、彼は即座に部屋の中に視線を巡らすと、中央で縛られている僕で視線を止めて……その後ろに縛られているテイルちゃんを見つめてホッと溜息をついた。
ん? んんー?
今彼は聖女様を探してここの扉を開けたわけだ。
そしてその後テイルちゃんを見て安心した……。
ん!? え!? ふぁ!? ま、マママジですか!?
「て、テイルちゃんって……聖女なの?」
神父の登場に驚く男たちを無視して神父は僕たちの縄を解く。
その中で僕は彼女に問いを投げかける。
すると……。
「ち、違う……」
「どうしよー、女の子が必死に隠そうとしてるけどその嘘バレバレだぁ……」
目は泳いでいるし、顔は背けている。
言葉も一度どもった。
この状況に居て彼女の今の発言が真実だと思う人はおそらく今まで一度も人を疑ったことのない善人か、よほどの馬鹿だけだろう。
生憎と僕はそのどちらでもない。
僕の発言を聞き彼女の顔が渋い物へと変化する。
「と言うかキミは確かさっき助けた子じゃないかい?」
狂神父が近付きつつ話しかけてきた。
「そうですね、二回目です」
「はははっ、こんな偶然もある物なんだな」
「まったくですね。もう二度とごめんですけどね、こんなところでの偶然なんて」
「でも、さっき助けた時も似てるなとは思っていたが、本当にキミはテイル様とそっくりだ」
優しげな笑みを浮かべて僕の頭に手を乗せる神父。
それは紛れもない神父の物であり、慈愛に満ちた微笑みだ。
あの時見た『狂神父の笑み』とは全く別の物。
それはテイルちゃんと僕が似ているからなのだろう。
テイルちゃん……聖女様と呼ばれる存在……。
いや、気になることはまだまだいろいろあるが今はそれよりも……。
「テイルちゃんを助けに来てくれたんですよね? だったら早くしましょう」
今は考えるよりも脱出が先だ。
テイルちゃんの手を僕が引いて神父の後を付いて部屋から出ようとする。
しかし男たちがやっと正気に戻り、戦闘体制を取る。
腰に下げていた鉈を抜いて僕たちに向かって構えている。
「おじさんっ! やめて!! 一緒にトイレに言った仲じゃないか!!」
「うっせぇ!! 糞ガキ!! これ以上俺を幼女趣味の変態にしでかすんじゃねえ!!」
「え? 違ったの?」
「違うわ!!」
なんと、これは驚き。
てっきり彼はなんだかんだで僕のこの幼女ボディーにメロメロなんだとばかり思っていた。
だって……ねぇ?
おしっこ見たがるような奴ですよ?
あ、でも、結局は自分から断ってたし……。
まあ、どうでもいいか。
「話は終わったか?」
「終わったけど神父さん。おじさんたちを殺すのはやめてね。テイルちゃんにそんなの見せたくないからさ」
「――……わかった。じゃあ、意識を飛ばす方向で行こうか」
瞬間、部屋の中の空気が荒れ狂い、室内で竜巻が起きたのかと錯覚する。
テイルちゃんをかばうようにしながらその竜巻を発生させた本人――神父を見やる。
彼は右手を男たちに突出し、寸前で制止させていた。
男たちは糸の切れた操り人形のようにクタッとその場に崩れ落ちる。
「殺傷しなかったのはいつぶりだろうか? 聖女様をこんな目に合わせた連中を生かしておくと言うのには虫唾が走るが、でも、確かに聖女様に死体を見せるのも忍びない。ふぅ……まったく手加減は疲れるなぁ」
「今ので手加減とか自分のステータスやべぇってなったときの僕が恥ずかしいなぁ……」
これ強くてにゅーげーむじゃね? まじで異世界転生で最強になっちゃったんじゃない? うわ最悪ー、とか昨日考えていたことを思い出し、ものすごくもだえてしまう。
ちょっと、女神様? どういう事ですか? 僕の強さ全然じゃないですか? 神父様ちょっち強すぎませんかねぇ!?
なんて、言葉には出さないけど僕はそんなことを考えながら彼の後ろに続いて地上へと出たのだった――。




